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【第24話】新たな誓いと、薄紅色の花びら

翌日の朝。


学園の荘厳な装飾が施された大広間に、CクラスとDクラスの全生徒が集められていた。


高い天井に魔力で灯るシャンデリアが輝くこの広間に1年生が入るのは、入学式以来のことだ。


生徒たちの間には、これから発表されるクラス昇格の審査結果に対する極度の緊張感が漂っている。


静まり返る広間の空気を裂くように、白髭を蓄えた厳格な面持ちの学園長が壇上に立った。



「これより、昨日の特別実習における、CクラスおよびDクラスの審査結果を発表する」



学園長の深く響く声に、生徒たちは一斉に息を呑む。


「双方、第4チームが終わった時点での採点ポイントは、ほぼ互角であった。したがって、今回の勝敗は、最終チームの内容によって決したと言っていい」


その言葉に、Dクラスの生徒たちの顔がパッと明るくなった。


無理もない。


Dクラスの最終チームであるチームガレオスの昨日の活躍は、すでに学園中の噂になっていたのだ。


中型ビーストの討伐、規定を大幅に超える20センチの魔石採取、さらには紛失したリターンキーを深層の魔鉱石で自作して生還するという前代未聞の離れ業。


誰もが、Dクラスの圧倒的な勝利を確信していた。


当のCクラスの生徒たちでさえ、完全に諦め顔で下を向いている者が多かった。



しかし。



「審査の結果、……勝者は、Cクラスとする」



一瞬の完全な静寂の後、Cクラスの陣営から「うおおおおっ!?」と信じられないといった様子で、割れんばかりの歓声が上がった。


抱き合って喜ぶ者、安堵の涙を流す者。


対照的に、Dクラスの面々は愕然とし、深くうなだれた。



「嘘だろ……あんなすげえことやったのに……」



誰かがポツリと漏らした言葉は、Dクラス全員の思いを代弁していた。


カイルも悔しそうに拳を握りしめ、



「なんで……」



と一言つぶやいた。


ミラは唇を噛みしめ、シルフィアは今にも泣きそうな顔をしている。


そしてアルノはただ静かに、壇上の学園長を見つめていた。


どよめく生徒たちを、学園長が片手を上げて制する。


広間が再び静まり返ると、学園長の鋭い視線が、真っ直ぐにアルノへと向けられた。


「なぜ圧倒的な成果を上げたDクラスが敗北したのか。チームリーダであるアルノ・ガレオス君、君にはもう分かるはずだ」


アルノは表情を変えず、小さく頷いた。



「ダンジョンにおいて、命綱であるリターンキーを無くすことは、決してあってはならない重大な過失だ。そして、無くしたと気づいた時点で、リーダーである君は直ちに安全な表層での『撤退』、すなわち救助を待つという選択をするべきだった」



学園長の厳しい声が大広間に響き渡る。



「しかし君は、あろうことか警告のロープを越え、危険地帯である深層へ進むという行動に出た。結果として無事生還したとはいえ、それは仲間の命を軽視した暴挙であり、探索者のリーダーとして極めて致命的な判断ミスだ。よって、チームガレオスの得点を大幅に減点とし、Cクラスの勝利とした」



その正当で重い評価に、カイルたちは反論できず俯いた。


自分たちの命を天秤にかけた危険な賭けだったことは、当事者である彼らが一番よく理解していたからだ。


厳しい言葉を並べた学園長だったが、やがてその厳格な表情を少しだけ和らげた。



「だが……」



学園長は、アルノたち4人をゆっくりと見渡した。


「絶望的な状況下において、知恵と力を振り絞り、あの素晴らしい成果を上げたのもまた事実。そして何より誰一人、大きな怪我をすることなく、全員で生還を果たしたその行動力、精神力、チームワークは評価に値する。君たちの、今後に期待する」


