1-4
…
あと数秒で命が終わる。
唱える?唱えない?
…鍵を開ける魔法でこんなに手のひらが痛む。
2つめの魔法を使ったら、きっともっと痛いだろう。
本当に必要な時しか使ってはいけないと言っていたのはそれが理由だろう。
…多くの人がこちらに注目している。
ザワザワと戸惑う人々。
いや、戸惑ってなんかいない。
さっきから目に付くのはスマホをずっとこっちに向け明らかにムービーを撮っている数人。助ける気なんて甚だない。
人が苦しんでる姿を撮るなんて。死んだら呪ってやる。
SNSに晒されるのかな。あぁ、恥ずかしい。
あんな力を見せつけられて助けに来る人なんて誰もいないだろう。
それに、ここにいる全員が全く知らない人なのだから。
みんな自分と自分の家族が大事。当然だ。
逆の立場でも助けに行かない。助けられないから。…これが普通の判断。
今、改めて確信した。
ここにいる人たちは皆、紛れもなく人間だ。
例え人間じゃなくても、本質は人間と同じだ。
ギルのカウントは続く。
「4」
よりざわつく周りの人々。
…なにが絶望だよ。絶望なんて、とっくに味わってる。
今更こんなことで絶望なんて感じない。
みんな当たり前の反応をしているだけだ。
…くだらない。
生きることなんて、くだらない。
「3」
桜は緊張して硬くなっていた力を抜いた。
そして周りにいる人を眺めた。
「2、1」
…やーめた。
あと1秒で、この生は終わる。
いい機会だった。
ありがとう、終わらせてくれて。
最後くらい自分らしく嘘で飾って笑って終わろう。
…さよなら。
大嫌いな人間たち、腐った世界。
桜はニコッと笑った。それと同時に、辺りが騒ついた。なんで笑ってるんだ、とでも言っているんだろう。不気味そうに見ている人さえいる。
「フッ良い終わり方だ。」
ギルはそう言うと、ナイフを握る手に力が入った。
…その瞬間。
強い風を感じた。同時にギルの手からナイフが高く上に弾かれ、締め付けられていたギルの腕から解放された。それと同時に、横側からとんでもない衝撃音がした。
…何が起きた?誰かが何かをした事実が何も見えなかった。
音がした方を見ると、砕けた店の壁に身体が埋まりかけているギルの姿と、どこかで見たことのある男性の後ろ姿。このよく分からない世界に来て初めて見た、同じように制服を着た人。ベージュのカーディガンを着ている。その人物は上に弾かれたナイフをキャッチすると、後ろを向いたままギルの仲間の一人に投げつけた。シュッと真っ直ぐ飛んだナイフは、仲間の頬スレスレの位置を通り過ぎ、店の壁に刺さった。
まるで逃げたら殺す、とも捉えられるようなその威圧に2人の仲間は足を止めた。
…何が起きたかは分からないが、どうやら、自分は死ななかったみたいだ。
全身の力が抜けた桜は地面に膝を着き、そのまま姿勢を崩した。
見たことのある後ろ姿の人物はギルのスキンヘッドを片手で掴んで壁から離した。ギルの足はだらんと力が抜け、地面に着き引きずられている。ギルはうめき声をあげながら頭を掴む手を離そうと指を掴み広げようとするが、全くその指は動かない。
明らかにギルの方が大柄なのに、凄い力だ。顔は見えないが、なんだか物凄く怒っているのが伝わってくる。これが無言の圧、というものか。
ギルの頭を掴んだ男性は、振り返って言う。
「おい。コイツの命を助けたければ俺を倒してみろ。10秒待つ。10、9、8、7、6…。」
その声を聞いて、その顔を見て、再び頭が混乱した。
なんで?理解が追い付かない。
なんで。なんで、神月先輩がここに。
もう、考える力が残っていない。
