【第16話】カルミナの秘密。受け継がれしルーン・ステッチ
夕日が王都の街並みをオレンジ色に染め始める頃、アルノたちは裏路地にある『カルミナ魔導具店』のドアを開けた。
「カルミナさん、ただいまー!」
アルノの明るい声に、店の奥からカルミナが顔を出す。
彼女は無事に帰ってきた四人の姿を見て、ホッとしたように目尻を下げた。
「おかえりなさい。怪我はなかった? 泥だらけじゃないの」
土砂崩れを切り抜けたせいで制服が汚れている四人を見て、カルミナが心配そうに駆け寄ってくる。
「色々とトラブルはあったが、こいつらのおかげで無事だ。それより、頼まれていた品を持ってきたぞ」
カイルが背負っていた木箱を慎重に下ろし、カウンターの上に置いた。
「え……? 嘘でしょ、本当に採取に成功したの……?」
カルミナは驚いたように四人の顔を見渡し、恐る恐る木箱の蓋を開けた。
ベルベットの布の上に鎮座する、極薄の層雲石。
カルミナは手元の作業用ルーペを引き寄せ、石の表面を食い入るように調べ始めた。
「……信じられない。マイクロクラックが一つもないわ。厚さも完璧な0.1ミリ……これ、本当にあなたが手作業で剥がしたの?」
カルミナは震える声で呟き、信じられないものを見るような目でアルノを見つめた。
「うん。ボクの特技だからね。これで映像記録マギア、直せそう?」
アルノがのんきに首を傾げると、カルミナは深く、深くため息をつき、やがて嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、完璧よ。これなら最高の絶縁シートが作れるわ。おじいさんも、きっと泣いて喜ぶと思う。……あなたたち、ほんとは学生じゃなく上級の探索者なんじゃないの?」
カルミナは改まった様子で、最大の賛辞をアルノたちに送った。
「本当にありがとう。この依頼の達成報告は、協会と学園にしっかり送っておくわ。それから……今回は想像以上の成果だったわ。サイズも大きくて、本当に完璧な状態。依頼の報酬とは別に、私から個人的にお礼をさせて」
カルミナは店内を見渡し、にっこりと笑った。
「ここにある中古のマギアや委託販売の品の中から、好きなものを一つずつプレゼントするわ」
四人は目を輝かせて店内を見て回る。
カイルは防具の手入れ用品を、ミラは杖の収納袋を、シルフィアは可愛い小物入れに決めたようだ。
そんな中、アルノは店の奥にある、鍵のかかった立派なガラスケースの前に立ち止まった。
「カルミナさん、ケースの中のこれって……」
「あ、ごめんなさい。そのケースの中は売り物じゃないの。私の大切なコレクションだから、譲ることはできないのよ」
カルミナは申し訳なさそうに手を合わせた後、「でも」といたずらっぽく微笑んだ。
「せっかくだから、私のお気に入りを特別に見せてあげるわ」
彼女はケースの鍵穴の上に刻まれたルーンに魔力を流し、カチャリとロックを外した。
たくさんあるコレクションの中から彼女が慎重に取り出したのは、3センチ四方ほどの、手のひらに収まる小さな金属の箱だった。
パカッ、とカルミナが箱を開けると、中心にセットされた極小の可愛らしい、赤い魔石がクルクルと回転し始めた。
同時に、キラキラとした美しい光の粒子が溢れ出し、店内に心地よくて澄んだ音楽が響き渡る。
「うわぁ……きれい」
シルフィアがうっとりと息を吐く。
「これはね、とある凄腕のクラフターの作品で、私の二番目のお気に入りなの。私は彼の作品に惚れ込んで、色々集めているのよ」
カルミナは熱を帯びた声で語り出した。
「このマギアの凄さは、音楽や光じゃないわ。このルーンの『小ささ』よ」
彼女はオルゴールの裏蓋をそっと外し、内部の基盤をアルノたちに見せた。
そこには、1センチほどの小さなルーンが緻密に、そして美しく刻み込まれ、魔石のエネルギーを得て、淡く輝いていた。
「普通、ルーンは最小5センチが限界と言われているわ。でもこの作品は、その常識を覆す1センチというサイズで精密に描かれているの。今の時代、こんなに小さなサイズでルーンを刻める職人はまずいない。このオルゴールは、もはやロストテクノロジーと言ってもいいくらいの芸術品なのよ」
カルミナの熱弁を聞きながら、アルノは心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「そうだね、ほんとにすごいね」
王都という大都会で、大好きな祖父の作品の素晴らしさに気づき、こんなにも大切にしてくれている人がいた。
その事実が、アルノの胸を熱くさせていた。
「これ、ボクのおじいちゃんが作ったんだ」
「……えっ?」
カルミナの動きがピタリと止まる。
「あなた、もしかして……シュタール・ガレオス様のお孫さんなの!?」
