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【第1話】永遠の防壁と、色褪せたルーン

王都グラン・フォリアの郊外。


巨大な岩山のダンジョン前に広がる観光地「タルタロスタウン」は、休日を楽しむ多くの人々で賑わっていた。


石畳の大通りには、土産物屋や飲食店、様々なマギア(魔導具)を扱う商店が軒を連ね、活気に満ちた声と甘い香りが入り交じっている。


「ん〜っ!さすがローゼン商会が運営してるだけあるわね!このクリーム、信じられないくらい滑らか!」


高級スイーツ店『ドルチェリア』のテラス席で、ミラが目を輝かせながらフルーツたっぷりのタルトを頬張っていた。


「ほんま、ほっぺた落ちそうやわぁ。オスカー君に感謝せなあかんねぇ」


シルフィアも上品に紅茶を傾けながら、おっとりとした口調で微笑む。


ポニーテールに結ばれたアッシュグリーンの髪が、春の穏やかな風にふわりと揺れた。


「おい、いくらタダ券があるからって、こんな上品な店、オレは落ち着かねぇぞ……。だいたいこのフォーク、小さすぎて指がつりそうだ」


窮屈そうに肩をすくめるカイルの前に置かれているのは、彼のごつい手には不釣り合いな、可愛らしいウサギの形をした小さなケーキだ。


「カイル、文句言いながらも一番可愛いケーキ頼んでたじゃないか。似合ってるよ」


「う、うるせぇアルノ!オレはただ、期間限定って言葉にだな……」


顔を赤くして言い訳するカイルを見て、アルノは楽しそうにくすくすと笑った。


激動の合同実習を乗り越え、無事に2年生へと進級したチームガレオスの4人は、久しぶりの休日をこうして穏やかに満喫していた。


店を出た4人は、人波を縫って広場へと向かった。


広場の正面には、王都の空を切り取るように、天を突く巨大な岩山がそびえている。


そしてその岩山の入り口を塞ぐように、圧倒的な威容を誇る巨大な門が立っていた。



高さ約50メートル。



まるで巨人が造り上げたようなその建造物は、陽の光を受けてかすかに虹色に輝く『魔力結晶ガラス』でその入口が覆われている。


「いつ見ても、とんでもないデカさだよな……」


カイルが見上げながら感嘆の息を漏らす。


「ボク、王都に着いた日に、これを眺めて感動したんだ」


と言いながら、アルノは広場の端にあった露店で、ふわりと甘い匂いを漂わせるカステラ菓子『エテルニス焼き』に引き寄せられた。


「おじさん、4つくーださい」


「まいど、1つ300エルだよ。おや、お嬢ちゃんかわいいね。よし、少し安くしてあげるね。」


そのやり取りを見ていたカイル。


「アルノ、何か言う事があるんじゃないのか?」


「カイル君、世の中知らない方がよいこともあるんだよ」


アルノは受け取ったカステラを、みんなに手渡した。


「おや、君たち学園の生徒さんかい?いいねぇ、エテルニス焼きを食べながら本物のエテルニスを見上げる。最高の休日の過ごし方だ」


恰幅の良い露店の店主が、人懐っこい笑顔で話しかけてきた。


「おじさん、このタルタロスって、なんでエテルニスって名前がついてるの?」


アルノが焼きたてのお菓子をかじりながら尋ねると、店主は誇らしげに胸を張った。


「なんだ、学校じゃ教わらなかったのかい?この門はな、王都が建設されたのと同じ時期、最低でも500年以上前には造られてたって言われてるんだ。当時は戦争ばっかりで記録が残ってないから、誰がどうやって造ったのかは謎のままだけどな」


店主はガラスの中央に刻まれた、巨大なルーン(魔法陣)を指差した。


「他の街のゲートと違って、こいつはエネルギー効率が異常に高くてね。あのゲート上部にハマってるデカい魔石、もう100年以上交換されてないんだとさ。だから『エテルニス(永遠の防壁)』って呼ばれてるのさ」


「100年以上も!?そりゃすごいわね。そんなに古いなら、いつ壊れてもおかしくないんじゃない?…でもまぁ、壊れたら最新の技術で作り直せばいっか」


ミラが軽い雰囲気でそう話すと、店主は首を横に振った。


「それができないんだよ、お嬢ちゃん。ゲートの枠組み自体は造れても、あのガラスに刻まれてる直径20メートルの巨大なルーン……あれを今の時代に刻めるクラフターは一人もいないんだ」


