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はじまりの記憶



「でも、まぁ、澪の『はい、あーん』が聞けたから良いかな」


と、律はご満悦の様子。


「アンタって、転んでもただでは起きない奴ねぇ〜」


 呆れるナギ。


 レンから身体を縛る縄を解いてもらった律は、今度は足首を椅子の脚に括られていた。


「前向き思考って言ってよ。改めて、いただきます」


と、律は、手を合わせるとお味噌汁をひと口。


「ん、美味い」


 俺の方を向いて、律が微笑む。


「俺、ここに来て、良かったって思うこと一つだけある」と、律。


「何?エムにでも目覚めたの?」とナギ。


「⋯⋯なんで、マゾに目覚めんだよ。違うよ」軽く睨みながら、そう返す律は、俺を見ながら、


「澪と目が合う。俺はそれが嬉しい。ただの恥ずかしがり屋だって勘違いしてた。でも、⋯⋯レンの言うとおり、怯えてたんだな」


 自嘲するように笑う律。


「ごめん。俺、ずーっと知らずに怖がらせてた」


 律の謝罪。


 俺はどう返事をして良いか、分からなかった。


 戸惑っている俺を見て、ナギが律に視線をる。


「こんなみんなが食事してる場で謝られても、許すしかなくなるの、分かって言ってんの?それともただの謝りたかった自己満足?」


 ナギが冷ややかに律に言う。


「⋯⋯自己満足。俺が謝りたいって思ったから言った。ごめん。無神経だった」


 しょんぼりと、落ち込む律。


「⋯⋯それよりも食べないか?飯が冷める」と、レン。



 さっきまで、賑やかだった食事が急に静かになった。

 なんだか、居心地が悪い。

 俺は、昼食の味を楽しむことだけに集中した。


 食事を終えたら律は、また身体を縛られちゃぶ台の置いてある部屋へとナギに連れて行かれる。


「澪〜!」と、去り際も、律は叫んでいたが「トイレ行きたい時、どうすんの!?俺漏らしちゃうんだけど!」と、すぐ切り替わっていた。


 レンが食器を洗っている横で、俺は拭く係。


「ミオはまだリツが、怖い?」と、静かにレンから聞かれた。


(⋯⋯どうなんだろう。分からない)


 律に指摘されて、俺は律の顔を見てることに気付かされた。


 黙っている俺に、レンから


「ミオが向こうに何も未練が無いなら、ここで一緒に生きていくことも出来るよ」


と、穏やかにレンから提案された。


(ここで生きていく⋯⋯それって)


 戸籍を捨てて、一人の生物として生きていくこと。


 朝起きて、畑や家畜の世話をして、家事や掃除に勤しむ。

 食材で欲しいものがあれば現地調達。


 魅力的でもあった。だけど――――


「ありがとう」


「⋯⋯でも、俺、多分、お腹の中に律の⋯⋯赤ちゃんがいるんだ。だから、身体もどんどん変わっていく。⋯⋯きっと、レンに迷惑をかけるよ」


 良性具有だなんて都会ではめずらしくないけど、この集落はどうなのだろう。


「別に構わないよ。それに、子供はみんなで育てたら良い。ここの里ではそうしてる。一人で背負い込まなくて良いよ」


 嬉しい申し出。

 俺みたいな、何も出来ない人間を受け入れてくれようとしている。

 甘えて縋りつきたい。

 きっと、レンなら頼りになる。


 心が定まらない内に、律との交わり。

 親になれるのか、不安で仕方ない。


 だけど⋯⋯、


 だけど、思い浮かべるのは⋯⋯、


「⋯⋯誰か、思い浮かべた?」


「⋯⋯え?」


「そんな顔してる」


「⋯⋯」


 レンの穏やかな表情。

 優しい眼差し。


「なら、ミオ。それがアンタの答えだ」


(俺の⋯⋯答え)



