第四章65話『楽しい時間』
ーーダクサ•ネオの一番の趣味は、物心ついた時から、楽しい食事をするということであった。
と言うのも、彼女の育ったアジャ王国よりも東に位置する国ーーアファル武力国家では、大人から子供までの全員が武芸を行うことを強要させられ、ネオ自身もそうしていた。
そんな国で、ネオ含めた全国民が知るアフェル武力国家の常識。それは、『武力正義』というものだ。意味はそのままで、全ての事柄は武力によって解決できる、という暴論である。
当然、そんな考え方は他国に受け入れられるはずもなく、過去に一度アジャ王国と西の帝国ーーヨラウ帝国の二国から、叱りを受けたこともある。
そんなこともあってか、ネオが生まれた時には多少なりマシになっていたらしいが、彼女自身がそれを感じたことは一度たりともない。
というわけで、毎日武芸に明け暮れていた生活を送っていたわけだが、そんな彼女にも憩いの時間と思えるものがあった。それこそが、先ほど言った楽しい食事をすることである。
美味しいものを食べている時は、自然と楽しくなる。そこに家族や友人がいれば、それはより良いものになる。
実際ネオは、シノビの修行の過酷さゆえに、投げ出したいと思うことが何度もあった。だがそんな時でも、楽しい食事をすればまた頑張れると思えるようになった。
というわけで今からネオはグレイとともに、楽しい食事を行うための前提である、美味しい料理を作るところなのだ。
「それでは取り掛かるとしましょうか。最高の料理を作って見せましょう!」
「そうだな。ガツンとやってやろうぜ!」
地区庁舎ということで、キッチンの設備も申し分なく、食材も数多く揃っている。
ちなみに、地下牢に閉じ込めている生捕りにした敵兵たち、および他の『ブレイク反乱軍』の仲間たちのの食事は、シュバイスやディーレたちが、地下牢の食堂にある食材で作っているらしい。ネオもさっき食堂をざっくり確認したが、見た感じは問題なさそうだった。
初日からの大掛かりな戦闘の連続。皆の疲労もさぞかし大きいことだろう。
なので今回は、力がみなぎる究極の食材ーー肉をふんだんに使った料理を作ろうと思う。他にも、野菜スープも作るつもりだ。ちなみに、この料理の内容はシュバイスたちにも共有してあるので、今頃は彼らもネオたちのように料理に取り掛かっていることだろう。
始めに作るのは肉料理ーーではなく、野菜スープ。右手に包丁を握るネオが、野菜を切るためのまな板の前に立ち、グレイがスープを煮込むための鍋の前に立っている。
ーー準備は万端。料理、始め!
「グレイさん、着火してください!」
「おうよ!」
「スープが出来たぜ!」
「野菜全般切り終わりました!」
「よし、任せろ!」
「グレイさん、火が強すぎます!」
「おっと、悪りぃ悪りぃ」
「野菜スープ、完成したぞ!」
「肉、切り終わりました!」
「おっしゃ、そんじゃあ焼き始めるぞ」
「もうそろそろいいと思います。それじゃあ私は、今からスープをさらに盛り付けてきます」
「おう、頼んだ! 俺ももう少ししたら行く」
「ネオー、肉持ってきたぞ!」
「ありがとうございます。それじゃあ皿に入れていきましょう!」
そうしてキッチンが慌ただしくなりつつも、皆を笑顔にするであろう料理を、遂に完成させることができた。
料理を盛り付けた木の皿は、もう既にテーブルにセット済みだ。ここで食べる人は、レックス、アン、ネオ、リサ、グレイ、そしてシュテルニスの六人のはずだ。おかわりする人も必ずいるはずなので、余分に二人分も作っている。
あとは、ここに皆を呼ぶだけだ。
「皆さーん! ご飯ですよ!」
「冷めねぇうちに食ってくれよ!」
そう呼びかけてみてから間も無くして、寝室部分がある二階から少年の声がした。
その後、一階の奥からネオとリサが現れた。
「レックス、アンは?」
「アンなら、疲れ切って寝ちゃってるよ。起こしてきた方がいいか?」
「いえ、そのままにしておきましょう。シュテルニスは、まだ帰ってきてないんですね……グレイさん、二人の分を保存しておきましょう」
ネオが隣にいたグレイにそう呼びかけると、グレイは「だな」と言って二人のスープと肉をキッチンに持って行き、そして二つとも大きな鍋に戻して保存して帰ってきた。
「それじゃあ食おうぜ。いただきます!」
「「「いただきます!」」」
グレイを筆頭に手を合わせ、それからこの場にいる全員が手を合わせ、そして料理に手をつけた。
はじめに野菜スープを飲んだレックスは、
「美味ぇ! なんか生き返るな!」
と、料理人が嬉しがる最高の一言を口にした。思わずニヤけた。
「この肉、身がしっかりしてていいわね!」
「ガツンと美味ぇな! さすが、俺とお前で作っただけあるぜ」
「これならいくらでも食えるな!」
心の中で、ネオはガッツポーズをした。おそらく、グレイも。
それからは、皆で楽しい話をしながら食事を楽しみ、やがて全員の腹が満たされて、この時間は終わりを告げた。
「あー、食った食った。ご馳走様! ーーそんじゃあ、俺は寝てくる。おやすみ」
「「おやすみなさい」」
「いい夢見ろよ」
そうしてレックスが階段を上がって二階の寝室に向かって少しの時が経ち、グレイも寝室に向かっていった。そうして食卓の間に、ネオとリサだけが残った。