「刻めへんのん?どうしてですか?」


シルフィアが尋ねると、アルノが眼鏡の位置を直し、クラフターとしての視点で静かに答えた。


「ルーンは、一度刻み始めたら途中で魔力を止めず、一気に刻みきらないと効果を発揮しない。みんなも実習でロイド先生から聞いたよね。あのサイズをあの太い線で刻みきるには……」


「その通り!」と店主が我が意を得たりと頷く。


「人間の魔力量と出力の限界は『8.0』って言われてる。だが、あれを刻みきるには、どちらも『10』以上は必要だなんて学者もいるくらいさ。だから、あれは人間じゃなく、神様が刻んだんじゃないかっておとぎ話もあるくらいでね」


「神様が刻んだルーン……なんかロマンチックやねぇ」


シルフィアが感心したようにエテルニスを見上げる横で、アルノは出力0.01の極細の魔力線しか出せない自分の手を少しだけ見つめ、何かを思案するように巨大なルーンを静かに見つめ返していた。


「おっちゃん詳しいな。昔は学者だったとか?」


「いやいや、観光客を相手にしてるうちに、自然と身についた知識さ。学生さんたちも、勉強頑張ってな」


そう言って、カステラ屋の店主は、他のお客の相手をしはじめながら、さっきと同じ話を繰り返している。


「よしっ!歴史の勉強はおしまい!ワタシはこれから新しい杖を買いに行くわよ!」


お菓子を食べ終えたミラが、元気よくパンッと両手を合わせた。


「1年生の時は出かける余裕がなくて、お金が貯まってるの。ワタシの魔法を完璧に引き出してくれる名器を探すのよ!ほらカイル、荷物持ち兼、護衛よろしく!」


「はぁ!?なんでオレが……おい、引っ張るな!シャツが破れる!」


抗議する間もなく、カイルはミラに首根っこを掴まれて大通りへと引きずられていく。


「2人ともー、16時にここで待ち合わせねーっ!」


カイルが引きづられながら、両手で大きな丸を作った。


「あはは、相変わらず元気な2人だね」


アルノが苦笑しながら二人を見送ると、シルフィアが隣で小首を傾げた。


「アルノ君はどうするん?ウチは特に予定ないんやけど…」


「ボクは、裏通りにある古道具屋をいくつか回ってみようと思って。マギアの材料を探したいんだ」


「ほな、ウチも一緒に行ってもええ?アルノ君のお買い物、見てみたいわぁ」


「じゃあ、一緒にいこうか」


賑やかな大通りへ消えていったミラたちとは対照的に、アルノとシルフィアの二人は、落ち着いた雰囲気の路地裏へと足を踏み入れていった。



ーー



賑やかな大通りを抜け、二人は入り組んだ路地裏へと足を踏み入れた。


時間はゆったりと過ぎていく。


アルノは興味の赴くままに、ガラクタが積まれたジャンク屋や、古びた魔導具の部品ばかりを扱う専門業者など、いくつもの店を巡った。


シルフィアは退屈するどころか、時折アルノが目を輝かせて語るマギアの解説を、楽しそうにふむふむと聞いていた。


太陽が少し傾き、路地に落ちる影が長くなり始めた頃。


二人は路地裏のさらに奥まった場所にある、ひときわ静かで小さな古道具屋を見つけた。



「ここは……掘り出し物がありそうだね」



カラン、とくすんだ音のするベルを鳴らして中に入ると、店内には色とりどりの様々な魔石や、使い込まれた古いマギアが所狭しと並んでいた。


窓から差し込む西日が、空気中を舞う細かな埃を黄金色に照らしている。


シルフィアは、棚に置かれた古い置き時計型のマギアを手に取った。


底に刻まれた10センチほどのルーンは、ところどころ線が途切れ、かすれてしまっている。


「なぁアルノ君。ルーンって一気に刻みきらなアカンって、さっきのエテルニス焼きのおっちゃんも言うてたやんか?」


シルフィアは不思議そうに首を傾げた。


「ここにあるマギアのルーン、欠けたり消えかかったりしてるけど、これって制作に失敗した不良品なん?」


「ううん、違うよ」


アルノは別の棚から顔を出し、シルフィアの隣に歩み寄った。


「ルーンは長年使っていると、どうしても経年劣化して、かすれたり欠けたりするんだ。でもね、一度完成して中で『エーテル経路』がしっかり繋がったルーンなら、上からなぞるように描き直すことで修復が可能なんだよ。上から消して書き直すこともできるけど、誰かが気持ちを込めて刻んだルーンは極力活かしたいしね」