学園長のその言葉をもって、波乱に満ちた特別実習の審査発表は幕を閉じた。



ーー



大広間での重苦しい審査発表の後、アルノたちは足取り重く廊下を歩いていた。


「わりぃ、アルノ。お前のせいで負けたみたいになっちまって。でもあれは、オレたち全員で決めたことだから!」


カイルは、アルノに胸を張ってみせた。


「そうよ!ワタシたちはチームだもん!」


「せやで!アルノくん一人のせいちゃうよ!」


ミラとシルフィアもアルノを励まそうと、明るく振る舞ってみせる。


「みんなありがとう。でもリーダーのボクが危険な賭けを選んだんだ。学園長の言う通り、ボクの責任だよ」


アルノがそう言って微かに眉を下げた時、「おーい!」と背後から明るい声が響いた。


振り返ると、Dクラスのまとめ役であるダグラスが、他のクラスメイトたちを引き連れて小走りで駆け寄ってくるところだった。



「ダグラス……ごめん。ボクの判断のせいで、Dクラスの勝利を逃してしまった」



アルノが深く頭を下げて謝罪しようとした瞬間、ダグラスの大きな手がアルノの肩をバンッと力強く叩いた。


「何言ってんだよ! 謝るな、アルノ・ガレオス!」


ダグラスは満面の笑みを浮かべていた。



「ありがとな! Cクラスのやつら、お前らがやったこと聞いて、マジで腰抜かして驚いてたぜ!」



「え……?」



「中型のビーストをぶっ倒して、しかも魔鉱石でリターンキーを自作したんだろ? 勝負には負けたかもしれねえけど、俺たちDクラスの意地、十分すぎるくらい見せつけてくれたじゃねえか!」



