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【第14話】探索!霧降の渓谷

王都グラン・フォリアから乗合馬車に揺られること約2時間。


アルノたち4人は、目的の地である『霧降の渓谷』の入り口に立っていた。


「うわぁ……ほんまに真っ白やね」


シルフィアが目の前に広がる景色を見て、感嘆と不安の混じった声を漏らす。


その名前の通り、渓谷は乳白色の深い霧にすっぽりと包み込まれていた。


ひんやりとした湿気を帯びた空気が肌を撫で、数メートル先を歩く仲間の背中すら霞んで見えなくなるほどの視界の悪さだ。


「ダンジョンじゃないから魔獣は出ないって話だったが、これじゃ足元の岩につまずいて崖から落ちる方が先かもな」


カイルが巨大な盾を構えながら、慎重に足場を確かめる。


「みんな、はぐれないように気をつけてね。さてと、まずは小川を探さないと」


アルノの言葉に従い、4人は霧の中を慎重に進んでいった。


しばらく岩場を探索すると、チョロチョロという小さな水音が聞こえてきた。


音の鳴る方へ近づくと、岩の隙間を縫うようにして流れる細い小川が見つかる。


渓谷の底には、無数の源流からなるこうした小川が、葉脈のように入り組んで流れているようだ。


アルノは腰のバッグから、カルミナに借りた『濃度測定マギア』を取り出した。


それはガラスコップの下に、金属製の台座が付いたシンプルな見た目で、台座の中にはルーンと魔石が組み込まれている。


コップの部分に水を入れることで、水に溶けたさまざまな鉱石の濃度を、調べることが出来る仕組みだった。


アルノはしゃがみ込み、コップの部分で小川の水を汲んでみた。


「……うーん、やっぱり反応しないね」


ガラスコップの底のルーンは光を帯びる気配もなく、沈黙したままだ。


「カルミナさんが言ってた通りね。一定以上の濃度にならないと反応しないから、下流の方じゃダメみたい」


ミラがポンチョの裾を少し持ち上げながら、周囲の無数の小川を見渡してため息をついた。


「ってことは、この多くの小川を、マギアが反応するまで片っ端から辿っていくのか? この濃い霧の中で?」


カイルがげっそりとした顔で天を仰ぐ。


仮にローラー作戦で探したとしても、当たりの小川に辿り着くまでに日が暮れてしまうのは火を見るより明らかだった。


「ボクの足なら三日はかかるかもねー」


アルノがのんきな声で笑うと、カイルが「笑い事じゃねえぞ!」とツッコミを入れる。


そんなやり取りの中、シルフィアが一歩前に進み出た。



「ほな、ウチの出番やね」



彼女はふわりと微笑むと、水辺の平らな岩の上にそっと腰を下ろし、アッシュグリーンの髪をかき上げ、耳につけたイヤーカフ『ハルモニア(精霊の囁き)』に軽く触れた。


ハルモニアに刻まれた、小さな蝶のルーンが淡く光り始める。


そして、彼女はタクトを右手に持ち、軽く魔力を小川に流し始めた。


小さなエーテルの光が小川に流れていく様は、まるでホタルのように美しかった。


「シルフィア、精霊に聞いてみるの?」


ミラが尋ねると、シルフィアはこくりと頷いた。


「うん。濃度測定マギアが反応せんくらい薄くても、ここら辺に住んどる精霊さんたちなら、水の違いが分かるかもしれんから」


シルフィアは、静かに目を閉じ、精霊に語りかける。


「水の精霊さん…、層雲石はどこから流れてきてるの?……」


エレメンターは言葉の中に、人間には聞き取れない特殊な音波を含ませて、精霊と意思疎通をする。



そして数秒後……。



シルフィアの目の前の水面が、ぽこ、ぽこ、と不自然に波立った。


「ひっ……!」


カイルがビクッと肩を跳ね上がらせ、思わず大盾を前に構えようとする。


「ちょっとカイル、オバケじゃないんだからビビらないの」


ミラが呆れたようにカイルの背中を小突く。


「わ、分かってる! 急に水が動いたから反射的に構えただけだ!」


