遅い昼食と、消えない記憶
「はい、ミオ。今度は俺が大きいのをもらおう」
白い湯気をくゆらせた魚。香ばしい匂い。
「⋯⋯そんなに変わらないじゃん」
レンの竹串に刺さった魚と俺の魚を見比べる。
「そう?」と言うと、やっぱりレンは竹串をまっすぐ口の中へと運ぶ。
(ヒゲに、喉仏⋯⋯男らしい顔つき。鍛えられた身体。そして、竹串は縦から⋯⋯。俺も、俺もこうなりたい!)
半分、女の俺。そんな事は無理だけど。
レンに倣って尾から挑戦した。
口を開けるにも、尻尾の少し先だけで限界一口。
身まで辿り着けなかった。
(でも、美味しい⋯⋯!)
男らしさは、足りないけど美味しさを味わう味覚は一緒のはず。
塩がほんの少し焦げた部分は香ばしく、尻尾の部分はパリパリ。
俺はやっぱり竹串を両手に持って、背中からいただいた。
「ほんのりと甘みがあるかな?美味しいな。砂糖でも良いぐらい」
レンが美味しそうに咀嚼をしながら、そう感想を述べる。
塩で施したのとは変わらないふっくらした甘い身を、塩味が濃い部分と交互に食べ進めた。
「今度は頭、食べられそうな気がする!」
宣言。
「そ?じゃあ、骨、良く噛んでね。柔らかいけどちょっと大きいから」
レンからのアドバイス。
「うん」
男の覚悟。いただきます!
白い目と合わないように口を開けて、目を瞑り、噛みついた。
サク!ザク!ボリ!
パリパリになった皮の部分、薄い骨、そして、多分、頭蓋骨。
怖い!と思った、俺は次の瞬間、鼻に抜ける香ばしさに驚いた。
「おいひぃ!!」
「よく焼けてるからね。香ばしくって美味しいよね」
レンの言葉に、激しく頷いて同意した。
(なんだか、男らしさに一歩近づいた気がする!)
苦手な魚を完食して、頭も食べたことで自信がつく。
「お昼、どうする?御飯食べる?」
レンからの申し出に、
「え?」
(今のがお昼じゃないの⋯⋯?)
俺のお腹は丁度良いぐらいに満たされていた。
七輪を持ってレンは、台所へと消えていく。
「大根炊いたやつがある。あと漬物。米は今からだけど、仕込み済みだからすぐ炊けるよ?」
「“大根炊いた”って⋯⋯なに?」聞いてみた。
「煮物。大根、煮たやつ」
(⋯⋯大根の煮物!?しっかり御飯じゃん!)
結局、お米が炊ける頃には物足りなくなってしまったので、しっかりと、“大根の炊いたやつ”も白いお米も、なんなら味噌汁まで飲んでしまった。
(この野菜たっぷりのお味噌汁が美味しい〜!)
お味噌汁に舌鼓を打っていたら、お浸しまで出される始末。
「たくさん食べたね。ミオが美味しそうに食べるから色々食べさせたくなる」
と、言いながらレンが微笑む。ニッコリ。
同じ量を食べたとは思えない余裕ぶり。
俺は、呼吸すら苦しいお腹⋯⋯を擦りながら、
「今まで生きてきた中で、一番食べたかも⋯⋯」
そう言ったら、レンはなぜだか嬉しそうだった。
昼御飯を食べたら昼寝。
レンに、逆流性食道炎なんて関係ない。
(夢⋯⋯、また見るのかな⋯⋯。見るだろうな)
“前世の僕”、裸の写真を撮られた後だろうか、そう思うと楽しかった気持ちが、一気にどよん、と重く苦しくなった。
片付けを終えたレンから、枕とタオルケットを渡された。
「俺、夢見悪いから、散歩でもしてこようかな⋯⋯」
「⋯⋯健康的で良いと思うけど、この辺一体なにもないし、野犬が出るから気をつけて」
「お腹がいっぱいの時は、急に動くと横腹痛くなっちゃうからね。少し休憩してから出発するのが良いよ」
横になりながらレンはそう言うと、タオルで目元を覆って静かになった。
「野犬⋯⋯き、気をつける」
しばらく部屋で休憩。かすかに聞こえてくるレンの寝息のせいか、血糖値が上がったせいか、目蓋が重くなるような眠気に襲われる。
麦わら帽子を借りて外に出る。
(遅めの昼ご飯だったし、一時間ぐらい?ブラブラしよう)
でも、部外者と思われるのが居心地悪く思い、集落の中を散歩することは躊躇った。
気分を変えて、ナギに出会う前、最初に訪れた横道を目指して歩くことにした。
横道から出て、上り坂。
(この先はどこまで続くんだろう⋯⋯?)
迷わないように、細い横道、目印を置いた。
(ちょっと大きめな石なだけだけど、俺が分かれば良いか)
曲がりくねった舗装の割れたアスファルトの山道、カサカサの落ち葉。
上り坂をどんどん上がっていく。頂上から見る景色が気になったからだ。
(もう少しで頂上かな⋯⋯。でも、木が生い茂ってて、景色なんて見れないかも⋯⋯)と、顔を上げた矢先。
俺以外、誰も通っていなかった道。
遠くに人が歩いていた。
一瞬、幽霊かと思い、驚いた。
(⋯⋯生きてる人だよね?ちゃんと動いてるし⋯⋯。でも、あの後ろ姿⋯⋯どこかで)
その後ろ姿が、見覚えのある姿を思い出した時、心臓が嫌な音を立てた。
――律だった。




