第四章 幕間『こーどねーむ』
ーー彼と出会ったのは、自らの体を修復してから十二年と半年の年月が流れた時だった。
初対面であるにも関わらず親し気に話しかけてくる彼から言い放たれた一言。その一言は、自分の人生をーー否、運命を大きく揺るがしたといるだろう。
「もう一度聞くが、本当にお前のことを信じていいんダナ?」
「んなことオレに聞かなくても、お前さんの体が一番よく分かってるだろ……なんて言うのは、ちょっと酷だよな。悪い悪い」
彼が言いたいことは、自分の体を治す際に備わったものーー相手の嘘を見抜ける力を使えば、聞かなくてもわかるだろうということだ。
だがすぐにその返事が不適切だと感じ、両手を合わせて謝罪した。間違いなく、彼は優しい人物だ。その証拠に、今心の中で思っていたことを見抜き、そして気遣ってきたのだから。
というのもーー、
「やっぱり、まだ信じきれていないんだよな? 別に悪いことじゃねえよ。むしろ、その方が人間味があって安心する」
「そう言ってもらえると助カル」
迷うことは人間として当然のこと。そんなことはわかっているし、何度も彼に言われ続けてきた。
だがやはり悔しいのだ。いっそ、心まで機械にすればよかったと、何度思ったことか。
ーーまだ信じきれていないのだ。これがーージュリアス•レックスを抹殺するというこたが、世界を救うことになるということを。
他人から見れば仕方のないことなのだろうが、自分からすれば悔やまれるべきことだ。なにせ世界を救う戦いに、惨めな私情を挟んでしまうのだから。
「ーーもし嫌だったら、やめてもいいんだぜ? そん時は遠慮なく言ってくれ」
「いいや、問題ナイ。俺が自戒すればよいだけのこトダ」
「おいおい、そんなに思い込むなよ? オレだって別にそこまでお前さんに求めたいわけじゃねえんだからよ」
「ーー善処スル」
「やっぱダメじゃねえかよ!」
こうして軽口じみた会話を交えつつも、刻一刻と時計の針は動いていくのだ。いついかなる時も、無駄にすることはできない。
「まあまだ時間はたっぷりあるんだ。ゆっくり考えてくれ」
「あぁ、そうさせてもラウ」
運命の歯車が本当に動き出すのは、二日後の夜。それまでに結論を出そうと、猛スピードで脳内会議を進めることにした。
「ーーそれはさておき、お前さんもジュリアス•レックスの前で本名を呼ばれるのは嫌だろ? ちなみに、オレも困る。だから、お互いコードネームで呼び合おうと思う」
「『こーどねーむ』……なんだそレハ?」
「家名」•「名前」という形式で人間は名前を作っており、基本的には「名前」の方が互いに呼び合う方だ。
無論、自分はそのどちらで呼ばれても困る立場にあるのだが、そんな中での彼の提案は、おそらく名案なのだろう。だが『こーどねーむ』という言葉が彼の口から発せられたにも関わらず、その言葉は全くもって聞き覚えがないものなのだ。なので、ただ眉を顰めることしかできない。
時々、彼は聴き慣れない言葉を発することがある。今回の場合もそうだ。勿論、自分が無知なだけな可能性も考慮すべきではあるのだが。
「まー簡単に言うとだな、お互いこれからは仮名で呼び合おうぜって話だ」
「仮名……なるほど、理解シタ」
彼の言いたいことは理解できた。とてもいい提案だと思う。実際、自分もジュリアス•レックスの前で真の名を明かされると都合が悪くなるのだ。
「ーーそんじゃあ、お前さんは今日からエムだ」
「エム……俺の名前から二文字を取ったのか」
「げ、やっぱり一瞬でバレた……一応今回も聞いとくけど、お気に召さない感じ?」
「ーー悪くナイ。気に入ッタ」
「ならよかったよ」
ーーエム。それが自分に与えられた『こーどねーむ』だ。
正直、彼が幾度となく『こーどねーむ』決めを何度もやってきた結果がこれだと思うと、少し呆れてしまう。が、響きは悪くなく、自分の名前と似ている部分もあるので、慣れるのは割と早い段階になりそうだ。
「そんで、もうだいたい分かってるが、オレのコードネームは?」
「そうダナ……ロイというのはどウダ?」
「ロイか。やっぱり前とおんなじだな。ーーわ、悪かったって! 悪気はねえんだ」
『こーどねーむ』の由来は、彼の方法にちなんで名前の中から、二文字目の部分を取って決めたものだ。
なるべく前と被らないようにしたつもりだったのだが、やはり被ってしまった。それで彼が笑ったのは仕方のないことだが、やはり少し腹が立つ。
「まあイイ。それでは、これからもよろしくな、ロイ」
「おう、オレたちで世界を救ってやろうぜ。エム!」
『こーどねーむ』で呼ばれることに慣れるのは、少し時間がかかりそうだと、エムはため息をついた。
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「ってわけで、エムのこれまでの敗因はこんな感じだ。ここからわかることはなんだ?」
「……シュテルニスがやってきたこトダ」
「ああ、当たりだ。んでもって、レックス襲撃からシュテルニス到来までに与えられた猶予はたった三分だ。お前さんは、それまでに奴のことをぶっ殺さなきゃならねえ」
三分とはふざけたものだ。相手が知性のない魔獣やモンスターなら可能だが、それがジュリアス•レックスという人間では話がまるで違ってくる。それはもちろん強さの面でもあるが、エム自身が無意識に感じている迷い、これこそが抹殺にかかる時間を大きく引き延ばしていることだろう。
「もしシュテルニスが到来すれば、すかさず逃げてくれ。逃げ道は、地上から地下に降りる際に破壊した大穴からだ。そこから逃げられれば、シュテルニスは追ってこられなかった。なにせ昼だからな」
「なるほドナ。理解シタ」
「まあ言うことはそんなもんだな。あとはそれまでに決意を固めて、武器の具合でも良くしといてくれ」
「ロイは何をするンダ?」
そう聞いてみると、ロイは少し笑って、
「オレにはやらなきゃいけねえことがあんだ。だから、また会うのは二日後になるかな」
「分かッタ。それじゃあまタナ」
「おう」
別れの挨拶を終えた後、ロイは北の方向に向かって静かに歩いて行き、やがて見えなくなってしまった。
ーーこれは世界を救おうと試み暗躍を図る二人の男たちの物語だ。
ーーこれは二人の決意の物語だ。
ーーこれは少年が少女と交わした約束を果たすための物語だ。




