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【第10話】晴天の虹と、屋上の4人

カイルが魔力を流し込んだ瞬間、プールの水面に巨大な渦が発生した。


「うおっ……すげぇ吸引力だ!」


ダーツの的が淡く発光し、ズゴゴゴゴッ!という轟音とともに大量の水を呑み込んでいく。


普通のルーンなら数分で魔力枯渇を起こして倒れるほどの無茶な変換効率だが、カイルの強靭な肉体と大容量の魔力、そしてアルノの高効率のルーン・ステッチ。2人の個性が相乗効果を生み出した瞬間だった。


一方、数十メートル上の屋上。


古い手押しポンプが限界ギリギリの駆動音を立て、繋がれたホースがはち切れんばかりに膨張する。


「わわっ、すごい圧力! ミラ、来るよ!」


ホースの出口を両脇に抱え込んだアルノが、足を踏ん張って叫ぶ。


次の瞬間、ホースの先からドババババッ!と滝のような勢いで水が噴き出した。


反動で吹き飛びそうになるアルノだが、そこはちゃっかり、靴底に吸着のルーンを忍ばせ、なんとか持ち堪える。


「まかせて! ワタシの特技、見せてあげる!」


ミラが木杖を構えると、唐草模様が淡く光りだし、一直線に噴き出す荒々しい水流へと狙いを定めた。


ミラの魔力が、杖の先端に高密度に集束していく。以前の彼女なら、水ごと屋上の壁を吹き飛ばすほどの大暴発を起こしていただろう。


だが今は違う。



「いけっ……! ディフューズ・ウィンド(拡散の風)!」



杖から放たれた小さな竜巻の魔法が、ホースから噴き出す水流と真正面から激突する。


アタッチメント(出力排熱陣)によって完璧に制御された風は、水を弾き飛ばすのではなく、極めて細かい霧状の飛沫へと変え、広大な扇状に展開させた。


「おおっ! すごい飛距離ね!」


ミラの風に乗った大量の霧は、巨大なスプリンクラーとなって広大な屋上全体へと降り注いだ。


エーテル(魔力の元)を帯びた高圧の霧が『魔力集光板』の表面を優しく、かつ勢いよく叩き、こびりついていた砂埃や花粉を瞬く間に洗い流していく。


茶色く濁っていたパネルが、洗われた先から黒い鏡のような本来の美しい艶を取り戻し、太陽の光を反射してキラキラと輝き始めた。


「ミラ、もっと奥のパネルにも届くように風の角度を少し上げて! カイルからの水はまだまだ止まらないよ!」


「オッケー! 魔力ならまだまだ余裕があるからね。どんどんいくわよ!」


アルノがホースの向きを調整し、ミラが風の魔法で水を拡散させる。


カイルの『動力』、アルノの『回路』、そしてミラの『制御』、三人の特性が見事に噛み合った瞬間だった。


何日もかかるはずの過酷なペナルティ労働は、三に……二人の前ではただの爽快な水遊びに等しかった。



その頃ーー。



屋上の、プールの反対側の真下にあたる中庭を歩いていた生徒たちは、頭上から降ってくる冷たくて心地よい霧に足を止めていた。


「ん……? 雨か?」


「でも、空は雲一つないほど晴れてるぜ?」


不思議そうに空を見上げた生徒の一人が、あっ!と声を上げた。


屋上からこぼれ落ちてくる大量の霧状の水しぶきが、少し傾きかけた午後の太陽の光を乱反射している。


「見ろよ……虹が出てる!」


「うわぁ、すげぇ。俺久しぶりにみたよ……」


中庭にいた生徒たちは皆、空中に架かった七色の巨大なアーチを見上げ、感嘆の声を漏らしていた。



ーー



夕日が学園を赤く染め始める頃。


広大な屋上に敷き詰められた魔力集光板は、一枚残らず新品のような黒い艶を取り戻していた。


「よし、ミラの風もストップ! 清掃完了!」


アルノの合図で、ミラが杖を下ろす。


アルノは屋上の柵から顔だけ出して、数十メートル下のプールに向かって大きくさけんだ。


「カイルー! もういいよー! 水を止めて上がってきてー!」


下から「おう!」というカイルのくぐもった声が聞こえ、ホースの脈動がピタリと止まる。


アルノとミラは急いで長く垂らしたホースを引き上げ始めた。


「この証拠品のホースが残ってたら、ワタシたちがやったってすぐにバレちゃうもんね」


「うん。ギルベルト先生の『魔石を使うな』ってルールは守ったけど、勝手に学校の備品とプールの水を拝借したからね。見つかる前に証拠隠滅だよ」


二人が少し悪そうに笑い合いながら長いキャンバス生地のホースを回収し終えた頃、屋上の扉が開きカイルが姿を現した。


「お疲れ、カイル! 最高の大容量魔石だったよ!」


「うるせぇ。でもさすがのオレも、結構魔力を持っていかれたぜ……」


カイルは悪態をつきながらも、その表情はどこか晴れやかだった。


三人は屋上の縁に腰を下ろし、夕日に照らされて黄金色に輝く集光板を見渡した。


心地よい疲労感の中、達成感に包まれて笑い合う。


青春の1ページを切り取ったような、穏やかで美しい時間だった。


その時、屋上の重い扉が再びギイッと音を立てて開いた。



「やあ。様子を見に来たんだけど……差し入れも持ってきたし、やっぱり僕も手伝う……よ……?」



現れたのは、第一王子のルイスだった。


手には高価そうな飲み物の籠を下げている。


過酷な清掃作業に苦戦しているだろうと心配して足を運んだルイスは、目の前に広がる光景に言葉を失った。


何日もかかるはずの広大なパネル掃除が、砂埃一つなくピカピカに磨き上げられ、夕日を反射して最高の効率で魔力を生み出している。


しかも、屋上一面がなぜかびしょ濡れになっていた。


「君たち……まさか、これをあの手押しポンプだけで終わらせたのかい?」


ルイスは信じられないものを見るような目で、三人を見つめた。


いったい何をどうすればこんなことができるのか、戸惑うルイスにアルノは軽く答える。


「うん、すごいでしょ、僕たち」


アルノがのんきに答えると、ルイスは静かに息を吐いた。


落ちこぼれの集まりだと言われているDクラス。


だが、彼らに何か光るものを感じる。


ルイスが感嘆の思いを胸に抱いた、まさにその瞬間だった。



「だれだっ!! プールの水を全部抜いたやつはーーっ!!」



屋上の遥か下、地上の方から、空気を震わせるような教師の激怒する声が響き渡った。


ビクゥッ!と三人の肩が跳ね上がる。


「ヤ、ヤバい!! 隠れて!」


ミラとカイルが慌てて身を屈め、屋上の縁に隠れるようにペコッと頭を下げた。


アルノも慌てて隣に並んで頭を下げる。


しかし、ルイスだけは状況が飲み込めず、呆然と突っ立っていた。



「え? どうしたの? みんな……?」



「ルイス! いいからルイスも頭下げて!」



アルノがルイスの制服の裾をグイッと引っ張る。


「えっ? あ、ああ……」


わけも分からず、第一王子であるルイスが促されるままに、屋上の縁にしゃがんでペコッと頭を下げる。


その光景があまりにもおかしくて、アルノ、ミラ、カイルの三人は、声を殺してクスクスと笑い転げた。


その三人の笑顔を見て、理由もわからないままつられて笑うルイス。


夕日と、ピカピカの集光板と、びしょ濡れの屋上。


理不尽なペナルティから始まった放課後だったが、彼らの絆は確かに深まっていた。


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