ギルの仲間2人は気まずそうな顔をして顔を見合わせ、1人は小ぶりに顔を振った。もう2人は一瞬ギルの方を見て、ヤバイよ、といった表情をして仲間同士でアイコンタクトを取った。ギルは抵抗するのをやめ、仲間に怒鳴りつけて言う。
「おい!お前ら!何してる!早く助けに来い!!」
「5、4,3…」
神月は一度カウントを止め、鼻で笑いながら言う。
「やっぱり誰も助けにこねぇか。冷たい奴らだな。2,1!」
冷静に、真顔で、だけど目からすごく怒っているのが伝わるような表情。
結局、仲間は誰も助けに来ない。ギルは全身に物凄い汗をかいて言う。
「やめろ、やめろ!!悪い、俺が悪かった!!」
「あれ?お前さっきそう言って命乞いしてた奴助けなかったよな?」
「あぁ、反省してるよ、許してくれ!!」
「じゃ、刑務所にぶち込んでやるよ。反省してんだろ?お前懸賞金あるだろ、壁の修理代も必要だしな。」
神月はそう言うと、2人の仲間を見て言う。
「0!」
そのカウントの直後にギルの後頭部を石畳に叩きつけた。
…ギルは意識を失ったのか、動かなくなった。
仲間2人は神月の方を見て引きつった笑顔をすると、慌てて走って逃げ出した。
「白、あとは頼む。」
神月がそう言うと、突然どこかからか現れた白くて大きな獣がギルの仲間たちの行先を阻んだ。…少なくとも地球にいるような生き物ではない。
例えるならホワイトタイガーに少し狐を混ぜ、体高を1.5m程にし、毛を長くフサフサにしたらこのような姿になりそうだ。耳の横に生えている毛が斜め上にカールをして伸びている。
その姿はあまりにも美しく、強そうだ。
…これが、白…もう少しまともな命名はなかったのか、とすら思ってしまう。
白は虎が威嚇するような大きく低い威嚇声を出すと、2人の仲間は腰を抜かしてその場から動けなくなった。
周囲がざわめき始める。
「わー凄い!凄い!」
「なにあのイケメンと獣!!!」
「1500万セッドの賞金首を奴をやっつけたぞ!!すげー!」
神月はすぐに桜の元へ駆け寄り、しゃがんで片膝立ちをして、座り込む桜に目線を合わせて顔を覗いた。
さっきの怒っていた表情とはまるで違う。
「怖かったな、怪我は?痛みはない?」
桜は首を小さく縦に一度振った。もう、力が入らない。喋ることすらできない。
自分が思っていたより、怖かったのかもしれない。
知ってる人がいた安心感で更に力が抜ける。
また、この状況を受け入れ楽になる為に嘘をついていただけかもしれない。
なんだか泣きたくなってきた。
…泣くな、泣くな…!
「よしよし、もう大丈夫だから。」
そう言った神月に、不意に頭を引き寄せられた。
額と鼻先が胸元に触れる。
頭の上に優しい手の感触がして、ぽんぽんと2回、更に引き寄せられるように撫でられた。
そんなことをされたら、余計に泣きそうになる。
だけど、絶対人前で泣きたくない。涙はぐっとこらえた。
神月は桜の両肩を手でつかんで少し離し、優しく上から顔を覗いて言う。
「立てるか?」
その問いかけに、首を横に振る。
「ここじゃあれだから、移動しよう。ちょっとごめんな。」
神月は桜の腕を自分の肩に回すと、身体を支えながら一緒に腰を上げた。桜の身体が浮いたところで膝裏と背中に手を回し、ひょいっと抱き上げる。
白は2人の横で姿勢を低くすると、神月は桜を獣の上に乗せ、その後ろに乗った。白が体を起こすと、神月は大きな声で周囲にいた人々に言う。
「警察が来たら言っといてくれ!懸賞金はいらないから壁の修理代に回してくれって。」
すると、白は一瞬足を曲げ、地面を蹴って空中を走り出した。