やがて水面が激しく揺らめき、見えはしないが明らかに、そこに何かがいるような気配を感じた。


「ええ子たちやね。来てくれてありがとう」


シルフィアは優しい声で語りかけながら、水面の歪みにそっと手を伸ばした。


精霊たちはシルフィアの指先にすり寄るように甘え、嬉しそうな音波を返す。


「なあ、ちょっと教えてほしいんやけど……この辺りのお水で、少しだけ『石の味』がするやつ、どこから流れてきとるか知らん?」


シルフィアの問いかけに、水の精霊たちのがシルフィアにだけ聞こえる音波を返し、会話を始めた。


以前のシルフィアなら、周囲のすべての精霊の声がノイズとなって頭痛を引き起こしていただろう。


だが今は違う。


耳元の『ハルモニア』に刻まれた極小の蝶のルーンが淡く光り、無数の声の中から必要な情報だけを綺麗に抽出して彼女に届けていた。


「うん、うん……なるほど。あっちの細い枝分かれの方から、舌にピリッとする渋いお水が流れとるんやね。教えてくれてありがとうな」


シルフィアは精霊たちににっこりと笑いかけると、彼らは満足そうに水の中へと溶け込むように消えていった。


彼女は立ち上がり、霧の奥へ続く一つの細い小川を指差した。


「こっちやて。この細い小川の先が、石の味が濃くなってるみたいやわ」


「おおっ! さすがシルフィアだ!」


カイルがパァッと顔を輝かせる。


「すごいわ! これならマギアが反応しないレベルの薄い濃度でも、迷わずに源流まで辿り着けるわね」


ミラも嬉しそうにシルフィアの手を取った。


「うん、シルフィアのおかげでショートカットできるね。さあ、案内をよろしく!」


アルノが明るく言うと、シルフィアは「任せとき!」と頼もしく胸を張った。


深い霧に包まれた渓谷の底。


視界は悪いが、4人の足取りは軽かった。


シルフィアの精霊との対話という、マギアの常識を超えたナビゲートにより、アルノたちは迷うことなく源流をたどり、層雲石を目指して進んでいくのだった。



ーー



霧に包まれた岩場は、源流へと近づくにつれて傾斜が険しくなっていった。


小柄なアルノの歩幅では登るのが厳しい段差も増えてくるが、そこはヘビーナイトであるカイルの独壇場だった。


「ほら、しっかり掴まれ」


カイルが片手でひょいとアルノの腕を引き上げ、岩の上へと引っ張り上げる。


「ありがとう、カイル。助かるよ」


「お前は軽すぎるんだよ。もう少し飯を食え。カルミナさんから借りた木箱のほうが重いぞ」


文句を言いながらも、カイルはアルノが滑らないように背後に回り、しっかりとサポートを続けていた。


「カイルってば、オバケにビビってるくせに、こういう時は頼りになるわよね」


ミラが軽やかに岩を飛び越えながら、ニヤニヤとからかう。


「だーっ! だからオバケじゃねえって言ってんだろ! オレは前衛として、お前らの安全を確保してるだけだ!」


「ふふっ、二人とも元気やねぇ」


シルフィアがおっとりとした声で笑い、先頭を歩きながら精霊の導くルートを正確に辿っていく。


しばらく進むと、アルノが定期的に行っていた水質検査に変化が訪れた。



「あ、見て! 反応したよ!」



アルノが小川の水を汲んだガラスコップの底、金属製の台座に組み込まれたルーンが、チカチカと淡い光を放ち始めたのだ。


「本当ね! さっきまで全く光らなかったのに」


「うん。濃度が確実に上がってる。源流はもうすぐそこだ」


さらに上流へと進むと、周囲を覆っていた乳白色の霧が、少しずつ晴れて視界が開けてきた。


切り立った崖のふもと、入口付近に大小の岩が点在する洞窟があり、その岩の隙間から小川の水が勢いよく流れ出している。



「あの中やわ。あそこから、一番濃い水が流れ出とる」



シルフィアがタクトを下ろし、ほっと息をついた。


「よし、あの洞窟の中を探せば、層雲石が見つかるはず……!」


アルノが喜んで一歩を踏み出そうとした、その瞬間だった。



ズズ…ズズズ……ッ!!



