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フィッツ•イン•プロミス 〜約束の旅〜  作者: えれべ
第四章『地下都市奪還作戦』

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第四章64話『星斬りの復活と少女の悩み』

「ーー! 見ろ、隊長たちだ!」


 北区から東区に通ずるトンネルを抜けた先。そこに、こちらへ手を振る影が一つあった。ーーディーレだ。

 それが見えた途端、手を振る影の後ろから次々とこちらへ走ってくる影が現れた。ーー仲間だ。自分たちの、『シュテルニス部隊』の仲間だ。


「皆、ご無事でしたか!」


「はい。隊長も、無事で何よりです。今仲間の一人がレックスさんたちに報告しに西区へ向かったところです」


「承知しやした。では、某も一旦休むとしやしょう」


 シュテルニスたちはレックスを待つため、そして休息を取るために、一旦東区で身を休めることにした。

 よくよく考えると、こう落ち着いて休息を取ったのは、今が初めてかもしれない。西区の地下牢を脱獄してからここに至るまで、ずっと戦いっぱなしだったのだ。


 そうして束の間の休息を取ること五分。やけに周りが騒がしくなっていた。不思議に思っていると、市民の一人の男が話しかけてきた。


「あの、あなたたちは一体なぜこんなことを……というか、何者なんですか?」


 市民に事の事態を説明するのを、すっかり忘れていた。

 思えば、ここ北区を含めたの全ての場所を制圧したわけだが、市民からしたらこれは明確な侵略行為。または反乱行為だと言えるだろう。実際、反乱行為なのは正しいが。


 とにかく、ここを統治しているのが魔王軍だと知らない彼らに取って、事情を説明していなかったのはまずい。

 そう思い焦っていると、男がまた言葉を綴る。


「あなたたちは、僕たちの、この都市の敵なんですか?」


「ーー申し遅れやしたこと、謝罪しやす。某たちは、魔王軍幹部のプロテス•スローンを倒す英雄です」


「スローンさんが魔王軍幹部!? 何を言ってるんですか?」


「そうおっしゃるのも無理はございやせん。されども、これが真実であると、『星斬り』リヒト•シュテルニスの名に誓いやしょう」


 「ほ、『星斬り』!?」と状況を飲み込めていない男。シュテルニスは立ち上がって、そんな彼の肩に優しく手を置く。そして、茶色い瞳孔で男を見つめた。

 そしてその男に、あの人なら、レックスならこう言っていたであろう言葉を口にする。


「某たちが全部救ってみせやす。なにせ、英雄なんですから。だから、信じてください」


 全てを信じる無邪気な子供のように、しかし同時に大人のような責任感も持ち合わせたようなその眼差しは、戸惑う男の世界を包み込んだ。

 これも、レックスと出会ったからできたことなのだな、と改めて実感する。

 そんなシュテルニスの眼差しに晒された男は、少し悩んでため息を一つ。それから一言。


「ーー。わかりました。あなたたちを信じます。他のみんなにも、そう伝えておきます」


「感謝を。そして、必ずやこの都市を救ってみせやしょう!」

 

 二人は手を取り合い、固い握手を交わした。またもやシュテルニスは、人々の心を掴むことに成功したのだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「おーい、シュテルニス! 無事だったかー?」


「ーー! 旦那ー! 某の部隊は、皆無事ですぞぉ!」


「あれが、隊長の言っていた……」


「はい、『ブレイク反乱軍』の団長、ジュリアス•レックスです」


 レックスとの再会を果たしたシュテルニスは、この戦いで得た成果ーー新たに加わった二百人の仲間のことについて話した。当然、東区と北区を制圧したことも。


「そんじゃあ、あとは中央区だけだな。アン、どうする?」


「そうね……とりあえず会議をしましょ。参加する人は、さっきの時と同じでーー」


 その時、アンの声を遮ったのは「それなんですが……」と申し訳なさそうに手を挙げたシュテルニスだった。


「今宵、某にはやらなければいけないことがありやして……今回の会議には出れそうにありやせん。代わりに、某の部隊にいたディーレさんを参加させやす」


「分かったわ。それじゃ、あとのみんなは会議室に、それ以外は待機で」


「おう!」


 シュテルニスを除いた主要メンバーたちは、ぞくぞくと地区庁舎の会議室へと足を向けた。


「ディーレさん。すいやせんが、某の代わりに会議に出てくれやせんか?」


「会議ですか? 分かりました。ですが、 隊長はどこへ?」


「なに、軽い用事ですよ。一時間ほどしたら帰ると思いやす」


「分かりました。では、お気をつけて」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 一方、会議を欠席したシュテルニスは、地下都市ワイレスの北区、そこから地上に上がる階段の前に立っていた。


