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沙州関異聞  作者: いろは
第四章
28/42

二十七

「それで?」

 

 奎厦が去ったあとで、子怜はどさりと寝台に腰を下ろした。さっきまで死体が寝かされていたところだが、そこは気にしないらしい。


「これは何かなあ、春明」


 子怜は袖から丸めた紙をとりだし、春明の顔の前でひらひらとふった。墨で描かれた絵姿の中で、塗りつぶされた緑が毒々しい。


「……どうしてわたしに」

「だって春明、ちっとも驚いた顔してなかったじゃない。これを見たのは初めてじゃないんでしょう」

「子怜さまにはすべてお見通しなんですね」


 春明はほっと息を吐き、それから数日前の出来事をあらいざらい語った。


 兵舎の掃除をしているときに刀児という名の少年兵が運びこまれてきたこと。その少年の袖口から楼西兵の絵姿が出てきたこと。その絵を描いた洪という兵が、ひどく怯えていたらしいこと。


 そして、どうやら城中の兵たちの夢に、緑の眼の楼西兵が現れていることも。


「もっと早く聞きたかったなあ」

「すみません」


 もちろん、真っ先に子怜に話すべきだと思ったのだが、なぜかできなかった。その理由は、自分でもうまく説明できない。


「まあいいさ。過ぎたことは」


 子怜はあっさり追及を打ち切り、手の中の紙片に目をおとす。上からそれをのぞきこんだ阮之は眉根をよせた。


「……奎厦どの、ですね」


 文字は書かれていない。たとえ書かれていたとしても、ほとんどの兵は読めないだろう。だが、何も書かれていなくとも、その絵が伝えたいことは明らかだった。


 毎夜、夢にあらわれる異国の兵。その男は緑の眼を持っている。


 思い出せ、と、その絵は訴えているようだった。思い出せ。夢の中で、おまえが見た敵兵の眼は、この色をしていたはずだと。


「いかがいたしましょう、ご城主。先ほどの兵を問いただしてみますか」


 やめとこう、と子怜は首をふる。


「刀児、だっけ? 向こう見ずなところはあるけど、気性はまっすぐで隠しごとはできない性質たちみたいだ。たぶん、春明に話してくれたことが全部だよ。これ以上のことは聞き出せないだろうし、下手に騒ぎたてれば、ますます奎厦の立場が悪くなりかねない。ここはひとまず静観するしかないね」

「でも、子怜さま」


 春明はたまらず声をあげた。


「それじゃあ奎厦さまは、疑われたままってことになるじゃないですか」


 しかも、子怜は奎厦を解任した。その知らせはあっという間に城内に広まるだろう。それは奎厦への疑惑をさらに高めることになるではないか。


 春明がそう指摘すると、「わかってるさ」と、子怜は肩をすくめた。


「でも仕方ないじゃない。いまの奎厦に、城内をうろつかせたくないんだよ。血気にはやった兵が奎厦を襲わないともかぎらないし、奎厦は奎厦ですっかり頭に血がのぼって、何をしでかすかわかんないし。だから、しばらく部屋に閉じこめとけば頭も冷えるかなって……なあんて」


 そこで子怜は、はあっと大きなため息をつく。


「ぼくがここまで心をくだいてやってるってのに、当の本人にはこっちの気遣いとか配慮とかが全然伝わってないんだもんねえ。春明も見たでしょう、あの眼。百回殺してやっても足りないって感じだったよ」

「当然です。あんな言い方されたら誰だって傷つきますよ」

「春明はいやに奎厦の肩を持つんだねえ」


 感心したように口をすぼめたあとで、子怜は阮之を見上げた。


「そうだ、阮之どの、さっきはありがとう。あなたが止めてくれなかったら、もうちょっとややこしいことになっていたよ」

「いえ、ご城主の寛大なおとりはからい、奎厦どのに代わってお礼申し上げます」


 阮之は深く頭をさげた。実際、信じられないほど甘い処遇なのだろう。未遂に終わったとはいえ、上官に向けて抜剣しかけた罪は重い。最悪、死罪に処せられても文句は言えないところだ。


「……ご城主」


 阮之はためらいがちに口をひらく。


「うん?」

「ご城主は、いかがですか。その、夢で……皆が言うような者を見たことは……」

「おぼえていない」


 あっさりと子怜は答える。


「春明は?」


 問われて春明はぎくりとした。


 夢の光景ならば、細部までおぼえている。どうやって殺されたか、それこそ手にとるようにはっきりと。だが、誰に? 


 昨夜、自分の胸に剣をつきたてた男は、血にまみれ殺戮に酔ったように唇をゆがめていた男の顔は──


 にわかに目の奥がうずき、春明は額をおさえた。


「……わかりません」

 

 そう、と子怜はうなずいた。


「あなたはどうなんだい、阮之どの」

「わたしも同じです。よくおぼえておりません」


 阮之はかすかに首をふった。


「ですが、ひとは不思議なものですね。こうして絵に描いたものをつきつけられると、だんだんとそのような気になってしまう。ああそういえば、と……」


 夢にあらわれる敵兵は、緑の眼をしていたのだと。


「厄介だね」


 子怜はうとましそうに紙片を指ではじいた。


「あとは奎厦か。阮之どのは、何か聞いていないのかい。彼はどんな夢を見る?」

「奎厦どのも同じです。われわれと同じ、敵と戦う夢を見ると……」


 阮之は口もとに手をあててうつむいた。


「ですが、それは……本当に同じ夢だったのでしょうか」


 ひとりごとのようにつぶやく。


「……筋書きは同じはずなのです。敵と戦って、殺される。ですが、何をもって敵と見なすのか……奎厦どのは、()()()()に立っていらっしゃるのか……あの方が夜ごと戦っている相手は──」


 顔をあげた阮之は、奇妙に虚ろな眼をしていた。


「誰なのでしょうか」



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