開かれた扉
「く…来るな!」
考えるよりも先に、言葉が出てきた。
「おうおう! やっと喋ってくれたな~」
気配がこちらに近づいてくる。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
「それにしても、玩具箱の中に住んでるみたいだな」
ボクが何も答えていないけど、奴は諦めたようでボクの返事を待っていなかった。
「えーと、混乱してるときに悪いけど、オレはヤシ。お前のお兄ちゃんだ」
は。お…『お兄ちゃん』?
と、そのとき。
真っ暗だった視界に真っ白な光が射した。
「!?」
「はっはは!先手必勝」
うっすらと眼を開けると、にっこりと笑う奴がいた。手には布団が。
……やられた。
少し眼を開けただけなのに、大粒の涙があふれてきた。
「あわわ! な、泣くな! 兄ちゃんが悪かった、すまん!」
さっきの威勢の良さはどこかに行ってしまったように、まるでボクを拝むように手を合わせ許しを乞う奴――兄と名乗る男。
ボクの兄ということは、もしかしたら、未来の王様かもしれないということか。いや、でもボクの父親が国王だとまだ決まったわけじゃなく、その可能性があるというだけで……。
自然と、口の端が上がった。
――――ああ…そうか。ボクはまだ物を考えられる余裕がある。完全に混乱しているわけでなく、冷静なところも残っているんだ。――――
『すべてを受け入れ、すべてを理解し、すべてを見つめる』
〈お父さん〉に教えてもらった、魔法の言葉。
ボクは起き上がり、自称兄と目線を合わせた。
「シュ、シュロ……?」
「質問」
「何だ!? お兄ちゃんに何でも聞いてみろ!」
(自称)兄は『オレの胸に飛び込んでこい』とでもいうように両腕を広げている。その仕草に寒気を感じた。
「お前は王族か」
「……」
返事はない。もしかして、間違っていただろうか。王妃と母親が同一人物だというのは、気のせいだったか。そもそも、この兄だという礼儀知らずの奴が、王族なわけが……。
「ええぇぇぇぇ!? お前なんで知ってんの!? 召使いが喋った? オレがしくじった?」
大きな声が鼓膜を突き破りそうな勢いで耳に届いた。遠くで、鳥たちが一斉に翼を羽ばたかせる気配がした。
「考えた」
「すげえよ、お前! 頭がいい働きしてる。勉強は…してるみたいだな」
(自称)兄がちらっと机の上を見た。教科書や本が積み重なっている。
「でもこれ、オレが12歳の時に習った問題だぞ? お前ってまだ……」
「9歳」
「だよな、やっぱりお前すげーよ!! さすがオレの弟だ!」
(自称)兄の伸ばした手が、ボクの頭の上に来た。
「…触るな」
「いいじゃんかよー。オレのかわいい弟なんだからさー!」
案の定、頭を撫で回された。くすぐったいような、見下されてむかつくような…どこか懐かしいような。
「なあ、シュロ。今まで一人ぼっちで、寂しかったろ……。オレたち…父上と兄上とオレで、一緒に城で暮らさないか?」
「いやだ」
「即答!? もうちょっと考えてくれても……」
「帰れ」
「ひどいな、もう…お兄ちゃんは悲しいぞ!」
久々に人と話したことと、緊張が重なって気分が悪くなってきた。再び横になり、布団をかける。
「また、来てもいいか?」
(自称)兄は、さっきまでのふざけたような声から一変、重みのある声になった。
「……次は、人形を持ってこい」
今のボクに言えるのは、それだけだった。
やがて、階段を下りる音が聞こえなくなった。
ボクはそっとベットから起き上がると、さっきまで抱きしめていた人形を手に取り窓辺に立った。右手には鋏を握って。
――ひろいのはらに ひつじがいっぴき おりました。ちかくにおおかみ おりました。
おなかがすいた おおかみは ふくふくふとった そのひつじ
ごはんにしようと ねらいます。
のんびりひつじは きづいてた。
じぶんがみられて いることも。
じぶんがくわれる うんめいも。
それでもひつじは うごかない。
それではおおかみ はしります。
いーただきます ごちそうさまでーした……。
この手の中に、もう人形の温もりはない。
自分が王族だということ、兄の存在を知り、突如訪れた日常の崩壊。
「……足りないよ、玩具が。早く…早く新しい玩具を!」
怖いんだ。知るということは、進むということは…失うということは。
――――もう二度と、ボクの目の前で命が消えてほしくない。それだけなんだ。




