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不安を抱きしめて



 晩ごはんを食べている時も、お風呂に入っている時も不安で不安で仕方ない。


「ミオ⋯⋯、ずっとくっついてるけど、何かあったの?」


 レンに問われた。


 無意識にトイレのドアの前までついて行った時だった。


「あ、⋯⋯ごめん。ちょっと、一人になるのが怖くて⋯⋯」


 俺は、次に続く言葉を発した。


「⋯⋯レン、今日一緒のお布団で寝ても良い?」


 律にった戸惑いのまま夢を見たくなかった。


「良いけど⋯⋯、布団の中で待てるなら⋯⋯。俺、今から特大のするから」


「待てるよ!それくらい!」


(⋯⋯特大。漢の“特大”とは)


 俺は、レンと別れるとちゃぶ台のある部屋を通って土間へと下り、上がり口へと上がると引き戸を開け、寝室へと入った。

 寒いので引き戸を閉める。


 部屋の中央に布団が二つ。

 俺はレンの布団に、自分の布団をくっつけて、布団の端――レンの布団の側に枕を置いた。


 掛け布団を被って横になる。


 一人になると、今日山道で見かけてしまった律の後ろ姿を思い出す。


 ここまで追いかけてきた姿。

 動転して逃げ出したけど、何故か思い出すその後ろ姿に、別の感情が湧く自分がいた。


(なんで⋯⋯俺。無理やりだったのが嫌で逃げてきたのに⋯⋯)


 目を瞑ると、振り向く律の寸前の様子が浮かび上がる。


(律は⋯⋯、俺だって気づいたんだろうか)

 

 気付いて欲しくないのに、気付いてほしいと矛盾した気持ちが湧いてくる。


 振り向く寸前の姿が⋯⋯何故か、どんな表情をしていたか気になった。


 ガラス戸が開いた音で、慌てて目を開く。


(危うく寝てしまうとこだった⋯⋯!)


 特大の漢の用事を済ませたレンが視界に映る。


 レンは自分の布団をめくると、その中に身体をおさめた。


 俺は布団の中からレンを見ながら声をかけた。


「レン⋯⋯っ!あの、レンの身体どこか触ったままで寝たいんだ。俺、夢見が悪くて、ひとり寝が怖くて⋯⋯」


 正直に打ち明けた。


 でも、その言葉を聞いて、レンは布団から出てしまった。


 拒絶されたようで、胸が苦しくなる。


「⋯⋯ごめん。変なこと言って」


 俺は、そう言い起き上がると、なるべくレンから離れた敷布に枕を置きなおすと、背を向けて、布団を頭から被った。


 ふすまの開く音がして、ゴソ、バサ、と音がする。


 何故か被った掛け布団がまくられる。背中が寒い。

 すぐに布団は、戻された。一体なんだったのか。


「ミオ、良いよ。こっち来て」


 レンの声。


 俺は、布団から顔を出して、レンのいる後ろを振り返った。


 布団と布団の間に毛布が敷かれていた。


「⋯⋯これ」


「布団の隙間に身体落ちちゃうから。これだと少しはマシだと思う」


 言うとレンは、俺に近づき毛布と掛け布団を剥いだ。


 そのまま掛け布団ごと移動し、敷いた毛布の上に俺たちの布団を半分ずつ、重ねるようにして掛け直す。


「俺も子供の頃、こうやって、母ちゃんと寝てた。ほら、身体が冷えるから早く入って」


「⋯⋯よく言うよ。引っがしたくせに」


 そういうと、レンは吹き出すように笑って「たしかに」と言った。


 枕を移動し、布団に入る。

 気恥ずかしくてレンに背中を向けて横向きになると、首までしっかり布団をかけられた後、電気が消えて、お腹に腕が回された。


「⋯⋯ありがとう、レン」


 俺の言葉にレンはなにも返さず、ただ


「おやすみ」


 とだけ。


「おやすみ⋯⋯」と俺も返事をする。


 しばらくするとレンの寝息が聞こえてきた。


 お腹の回された腕の温かさ、と人の重みで俺もいつしか眠りについた。


 

 十四歳の“前世の僕”は、これから塾に行くところ。

 平日の帰宅ラッシュ。

 満員電車の中、ただ、ボケっと吊り革と人に体重を預けていた。


 異変に気付いたのは、しばらく経っての事だった。


 お尻の割れ目にずっと、何かが当たっている。


(鞄⋯⋯だよね?)


