【第23話】復活のリターンキー!チームガレオスの帰還
死闘を終えたチームガレオスは、泥と血にまみれ、満身創痍になりながらも、無事に警告のロープから戻り、表層エリアへと生還した。
カイルの太い腕の中には、深層の主から抉り出したばかりの、禍々しくも美しい20センチ超の赤い魔石が抱えられている。
「ふぅ……ここまで来れば、とりあえずあのバケモノみたいなビーストに出くわすことはないな」
カイルがどっかと地面に座り込む。
「さあ、アルノ。材料の魔石は手に入れたわ。あとはどうするの?」
杖を支えにして寄りかかっていたミラが、息を整えながらアルノを見る。
「うん、まずはベースになる50センチくらいの大きくて硬い石が必要だ。できれば少し魔力を含んだものがいいんだけど……」
アルノが周囲の岩肌を見回すと、カイルが「おっ、あれなんかどうだ?」と立ち上がった。
彼が指差したのは、通路の脇に突き出た、大人が抱えきれないほどの巨大な岩石だった。
わずかに青白い光を帯びている。
純度は低いが魔鉱石の一種の様だ。
「あれくらいなら、ちょうどいいサイズに割れるぜ」
カイルは大盾を構え、助走もつけずに巨大な岩石に向かってドゴォォンッ!と体当たりをぶちかました。
まるで薄い木の板でも割るかのように、岩石はいとも簡単に砕け散り、カイルの足元にはアルノの要求通り、約50センチほどの綺麗な石の塊が転がった。
「相変わらず、とんでもない馬鹿力ね……」
呆れるミラをよそに、アルノはその石の塊の前にしゃがみ込んだ。
「ちょうど良さそうだね。それじゃあミラ、この石の中央に、さっき手に入れた魔石の下半分が収まるくらいの穴を空けてくれるかな。岩を砕かないように、極限まで炎を細く絞り込んで、魔石より少し小さめにしてね」
「任せて。今のワタシなら、針の穴を通すような炎だって出せるわ」
ミラは杖の先端を石に向け、目を閉じて深く集中する。
チュンッ……という短い音と共に、極細のレーザーのような高熱の炎が放たれる。
1本の線の様に見える炎は、小さな火の玉の連続で、少しずつ石の表面を削り、ある程度のくぼみを作りだした。
「よし、次はシルフィアだ。今できたくぼみと、魔石の下半分が、ぴったり合わさる様に研磨してほしいんだ」
「ウチの番やね。精霊さん、お願いできる?」
シルフィアがタクトを振るうと、微細な風の刃が、石のくぼみの内側と、赤い魔石の表面を同時に包み込んだ。
シュルルルルッ、と微かな研磨音が響く。
風の精霊がヤスリのように両方の接地面を削り、滑らかに整えていく。
数分後、アルノが赤い魔石を受け取り、石のくぼみへと押し込むと、「コトッ」という小気味良い音を立てて、二つは寸分の狂いもなくぴったりと密着してはまり込んだ。
「すごい……隙間が全くないよ。二人とも、完璧な魔法コントロールだ。」
アルノが感嘆の声を漏らす。
ミラとシルフィアは顔を見合わせると、どちらともなくふふっと笑みをこぼした。
「魔石は後で、そのあたりのツルで固定しよう。さて、ここからがボクの仕事だ。本来の『魔力結晶ガラス』の伝導率を、この魔鉱石で補うためには、少し複雑な回路が必要になる」
アルノが右手を石の上に置くと、親指以外の全ての指輪が淡く輝いた。
キュイーーンッ!!