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そこからさらに時間が経った頃、急に扉が開く音がした。
「ん、誰でしょう?」
そう思い玄関を見ると、穏やかな服装に身を包んだ強者ーーリヒト•シュテルニスがそこにいた。用事が済んで、戻ってきたのだろう。どこか、ここを出る前よりも顔つきが良くなったように見える。
「ただいま帰りやした。遅くなったことを、お詫び申し上げやす」
「シュテルニス。お帰りなさい。ご飯ありますよ」
「左様ですか! それでは、いただきやしょう!」
彼もお腹を空かせていたのだろう。大鍋に保存してあった彼の分の肉とスープを取り出し、食卓に並べた。
「それでは、いただきやす!」
「どうぞ召し上がれ。ネオとグレイさんで作った料理は絶品ですよ?」
少し自信過剰にも思える一言を言い放ったわけだが、その言葉を聞いて笑顔で料理を口にしたシュテルニスは想像通りの、もしくはそれ以上の笑顔を顔に浮かべていた。まるで、こんなに美味しいものを食べたことがないと言わんばかりに。
「ーー言う通りですな! この肉も、このスープも絶品物です!」
「それはなによりです! どうぞ焦らず食べてください」
「そうさせていただきやしょう。これは、じっくり堪能せねば大損というものですからな」
そう笑いながら食事をするシュテルニスに、ネオとリサはその光景を微笑んで見ていた。『世界三大埒外』とも呼ばれよう男が、こんなにも子供っぽく、そして楽しそうにしているのだから。どこか可笑しく思えたのである。
「ご馳走様でした。とても良い時間を過ごせやした」
「それは何よりです。なにせ張り切ったものなので」
ネオが向かいの席に座るシュテルニスに、自分たちが作った料理を自慢していると、隣に座っていたリサがふと口を開いた。
「そういえばシュテルニス、あなたも確かアフェル武力国家で育ったのよね?」
「え、そうなんですか?」
育った都市は違えど、リサがネオと同じアフェル武力国家で育ったことは知っている。だが、シュテルニスが自分たちと同じ国で生まれたという話は聞いたことがない。
「左様。もしやネオさん方も同様に?」
「はい」
「えぇ、そうよ」
「なんと、まさか同じ故郷の者と出会えるなんて、夢にも思っていやせんでした! ちなみに、何処の街でありやすか?」
シュテルニスは、いつもに増してその茶色い双眸を輝かせていた。
当然と言えば当然だ。なにせアフェル武力国家を出て、ここアジャ王国に来る者など、そう多くはいないのだから。
大抵アフェル武力国家で生まれた者は、そこで一生を過ごすのが主流となっていた。だから、国外にいるアフェル武力国家出身の者など、そうそう見つかった者ではない。
「ネオは、シノビの里シュテイレで育ち、シノビとして生きてきました」
「私は、魔法都市シュタープよ。シュテルニスは?」
「某は、王都ゲバルトで育ちやした」
「ゲバルトですか! ネオも一度行ってみたいところです。シノビの里にいた時は、修行を終えるまで里を出てはいけない掟があったものなので……」
「なるほど。通りで国内にいてもシノビを滅多に見かけないわけです。やっと納得できやした」
シュテルニスの言う通り、アフェル武力国家の中にいても、シノビの姿を見ることは半年に一度ぐらいの頻度しかないらしい。
理由はネオが言った通り、シノビは修行を終えるまで里を出られないという掟からきているのだが、その修行も過酷なもので、ネオのような天才でなければ、子供のうちに修行を全て乗り越えられる者はそうそういない。中には、一生かかっても里から出られなかった者もいたとか。
「そういえば、リサさんの故郷であるシュタープも訪れたことがありやせんな。どのような場所なんですか?」
「ーーなんて言ったらいいかしら? まあとにかく、そこらじゅうで魔法が飛び交っていて……そう! 魔法が生活の一部になったような都市だわ!」
「それはとても魅力的な都市でありやすな! シュタープの方にも、いつか訪れてみたいところです」
「そこまで言うんだったら、もういっそのこと、アフェル武力国家にある街や都市全てを訪れてはどうですか?」
「ははは! それは確かに名案ですな!」
同じ国で生まれ育ったそれぞれが、それぞれの故郷について話す。ネオは、これがリサ以外の人を交えて行える日が来るとは、夢にも思っていなかった。だから、この時間がとても楽しい。
「そういえば、アンの旦那は違うんですか?」
「ーーはい。アンは、ここアジャ王国の南西に位置する、アクアタウンという街で育ちました。そこは、ダイ湖という王国一巨大な湖の真ん中に位置してる街なんですよ」
「なるほど。某もいつか、そこへ足を運んでみたいですな」
ネオは、シュテルニスにこの話題への関心を抱かせてしまったことをすぐに後悔した。
シュテルニスが楽し気に笑って、自分の意をネオたちに共有する。それはもちろん嬉しいことだ。ーー嬉しいことなのだが、それと同時に彼の言葉はあまりにも皮肉が効き過ぎていると、思わず心を痛めてしまった。それゆえに、ネオは視線を落として静かに息を吐く。そして、純粋無知なシュテルニスに、残酷な現実を突きつける。
「もう、できませんよ……なぜならその街はもう既にないんですから」
ーー楽しい時間が、終わりを告げた。