 少し、身動ぎして、位置をずらす。

 でも、また、すぐに。


(⋯⋯いや、いつもこんな感じ⋯⋯だったよね?)


 過去を思い出そうとするが、うまく思い出せない。


 鞄と思わしき物は、身動ぎしても探るようにその場所に割り込んでくる。


 ふいに、撮られた写真の事が気になった。


 あの時の記憶は、ほとんど無かった。

 言われるがままに裸で走らされたのかすら、覚えていない。


 気付いたら自宅の前だった。


 心臓がドクドクと脈を打つ。


『裸の写真でいっか。約束破ったら、ネットにでも上げようかな』


 あの日の声が――蘇る。


(でも、僕は、男だし、そんなこと⋯⋯。でも、男の人も痴漢被害に遭うってお母さんが言ってた⋯⋯。写真、まさか、そんなはずは)


 写真の行方が気になった。

 目的の駅に着く。

 僕ははやる気持ちで、早くこの場から離れたかった。


 塾での勉強も全然集中できなかった。


 とにかく、写真のことが気になった。


 帰りの電車に乗るのが怖かった。誰にも顔を見られないようにひたすらうつむいた。



『⋯⋯は?消せ?なんでだよ』


 律とそっくりの少年に、僕はどうしても撮った画像を消してほしいとお願いした。


 でも――。


『なら、慰謝料。代わりに慰謝料払えよ。俺に対して嘘ついてたじゃん。しかも担任にまで言っちゃってさ。俺、傷ついたんだよねぇ。証拠の代わり、早く払ってよ、い、しゃ、りょ、う。払ってくれたら消してやるよ。俺、お前みたいに“嘘つき”じゃ、ないからさ』


 だけど、提示された金額は、とても払える額じゃなかった。


 両親に相談するのは、恥ずかしかった。


 それに、両親が買ってくれたゲームソフトや本体。

 お金を渡すため、換金目的で『売った』なんて、口が裂けても言えなかった。


(もう、お金なんてないよ――⋯⋯)



 ――――どうすることも、出来なかった。



 心臓が、バクバクと脈打つ違和感に目を覚ました。


 瞼を開いた先は暗闇。そこで先ほどの光景が前世が見せた夢だと分かり、ホッとする。


(あんな、額⋯⋯子供には無理だよ)


 身動みじろぎしようと動いたところで、レンの腕がお腹に回されていたことを思い出す。


 電車の中での感触が蘇る。

 レンだと分かっているのに、後ろに人の気配を感じるのが嫌だった。


 身体を反転させて、寝ているレンの懐に潜り込んで、ぎゅ、と抱きついた。


 大きな身体と温もりは、なにかにすがりつきたい衝動のまま腕に力を込めても微動だにしない。


 とにかく心が、不安だった。


 十四歳までの記憶しかない“前世の僕”


 夢の中での焦りと不安と絶望が、十四歳で記憶が途切れた前世が。


 嫌でも最期を予感させる。


 抱きついた身体から伝わるレンの体温、身体にくっつけた頬から肌越しに伝わる心音、力を込めた俺の腕が、拍動する。

 まだ自分は生きているという実感が、ただ欲しかった。


 その時、違和感に気付いたのか、レンの腕が動いて俺の頭を撫でた。


 さらり、と何度も。


 優しい手つき。腕の力がふわりとほどける。


 レンに頭を撫でられ、いつしか再び眠りについた。


 ――夢は、見なかった。


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