 律の「トイレに行きたぁい」という言葉に、思考が遮断される。


 ナギがレンを呼ぶ。


 レンに連れられる律。


「なんで、“男”!?俺、半分女なんだけど!!貞操の危機なんだけど!澪!助けて!俺には君だけ⋯⋯!」


 そのまま物陰に消えた。


 食器を片付け終わる頃に、二人は戻ってきた。


「アンタ、用足すのに縄解かれるだけなのに、いちいちうるさい奴だね」


と、律は、ナギに叱責されていた。


 ナギに呼ばれてちゃぶ台の部屋にいる二人の下へ。


 ナギは、レンに呼ばれて台所へ。


 律と二人きりとなった。


 律を見ると、今度はちゃぶ台の脚に足が括られていた。


 湯飲みを二つ、ナギがちゃぶ台に置いた。


「変な動きしたら、分かってるね?アッツアツのお湯、沸かしてるから」


 律を睨んでそう一言。

 部屋で二人きり。

 にわかに、緊張する。


「さっきは、ごめんね。みんながいる前で」律の言葉。


「⋯⋯ううん、その、俺もなにも返事⋯⋯出来なくて、ごめん」


 意識してないのに、顔に熱が集まる。なんで⋯⋯?


「り、律は、なんだか、変わったね。子供っぽいというか⋯⋯その」


「あ、これ?前にも言ったけど、これが俺の素なんだよね。恥ずかしい。『イメージと違った』『格好良い人かと思ってた』とか言われて好かれて付き合って、で、素出して振られるの」


と、言うと律はアハハ、と笑った。


「澪に出会うまでそんなのの繰り返し。だから、結婚はAI任せ。でも、俺、AIに感謝してる。だって、澪と出会えたもん」


 そう言うと、ニカッ、と笑う律。


「⋯⋯なんて、ごめん。本当は、会っちゃ駄目って言い聞かせてたんだ。君にひどいことした。薬使って無理やり身体繋げて。君がいなくなって、許されないことした、って朝目覚めて君が家の中、どこにもいないことが分かって自覚した」


 律の言葉に、俺も口を開く。


「俺、そういうの、いくら結婚したからって、いっても両思いなってからするものだ、って思ってたから⋯⋯。ごめん。俺の方も子供過ぎたんだ。督促が来てるなんて⋯⋯通知見てなくてごめん」


 前世の少年と同じ顔をした律。

 でも、きっと、今の律なら。


 俺は勇気を出して、一歩を踏み出した。


「ちゃんと、話してくれたら良かったんだ。督促の内容。そしたら、俺も律の事情が理解できたかもしれない」


「⋯⋯俺、あの時、許せなかった。嫌だ、って言ったのに。聞いてくれない律に。⋯⋯気持ちいいって感じる自分も許せなかった。心はそうじゃないのに、俺の心の置き場がどこにも無くて⋯⋯っ」


 あの時の情景がちらつく。

 感情が高まる。

 声が上ずる。

 涙が勝手に溢れてくる。


「俺が勝手に怖がっていたのは、悪かったと思ってる。でも、俺は、俺は、律を理解してから、知ってからが良かった⋯⋯っ」

 

 “前世の僕”を思い出したことで、律に恐怖した。

 でも、それは、言えない。

 前世の話は、律には話せない。

 自殺した原因の顔だから、律の顔が怖い、なんて。

 

 馬鹿にされる、信じてもらえないとかじゃない。

 きっと、律は俺の話を聞いたら、顔を変える。

 病院にフラリ、と入って。

 何の躊躇いもなく。原因を潰すために。


 だから、言えない。言いたくない。

 

「⋯⋯ごめん、澪。俺、最低なことをした。国が認めてるからって。差し入れだからって。催淫剤見つけて、俺喜んだんだ。これで、澪を繋ぎ止められる、って。快楽さえ教えたらそれを求めるだろうって。結局、俺も薬にやられてさ。浅はかだった。澪の気持ちなんて、考えてなかった」


「⋯⋯澪が出ていくの、当たり前のことをしたんだ。だから、謝らなくて良いよ。澪はなにも悪くない」


「⋯⋯レンと、澪が並んで料理作ってる時、澪が自然に笑ってた。俺の時と違って。澪がもし、レンを選んでも、俺は澪がいるところで生きていたい。澪が国を捨てるなら、俺も捨てる。君の傍が良いんだ。そうじゃないと、俺が生きている理由に意味がなくなる。それくらい俺は君が好きなんだ」


