【第13話】いざボランティアへ、4人での初めての依頼
王都グラン・フォリアに吹き抜ける風が、少しずつ涼しさを帯び始めた、ある日の早朝。
アルノたちは久しぶりの休日に、学園の正門を抜けて王都の中心部へと歩を進めていた。
「いよいよ学年末の合同実習が近づいてきたわね。ワタシたちDクラスは、ここでポイントを稼いでおかないと、Cクラスには手が届かないからね」
ポンチョを羽織り、大きめの魔女帽子を被ったミラが、気合いを入れるように木杖を握りしめる。
「ああ。ただでさえDクラスは普段の授業での加点が少ないからな。協会からのボランティア依頼で手堅くポイントを稼ぐのは定石だ」
大荷物を背負ったカイルが、真面目な顔で頷いた。
彼らが向かっているのは「ローゼン魔導協会」だ。
国内最大のローゼン商会が運営するこの民間協会は、様々な依頼を斡旋する、いわばギルドのような機関である。
プロの探索者だけでなく、学園の生徒向けに用意されたボランティア依頼もあり、これを達成すると学園の成績にポイントが加算される仕組みになっていた。
「ほんまに、すごい人やな……」
協会の大きな両開き扉をくぐると、シルフィアがおずおずと声を漏らした。
吹き抜けの広大なロビーには、武具を帯びたナイトや、埃まみれのシャドウ、交渉に熱を上げるクラフターなど、様々なジョブの大人たちがひしめき合っている。
アルノたちは学生専用の掲示板の前に立った。
「ええっと、ドブさらい、迷子のペット探し、引っ越しの手伝い……色々あるね」
アルノが大きな目を細めて依頼書を眺める。
「カイル君なら、重い荷物運びとか得意そうやね」
「バカ言うな、オレはヘビーナイトだぞ。運搬業のために鍛えてるわけじゃない」
シルフィアののんびりとした提案に、カイルが渋い顔で返す。
他の学生たちは、手っ取り早くポイントが稼げる力仕事や引っ越しの依頼に群がっていた。
そんな中、アルノの視線が、掲示板の隅にひっそりと貼られた一枚のメモで止まった。
「ねえ、これ面白そうじゃない?」
アルノが指差した先には、こう書かれていた。
『素材採取依頼:マギアの知識がある者限定』
「素材採取? しかもマギアの知識限定って、どういうことだ?」
カイルが眉を寄せる。
「クラフター向けの依頼みたいだね。ボクにぴったりだと思わない?」
アルノは右手親指の指輪を無意識に撫でながら、いたずらっぽく笑った。
「まあ、アルノが言うなら間違いないでしょうけど。とりあえず依頼主のところへ話を聞きに行ってみましょうよ」
ミラの鶴の一声で、チームの最初の依頼が決定した。
メモを剥がし、協会の受付で手続きをすませた一行は、依頼書に記された住所へと向かった。
その場所は王都の大通りから一本外れた、少し薄暗い裏路地にあった。
石畳の路地を進むと、古びているが手入れの行き届いた木造の店舗が見えてくる。
看板には『カルミナ魔導具店』と彫られていた。
カランカラン、と乾いたベルの音を響かせてドアを開ける。
店内には、所狭しと古いマギアや見たことのない工具、謎の鉱石がズラリと並べられている。
雑然とはしているが不思議とホコリっぽさはなく、マギアへの愛情が感じられる空間だった。
「いらっしゃい。……あら、その制服、王立学園の生徒さん?」
店の奥から、落ち着いた柔らかな声が響いた。
現れたのは、20代半ばくらいの細身の女性だった。
腰まであるワインレッドの長いストレートヘアが輝き、瞳は美しい赤色であったが、右目は長い前髪によって隠されていた。
どこかミステリアスな雰囲気を纏っていたが、口元には親しみやすい微笑みが浮かんでいる。
「こんにちは。ボクたち、協会の依頼書を見て来たんです。素材採取の件で」
アルノが一歩前に出て、明るく挨拶をする。
店主のカルミナは、少し驚いたように目を丸くした後、困ったように眉を下げた。
「わざわざ来てくれてありがとう。でも……学生さんのボランティアにしては、ちょっと骨が折れる依頼なのよ。Dクラスの1年生だと、怪我でもしたら大変だから……」
襟のクラスバッジを見ても、彼女の言葉には、学生を見下すような響きは一切なく、純粋にアルノたちを心配する温かさがあった。
「大丈夫だよ、お姉さん。ボクたち、これでも結構根性があるチームだからね。それにボク、マギアの知識には自信があるんだ」
アルノが胸を張ると、カルミナの視線がアルノの首元や手首にジャラジャラとつけられた無数の装飾品で止まった。
「まぁ、随分とたくさんアクセサリーをつけてるのね。マギアが好きなの?」
カルミナは、マギアに憧れる少年の微笑ましい趣味だと思ったのか、ふっと表情を和らげた。
「うん、毎日勉強してるよ。それに、おじいちゃんもクラフターだったしね」
「ふふっ、そう。じゃあ知識はばっちりって感じかな?」
