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【第15話】4人の連携。0.1ミリの奇跡

土砂崩れの跡を乗り越え、アルノたち4人は源流が湧き出す洞窟の内部へと足を踏み入れた。


外の乳白色の霧は晴れつつあったが、日光から完全に遮断された洞窟の中はひんやりとした空気が淀んでいる。


むき出しの岩肌からは常に水が染み出しており、非常に湿度が高かった。


鼻を突くのは、長い年月をかけて蓄積された苔と、独特な鉱物の匂い。


足元には小川の源流となる澄んだ水が静かに流れ、ポツン、ポツンと不規則な間隔で天井から水滴が落ちる音が、暗闇の奥へと反響して消えていく。


「暗いわね。足元に気をつけて。滑りやすいから」


ミラが慎重な手つきで木杖の先端に灯りをともす。


アルノが施したアタッチメントのおかげで、以前のように魔力が暴走して大爆発が起こることはなく、松明ほどの温かいオレンジ色の明かりが周囲の岩肌を明るく照らし出した。


しかし、出力制御の感覚を掴み始めたばかりの彼女にとって、魔法を『維持し続ける』のは至難の業だ。


灯りはまだ多少不安定な部分もあり、時々フワッと大きくなったり、スッと小さくなったりと脈打つ。


一定の光量を保つため、ミラの額には薄っすらと汗が浮かび、その制御に全神経が注がれていた。


「ありがと、ミラちゃん。それにしても、不思議な空気感やね」


シルフィアが周囲の岩肌を見渡しながら言う。


「この奥のどこかに、層雲石があるはずだ。アルノ、分かるか?」


大盾を背負い直したカイルが、最後尾から周囲を警戒しながら尋ねた。


「うん、探してみるよ」


アルノが丸眼鏡のブリッジをくいっと押し上げると、フレームに刻まれた極小のルーンが淡く光った。


ただの伊達眼鏡ではない、視力を極限まで引き上げる拡大鏡マギアとしての機能が起動する。


アルノは濡れた岩肌に鼻先が触れるほど顔を近づけ、ミラの灯りが作り出す僅かな陰影を頼りに、湿った岩の表面を舐めるように観察していく。


ただの岩石と目的の鉱物の微小な違いを見逃さないよう、灰色の瞳がせわしなく動く。


洞窟の奥へと進むこと数分。アルノの足がピタリと止まった。



「……あった。これだ」



アルノの声に、三人が集まってくる。


彼が指差した岩壁の低い位置には、周囲の黒くゴツゴツとした岩とは明らかに違う、真珠のような淡い虹色の光沢を放つ鉱物の層がひっそりと露出していた。


まるで何千枚もの透明な薄布をミルフィーユのように重ね合わせたような不思議な構造をしており、表面は常に水で濡れている。


その成分がゆっくりと、目に見えないほどの速度で足元の小川へと溶け出しているのがわかった。


「うわぁ、きれいやねぇ……これが層雲石?」


シルフィアが目を輝かせる。


「ああ。でも、ここからが本番だ。カルミナさんが言っていた通り、ここからは一切の魔法や衝撃は厳禁。完全な手作業になる」


アルノは腰のバッグを下ろし、中から革製の工具入れを取り出した。中には、ピンセットや様々な形状の小さなヘラ、極薄のノミなどが綺麗に並んでいる。


アルノは右手に嵌めていたダミーのグローブを外し、素手になった。


普段のルーン・ステッチでは、極細の魔力を操るために全身のアクセサリーを使って出力を絞り込むが、今回魔力は一切使わない。


必要とされるのは、ドワーフの先祖返りである小柄な彼だけが持つ『異常な手先の器用さ』と、研ぎ澄まされた触覚そのものだ。


アルノは指先を軽く曲げ伸ばしして感覚を確かめる。


「みんな、少しだけ手伝ってくれるかな。この石は本当にデリケートで、少しの風や水滴が落ちただけでも割れてしまうかもしれないんだ」


「任せろ。オレが壁になる」


カイルが即座に動き、アルノをすっぽりと覆い隠すように背後に巨大な大盾を立てた。


筋肉を硬直させ、洞窟の奥から吹き抜ける微かな隙間風や、天井から不規則に落ちてくる水滴を、その分厚い背中と盾で完全に遮断する。


「ワタシは明かりね。絶対にブレないように固定するわ」


ミラはアルノの手元に影ができない絶妙な角度を探り当てると、そこで木杖を構え、両手でしっかりと握りしめて石像のようにピタリと静止した。