微かなキャスト音と共に、アルノの五本の指が、まるでピアノの鍵盤を叩くように軽やかに巨大な石の上を滑る。
指先から白い魔力の糸が溢れ出し、硬い石の表面を浅く焼き付ける様に、極小のルーンが次々と刻み込まれていく。
アルノは一度だけ見たリターンキーの構造を解析し、「反転」と「増幅」のルーンの完璧なコピーを大量に刻みこんでいく。
無数に連なる極小のルーンの線は、まるでこのダンジョンそのものを模したかのような、緻密で複雑な「迷路」の様な幾何学模様となって、50センチの石の表面全体を覆い尽くしていった。
そして、最後のルーンが刻まれたことを告げるかのように、石全体が一度だけ脈打つように淡く発光し、やがてゆっくりとその光は収まっていった。
「……完成だ。不格好だけど、機能は本物のリターンキーと全く同じはずだよ」
アルノが額の汗を拭いながら立ち上がる。
「いやいや、機能が同じって……デカすぎだろこれ!」
カイルがツッコミを入れながらも、その迷路模様が刻まれた巨大で重い石のキーを、ひょいと軽々と肩に担ぎ上げた。
「でもまぁ、オレたちが泥水すすって、命がけで作った最高の鍵だ。これで胸張って帰れるな」
「ええ。Dクラスの意地、見せつけてやりましょう。でもみんなドロドロね」
「はよ帰って、お風呂入りたいわぁ」
「そうだね。みんなで一緒に、ゲートを開けよう」
4人は泥だらけの顔を見合わせ、晴れやかな笑顔を浮かべた。
そしてカイルを先頭に、チームガレオスは自分たちの力で作り上げた「巨大なリターンキー」と共に、出口であるゲートを目指して力強い足取りで歩き出した。
ーー
ダンジョンのゲート外は、昼下がりの強い日差しに照らされていた。
実習開始からすでに数時間が経過している。Cクラス最終チームはすでに帰還。
規定サイズの魔石を提出し、安堵と誇らしげな表情をしていた。
しかし、Dクラスの最終チームであるチームガレオスだけが、予定時刻をすでに40分近く過ぎても戻ってこない。
「……遅すぎる」
ロイドは何度目かになる腕時計の確認をし、貧乏ゆすりの様に片膝をゆらしている。
彼の視線の先にあるダンジョンのゲート、タルタロスは、静まり返ったままだ。
「きっと、魔石探しに手こずっているのですよ。彼らの実力なら、じきに戻ってきますわ」
傍らに立つセリアが、いつもの聖女のような微笑みで慰める。
だが、その瞳にも不安の影が揺らめいていた。
その時。
ドローンの中継を見ながら審査に参加していた、Aクラス担任のギルベルトと、Bクラス担任のバルガスが、血相を変えてゲート前へと駆け込んできた。
「ロイド先生! Dクラスの最終チームは、まだ戻っていませんか!?」
常に氷のように冷徹なはずのギルベルトが、息を切らし、焦燥に顔を歪ませている。
その異常なギャップに、ロイドは背筋が凍るような悪寒を覚えた。
何か、取り返しのつかない大変なことが起きている。
「はい……まだですが、何かあったのですか?」
ロイドの問いに、ギルベルトは額に滲んだ汗を拭う余裕もなく叫んだ。
「彼ら、警告のロープを越えて深層エリアへ進んだんです!」
「なっ……!?」
ロイドは耳を疑った。
落ちこぼれの彼らが、教師の厳命を破り、上位クラスですら足を踏み入れない危険地帯へ?
「馬鹿野郎どもが! 深層は1年が行っていい場所じゃねえぞ!」
バルガスが腕組みをして、野太い声で怒鳴る。
「さらに問題なのは…」とギルベルトが悲痛な視線をゲートへ向けた。
「何故か中継映像に30分ほどの遅延が生じていたようで……。映像を見てすぐにここに駆けつけたが…」
「つまり、ロープの向こうに進んでから、すでに40分以上は経過しているってことですか!?」
ロイドの顔から完全に血の気が引いた。
1年生が、中型ビーストが跋扈する深層エリアで、中継ドローンの目も届かない状態で40分。
それは、彼らの身に何かがあったと思わざるを得なかった。
ギルベルトもまた、沈痛な面持ちでギリッと奥歯を噛み締めた。
「あのバカどもが!連れ戻して、スクワット100回だっ!先生方、我々4人で向かいましょう!」
バルガスが、焦りながら暑苦しく叫ぶ。
「ああ、直ちに救助へ向かいましょう」
ギルベルトが即座に同意し、教師陣がゲートを開放してダンジョンへ飛び込もうとした、その瞬間だった。
キュオォォン……!
