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十四歳の僕



 レンもいない家で一人きり。

 頭の中は、去り際に見た律の顔だった。


(⋯⋯あんな顔、まるで本当に、俺のこと好きみたいじゃん)


 そう思うと勝手に頬が染まる。



 律は何度も口説く言葉を口にしたけども、その言葉を信じて良いのか分からなかった。

 特に、“前世の僕”を思い出してからは、律を信じて裏切られるのが怖くなっていた。



(律との初対面の時、どうだったっけ⋯⋯?)


 前世の記憶を思い出す前の記憶を辿る。


『仲人AI』とも言われている、マッチングシステム。

 そこで指定された場所は、生活圏内に佇むカフェだった。


 事前に送られたメッセージ。婚姻相手が側に近づけば、お互いのスマホが同時に鳴るか、震えるかして知らせてくれる。


 時間がゆっくり流れるような、落ち着いた店内。

 俺は緊張しながら待った。


 ふと、自分とその近くでスマホが同時に鳴った。短い軽快音。


 ドキリ、と心臓が音を立てる。

 鳴った方向に目をる。


 その相手が律だった。


 目が合い、微笑みながら俺の席へと近付いてきた。


 華やかな風貌。律の周りだけ煌めくほど。


 緊張している俺とは違い、落ち着いた様子の律。


(生理的に受け付けない雰囲気とかじゃなくて良かった、て安心したんだっけ?)


 どうして自分で伴侶を決めず、律が行政のシステムどおり、婚姻制度に従ったのか不思議だった。


(誰も放っておかなそうなのに⋯⋯)


 それからお互いに届いた行政の資料を交換。


 記されたQRコードを読み込んで、改めて自分の伴侶となる律の名前を声に出さずに読み上げて律を盗み見た瞬間、突然、走馬灯のように前世の記憶が走り抜けた。


 残ったのは、律に対しての恐怖と戸惑いだった。


 顔も声もなにもかも、前世の少年をそのまま大人にしたような律の姿。


 第二の人生の家庭を持つこと。

 ひそやかに思い描いた家庭像は、その瞬間に霧散した。


 俺は、深く溜息をく。


「⋯⋯前世なんて思い出したくなかった」



 カラリ、と玄関の引き戸が開いた。


 一瞬の緊張。


「ただいま」というレンの声。


 俺は、安堵して「おかえりなさい」と玄関口のレンに声をかけるのだった。



 びしょ濡れになって帰ってきたレンに、俺は驚いた。


「風が吹いて被ってたフードが脱げたせいだよ。合羽カッパ着ての作業だったから、服はそんなに」


 そう言いながら土間で合羽を脱いで、俺が持ってきたタオルを頭から被り、拭きながらレンは言う。


「晴れたら午後から、ナギの家の屋根の修理に行ってくるよ」


 レンからの連絡に、

 

「じゃあ、昼食の片付けは俺がやっておくよ」

 

 と、提案した。少しぐらい役に立ちたかった。


「ありがとう」


 レンはそう言うと、俺の頭をグシャグシャと撫でた。


 夕食を食べ、一緒に風呂に入る。


 湯船にレンと浸かりながら、


 俺は、今日も一緒に寝ても良いか聞いてみた。


「良いよ。俺もしょっちゅう親の布団で一緒に寝てたし。怖い夢って見るとしばらく夜寝るのが怖いよね」


 そう、冗談めかしに言うレンの何気ない言葉に救われる。


「ありがとう、レン⋯⋯」


(レンと出会って良かった。夢は怖いけど、レンがいるもん)


 俺は、安心した気持ちでレンに笑い返した。

 

 布団を二つ並べてくっつける。隙間の部分は、毛布を敷いて、枕を並べて。毛布と掛け布団を半分ずつ重ねた。


 布団をめくって身体を潜らせて、


「おやすみ、レン。多分寝てる俺、うるさいと思う」


「いいよ、おやすみ」


 レンが布団をめくり、身体を潜らせる。少し身体を起こして腕を伸ばして、紐を引っ張り灯りを消した。


 レンは、布団に身体を沈めると、向かい合う俺を引き寄せる。


「遠慮なく、くっついて良いよ。その方が安心して寝れるでしょ」


「⋯⋯もし、寝ぼけて、蹴ったり殴ったりしたらごめん」


「ははっ、良いよ。成長期って思うことにする」


 レンの腕に包まれて、俺は子どもに還ったような、そんな感覚で目を瞑る。


 レンの心音。温もりで、俺はすぐに眠りへといざなわれた。

 

◇◇◇


 金曜の夜、両親からどこか行きたいところはあるか聞かれたけれど、土日は、家族だけで過ごしたかった。

 お父さんから、遠慮してるんじゃないか、どこか行きたいとこはあるか、ともう一度聞かれたけど、僕は『お父さんの洗車を手伝いたい』と言った。


 そうか、というお父さんはどこか嬉しそうだった。


 土曜の朝、早起きをしてお父さんと二人で車を洗う。

 いつもどこかへ連れて行ってくれた車、僕はありがとうの気持ちを込めて一生懸命、洗い上げた。


 お母さんの家事を手伝う。


 掃除も手伝って洗濯物を干すのを手伝う。


 夜は僕が好きな、ロールキャベツだった。


『ねえ、今日の晩ごはんはなに?僕手伝うよ』

『じゃあ、キャベツを巻いてくれるかしら?』

『もしかして、ロールキャベツ?』


『ふふっ、そうよ』


『お母さんの作るロールキャベツ大好き。キャベツがトロトロしてて、スープはコンソメスープみたいだし。とろみがついてて、美味しい!僕のお皿、ベーコンも入れてね』


『ええ。たくさん作るからお手伝い、頑張ってね』

『うん!』


 皿に盛られたロールキャベツ。

 僕は、それをじっ、と眺めた。

 忘れないように。


 お母さんと一緒に作った僕の大好きなロールキャベツ。



『おかわり!』


『今日は、たくさん食べるわね。たくさんお手伝いしてもらったからかしら?』

 お母さんは驚いた後にくすり、と笑って

『それとも、成長期かしら?』と嬉しそう。


 僕は小学生の頃に戻ったかのように、両親二人に甘えた。


 僕は、思春期に入って、恥ずかしくて言えなかったことを両親に告げた。


『お母さん、僕、お母さんの料理、全部大好き。どれも一番好き。毎日お仕事大変なのに、美味しい御飯作ってくれてありがとう。大好きだよ』


『お父さん、お仕事忙しいのに、休みの日は車運転して遠いところに連れて行ってくれてありがとう。この前の動物園も楽しかった。お父さん、大好きだよ』


 僕が病気した時、お母さんはほとんど寝ずに看病してくれたのに、先に逝く僕はひどく親不孝だ。


 でも、僕は他に解決の方法が思いつかない。


 日曜の夜は、外食だった。お母さんの料理が食べたかったけど、手伝ってくれたご褒美だって。


 お父さんとお母さんは、僕を喜ばせたかったみたい。

 気にしなくて良いのに。

 僕は、二人が思うほど良い子じゃないのに。


 ありがとう。お父さんお母さん、大好きだよ。


 月曜の朝、学校へ行く。学校帰り、僕は死にに行く。



 だからきっと、もう、なにも怖くない。


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