「地上への階段はこちらですか」


 シュテルニスは腰にさしている鞘に仕舞われた『星剣』の柄に少し触れ、やがて目を閉じる。それから目を開け、真っ直ぐ前だけを見つめて階段を一段ずつ踏み締めた。

 これから行われる行為は、シュテルニスにとって最も重要な儀式と言っても過言ではないだろう。なにせ、彼が『星斬り』であるための、もう一つの条件がそれなのだから。


 知っての通り『星斬り』リヒト•シュテルニスの持つ愛刀は、『星剣』テリアスという大業物だ。

 彼がその剣を手にしたのは、今から二十五年前のことーーちょうど、シュテルニスがこの世に生まれてから十五年が経った頃だ。

 その時点でも、シュテルニスはすでに『能力(ギフト)』という名の寵愛を世界から授かっており、彼の故郷ーーここアジャ王国より東に位置するアフェル武力国家という国では、群を抜いて強かった。


 それ故に、彼の手元に『星剣』が渡ったことは、国民はおろかそこを治める王すらも腰を抜かした出来事だった。

 さて、そうして世界一星を愛する絶対的強者として名を馳せ、ついには『世界三大埒外』の一角となったわけだが、そんな彼も無敵ではなかった。


 彼にとって初めての敗北といえるのは、ここワイレスでスローンと対峙した時だった。

 地上であれば、時間を稼いで無敵の絡繰を解き明かし勝利することも可能だっただろう。なにせ、その時は夜だったのだから。

 そう、戦った場所が地下だったのが、彼にとって一番の敗因だった。

 シュテルニスの能力(ギフト)ーー『星の寵愛』、それとシュテルニスの愛刀である『星剣』テリアスの真の力。これらさえ正常に働いていれば、シュテルニスの前に出る者はほとんど存在しない。


 ーー『星の寵愛』。それは、星光を浴びている間、超再生能力、超移動速度上昇、そして常時魔力回復を得るという、どこかの無邪気な子供が考えたような性能をしたものだ。 

 そしてシュテルニスの持つ『星剣』テリアス。この剣は、一日に二回まで三種類の大技を放つことができる優れものである。

 そしてなんといってもこの剣は、星光を浴びるごとに大技を放てる回数が補充されていく。つまり、星光下であれば、体の許す限り何度でも大技を放つことができる。


 さらにその上、光下であればシュテルニスの身体能力は飛躍的に上昇し、一撃で致命傷にもなり得るような大技を無制限に放つことができる。まさしく世界の埒外そのものなのだ。


 さて、ここまでリヒト•シュテルニスという男の強さの秘密について語ってきたわけだが、ここまでくればもう彼が何をしたいのかがわかるだろう。


 地底の底から再び立ち上がり、戦うことを決意した男の瞳には、黒き空の一面中を飾る、那由多の星々が映りこんでいた。


「星なんて、もう拝めるなんて思っていやせんでした……」


 星を愛し、星から愛されたこの男は、『アトレス』を名乗っていた頃でも何処かで待ち望んでいたこの瞬間を、ようやく手にしたのだ。

 もちろん、スローンとの戦いに向けての準備という理由もある。だがそれ以上に今は、星が見たかった。拝みたかった。瞳に焼き付けたかった。


 この瞬間を、全身で味わいたかった。


「ーー今宵は、星が綺麗な日ですな」


 ーー今この世界に、本当の意味での『星斬り』が復活を遂げた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 同じ時、星降る夜の下に不穏な影が二つあった。星光以外辺りに灯りはないので、詳しい容姿は確認できない。


「いいか? もう一度言うが、ジュリアス•レックスは明日の夜にワイレスの問題を片付ける。そこを狙うのもいいんだが、生憎そこには『星斬り』シュテルニスがいる。だから、その二日後の夜。そこを狙うんだ」


