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『はじまり』の始まり(6)

 

 ☆ ☆ ☆




「僕もよくわかんないけど、今まで天使に会ってたんだ」

「は……」

 何なんだろう。こんな状況で、しかも笑顔で意味不明なことを言うなんて……。ショックで頭が混乱してしまったのだろうか。

「君と同じカッシア族だったよ。その人いわく、カッシア族っていうのは、昔から死ぬと神様の使いとして、あの世で生かされるんだって」

「え…ああ、うん」

 軍人たちはまだ目を覚まさない。この間に、町の大人たちを連れて逃げたいのだけど……。

「だからね」

 カイウはひとつ深呼吸をして、悲しそうに眼を細めた。

「ソウは…ソウとソウの家族だけなら、死んでも生きられるんだ。だから…大丈夫だよ」

「は!? それ、どういうことだよ!?」

 ううっ、という呻き声にぼくらは振り返った。捕まった大人、軍人たちが起き始めていた。

「ソウ、時間がない。僕はこの町を守りたいんだ。だから」

 カイウは膝をつくと、手の平を地面に置いた。

多少の犠牲・・・・・を許してくれるかな……?」

 そう言って振り返ったカイウは、眼に涙を浮かべ、唇を噛みしめていた。

「カイウ? な、何言ってるんだよ」

「ごめん、ソウ」

 ぼくから目を逸らすと、カイウの周りに金色に輝く風が吹いた。

 すると突然、ぼくや町の人の足を撃っていた軍人の足元の地面が山のように膨らみ、割れた。

「うわああ!?」

 軍人は間一髪よけたが、驚いて腰を抜かしたようでその場に座り込んだ。

「これが、天使にもらった力なんだ」

「てん、し……」

 ぼくはもう、何が何だか解らなくなっていた。カイウが急に動いたと思ったら、天使だとか変な力を――


 そこでぼくは昔読んだ御伽噺を思い出した。

 《絶望を味わった勇者は神に選ばれ、力を得た。そして勇者は世界を変えた》

 それと何か関係があるのか、と思ったけど、そんな思いは一瞬で飛んで行った。


 カイウの力を見た軍人たちが、さっきまでの威勢はどこかへ行ったように叫び声をあげながら車に乗り込んでいた。

 その間も、カイウは一人ひとりの足元の地面を破壊していった。

「た、助けてくれ……」「どけ! 俺が乗るんだ!」「実験材料なんていいんだろ!!」

 それを見て軍人たちの汚い心が頭にきたが、これはチャンスだと思った。

「逃げてください! 今のうちに、早く逃げてください! 車にいる人は、急いで逃げてください!」

 ぼくの声は悲鳴にかき消されて聞こえなかったかもしれないが、次々に人は逃げて行く。軍人に足を撃たれた人は、助けられながらも逃げていた。

『この町を守りたい』と言ったカイウを思い出した。ぼくも今この瞬間、強くそう思った。

「ねえ、大丈夫? 逃げられる?」

 一人の女の人が、ぼくのところへ駆け寄ってきた。ここで、ぼくだけが逃げるわけにはいかない。カイウと一緒にいなければいけない気がした。

「大丈夫です。あとで必ず、カイウ…あの男の子と帰るんで」

「でも……」

 女の人は少し躊躇ったが、

「わかったわ。あとで、必ず会いましょう」

 そう言うと走って行った。

 軍人たちは車に乗り終えたようだったけど、その荷台にはまた町の人たちが残っていた。その中には、お父さんやお母さんの姿もあった。

「お父さん、お母さん!」

 もうすでに車は走り出していたけど、運転手はパニックになっているようフラフラとしていた。カイウが道をぐちゃぐちゃにしていたせいもあった。

 ふと、カイウは立ち上がると、群の車の前に立ちふさがった。

「……!?」

「車に乗っている町の人たちを、置いて行ってください」

 淡々とカイウがそう告げると、恐怖にゆがんだ表情をした軍人たちはコクコクと頷き、乱暴に町の人たちを荷台から落とすと、すぐに去って行った。

「……っ!」

「カイウ!?」

 力が抜けたようにその場にしゃがみ込んだカイウだったが、すぐに立ち上がるとぼくの所へやってきて、息を切らしながらも笑顔で言った。

「僕は大丈夫…でも、ソウの父さんたちは、ショックで気を失ってるから、助けを呼んでくるよ。すぐ近くに、誰かいるはず…だから」

「でも、辛そうだ」

「僕以外に、助けられる人が、いないんだ。ソウは…大丈夫? 気を失っても、おかしくない、状況なんだよ?」

 途中で、カイウの頭がおかしくなったのかと思った時もあったけど、今はその力のおかげで生きていられているのだから、感謝している。でも、不思議と、恐怖は感じなくなっていた。

「カイウを信じてたから、大丈夫だった」

「……そっか」

 カイウは嬉しそうに笑うと、ぼくの頭をくしゃくしゃと撫でた。これをやってくれると、今も昔もカイウが本当のお兄ちゃんみたいで嬉しかった。

「さっきは…ごめんな」

「え?」

「カッシア族が、何だ…って」

「いいよ、そんなこと。びっくりしたけど、カイウなりのぼくへの気遣いなんだろ。それより、早く助けを呼びに行って」

「ああ…ありがとう」

 カイウは立ち上がると、笑顔を消して言った。


「今まで、本当にありがとう。それから、ごめん」



「……カイウ?」

 やっと声が出たのは、カイウの背中が遠くなってからだった。

「絶対…絶対に、戻ってきてよ…? ねえ、カイウ!!」

 なぜだか、涙があふれてきた。

 お父さんもお母さんも、その他の町の人も、意識がないみたいで動かなかった。

 ぼくだけが、カイウの後ろ姿を見ていた。



 ――――だけど。ぼくらが再開したのは、それから数年後のことだった。



 ぼくはあれから歩けなくなり、車いすに乗るようになった。

 お父さんもお母さんもひどく弱った。

 お父さんは『あの日』から1週間生死の境を彷徨ったあと。

 お母さんは『あの日』から3日も経たないうちに。

 この世を去った。


 静かになった家で、ぼくは泣いていた。


 せめて、カイウがいてくれればこの悲しみも薄れただろう。


 そう考えては、カイウを少しだけ恨んだ。


 でも、やっぱり早く会いたいとも思った。


 景色の一つ一つが、家族やカイウとの思い出になっていたから。


 ここにいるのが、辛くなった。



 しばらくして、カイウの両親たちはぼくらがあそこへ行く前に、軍人たちに連れて行かれていたことがわかった。

 カイウがそれを知っていたのかは解らないけど、彼のおかげで救われた命もある。

 改めてぼくは、カイウは英雄ヒーローなんだと思った。

 それでも、その英雄はもうこの町にはいない。


 ぼくはこの国を出ることにした。

 ここにいるとあの祭りの日のことを思い出して、つらくなるからだ。

 それに、ここにいてもカイウが帰ってこないような気がした。


 ぼくは、一人ぼっちになってしまった。





三点リーダーと疑問符と感嘆符が多いですね…。


過去編は終わりで、次から戻ります。

あと少しでこの章も終わり…だと思います。多分。

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