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沙州関異聞  作者: いろは
第四章
27/42

二十六

「食事を運んだ者によると、いつもは一日中寝台の上に座りこんでいるところ、今朝に限ってうつぶせに寝ていたのだそうです。声をかけても反応がなかったので、体に手をかけてみたところ……」


 すでに冷たく、固くなっていたのだと、阮之は駆けつけた子怜と春明に説明した。


 遺体のそばでは、奎厦と数名の兵が黙然とたたずんでいた。


「死因は?」


 子怜が問うと、阮之は力なく首を横にふる。


「わかりません。ひととおり遺体をあらためてみましたが、外傷は見あたりませんでした」


 子怜は遺体のそばにしゃがみこみ、顔を覆っていた布をはずした。子怜の背中ごしに洪の顔を見た春明は、思わず息をのんだ。


 洪の死に顔は、安らかとはほど遠かった。血走った両眼はかっと見開かれ、ひどい苦痛にさらされていたかのように顔全体がゆがんでいる。何かを叫ぶように大きく開かれた口もとには、よだれが伝った跡が白くついていた。


 子怜は遺骸に鼻を近づけ、顔をしかめて身を引いた。


「体の硬直の具合からして、この者が息をひきとったのは真夜中かと」

「てことは、また例の?」

「……緑の眼」


 ごく低い、ひそめた声だったが、静まりかえった室内で、それは雷鳴のように轟いた。


 その声に、真っ先に反応したのは奎厦だった。肩をいからせ、声の主を見る。鋭い視線の先で、その少年兵は昂然と顔をあげて奎厦を見つめ返していた。


「洪は、殺されたんだ」

「……ちょっと」


 春明はたまらずその少年兵──刀児のもとへ駆けよった。


「いまはそんな場合じゃ……」

「どけよ」


 刀児は春明をつきとばすと、懐から黄ばんだ紙片を取り出し、武器のように奎厦につきつけた。


「あんたのせいだ」


 ゆっくりと、一語一語区切るように刀児は言う。


「あんたが、洪を殺した」

「やめ……」

「皆も見ただろう!」


 春明の制止の声を、刀児の告発が圧する。


「おまえらも見たんだよな! 夢の中で、緑の眼のやつに殺されたんだよな! そうだろう、なあ!」


 しばらく誰も声を発しなかった。重苦しい沈黙の中、ひとりの兵がそろりとまわりを見わたした。


「……おれ、あんまり覚えていないけど……見た気がする」


 やめろ、と春明は声にならない叫びをあげる。いまはやめてくれと。だが、ひとりの兵のつぶやきは、またたく間に周囲の兵たちに伝染する。


「……おれも」

「たしかか? おれは……」

「見た」

「本当かよ……」

「暗闇で光るんだ。緑の眼が……」

「……おれも、見た」


 ざわめきが、見えない環となって奎厦をとりかこむ。


「そこまで」


 凛とした声が響き、同時に細い指がのびて刀児の手から紙片を奪いとった。


「検分は終わりだ」


 子怜は紙片を握りつぶし、袖の中に放りこむと、刀児に笑いかけた。華やかなその笑みに、刀児も、その場にいた兵たちも魂を抜かれたようにぼうっとする。


「城主として、きみたちに約束する。きみたちの仲間を死に追いやった原因は必ず明らかにしよう。だけど、まずは彼を弔ってやるのが先だろうね」


 穏やかに諭されて、刀児の顔がくしゃりとゆがむ。その目から涙が一気にあふれだし、刀児はうつむいて顔を乱暴にこすった。


 阮之の指示で、洪の遺体は布でくるまれて運びだされた。仲間にうながされて部屋を出ていった刀児は、去り際に一瞬顔をあげ、奎厦をにらみつけた。だが、当の奎厦は床の一点を凝視しており、その視線に気づいた様子はなかった。


「奎厦」


 室内に子怜と春明、それに奎厦と阮之の四人だけになったところで、子怜はおもむろに口をひらいた。


「きみを解任する」


 奎厦は殴られたように顔をあげた。


「あくまで仮の処遇だ。正式な処分は追って下す。それまでは自室で謹慎しているように」

「……理由を」


 奎厦の口から、低い声がしぼりだされる。


「理由をきかせろ。おれがなにをした」

「それは、きみがいちばんよく知ってるんじゃないかい」

「……おれを疑っているのか」


 どうかな、と子怜はそっけなくつぶやく。


「とにかく、人死ひとじにはこれで二件目だ。さすがにもう偶然では片付けられない。詳しく調べる必要があるだろうけど、それをきみに任せるわけにはいかない。きみがこちら側にいては、兵の協力が得られそうにないからね。きみは皆を怯えさせている」

「そんなことは……」

「自覚ないんだ? ここに鏡がないことが残念だね」

「奎厦どの!」


 阮之が悲鳴のような声をあげて奎厦の右腕をおさえた。


「おやめください、ご城主に向かってなんということを……」


 阮之に止められて初めて奎厦は気づいたようだった。自分の右手が剣の柄にかかっていることに。


「きみを解任する理由がひとつ増えた。阮之どのに礼を言うんだね。その剣、抜いていれば死罪だった」


 視線で人が殺せるならば、とっくに子怜は八つ裂きにされていただろう。そう思わせるほど、奎厦の眼光は激しい憎しみに満ちていた。


「いずれにせよ、いまのきみに城輔の任が務まるとは思えない。しばらく頭を冷やすといい」

「貴様……」

「聞こえなかったかい」


 思わず身がすくむような冷たい声で子怜は告げる。


「ぼくはきみに、謹慎しろと命じた。さっさと行くんだね。それとも、連行されたいかい」


 ほんの短い間、おそらく瞬き数回分だろう、奎厦の中でなにかが爆発して、押さえこまれた。


 奎厦は無言できびすをかえし、部屋を出ていった。



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