揺れる心と腕の中
「うそ⋯⋯だ、」
自分の寝言で目が覚めた。
夢の中、玄関先で靴を履いていた。
月曜の朝は、よく晴れていた。
「⋯⋯死にたいなんて、思ってなかったくせに」
“十四歳の僕”は、死にたいなんて思ってなかった⋯⋯。
でも――
死ななきゃいけない、と思ってた。
死ななきゃ解決しない。
楽になりたい。
そればかり。
「う⋯⋯っ」
遠い前世。自分のことなのに。
名前も思い出せない“十四歳の僕”
抱きしめてあげたかった。
孤独に、一人で、逝ってしまったのだろうか。
両親に愛されていたのに。
遺された両親はどうなったのだろう。
先に逝ってしまったことが、自分の勝手で決めてしまったことが、ただただ申し訳なかった。
目から熱いものが溢れる。
レンの腕の中だと自覚した時には、もう既に涙がレンを濡らしていた。
離れようとしたが、レンの腕が包むように俺の腰に回されていて、叶わなかった。
前世の両親に甘えるように、そっ、とレンの胸に顔を埋めた。
自分の身体を包み込む。大きな身体。規則正しく脈打つ心音。
(⋯⋯大丈夫。俺は死んでない。生きてる)
安心すると、再び眠気がやってくる。
目を瞑る。
両親が、父と母の姿が浮かび上がる。
僕の大好きな両親。
忘れたくなかったのに、忘れてしまっていてごめんなさい。
『ごめんなさい⋯⋯』
ずっと、二人の子供でいたかった。
◇◇◇
朝の訪れ。鶏の鳴き声。
(慣れると、朝が来たって身体が目覚めるから結構良いかも)
朝の支度を終えて、日課の収穫。
「ーーーー!!」
「⋯⋯え?」
(今、なにか聞こえた?)
卵を収穫して、レンから渡されている時だった。
辺りを見渡す。
「レン?今、なにか言った?」
「ん?ああ、リツの叫び声だと思うよ?ミオもあんなだったし」
「え!?」
(長老の家って少し離れてるのに!?)
(ていうか、律の叫び声!?律も叫ぶ時があるの!?)
朝食は、大好きな玉子入り。
「レンのお味噌汁、大好き。美味しい」
ふぅふぅ、と冷ましながらもう一口。
「そう?ミオが手伝ってくれるから、もうミオの味でもあるよ?」
レンの言葉。
「そ、そうかな?」
(嬉しい⋯⋯。俺、お味噌汁作れるようになったんだ)
朝食を終えたら、掃除と洗濯。
雨はすっかり上がっていた。
律は、出ていくのかな?
「二人でやると早いね。俺、ナギの家の屋根見てくる」
そう言うと、レンは家を出ていった。
レンを玄関先で見送って、土間を突っ切って台所へ。
収穫した野菜を洗っていたら、フワリと抱き寄せられた。
「どうしたの?レン、早かったね」
振り向くと、律だった。
思わず、視線を流し台の野菜に戻す。
律の腕はお腹に回ったまま。
(ど、どうしよう。どうしよう⋯⋯)
「⋯⋯ミオ、おはよう」
「お、おはよう。どうしたの?何も言わず入ってくるなんて⋯⋯。ここ、レンの家だよ。ひ、一言言わないと」
「ごめん。澪の姿が見えたから、吸い寄せられちゃった」
「そう⋯⋯なんだ。そういえば、朝、叫び声が聞こえてたよ?律でも叫ぶことあるんだね」
「え⋯⋯?聞こえてた⋯⋯?恥ずかしい。ちょっと、文化ギャップが凄まじくて思わず。ねえ、トイレの中、覗いた?」
「あれは⋯⋯たしかに」
思わず、自分の過去を振り返って吹きだした。
「⋯⋯レンが、あれのこと“ヨーグルト”って例えてた」
「マジで?最悪な例えなんだけど」
(あ、なんか⋯⋯和やかかも)
でも、腰に回った腕は離れないどころか、いっそう抱き寄せられる。
「ねぇ、なんで俺じゃなくて、あいつって思ったの?」
「⋯⋯え?」
「あいつに、ここまで許してるの⋯⋯?」
「律⋯⋯?」
腰に回った手が、徐々に上へと撫でるように伸びていく。
「⋯⋯澪、どこまであいつに許したの?」
抵抗したいのに、両手は濡れている。
「り、りつ⋯⋯!やめて⋯⋯ッ」
肘で追いやろうとするが、上手くいかない。
律の指が意思を持って、布越しの胸の頂に触れた。
「⋯⋯ア、や、やだ、やめて」
無理やり植え付けられた快楽を、呼び起こすように。
「ここも、あいつに許したの⋯⋯?」
律の上ずった声。
「ち、ちがう⋯⋯!レンは、そんなんじゃ⋯⋯」
律の指の動きが的確に欲望を撫で上げる。
抜けそうになる足の力。
水の流れる音と律の吐息が、頭の中をクラクラとさせる。
「うわっ!」
律の驚いたような声。突然解かれた拘束。
振り向くと、律の首根っこを捕まえたレンがいた。
「昨日長老から、『ミオが許すまで接近禁止』て言われてなかったっけ?」
「⋯⋯あんなおっさんの言うことなんか、聞いてられるかよ」
「⋯⋯長老の言うことが聞けないなら、出ていくことになるけど」
「⋯⋯」
ぶすっ、とした表情の律。
「レンー!アイツいたー?」
玄関先からナギの声。
その声に反応するように、レンは律の首根っこを捕まえたまま、引きずっていく。
「ちょっ、くるしぃって!」
シャツの隙間に指を入れて隙間を作る律。
そのまま、よろけるように後ろ足で遠ざかっていった。