ダグラスの言葉に、後ろにいたDクラスの生徒たちも次々と頷き、口々にチームガレオスの健闘を称え始めた。


「そうだぜ! お前ら最高だった!」


「Cクラスの連中、内心は負けた気分でいるはずだぜ!」


自分たちの敗北を責める者は誰一人としていなかった。


むしろ、落ちこぼれの吹き溜まりと嘲笑われていたDクラスの仲間たちの瞳には、かつてないほどの誇りと絆の光が宿っていた。


その温かい言葉に、カイルは堪えきれずに涙ぐみ、ミラとシルフィアも安堵の笑みをこぼした。


アルノの胸の奥にも、静かな、しかし確かな熱いものが込み上げていた。


「じゃあな、アルノ・ガレオス!俺たちも、お前らに負けない様に、これからも頑張るぜ!」


ダグラスたちクラスメイトが健闘を称え合い、その場を去っていった直後のことだった。



「……相変わらず、底辺で仲良くやっているようね」



背後から、氷のように冷たく、凛とした声が響く。


振り返ると、アルノの姉であり、2年Aクラスで首席を務めるシエル・ラインハルトが、感情を一切交えない冷ややかな瞳でアルノを見下ろしていた。


「やあ、シエル姉ちゃん」


アルノは嫌な顔一つせず、いつもの飄々とした笑顔で手をヒラヒラと振る。


「あなたたち、結局Cクラスに上がれなかったんですってね?…まぁ、 当然の結果でしょうけど」


シエルはアルノの挨拶を黙殺し、冷徹な言葉を突きつけた。


「その致命的な出力で奇跡が起きるほど、王都は甘くないわ。身の程を知って、無様に死ぬ前にさっさと田舎へ帰りなさい」


それだけを言い捨てると、シエルは振り返ることもなく、少し憂いを帯びた静かな足音だけを残して、廊下の奥へと去っていった。


「なっ……本当にいつ見ても腹立つわね、あのエリートお姉様!」


ミラがシエルの背中に向かって、ギリィッと歯を鳴らす。


「ああ。やっぱりオレ、お前の姉ちゃん苦手だわ……」


カイルも渋い顔をして、大きな腕を組んだ。


「ふぅ……。なんであないにツンケンしとるんやろねぇ。せっかくの姉弟なんやから、仲良ぉしてほしいわ」


シルフィアが困ったように眉を下げて、小さくため息をつく。


怒り、呆れ、困惑する三人に対し、アルノは「まあまあ」となだめるように笑った。


「ああ見えて、本当はめちゃくちゃ優しいんだよ、お姉ちゃん」



「「「どこがっ!!」」」



三人の声が、またも見事に重なった。


「ぷっ、あはははは!」


アルノが堪えきれずに吹き出すと、呆れていた三人にも次第に笑いが伝染していく。


クラス昇格を逃したという重苦しい空気は、彼らの明るい笑い声と共に綺麗に砕け散っていった。


壮絶なダンジョン探索実習と結果発表が終わり、学園にはまた少しだけ、騒がしくも平和な日常が戻ろうとしていた。



ーー



数日後の昼休み。


食堂へ向かうアルノたち4人。


「なあ、オレたちが落としたリターンキー、結局見つからなかったってな。なんか、ペナルティとかあんのかな?」


「いや、ロイド先生が気にしなくていいって言ってた」


「よかったー、高価なものだから、弁償とかになったら、どうしようって思ってたの」


「ウチもちょっと気になってたから、ホッとしたわ」


4人が食堂に入った瞬間、ばったりと見知った顔に出くわした。


透き通るような金髪と碧眼。


Aクラスのトップチームを率いる第一王子、ルイスだった。


その少し後ろには、彼のチームメイトであろう男子が控えている。


「あ、(イケメン王子)…」


ミラが思わず心の声を口に出しそうになった時、ルイスの方から歩み寄ってきた。


「やあアルノ、それにみんなも。こんにちは。…はじめましての方もいるね。」


ルイスはシルフィアの方へ少し目線を向ける。


「お、お初にお目にかかります。ルイス第一王子殿下!シルフィア・エーテリスと申します。お会いできて光栄です。」


慌てて背筋を少し伸ばしたシルフィアは普段の訛りを抑え込み、丁寧な口調で第一王子へと挨拶を告げ一礼する。


「エーテリス家…エレメンター(精霊術師)の名門だね、知っているよ。こちらこそ会えて嬉しいな」


ルイスは微笑みながらシルフィアへ言葉を送った。


「そうそう、合同実習での君たちのチームのこと、Aクラスでも話題になってたよ」


ルイスの涼やかな声に、アルノが顔を上げる。


「ボクもA・Bクラスの合同実習の報告をみたよ。君たちこそ、すごかったみたいだね」


アルノがいつもの調子で気安く声をかけた、その瞬間だった。



「オホン、…ンンッ…お嬢さん、ルイス殿下には敬語を使ってください」



固い声が響き、ルイスの前へ一人の生徒が静かに進み出た。


深緑色の長い髪を毛先で結い、制服の着こなしも完璧、知的な黒の瞳が、アルノを諌めるように見つめている。


ローゼン商会の御曹司にして、Aクラスの頭脳でもあるガーディアン(結界師)の、オスカー・ローゼンだった。



「え? …ボク?」



突然の介入に、アルノが目を瞬かせる。


オスカーは眉一つ動かさず、事務的に言葉を継いだ。


「そうです、貴女です。いくら学園内とはいえ、相手は第一王子ルイス・アルベルト・フリードリヒ・ヴァレリウス・マクシミリアン・ド・グラン・フォリア・8世殿下。身分のわきまえというものがあるでしょう」


オスカーのあまりにも長い正式なフルネームの暗唱に、食堂で手を止めて、やり取りを見ていた周囲の生徒たちからも「すげぇ……」と呆れと感嘆の混ざった声が上がる。


しかし、アルノはあっけらかんとした顔で、オスカーを見上げた。


「ボクはお嬢さんじゃないから、その注意はきかないよ」


食堂中が、ピキッと凍りついた。


カイルは「あっ……」と顔を青ざめさせ、ミラとシルフィアは思わず「ぷっ」と吹き出し、顔を背けた。


一番の衝撃を受けていたのは、注意したオスカーと、その背後にいたルイスだった。


二人は信じられないものを見るような目で、アルノを凝視した。



「……え?」



ルイスが、普段の完璧な笑顔を失い、間の抜けた声を漏らす。


オスカーも、その冷静な表情を保てず、大きく目を見開いた。



「な……、今、なんと? 男……だと?」



「うん、ボク男だよ。女の子にでも見えるの?」



アルノは悪びれずに微笑み、眼鏡のブリッジをクイッと押し上げた。


女子用の制服の短パンを穿き、アクセサリーをジャラジャラと身に纏ったその姿は、どこからどう見ても可憐な美少女にしか見えない。


この衝撃的な事実に、食堂の空気は完全にフリーズした。


ルイスは、しばらく呆然とアルノを見つめていたが、やがてふっと、いつもとは違う、どこか愉快げで楽しそうな笑みを漏らした。



「ふっ……アハハ! なるほど。やっぱり君、おもしろいよ!」



ルイスの爽やかな笑い声が響くと、オスカーも呆れたように小さく息を吐き、


「……これは失礼しました。アルノ君。お詫びに、ローゼン商会運営のドルチェリアでの、デザート無料券を君たち全員に」


「本当? やったー!」


「ウチももろてええのん?ありがとう!」


ミラとシルフィアが手を取り合って大喜びし、アルノも「ありがと、オスカー」と軽く笑う。


その涼しい笑顔を見て、オスカーも毒気を抜かれた様に笑い返した。


ルイスは、アルノの目をまっすぐに見つめ、こう告げた。


「私は君たちを、ライバルだと認定した。君たちが僕たちのいる場所まで上がってくるのを、楽しみに待っているよ」


「わかった、ルイス。2年で絶対に上位クラスに上がってみせるよ」


そのアルノの言葉を聞き、胸の中に熱いものを感じる3人。


その熱気に温められたかの様に、雪の降らない王都グラン・フォリアの冬が、そろそろ終わりを告げようとしていた。



ーー



薄紅色の小さな花びらが、学園の敷地を舞う中、アルノ、カイル、ミラ、シルフィアの4人は、そろって2年の教室のドアをくぐった。


ドアの向こうに1年前の様な、重苦しい空気は一切なく、ダグラスを始め見知った顔が、「おはよう!」と挨拶を投げかけてくる。


その彼らの襟には、誇らしそうに『Dクラス』のバッジが燦然と輝いていた。




ルーン・ステッチ


〜魔力出力0.01の魔刻縫製師、魔法陣で底辺チームを最強に作り変える〜


(第1章・完)


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