 律の告白は、ドロドロだった。


「それは⋯⋯、重いよ」


 俺は、その内容に苦笑した。


「だよね」


 律も笑う。


「でも、俺、それくらい君が好きなんだ。なぜだか自分でも不思議だけど」


「ねぇ、澪。今みたいに俺を叱って。俺、澪に叱られるの嬉しい。あ、マゾに目覚めたんじゃないよ?君の本心を知って嬉しいんだ。だって、俺たち無二ペアに選ばれたんだから、君のこと、もっと知りたいんだ」


 律の言葉に俺も素直になってみることにした。


「⋯⋯じゃあ、本心言うよ。俺、初対面の律が格好良くて、思わず見惚れちゃったけど、性格は、子供っぽい律のが好きだな」


 律は、その言葉を聞いて驚いたように、目を見開くと、徐々に顔が赤くなった。


 真っ赤になった律は、嬉しそうに破顔した。



 何故だろう。その顔を見て、その表情を見て


(あ⋯⋯、好き)


 て、思ったのは。


 前世で俺を嘲笑した顔。

 金銭をせびる顔。

 責任を転嫁した顔。

 俺を死へと追い詰めた顔。


 なのに、愛しさが心から溢れこぼれる。

 真っ赤になって、嬉しそうに笑う律の顔に。


「帰ろうか、俺達の家に」


 自然とそんな言葉が口から出ていた。


 晴れた午後。

 ちゃぶ台。

 ふたつの湯呑み。


 律は、ちゃぶ台の脚に足を括られて変な格好。


 でも、そんな姿も可愛く思えた。


◇◇◇


 僕は、今日から中学生。

 制服は、手が隠れるほどの袖の長さ。

 裾も長い。

 なのに、お母さんから、

 

『卒業する頃には、逆にちょうど良くなるか、短くなるのよ』


 なんて言われた。

 ホントかな?


 それに、友達は出来るかな?


 小学生の頃の友達はいない。

 両親の都合で、引っ越したから。


 入学式。席が前後だったから、くるりと振り向いた少年に話しかけられた。


 自分と違って、顔が格好良くて思わず見惚れた。


『俺、黒河透。よろしくな!』

『僕⋯⋯、小早川律⋯⋯。よろしくね』


『ごばやかわ⋯⋯りつ。じゃあ、律って呼ぶわ!』


 そう言うと、その子はニカッと笑顔になった。


 夏休み。


 おばあちゃんの家。


『うん、来週は友達の家に泊まりに行くの!すごく楽しみなんだ!名前はね、透くんていうの』


『そう、それは、良かったわねぇ。あちらの家でご迷惑にならないようにね』


 お祖母ちゃんからの教えに、僕は友達に嫌われないよう肝に銘じる。


『うん、わかった。あ!お味噌汁!玉子入れてね!僕、おばあちゃんが作る玉子入りのお味噌汁が好きなんだ』


 僕は、笑う。

 優しい、お祖母ちゃん。

 お祖母ちゃんの家のお味噌汁は、特別。

 お出汁は、いりこ味。


 僕は朝食を食べながら思う。

 来週のお泊り、楽しみだ。


 好きなゲームを持っていこう。

 それとも、去年の冬にもらったクリスマスプレゼントとゲームかな?

 本体と、ソフト。忘れないようにしなくちゃ。


 透くん、喜んでくれるかな?

 僕の好きなゲーム、透くんも好きになってくれるかな?


 来週のことを想像して思わず、にんまりと笑顔になる。


 ずっと、こんな日が続くと良いな。


最後までお読みいただきありがとうございます。

リアクションありがとうございます。

感想や評価、リアクションをいただけますと執筆の励みになります。


今回のお話は、友人が教えてくれたテーマにビビビッ!と来て、スマホに打ち込みまくった物語でした。

カクヨム10テーマのひとつです。


■宿命の伴侶~生まれついての契り~部門■

離れても引き戻される、逃れられぬ宿命で結ばれた二人が紡ぐ物語

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