1-5
…空を飛んでいる。
白い大きな獣に乗って、空を飛んでいる。
それも、心地良いとかそういう次元の話ではなく、ジェットコースターに乗っているかのような猛スピード。羽もないのに空を走るように駆け抜けている。
風の抵抗を受けた桜は、身体が後ろにいる神月に寄りかかる。
神月は桜のお腹に腕を回し、後ろから落ちないように支える。
…ふと冷静になってみると、なんだろうこの密着具合は。
しかし周囲に刺激がありすぎて、あまり気にならない。…それどころじゃない、というのが適しているだろうか。
一体神月はどのようにして重心を取っているんだろうか、空いている片手はどこも掴まず、まるで自転車を両手離しで乗っている人かのように余裕そうだ。
風で息がしにくい。目を開けてられない。
30秒程進むと、白は速度を落とした。
ジェットコースターのような感覚はなくなり、ようやく目を開けて景色を見ることができた。
先ほどまでいた商店街エリアの先には大きなお城、右手側は、住宅地を越えるとまるでリゾート地のような青い綺麗な海があり、左手側には山が連なっているのが見える。
そしてひときわ目立っているのが近代的な1つのビル。そこだけが中世ヨーロッパ風から外れている。
50階建てぐらいだろうか、高さのある建物はお城とそのビルぐらいだ。
そしてやっぱり、どこか懐かしい。
大きな白い獣に乗って、空を飛ぶ…なんでだろうか、初めてのはずなのに、初めてではないような気がする。さっきの懐かしさとはまた違う。もっと、もっと、遠い記憶に刻まれているような…。
景色はどんどん変わっていき、元居た場所がどんどん遠くなっていくのを見て、桜はとあることを思い出した。
「…あ!荷物!!」
「荷物?どこに置いてきた?」
「…えと、商店街の…裏?」
「ベンチがあるところ?」
「そうです!」
「…桜、どこからこの世界に来た?」
「えと…屋上手前の開かずの扉!」
「…?この世界に来たのはいつ?」
「さっき、初めて…多分…。」
「ギルってやつの言葉は何語に聞こえた?」
「日本語。」
「…?どういうことだ…?とりあえず荷物は大丈夫。あそこは他の誰も入れないようになってる。」
…他の誰も入れない場所に自分が入り込んだ。何かまずいことを言ってしまったのかもしれない、神月の表情が少し真剣だ。
きっと今、お互いに聞きたいことがたくさんある。
分からないことや聞きたいことだらけだが、神月の質問に答えて状況の説明をするのが先だ。
会話をしている間、あっという間に街からは外れ、広い草原の丘の上を飛んでいた。
だだっ広い綺麗な草原。管理されているのだろうか、ぎっちり芝生が詰まっている。
白は急降下し、草原の上に足を着いた。
誰一人いない草原、とても静かで、緩やかな風が心地よい。
視界に見えるのは、草原の先にある森、そして青い空。
加工された写真のように綺麗な青、綺麗な緑。いつも見ている景色より色鮮やかに見える。
神月は白から降りると、白は地面に腹を着け姿勢を低くした。神月は桜に手を差し出し、桜は神月の手をつかみ重心をかけて地面に足を着いた。
「…すごい景色…。」
桜は風を感じながら、遠くを見つめた。暫く、無言でこの景色を眺め、風の匂いを嗅いでいたい。
鼻でスーッと深く息を吸うと、自然と目が細くなる。
その桜の姿を、神月は優しい眼で見ていた。
「いい場所だよな。」
「うん。」
「そこ、座るといいよ。」
濃い茶色い木でできた2,3人座れる長さのベンチ。黒い鉄の肘掛けと脚は蔓草のように湾曲したデザインになっている。公園に置いてある椅子までヨーロッパ調だ。
桜は頷いてベンチに座ると、白は突然白い霧に包まれた。何事かと思い驚いて固まっていると、霧の中からは小さく白い猫のような、狐のような動物の姿が見えた。
…白?
見た目はまるで白をそのまま小さくかわいくしたような姿。毛が長く、だけど体系はスリムでシュッとしている。白い、狐と猫の中間地点。耳は猫よりも大きい。さっきまで目の前にいた大きな白がいないということは、この小さな可愛い動物が白なのであろう。
小さくなった白は、桜の膝の上に乗った。
「か、可愛い…!」
神月は目を丸くして、驚いた表情をしてベンチに座りながら言う。
「珍しいな、白!」
すると、どこかからか幼稚園生ぐらいの、男の子の声が聞こえた。
「こやつは懐かしい匂いがする。この匂いは好きだ。」
…今、この声は、明らかに、白がいる場所から聞こえた。その声の振動が身体を伝ってきたのも分かった。…もう、この世界では何が起きても可笑しくない。夢の世界か、アニメの世界に飛んできたと思えばいちいち驚かなくて済むだろうか。頭が混乱しそうだ。これ以上何が起きても驚かない気さえしてきた。
とりあえず意味が分からないのは置いといて、白が言ったことに対しての返事だけを口に出した。
「…私も、懐かしいなって思った。」
白は、桜の顔を見上げ、綺麗な透き通る碧眼でじっと見つめた。
…美しい瞳。ずっと見ていたい。
そういえば、神月に言わなければならないことがあった。まず先に、言うことだ。頭がいっぱいいっぱいだった。
「あの…さっきは助けてくれてありがとうございました。」
「間に合ってよかった、ギリギリでごめんな。怖かったよな。さっきまでの経緯を聞かせてくれる?」
…優しい。見つめてくる瞳も優しい。学校ではいつも周囲に人がいたからか、こんな眼をしていなかった気がする。ベンチに並んで座り、お互いの顔を見ながら会話は進む。
「うん…えと、学校で眉毛に追いかけられて…開かずの間の前まで追い詰められて、」
そこまで話したところで、桜の言葉は急に詰まった。
…過去の記憶がよみがえる。
《あの子、精神的ショックを受けすぎて可笑しくなっちゃったって。》
《聞いたわよ、手から火を出した人に両親が焼かれたとか、大きな剣を持った人がいたとか、記憶がおかしくなっちゃってるってね。》
《可哀想に、まだ小学生になったばっかりなのに。》
…本当のことを言ったら頭がおかしい人だと思われる。
…でも。
向こうでは可笑しいことも、この世界では普通。
信じてくれるかもしれない。
「小さい時からママに教わってた魔法を半信半疑で唱えてみたら、開いちゃったの!」
桜はそう言ってまだ少し赤くなっている右手の平を見せた。
「ちょっと痛かった。ドアを開けたら足場がなくて、そのまま落ちて…わけが分からないまま街を歩いてたら悪いやつに捕まっちゃった。」
桜はドジしたーぐらいのノリで笑いながらそう言うと、神月は真剣な顔をして言う。
「いや、笑えねーだろ、無事で本当に良かった。じゃあ、桜は今日の今日までこの世界に来た事はなくて、異常な能力を持った人がいるわ、獣がいるわ、そこに俺がいるわで全くもって意味不明、そんな状態で合ってる?」
「そう!その通りです!」
説明しなくても分かってもらえてありがたい。今神月を見る目は今日一キラキラしているかもしれない。話が通じた喜びが大きい。魔法についても嘘だとか言われなかった。それどころか、スルーだった。この世界ではやっぱり、普通なんだ。
神月はサラッという。
「ここは、地球じゃないよ。」