「ーーやはり、お前は嘘をついていない。しかし、なぜ二日後なンダ?」


「そりゃ、オレの知る中でこれが一番最善だったからだ」


「ーーそうか。なら理解シタ」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 全員が大きな机を囲んで椅子に座る中、シュテルニスの代わりとして隣の椅子に座るディーレは、『シュテルニス部隊』が成し遂げた功績をアンたちに分かりやすく話してくれた。


「ーーっていう感じで、シュテルニスは北区と東区を奪還したっていうわけね」


「はい。これが私たちの戦いの全てです」


「さて、それじゃあ中央区奪還作戦についての話だけど、まず作戦の決行は明日の夜にしようと思う」


 誰もが作戦を明日の朝にすると思っていた最中、当然アンの発言は会議室を騒がせた。当然のように頷くグレイを除いては。


「なんで朝じゃなくて夜なんだ? 別に朝だっていいんじゃねぇのか?」


 そして予想していた通り、向かい側の椅子に座っていたレックスが疑問の意を示した。

 当然、考えなしのことではない。アンの脳内戦略図の中には、明確な理由が記されていた。


「まあ簡単にいうと、敵の警戒が最も手薄になるのは夜なのよ。だから、そこを攻めればいいかなって思って」


「なるほど。それなら納得だ」

 

「ーーそれじゃあ次に、スローンの戦闘能力についてね。ディーレ、シュテルニスから何か聞いてる?」


 隣に座るディーレに問いかける。皆の視線を集めたディーレは、少し考え込み、それからはっとした表情で口を開いた。


「確か龍獣族だって言ってました」


「「り、龍獣族!?」」


 ディーレの一言に、レックス以外の全員が思わず机を叩いて立ち上がった。皆が驚く中、一人だけ取り残されたように周りをきょろきょろして見渡すものなので、レックスの物知らずには呆れてしまう。

 自らの体に流れるニンゲンの血に、獣の血を混ぜ適合し、見事変貌を遂げたのが獣族。一部では、亜人とも呼ばれている。

 当然誰でもなれるわけではなく、血の適合には想像を絶する苦しみを味わうことになる。生まれながらの亜人であれば話は別だが。


「その……りゅうじゅうぞくってのは、なんなんだ? そんなに強いのか?」

 

「当たり前よ! なんせ、あの龍の血を身に宿しているんだから。弱いわけないわ」


「へぇー、龍かー。そういや見たこともねぇな」


 龍とは、生物界における頂点。誰もが恐れ跪く存在そのものだ。それに無力なニンゲン立ち向かおうなど、正気の沙汰ではないとも言われているのだ。

 そしてスローンが龍獣族の子供ではないと仮定すれば、彼は自力で龍の血に適合したのだ。龍の力なくとも相当な爛れであったに違いない。

 全く、それに無敵状態の結界を纏っていたスローンと対峙したシュテルニスには、思わず度肝を抜かれる。彼も十分化け物だ。


「と、とにかく。作戦を考えましょ。幸い、残る敵はスローンだけなんだし」


 そう言うと、隣から「あのー」という声が聞こえた。嫌な予感がしつつも、シュテルニスの代わりに挙手したディーレに耳を傾ける。


「隊長の話ですと、強敵はスローン以外にあと二人いるらしいですよ……」


「「ーーーー」」


 会議の間に、沈黙が流れる。当然だ、なにせこの次に口を開く者は、なんらかの希望をもたらさなければいけない。そういう雰囲気が流れているのだから。

 流石のレックスも、何かを話す気にはなれなかったようだ。


「ーーということはだな、スローンの魔力クリスタルは、まだ残ってる可能性があるってことだよな?」


「ーーそうなるわね……」


 思わず言葉が詰まる。唐突な状況の悪化に、誰もが言の葉を紡ぐことすらままならなくなってしまった。


「まー、しゃーねぇ。敵が増えたんなら、俺たちで倒すしかねぇな!」


 本当に、この男ーージュリアス•レックスの前向きさには救われる。

 そうだ。こうなってしまった以上、仕方がない。やるしかないのだ、絶対に諦めはしない。皆でスローンを倒すと、この都市を救うと決意したのだから。


「それもそうね。もう一踏ん張り、頑張りましょう!」


 少年と少女の呼びかけに、皆が応じる形で会議の場は保たれた。


「さて、それじゃあ作戦を立てましょう。ディーレ、その二人の強敵について、何か知っていることはある?」


「はい。確か隊長が言うには、どちらもスローンほどではないですが、その身に龍の血を宿していると。一人は『龍の鉤爪』、もう一人は『龍の翼』という肩書きを名乗っているらしいです」