「へえ、修復できるんや」


「うん。だからボクたちクラフターは、こういうルーンが壊れた古い道具を安く買ってきて、自分で直して使うんだ。良い勉強にもなるし」


アルノが愛おしそうに古いマギアを撫でるのを見て、シルフィアは優しく微笑んだ。


ふと、アルノの視線がガラスケースの中に並べられた魔石の原石で止まった。


それは直径7〜8センチほどの、高品質な魔石だった。値札を見ると、…「10,000エル」……相場よりもかなり安い。


「おや、お目が高いね。そこに並べてあるものはサイズの割に、純度がかなり高いよ」


店の奥から、優し気なシワを刻んだおじいさんがゆっくりと顔を出した。


「でも、こんなに安くていいんですか?」


「ああ。実は今日で店じまいすることにしてね。だから特別に安くしてあるんだよ」


「そうだったんですね……最後に来られてよかったです。じゃあ、……これをいただきます」


アルノはお金を支払い、『緑色の魔石』を大切そうにバッグにしまった。


店を出て再び路地を歩き出しながら、シルフィアがふと口を開いた。


「アルノ君、魔石の色って効果に影響とかあるのん?」


「ううん、色は関係ないよ。色の差は、髪の色が違うくらいの話だね。基本は大きさと純度。純度は含まれている魔力量のことだね」


「そしたらなんであの石にしたん?赤とか青とか、他にも色々あったのに」


「ああ、これ?」


アルノは歩きながら、バッグの中からさっきの魔石を手に取り、ただ事実を述べるようにあっけらかんと答えた。



「シルフィアの目の色に似てて、綺麗だったから」



「……えっ…?」



シルフィアの足がピタリと止まった。


アルノにとっては何の他意もない純粋な感想なのだが、不意打ちで放たれたそのストレートな言葉に、シルフィアの顔がカッと熱くなる。


「どうしたの?」


「あ、アホやなぁ!急に変なこと言わんといてよ……もう、びっくりするやんか」


顔を真っ赤にして、いつもより少し強めの訛りで誤魔化しながら早歩きになるシルフィア。


「あ、もうすぐ16時やん!ほ、ほら、アルノ君、いくでっ!」


その後ろ姿を、アルノは不思議そうに追いかけた。



ーー



午後16時。ゲート前広場。


「見て見てアルノ!この杖!芯材に硬い黒曜木こくようぼくが使われてて、前の安物とは魔力の通りが全然違うの。これでワタシの魔法はさらに完璧になるわ!」


待ち合わせ場所に現れたミラは、過度な装飾はないものの、滑らかに磨き上げられた質の良い新しい杖を手に、得意満面でポーズを決めていた。


その後ろでは、両手に抱えきれないほどの荷物や包みを持たされたカイルが、魂が抜けたような顔で立ち尽くしていた。


「オレは……もう一歩も歩けねぇ。こいつ、この辺りに気にいるモノが無くって、結局カルミナさんのお店にまで行って、決めたんだぜ。途中で下着屋にも入ろうとしやがって、大変だったぜ」


「ふふっ、カイル君、お疲れ様。重そうやね」


シルフィアがくすくすと笑いながら、カイルの荷物を少し受け取った。


そして4人は、西日を受け、ダンジョンを背景に立つ、高さ50メートルの巨大な門を見上げた。


「いつかこの中にも、入ってみてぇな。」


「そうだね、みんなで冒険できたらいいね」


「でも、あのゲートの上についてるくらいの、でっかい魔石を持つビーストが出てきたらどうすんのよ?」


「ふふっ、そん時は、みんなで返りうちやで」


エテルニスの上級ダンジョンへは、学生はもちろん、中級の探索者であっても入ることはできない。


学園卒業後は、それぞれが違う道を歩むことになるだろう。


しかし4人はこの夢を、きっといつか叶えてみせると、同じ気持ちを胸に抱いていた。


そして、久しぶりの4人の休日は、沈む夕日と共に終わろうとしていた。


「さあみんな、用事も済んだし、そろそろ寮に帰ろうか」


アルノがそう言って背を向けかけた時、ふと何かに呼ばれたような気がして、再び広場の正面にそびえ立つエテルニスを振り返った。


アルノは歩みを止め、そこに刻まれた直径20メートルの巨大なルーンを、その瞳が静かに捉えた。


「ちょっとアルノ!何ぼーっとしてるのよ、置いていくわよ!」


ミラの明るい声が広場に響く。


「あ、うん!ちょっと待って!」


アルノは小さくかぶりを振ると、夕日に染まる広場を駆け出した。


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