足元の岩盤が不気味に震え、地鳴りのような重低音が渓谷に響き渡った。



「え……?」



シルフィアがハッと息を呑む。


彼女の周囲で道案内をしてくれていた水の精霊たちが、パニックを起こしたように激しい音波を発し、一斉に水の中へ逃げ散っていったのだ。



「アカン……! 上から来るで!!」



シルフィアが悲鳴のように叫び、頭上の崖を指差した。


数日前の大雨で地盤が緩んでいたのだろう。


何十メートルも上の切り立った崖の一部が、轟音と共に崩落を始めたのだ。


巨大な岩石の塊が、大量の土砂やなぎ倒された木々を巻き込みながら、アルノたちのいる場所へと一直線に雪崩れ落ちてくる。


逃げ場はない。左右は険しい岩場で、後ろは今登ってきたばかりの急斜面だ。



「ワタシに任せてっ!」



前に出たのは、ミラだった。


かつて自らの強すぎる出力を恐れていた彼女の瞳に、もう迷いはない。


頭上の巨大な岩と押し寄せる土砂の波へ向けて、彼女は真っ直ぐに杖を構えた。


杖に刻まれた唐草模様のルーン『アタッチメント』が激しく発光する。


彼女の規格外の魔力が、暴走することなく極限まで圧縮され、杖の先端へと集束していく。



「消し飛びなさい……っ!!ファイヤー・バレットッ!」




放たれた真紅の閃光が、押し寄せる土砂崩れの中心へと着弾した。


鼓膜を破るような爆音と共に、馬車ほどあった巨大な岩々が一瞬で粉々に砕け散り、土砂の大部分が強烈な魔法の威力で吹き飛ばされる。


「すげえ火力だ……! だが、まだ残りが来るぞ!」


ミラの魔法で粉砕しきれなかった大量の岩の破片と土砂が、勢いを殺しきれずに雨あられのように降り注いでくる。



「撃ち漏らしはオレが引き受ける!!」



カイルがミラの前に躍り出ると、背後のアルノを庇うように巨大な大盾を構え、深く重心を落とした。


彼が持つ莫大な魔力が、分厚い盾へと一気に注ぎ込まれる。



「シールドーー、バーーーーーッシュッ!!」



カイルの気迫の咆哮と共に、大盾から強烈な衝撃波が上空へと放たれた。


まるで目に見えない巨大な壁が激突したかのように、迫り来る残りの土砂と岩の破片が空中で弾け飛び、四方八方へと豪快に蹴散らされていく。


しかし、ミラの魔法とカイルのシールドバッシュによって砕かれた土石や猛烈な衝撃波の余波が、嵐のように四人に襲いかかろうとしていた。



「土の精霊さん、ウチらを守って!」



シルフィアがタクトを振り上げる。彼女の澄んだ声に応え、無数の土の精霊たちが一瞬にして集結した。


ドーム状の『土の障壁』がアルノたちを包み込む。


ドババババッ!!と鋭い破片や泥が防壁に打ち付けられるが、強固な土の壁はそれらをすべて外側へと弾き、内側にはそよ風一つ通さない。


数分にも感じられる長い十数秒が過ぎ、やがて地鳴りと衝撃が収まり、渓谷に再び静寂が戻った。


シルフィアがタクトを下ろすと、土の防壁が「ガラリ」と崩れ落ち、視界が開けた。


「……ふぅ。終わったみたいね」


ミラが額の汗を拭いながら杖を下ろす。


「ああ。お前の魔法の威力、相変わらず規格外だな」


カイルが土埃を払いながら、ニヤリと笑った。


「カイル君のシールドバッシュも、すんごい迫力やったよ。二人とも怪我なくてよかったわ」


シルフィアも安堵の笑みを浮かべる。


アルノは土埃で汚れた丸眼鏡を拭きながら、三人の頼もしい背中を見て、いつものように涼しい顔で微笑んだ。



「みんな、ありがとう。完璧な連携だったよ。……ほら、見て」



アルノが指差した先。


土煙が完全に晴れた彼らの目の前には、土砂崩れによって周囲の岩が削ぎ落とされ、全貌を露わにした源流の洞窟が、静かにぽっかりと口を開けていた。


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