「なるほど、分かったわ」


 それからアンは目を瞑り、頭の中で紙を広げてペンを持ち、戦略図を描き始めた。その間、皆がアンのことを静かに見守る。


 その作業は、小さな穴に糸を通すほどの精密かつ至難の業。どこかに力を入れれば、また別のどこかが疎かになる。それを修正し、再び頭の中で検証。そこでまた疎かな部分が生まれ、再度修正。そうやって最適解を見つけてゆくのが戦略を練るということだ。

 当然、これまで幾度となく投げ出したくなる時があった。

 だが皆がアンに期待し、それを実行してくれるのだから、アンがそれを疎かにしてはならない。


 ーー悩みに悩み、そしてようやく針に穴が通ったときのような達成感と共に、最適解が頭の中に描かれた。


「ーー見つけた。作戦を話すわ」


 会議の場に座る全員が快く返事をし、頷いた。


「私の作戦は、その残りの強敵たちがスローンの魔力クリスタルを所持している前提よ。それを踏まえて話すわ」


「おう。それでどうなったんだ?」


 レックスの快い返事に「まず」と言葉を続け、


「まず私とレックスで、レックスの首輪の鍵を探す。それからネオとリサで『龍の鉤爪』を、グレイさんは『龍の翼』を相手して」


 アンの提案に、レックスとネオとリサ、そしてグレイが頷いて返事をした。自分の考えた作戦が簡単に仲間に受け入れてもらえると、微かながら自分に自身がついて嬉しい。心の中でガッツポーズをした。


「それからシュテルニスには、無敵状態中のスローンの相手をしてもらうわ。無敵状態が終わってレックスの首輪も解除できたら、その後のスローンの相手は私とレックスでする。それ以外は大量の敵兵の相手よ。味方兵の指揮はシュバイスとディーレでお願い」


「よろしくお願いします、ディーレさん」

「こちらこそ、シュバイスさん」

 

 相変わらず律儀な二人は、その場で席を立ち、硬い握手を交わした。それからアンの方を見て、自信ありげに頷く。


「それじゃあ明日のこの時間、必ずこの戦いに勝ちましょう! もちろん、全員生きた状態で、ね?」


「「「おーー!!」」」


盤面は示した。あとは明日の星々が満ちるこの空の下で、各自がそれぞれの役割を全うするだけだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ーーネイレス•アンは、『地下都市奪還作戦』における自分の役割をしっかりと理解している。そしてそれが、この作戦においての要であるということも。

 だからこそ、彼女は、のしかかってくる重圧に思い悩んでいた。

 自分の作戦に何か一つでも欠点があれば、そこを仲間たちが補わなければならない。そしてそれをすると、何かまた一つが崩れてゆく。


 今回の場合もそうだ。例えば、星光が遮断されたこの地下で、シュテルニス一人に無敵状態のスローンを一人で足止めできるのか。過去に戦ったと聞いたいるので心配はあまりないが、それでも万が一ということがある。


 作戦を考える時に一番大切になるのが、最悪の事態を視野に入れることだ。どんな場合でも柔軟かつ的確な作戦こそが、策士の世界では史上なのだ。最も、アンは策士ではなく盗賊なのだが。


 他にもそうだ。ネオとリサが敗北した場合、グレイが敗北した場合、ーーそしてレックスとアンがスローンに敗北した場合……考えるとキリがないのはわかっているが、それでも作戦を考える身として考えてしまうのは当然のことだ。