タルタロスの魔力結晶ガラスに刻まれたルーンが淡く光り、小さく共鳴を始めた。
「な……っ!?」
バルガスが目を丸くする。
昼間の明るい外光がガラスに反射し、中の様子はほとんど見えない。
だが、ガラスの向こう側から、何かがゆっくりと、しかし確実にこちらへ向かってきている。
やがて、薄いガラスの膜を、そこには何も無かったかの様に、4つの影がスルリと外へと這い出してきた。
「おまえたちっ……!」
ロイドが駆け寄る。
そこには、衣服はボロボロ、全身泥と血にまみれ、汚れきったカイル、ミラ、シルフィア、そしてアルノの姿があった。
「なんだお前ら、泥だらけじゃねえか! だが、生きて自力で帰ってくるとはいい根性してるぜ、ガハハ!」
バルガスのガサツで豪快な笑い声の中には、明らかに安堵の気持ちが感じとれた。
他の生徒たちはその凄惨な姿に言葉を失い、呆然と立ち尽くしていた。
駆け寄ってきた教師たちを前に、アルノは本当に申し訳なさそうな表情で深く頭を下げた。
「ロイド先生、…ギルベルト先生……。ボクの管理不足で、学校から支給されたリターンキーを無くしてしまって……本当に、申し訳ありません」
その心からの謝罪に、場が凍りついた。
「…え?、…キーを無くしたって?…いや、…お前ら、ゲートを通って出てきたよな? 一体どうやって?」
ロイドが唖然としながら問う。
すると、アルノに代わって、肩で息をしていたカイルが、担いでいた「巨大な岩石」をドスンと地面に下ろした。
「これだよ、先生」
カイルがニカッと笑う。
そこにあったのは、50センチほどの巨大な魔鉱石だった。
表面には緻密で複雑な極小ルーンが迷路の様に焼き付けられていた。
そしてその中央には、規定を大きく上回る、20センチ超えの禍々しく赤い魔石が、寸分の狂いもなくはめ込まれていた。
「……まさか、魔鉱石とビーストの魔石で、リターンキーを再構築したというのか? この短時間で……?」
同じクラフターであるロイドは、この巨大なリターンキーがどれほど驚愕すべきものかを、肌で感じ取っていた。
世界各国に点在するダンジョン。
そのほとんどの入口前にはタルタロスが設置されている。
ダンジョンは脅威でもあるが、同時に重要な資源でもある。
各国はその資源を守るため、タルタロスとリターンキーのルーンの一部を暗号化している。
2つの暗号が合致して始めて、ダンジョンから出られるという仕組みになっている。
これにより、他国のリターンキーではダンジョンに入れない(出られない)というセキュリティを設け、さらにそのキーを国が厳重に管理しているのだ。
ルーンの暗号化は各国様々で、さらに一定時間で変化するため、専門家であっても破ることは不可能と言われている。
それをたった15歳の少年が、見ただけで暗号を読み解き、さらには複製してみせたのだ。
(アルノ・ガレオス…お前の目には、一体何が見えているんだ……?)
ロイドはこの小柄な少年が、何か底しれない大きな存在に思えてならなかった。
教師たちが言葉を失う中、セリアが4人に駆け寄り、ミラとシルフィアを優しく包容した。
「みんな、無事だったのね。本当に良かった…」
セリアの目には涙が浮かんでいる。
「セリア先生!汚れてしまいます!」
ミラの言葉が聞こえてないかの様に、セリアはカイル、アルノと順に抱きしめた。
「いい!4人ともっ!もう二度と、こんな無茶をしては駄目よ!」
セリアの言葉は怒気を含んでいた。
こんなセリア先生を見るのは初めてだ、と4人は同じ気持ちを感じていた。
そして一連の流れを遠巻きに見ていたCクラスの生徒たちは、アルノたちの偉業に、ただ愕然としていた。
「終わったな……」
「ええ。最高の気分よ」
「はよ帰って、お風呂入りたいわぁ」
「うん。ボクたち、やり遂げたね」
彼らの視線はすでに、周囲の驚愕する教師や生徒たちでも、背後のダンジョンでもなく、明日の「クラス昇格の結果発表」へと向けられていた。
チームガレオスの、奇跡のような凱旋だった。




