拘束
題名に深い意味はありません。
ただネーミングセンスのないだけです(涙)
みんなを避難させ終わる頃には馬も落ち着いたようで、騒ぎはほとんど収まっていた。
馬は建物の壁に突進し気を失っていて、荷台は横転し中身が飛び出していたが、町の人や国の人が片づけや調査を始めていた。
「ソウ! そっちは大丈夫だったか?」
カイウがソウの方へ駆け寄ってきた。10歳くらいの女の子と、さらにその子よりも小さい男の子の手を引いていた。
「うん。……その子たちは迷子?」
「そうみたいなんだ。さっきの混乱ではぐれたらしくて……」
「あ、お母さん!」
女の子がカイウの手から離れ、市場――馬車が暴走して瓦礫の山と化した所へ、駆けて行った。それを見て、慌ててカイウが後を追う。
「危ないから戻っておいで!」
「お、お姉ちゃん、待ってよ……」
男の子も続いて走り出そうとしたところを、ソウが腕をつかんだ。
「危ないから、今はここにいて。お姉ちゃんとお母さんが帰ってきたら、笑顔でおかえりって言えるようにね」
「……うん……」
男の子は不安そうに俯いた。ソウは腕を離し、男の子の手を握った。
しばらくして、カイウと女の子が戻ってきた。だが、どこにも母親らしき姿はない。
「何人かが、荷台の下敷きになってるみたいなんだ…それで」
女の子は無言で弟に抱き着いた。男の子も何があったのか悟ったのか、姉の肩に顔を埋めて、しゃっくりを上げながら泣き出した。
「でも、まだ話せる状態ではあった。この子たちを避難させてくれ、と言われた」
「わかった。ぼくが行ってくるから、カイウは救助に行ってて。じゃあ、行こうか」
ソウは右手で手をつなぎ、左手で車いすを操作した。
「ここまでくれば、安心だと思う。あとはお家に帰られるかな?」
女の子はコクンと頷く。
「ありがとうございました」
「いいよ。あとは、君たちが無事に変えられるといいんだけど……」
「お母さんは、帰ってくるの?」
男の子は瞳を涙で湿らせながら、ソウの手をぎゅっと握った。
「大丈夫。さっきのお兄ちゃんは強いから。……お姉ちゃんも、つらいと思うけど弟くんのためにも、がんばってね」
「……はい!」
女の子はぺこりとお辞儀をすると、弟の手を引いて帰って行った。
「また会おうね」
そう言ったはずなのに、ソウの声は出なかった。
(今日は、調子がおかしいな……)
気のせいだろうと思い、ソウはまた市場の方へ戻っていく。
(それにしても、今日は大変だったな。久しぶりに、自分の素が出た気がする……。歩けなくなってから、ほとんど人と関わらなくなったし)
頭がズキズキと痛んできた。これも、たくさんの『久しぶり』の所為だろうと気にしなかった。
(カイウはやっぱりすごいなぁ。それに比べてぼくは……。歩けなくなったら捻くれて、優しさをお節介だと思って、周りの人を突き放してた。立ち直ることなんて怖くてできなかった……)
市場が見えてきて、ソウは車いすのスピードを上げた。
(これから、変わっていけばいいのかな。サヨネさんとも仲良くなり――――)
キイィィィィンと、鼓膜が破れそうになりそうなほどの耳鳴りがした。
「なっ……!?」
――――君は、生まれ変わるつもりなの?――――
直接脳に語りけてくるような、頭の中にガンガンと響く声。あたりを見回しても、人はいない。
「だ、誰……? どこに、いるんだ……」
――――無駄だよ。ボクはそんな所にいない。もっともっと、高い場所さ。そんなことより。君は、人生を生き直したいと思ったんだよね――――
「何のこと……? 」
――――怖がらないでいいよ。ボクが手伝ってあげる――――
ソウは手を動かそうとしたが、体が思うように動かなかった。
――――今、君の体の主導権はボクにある。何をやっても何もやれないよ?――――
口を動かすことすらできず、ソウは心の中で問いかけた。
(あなたは、何がしたいんですか?)
すると、返事が返ってきた。
――――それは、お楽しみだよ。大丈夫、心配しないで。おもしろい最期にしてあげるから――――
(やめて! ぼくはまだ生きていたいんだ!)
――――だから、新しく生まれ変わった命で、人生をやり直せばいいだろう? 退屈じゃない、充実した人生を――――
(ぼくは、“ソウ”として今を生きるんだ! やめてくれ……!)
視界がだんだんボヤけていくのがわかった。眠りにつくときのように、ゆっくりと体が沈んでいくように意識が遠くなっていく。
(おい、おい……! 返事しろ! 誰か、誰か助けて…お願い!)
ソウの意識は、真っ暗な世界に閉ざされた。




