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…漫画の主人公。桜にはそこまで聞こえていた。
「…そんなに綺麗じゃない。」
気付いたら、そんな独り言をつぶやいていた。
きっと、誰も知らない。
世界を憎んで多くの人間を軽蔑している腹の中。
本気で、バカにしているんだよ。先生。
よくある漫画の主人公、それはいつも裏のない笑顔で綺麗に笑って本当にお人好しで、みんなに好かれて、色んな事受け入れられて、素直で、真っすぐで、大切な人のためなら何でもできて、何でも許せて…正直、あまりにも現実離れしている。だから漫画なんだろう。主人公はいつもいい子だ。実際にそんな人がいたらびっくりする。
自分はそんな綺麗な存在じゃない。
この笑顔は生きるために身に付けた術。
何も面白くて笑ってるわけじゃない。
綺麗な心の美しい笑顔なんかじゃない。
だけどそれには誰も気づかない。
それでいい。その方が、自分にとって都合が良い。
昔は、笑わなきゃ、と思って笑っていた。
嘘でも笑っていれば人が寄ってくる、優しくしてくれる。
でも、いつの間にかそんなこと考えず、無意識で笑えるように身に付いていた。
いつものように上履きを脱ぎ、ローファーに履き替えながら、思考はそれとは全く違うどこかにいる。
あれこれ考えすぎて今自分が何をしていたのかよく分からなくなるが、足元を見ればローファーが履けている。…何かをするのに、無意識と、意識の境目なんて、きっとない。
…意識、そんなこと、どうでも良いんだ。
偽り、本当、そんなこともどうでも良い。
今ここにある自分が、自分なんだろう。
それ以上でも、それ以下でもない。
「…あ。」
ふと、思い出した。図書室で借りていた本の返却期限が、今日だ。
あーあ、戻るの面倒くさい…そう思いながらも再びローファを履き替え、図書室に向かう廊下を歩く。
2階まで階段を上がると、窓から外を覗いて甲高い声で騒いでいる2人の女子。1年生だ。
「一風せんぱーい!!」
「きゃー!やっばいこっち見てくれた!!」
「やばいやばいやばい!!神すぎる!!神月だけに!」
「ちょ、呼び捨て!先輩たちに殺されるよ!」
頭に響く。…うるさい。
一風 神月。学校一イケメンと騒がれている3年生の先輩。
…見れるなら見たいけど、そっちを見たら一年生たちに何か勘ぐられそうで嫌だ。
やっぱ、前を見て歩こう。
「さーくら!」
ポンッと背中を押され後ろを見ると、そこには同じクラスであり親友の琉美。見なくても、風に乗ってくる香りで誰だか分かる。人工的に作られた、何かをそそられるような、夜の雰囲気が連想されるような香水の匂い。腰上まであるサラサラな暗い茶髪、長い前髪をセンターで分けていてなんだか高校生とは思えないほどの色気がある。…いや、色気しかない。
「琉美!あれ、今日は職員室に呼び出されて居残りお叱りタイムじゃなかったの?」
「私がそんな律儀なオンナだと思う~?てか桜!見なくていいの?」
琉美はニヤニヤして桜の方を見ている。
「いいの!」
「ふぅん。新一年生も入ってきたし、ますます人気者だねぇ。最近連絡取ってないの?」
「たまに取ってるぐらいで、なんも変わりないよ。」
桜にとって神月は憧れでイケメンの先輩。別に好きという訳でも発展させたい訳でもなく、ただイケメンすぎてドキドキする。それ以上になりたいとは思わない。遊ばれそう、としか思わないからだ。だから、見て、会話して、ドキドキするぐらいが丁度良い。…と、思っている。
「ほーら!」
琉美は桜の顔を両手ではさみ、クルッと窓の外側に顔を向けた。
すぐそこには神月。…しかも、目が合った。
女子たちよ、あんなに大声で呼ぶ必要があったのか?と思うくらい近くにいる。
桜はにっこり手を振ると、神月も口を閉じたまま口角を上げ、片手をあげた。
…イケメンすぎる。
落ち着いた暗い茶色をしたストレートな髪型、少し目にかかる前髪、クールな整った顔立ち。
ずっと見ていたい。だけど、挨拶を返してくれたことに対してもう一度微笑み、すぐに前を向いて歩き出す。
余裕そうな態度を取っているが心臓がとんでもなくばくばくしている。
「良かったねぇ、桜!」
「…。図書室に本返しに行ってくる!」
よそよそしくなってしまうのが嫌だ。
必死で何かを隠しているかのように見える桜を見て琉美はまたニヤニヤしている。
「じゃ、私先に帰るね!」
琉美はそう言って、色気をまき散らしながら早歩きでスタスタと下駄箱の方へと歩いて行った。
「木乃花ー!!!」
今度は、なんだ。後ろから呼び止める声。今日はなんだか忙しいな。…ドスの聞いたこの声は。
「眉毛!」
…しつこい。凄い形相でがスタスタと追いかけてくる。濃い眉毛が直角になっている。
色んな意味で怖すぎる。これは、逃げるしかない。気が付けば、本能的にに走り出していた。
「やばすぎ!!」
「逃げるなあぁー!!!」
「逃げるだろ!!!」
桜はそう突っ込みながら急いで廊下を曲がり、3階へと走った。図書室が遠退いた。でも何度か曲がって行先をくらませれば大丈夫だろう。…と思ったが。
「…うわー、やったわあ…」
曲がるところを間違えた。目の前にある屋上の扉は施錠されていて、行き止まり。
…そしてその手前に、有名な開かずの間。
鍵を誰かがなくしてしまい、ずっと開けられずにいるとか。重そうな防音扉のようにも見える。
何が入っているのかは誰にも分からず、みんな気になっている。男子生徒が思いっきり蹴飛ばして開けようとしている姿を見たことがある。
…。
その時、桜の頭の中をよぎったのは、いつも心の中で唱えている魔法。
17歳。
今日は誕生日。
あの時聞いたことが本当なら。
あの絵本の内容が本当なら。
…試してみよう。
桜は鍵穴に手を当て、半信半疑であの魔法を口にした。
「ラージュ・コア」
すると、鍵穴から一瞬魔法陣のような模様をした光が映し出され、カチャっと音が聞こえた。手はピリッと少し痛みが走った。
「え…」
意味が分からない。なに、今の。
…そんなこと考えてる間もなく、眉毛先生の足音が聞こえてくる。
とりあえず隠れようとドアを開け、真っ暗な部屋の中に一歩右足を踏み入れると、…足場がない。
え、やばい。
右足の着地点がなく、そのまま身体は前に倒れ、全身が暗闇に包まれた。
部屋のドアが、閉まる音が聞こえた。
…
……
………