 そうして思い悩んでるうちに、アンは北区の地区庁舎から少し離れた場所にある噴水、その前にあるベンチに一人座っていた。

 風魔法を半永久的に発動し続けて水を循環し続けるこの装置は、見ているだけでも気分が落ち着く。


「ーーーー」


 アンとしては、悩み事をしたり悲しい気持ちになってしまった時は、大抵静かなところで一人になる方が落ち着く。きれいな月や夜空があれば、もっと良いのだが。


 認めよう。断言しよう。アンは、心の奥底でひっそりと、この重圧から解放されたがっているということを。

 そんなことは許されない。自分が考え、悩むことを止めれば、その分仲間に負担がいく。背負える負担なら、全て自分で背負わなければならない。

 地下牢でレックスが『歓迎の儀』を受け魔獣と戦い、囚人たちに希望をもたらしたその姿を見て、彼女は密かに心を打たれていた。自分も、あんな風になりたいと、強くありたいと。

 だから地下牢を出てグレイの家に戻り、そこを後にした時からは、アンは弱いところを仲間に見せないようにしていた。

 内心では疲れ切っていても、アンが根を上げれば他の仲間の士気も少なからず落ちる。


 そんなことあってはならない。耐えられない。その一心でここまでやってきた。だというのにーー、


「どうすれば……」


 誰かに導いてもらいたい。もう自分で全てを考えるのは疲れた。休みたい。根を上げて誰かに託したい。

 

 誰かに会いたい。本当は一人の方がいいだなんて嘘だ。意地を張って、自分を縛り付けていただけだ。


「ーーお、アン! こんなところで何してるんだ?」


 振り返るとそこには、手を上げて笑顔で近寄ってくる少年がいた。


「レックス……何してるって、噴水見てたの」


「噴水? あー、これのことか。好きなのか?」


「うん。綺麗な水見てたら、故郷のことを思い出すから」


「へー、そうなのか。まあ確かに、綺麗だしな」


 ベンチの空いていた右側に、後ろから乗り込んできたレックス。彼自身も、アンと同じようにその青い双眸に循環する水の輝きを映していた。


「ーーねぇ、レックス。ちょっと、話さない?」


「話すって何をだ? 明日の戦いのことか?」


「いや、それも大切だけど、今はなんでもない話をしましょ」


「なんでもない話か。そういえばここに来てから、そういう話してこなかったもんな」


 レックスの言う通りだ。

 思えばアンが南区でレックスと出会ってからここに至るまで、『地下都市奪還作戦』以外の話を、あまりしてきた記憶がない。仕方がなかったと言われれば仕方がなかったが。


「レックスは、どうして旅をしてるの?」


「ーー俺は、幼少期に交わしたとある約束を果たすために旅をしてるんだ」


「約束……そんなに大切なの?」


 アンがレックスに聞いてから少しの沈黙が流れた後、アンが慌てた様子で「いや、そのレックスの約束を馬鹿にしてるとかそういう意味じゃなくてね!」と付け加えた。その様子にレックスは思わず笑いを堪えきれずに吹き出した。


「分かってるよ。そういう意味じゃないことぐらい。ーーうん、大切だな。下手すりゃ、俺の命より」


 命より大切は言いすぎだ、と思わず言いかけたが、レックスのその言葉が本心であることが、その眼差しから分かった。だから言わなかった。

 誰にだって、命より大切なものの一つはあるものだ。最も、今のアンにもあるのだ。


「そういや、アンはこの戦いが終わったらどうする気なんだ?」


「え、私? うーん、とりあえずホール魔帝国に捕えられたレックスの仲間を助けるでしょ、それで……」


 言葉が、詰まった。

 思えば、アンは今の戦いに夢中で、これからの未来について一つも考えていなかった。当然、レックスの仲間を救うための協力はする。だがその後、アンは自分の未来を自由に選ぶことができるのだ。


 孤児としてグレイに引き取られてから、アンはこの都市を救うための戦いに生きていた。もちろん、グレイたちとの日々は楽しかった。これまでも、そしてこれからもそれは変わらない。

 でもアンには、その日々を手放してレックスの仲間としてついていく選択肢もある。

 どちらにせよ、選ぶのは自分だ。


「ーー今は、まだ決まってない。だから、それはこれから決めるわ」


「なるほどな。まあ、時間はいっぱいあるしな」


 ーー時間はいっぱいある。その言葉を何度も頭の中で反芻して頷いていると、レックスが「そういや」と言葉を綴った。


「ーーなんでアンは、そんな思い詰めた顔してるんだ?」


「えっ?」


 ーーなんで? なんで、なんで、「だって」なんで、なんで、なんで、「今のアン」なんで、なんで、なんで? おかしい。心情を悟られぬように必死に笑顔を作って、心配をかけないようにしていたのになんで?「なんか変なんだもん」こっそりとその事から目を逸らして、気にしないようにしていたのに、なんで? 「いや、悪口じゃねぇよ? ただなんか、」

 なんでバレた?