瞬きすら最小限に抑えるほどの集中だ。


「ほな、ウチは風の精霊さんに頼んで、アルノ君の周りの空気をピタッと止めとくわ」


シルフィアがタクトを優しく振り、精霊たちに語りかける。


すると、アルノを包み込むように薄い空気の膜が張られ、彼の周囲だけが完全な無風の空間へと変化した。


「ありがとう。みんなのおかげで、最高の環境が整ったよ」


アルノは小さく息を吐き、極薄の金属ヘラを指先でそっと摘んだ。


丸眼鏡の奥のアルノの瞳が、いつもの飄々とした少年から、スッと冷徹な職人のそれへと変わる。

岩肌に張り付いた層雲石。


その何千枚も重なっているという極薄の層の中から、自然に剥がれやすい『へき開面』を視覚だけで見極めなければならない。


わずかな層の歪み、光の反射のズレ。そのすべてを脳内で処理していく。



(0.1ミリ……ここだ)



アルノの集中力が極限まで高まる。


洞窟の中は、カイルたちの抑えた静かな呼吸音さえ鮮明に聞こえるほどの、異様な静寂に包まれていた。


アルノは大きく息を吸い込み、そのままピタリと呼吸を止める。


ブレを完全に無くした指先で、石の繊維に沿って、極薄のヘラの先端をゆっくりと、そして確実に差し込んでいった。



ペリ……ペリペリ……。



水滴の音すら遠のいたような静寂の洞窟内に、極薄の鉱物が剥がれる微かな音だけが響いていた。


それは薄い氷を削るような、非常に繊細な音だ。

アルノの指先は、精密機械よりも正確で、羽毛よりも柔らかかった。


石の繊維がわずかに抵抗を示すたび、彼はヘラの角度をミクロン単位で調整し、手首の返しだけで決して無理な力を加えることなく自然な剥離を促していく。


額にじんわりと汗が滲み、鼻先を伝って落ちそうになるが、瞬きすら忘れたかのように彼の瞳は岩肌に釘付けになったままだ。


カイルたちは、唾を飲み込む音さえ石を割ってしまいそうな極度の緊張感の中、アルノの小さな背中をただ見守ることしかできなかった。


ミラは杖を持つ手が震えそうになるのを必死に堪え、カイルは盾の裏で歯を食いしばっている。


やがて、果てしなく長く感じられた数分の後、アルノの指先の動きがふっと止まった。



「……よし、採れたよ」



アルノが小さく長く息を吐き出し、ゆっくりと振り返る。


彼の手には、向こう側のミラの灯りが透けて見えるほど薄く、均一な厚さを保った真珠色の鉱物、見事な0.1ミリの層雲石が、ふわりと乗せられていた。


表面にはマイクロクラックなどの傷はひとつもなく、虹色の光を美しく反射する、見事な職人技の結晶だった。


「うわぁ……! きれいやねぇ。ほんまに向こうが透けて見えるわ」


シルフィアが感嘆の声を漏らし、洞窟内を満たしていた張り詰めた空気が一気に緩む。


「本当に、魔法も使わずに手作業だけで剥がしちゃうなんてね……。あんたのその器用さ、ちょっと気味が悪いくらいよ」


ミラが大きく深呼吸をして、強張っていた肩の力を抜きながら呆れたように笑う。


彼女の灯りも、安堵したようにふわりと温かい色合いになった。


「よくやったな、アルノ! さすがだぜ」


カイルが大盾をどかし、アルノの肩をバシッと叩こうとして、慌てて空中でピタリと手を止めた。


層雲石の脆さを思い出し、冷や汗をかきながらそっと手を下ろすその姿に、三人がクスクスと笑い声を上げる。


「ふふっ、ありがとう。みんなの完璧なサポートのおかげだよ。少しでも風や振動があったら、きっと途中で割れてた。一人じゃ絶対に無理だったよ」


アルノは心からの感謝を込めて微笑みながら、カイルがリュックから慎重に取り出した、カルミナの木箱を受け取る。


分厚いベルベットの布の上にそっと層雲石を安置し、厳重に蓋を閉めた。


カチリと錠が降りる音が、任務完了の合図のように響いた。



「これで、おじいさんの大切な思い出を直せるね。さあ、王都へ帰ろう!」



そしてアルノたちは、達成感に包まれながら、足取りも軽く、今度は来た道を、小川に沿って下り始めた。


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