まるでお姉さんのように優しく諭すと、彼女は「少し待ってて」とカウンターの奥へ向かった。
やがてカルミナが大事そうに両手で抱えて持ってきたのは、真鍮のような金属でできた複雑な構造の、古い筒状の機械だった。
「これは『映像記録マギア』よ。しかも、かなり古い規格のね。あるおじいさんが、亡くなった奥さんとの結婚式の映像をもう一度だけ見たいって、ここに修理に持ち込んできたの」
カルミナは愛おしむように、古い機械の表面をそっと撫でた。
「どうしても直してあげたいんだけど……レンズの絶縁シートが経年劣化で完全にダメになっているわ。これを当時のままに直すには、現代の合成素材じゃ規格が合わないの。昔と同じ天然の鉱物、『層雲石』が必要なのよ」
「層雲石か……。確かに、古いマギアの絶縁体といえばそれが主流ですよね」
アルノが顎に手を当てて納得したように頷く。
「ええ。でも、その石を採ってくるのがとても厄介なのよね」
カルミナが困ったようにため息をつくと、カイルが一歩前に出た。
「石ならオレが砕いて持ってきてやるぞ。力仕事なら任せてくれ」
自信満々に胸を叩くカイルを見て、カルミナはふふっと柔らかく笑った。
「ありがとう、頼もしいわね。でも、ツルハシなんかで叩き割っては絶対にダメなのよ。魔法で切り取るのも、エーテルの波長が干渉して石が濁るからいけないわ」
「叩くのも魔法もダメ……? じゃあ、どうやって採るのよ」
ミラが不思議そうに首を傾げる。
「層雲石はね、目に見えないほど極薄の層が何千枚も重なってできている脆い鉱物なの。少しでも無理な物理的衝撃を与えると内部に微細なヒビが入ってしまい、映像の光が乱反射してしまうわ。それではレンズとレンズの間に挟む『透明な絶縁シート』としては使い物にならないの」
カルミナは真剣な表情になり、アルノの灰色の瞳をまっすぐに見つめた。
「必要なのは、岩肌に露出した石の自然な割れ目……『へき開面』を視覚と指先の感覚だけで正確に見抜くこと。そして、専用の極薄のヘラを層の隙間に差し込んで、傷ひとつつけずに『0.1ミリの厚さ』でペリペリと剥がし取ることよ」
「なるほど……。魔法の力じゃなく、純粋な素材の知識と、ブレない手先の技術が必要ってことですね」
アルノの目が、職人としての好奇心でキラキラと輝き始める。
「その通りよ。完全なアナログの職人技ね。だから『マギアの知識がある者限定』にしたの。普通の探索者じゃ、石を粉々にしておしまいだわ。でもまさか、1年生が来てくれるとは思って無かったけどね、ふふっ」
「ふーん。それならアルノの出番ね。この子の手先の器用さは、ちょっと普通じゃないから」
ミラがポンとアルノの肩を叩いてウインクする。
「ウチらも、全力でサポートするよ」
シルフィアも優しい笑顔で頷き、カイルも「オレが絶対に邪魔はさせない」と頼もしく腕を組んだ。
三人の信頼しきった様子を見て、カルミナは少し驚いたように目を丸くし、やがて嬉しそうに微笑んだ。
「いいチームね……。採取場所は、王都から2時間くらいのところにある『霧降の渓谷』よ。ダンジョンじゃないから魔獣はいないけど、名前の通り霧が深くて足場がすごく悪いの」
カルミナはカウンターから一枚の地図を取り出し、渓谷の場所を指差した。
「層雲石は水に溶けやすい性質があるの。だから、むき出しの岩場を探すんじゃなくて、石の成分が溶け出している小川を見つけて、その『源流』を辿るのが一番見つけやすいわ。で、これが濃度を測るマギアね。一定以上の濃度にならないと反応しないから、最初が一番大変かもしれないわ」
「霧の中での源流探しに、繊細な採取作業か。確かに、普通の学生じゃ音を上げるな」
カイルが地図を見下ろして唸る。
アルノは地図を覗き込み、そしてカルミナに向かって元気よく宣言した。
「お姉さん、その依頼、ボクたち4人に任せてよ。おじいさんの大切な思い出、絶対に直してみせるから」
アルノの真っ直ぐで力強い言葉に、カルミナは一瞬ハッとし、そして心底ホッとしたように目尻を下げた。
「……ありがとう。あなたたちになら、安心して任せられそうだわ。採取した石を入れるための、専用のクッション箱を貸すわね」
カルミナはカウンターの奥から、内側に分厚いベルベットの布が敷き詰められ、振動吸収の機能が付いた木箱を取り出し、カイルに手渡した。
「傷つけないように、大切に運んでね。無理だと思ったら、引き返してもいいからね。気をつけて行ってらっしゃい」
「うん、行ってきます!」
カルミナの温かい見送りを受け、アルノたちは店を後にした。
初めての正式な依頼。
それぞれの胸に期待と少しの緊張を抱きながら、落ちこぼれのDクラスチームは、王都の外に広がる霧降の渓谷へと足を踏み出すのだった。