「わざとらしい笑顔っていうか、いつもの明るい感じじゃなかった気がしたというか……」


「ーーぁ」


 自分の意に反して、声にならない声が漏れる。

 

「なんか、あったのか?」


 今のレックスに、いつもの陽気さや明るさはない。ただ真っ直ぐ、アンのことを見つめていた。

 静寂に身を包まれながら、少しの沈黙が流れる。


「聞いて、くれる?」


 少し不安げに、そして申し訳なさそうに問うアン。そんな彼女に、レックスは「もちろんだ」と一切迷わず答えた。


「私、この戦いの作戦を考えてるでしょ?」


「うん、それにはすげぇ助かってる」


「ありがとう。それで、さっきも考えてみんなに話したわよね。その作戦が、本当に上手くいくのかなって不安になっちゃって」


「ーーーー」


「だから、もっといい作戦を考えようとして、悩んで、考えて、そして悩んで……そんなことしてるうちに、責任感に押しつぶされそうになっちゃって」


 言ってるうちに、自分が惨めになってくる。悲しい、結局、自分は仲間に弱いところを見せずにはいられないのだ。それが悲しくて仕方がない。

 そうした思いに駆られ、助けを求めるように隣にいるレックスに視線を向けた。


「んー、俺はそういう難しいことは分かんねぇ。けど、今のアンがめっちゃ頑張ってることは知ってる」


「レックス……」


 思わず目が潤む。


「だからさ、気楽に行こうぜ! それに、別にいいじゃんか。一人で考え込まなくて」


「いや、でもそしたらみんなの士気が下がっちゃう気がするの」


「えっ、なんで?」


「なんでって、作戦を考えた私が弱いところを見せたら、それに従うみんなも不安になっちゃうかもって」


「そうか? 別にいいじゃん。実際、俺弱いところをめっちゃ見せてきてたし……」


 これまでレックスが、数多く弱いところを見せてきたと言う事実に、アンは唖然とした。

 アンが見ていたレックスは、どんな時も弱いところを見せず、前向きに、そして明るい。そんな人物像だったのだ。

 だがそれが今、頬っぺたを指でかきながら苦笑する本人によって、違ったことが明かされた。


「だからさ、弱いところ見せていこうぜ! そんでその後、思いっきり笑えばいいじゃん」


「レックス……ごめん、ちょっと泣いてもいい?」


「いいぜ。アンの気が済むまでな」


 その言葉を聞いた途端、堪えていたものが、水が入ったバケツをひっくり返したように溢れ出した。

 レックスを見る瞳が揺れる。濡れる。ぼやける。涙なんて、もう随分流していなかった。

 

 ーー何年も、何年も、何年も。ずっと前を向き続けて戦ってきた少女が、今初めて泣き崩れた。


「でも、やっぱりまだ悩んじゃう。ーー最悪の事態に対処できる作戦を、どうしても思いつけないの……」


「んー、さっきも言ったけど、俺はそういう難しいことはよく分かんねぇ。けどさ、そんなに思い悩まなくても、俺たちはアンの言う最悪の事態にはならねぇ。だから、信じてくれ」


 作戦を考える時に一番非合理的だと言われるのが、感情論である。

 仲間を信じてるから、最悪の事態には陥ることを想定しない。そんな楽観的な考えでは、いずれ痛い目を見る。

 けれど、それでも今はーー、


「信じる……分かったわ。レックスたちを、いいえ、私たちを、私が信じる!」


「おう!」


 そう言ってレックスは、作り物でもない、純粋かつ無邪気な笑顔をこちらに向け、親指を立てる。

 そんな彼の姿を最後に、アンの意識は暗闇に遠かった。


「今日はゆっくり休んでくれ。アン」


 レックスは自分の左肩に頭を乗せて寝てしまったアンの体を両手で持ち上げた。そんな彼女の顔は、安心しきった様子で笑っていたものだった。

 そして担いだままベンチから立ち上がり、地区庁舎の寝室の中あるベットにそっと寝かせた。


「信じてるぜ、アン」

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