「うん、そうだよ」
驚愕で目を丸くしたカルミナだったが、やがて深く納得したように息を吐いた。
「なるほど……。あなたのあの信じられないような手先の器用さは、おじいさま譲りってことだったのね」
カルミナは少し思い詰めたような表情になり、じっとアルノの灰色の瞳を見つめた。
「ねぇたしか、アルノ君…だったわね?ひょっとしてあなたも、この1センチの小さなルーンを刻めるの?」
「うん。ボクは小さい頃からおじいちゃんに鍛えられてきたからね。今はこれよりもっと小さなルーンだって、刻めるようになったんだ」
その言葉を聞いた瞬間、カルミナの表情に確かな決心が宿った。
「あなたに、見てもらいたいものがあるの」
彼女はそう言うと、ずっと右目を隠していたワインレッドの長い前髪を、指でそっと耳にかけた。
あらわになった彼女の右目は、明らかに人間の瞳ではなかった。
本来の黒目があるべき場所には、サファイアのような青い星の模様が浮かび、淡く神秘的な光を放っていた。
「それって、義眼ですか?」
ミラが驚いて尋ねる。
「そう。これは義眼型マギア『ステラ・スコープ(星導の透眼)』。義眼としての視力はもちろん、魔力を流す量に応じて、遠くの景色を見通したり、温度を可視化したりと機能が変化するマギアよ」
カルミナは自分の右目にそっと触れた。
「これが、私のコレクションの一番のお気に入り。シュタール・ガレオス様の最高傑作だと思っているわ。幼い頃に視力を失った私が、クラフターとして一人前以上になれたのは、この目のおかげ。でもこのマギアはシュタール様の若い頃の作品みたいなの。どうやら……長い年月のせいで内部のルーンがかすれてきているみたいで、最近少しずつ視力が落ちてきているの。ひょっとしたら、お孫さんのあなたなら直せるんじゃないかと思って」
すがるような彼女の瞳を見て、アルノは迷うことなく頷いた。
「もちろん。やってみるよ」
アルノはカルミナから義眼を受け取ると、店の奥にある彼女の作業場を借りた。
丸眼鏡の拡大鏡越しに義眼の内部を覗き込んだアルノは、思わず息を呑んだ。
そこには、今のアルノの知識では到底考えもつかないような複雑な機構と、1センチという祖父の限界サイズで完璧な配置に刻まれたルーンの集合体が広がっていた。
(やっぱり、おじいちゃんはすごい……。でも、今のボクなら)
祖父の偉大さを改めて実感しながら、アルノは神経を研ぎ澄ます。
やがて、経年劣化によってわずかにかすれている動力伝達のルーンを見つけ出した。
アルノは全身の特製エルコンで魔力を極限まで絞り込み、指先からエーテルの糸を紡ぎ出す。
その様子を見ていたカルミナは、声を出して邪魔をしてはいけないと思いながらも、「まさか全身のアクセサリーが、全部マギアだったなんて…」と無意識につぶやいていた。
そしてアルノは全神経を集中し、祖父の1センチのルーンを丁寧になぞり修復をしていく。
さらにそのルーンの周囲の隙間に繋ぎ合わせるように、アルノは自身の1ミリの極小ルーンを緻密に編み込んでいく。
「よし!、完成だよ。着けてみて」
アルノから義眼を受け取り、右目に装着したカルミナは、数度瞬きをした後、ハッと息を呑んだ。
「うそ……視界がクリアになっただけじゃないわ。魔力の伝導率が、以前よりずっとスムーズ……。すごいわ!性能が飛躍的に上がってるわっ!」
驚くカルミナに、アルノは右手親指の指輪を撫でながら胸を張った。
「おじいちゃんの残したルーンに寄り添うように、極小のルーンを縫い合わせたんだ。これが、おじいちゃんから受け継いだ技……『ルーン・ステッチ』さ」
カルミナは深く感動し、アルノの手を両手で優しく包み込んだ。
「ありがとう、アルノ君。私の一番の宝物を救ってくれて……。本当に、すごいクラフターね」
そして彼女は、カウンターの上に置いてあったあの小さなオルゴールを、アルノの手にそっと握らせた。
「二番目のお気に入りは、あなたに持っていてほしいの。おじいさまの最高の技術を受け継ぎ、さらに進化させたあなたにこそ相応しいわ」
「え?本当にいいの? ありがとう!カルミナさん。絶対大切にするよ」
すっかり夜の帳が下りた王都の街。
初めての依頼を完璧にこなし、思いがけない出会いと祖父の足跡に触れたアルノ。
「さあ、お腹も空いたし、寮に帰ろうか」
「オレが特製のシチューを作ってやるよ。今日は特別に肉を多めにしてな」
「やったー! カイルのシチュー大好き!」
「ほんまに、今日はええ一日やったねぇ」
手土産を下げた四人の楽しげな笑い声が、涼しい夜風に乗って夜の王都に溶けていく。
落ちこぼれのDクラスチームは、確かな絆と成長を胸に、学園寮への帰路につくのだった。




