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技術立国日本  作者: 山口遊子


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82/84

第82話 昭和9年10月~10年8月


 昭和9年10月(1934/10)。理研航空機と中島飛行機の合作で空冷複列14気筒エンジン二一型が完成している。このエンジンは九二式双戦および九二式軽爆の後継機用のエンジンとして開発されたものである。同時に、同じく理研航空機と中島飛行機の合作で空冷複列星型18気筒エンジン一一型が完成している。こちらのエンジンは現在理研航空機で開発中の4発重爆撃機用のエンジンである。背面飛行や急旋回への対応と高高度での燃料のアイシング(氷結)、吸気抵抗防止のため、どちらのエンジンもキャブレター方式から機械式燃料噴射方式を採用している。


理研・中島14気筒エンジン二二型

 形式:空冷複列星型14気筒

 重量:680キログラム

 出力:1800馬力

 二段二速機械式過給機+排気式過給機

 燃料供給:機械式燃料噴射方式


理研・中島18気筒エンジン一一型

 形式:空冷複列星型18気筒

 重量:830キログラム

 出力:2400馬力

 二段二速機械式過給機+排気式過給機

 燃料供給:機械式燃料噴射方式



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 第一航空戦隊司令官の任を解かれた山本五十六はロンドン軍縮会議の予備交渉の日本代表として、10月から最前線で交渉に当たっていたが、日本側の主張(比率制の廃止と各国の艦船保有量の共通制限の設定)が英米に受け入れられなかった。そのため、山本は12月29日、条約を継続しない旨を参加各国に通告している。これにより、2年後の1936年(昭和11年)12月末をもって、ワシントン条約およびロンドン条約は失効し、15年続いた海軍休日(ネヴァルホリデー)が終わりを告げ、日本は「無条約時代(再軍備の加速)」へと突入する。英米は条約を継続したが、条約内容が骨抜きになり実質的に艦船の保有は無制限となる。

 この交渉期間中、山本は海軍中将に任じられている。


 現存する手紙や手記などからもわかるように、史実での山本は軍縮条約からの脱退に対して否定的だったようだが、今回の歴史では果たしてどうだったのか? 長大な航続力を持つ航空機と熱圧爆弾によって戦艦が過去の遺物になろうとしており、日本はすでに海軍の艦船拡張路線を捨てていた。そういった中で、英米がトロフィー的価値しかない戦艦の建造に血道を上げ、国力を削ることは『日本』にとって有利な状況ということではないだろうか。


 ただし、空母および巡洋艦以下の補助艦の建艦計画は変更されることなく、史実通り11月20日、空母蒼龍《そうりゅう》が起工している。新造艦の砲腔内のライフリングには窒化処理が施されており、機銃の銃腔には窒化チタン蒸着がなされている。また、既存艦も命数が近づいた砲については窒化処理した砲と順次交換が進んでいる。また、新造艦に限って言えば、極力曲線を排した設計となっている。海軍の設計側からは不満が噴出したが、製造側からすれば圧倒的に支持された。艦の方向性を決める権限を持つ用兵側からは、見た目は悪いが、艦体の製造単価が2割から3割も下がる上、保守が容易になるとなると認めざるを得なかった。予算面での陸主海従がいい方向で現れたわけである。



 昭和10年(1935)に入り、日本本土内で生産された軍用トラック、砲弾、銃弾、ロケット弾、熱圧爆弾、ガソリン、オイル、軽油、不凍液、タイヤ、糧食、給水用タンク(強化フェノール樹脂製)、土木機械および道路用資材などが、広島の宇品《うじな》港から輸送船や貨物船で大連に運ばれ、最終的にハイラルで集積されていった。朝鮮、満州内で製造、生産された物資も同じようにハイラルに送られている。特に満州に届けられた軍用トラックは6000台を超えており、さらに兵站維持のため増派される予定である。

 また、張学良中将が率いる満州帝国陸軍の近衛師団以下3個師団も完全充足の機動師団として生まれ変わっている。特に近衛師団には戦車大隊が付随しているので増強機動師団に分類される。


 これまでにも、モンゴル軍がハルハ川を渡り満州国内に侵入して略奪などを繰り返していたが、昨年より満州国軍に対して、対応を控えるよう関東軍から『依頼』している関係で、侵入の頻度、規模が次第に大きくなってきていた。



 ここは、陸軍省内の軍務局長室。

「石原君。モンゴル軍の満州への侵入跳梁だが、ソ連は彼らの動きを掣肘《せいちゅう》しようとはしないのかね? このままだと、日ソ間の問題になるだろうに」

「モンゴル政府のこれまでの弾圧がひどすぎて、国民の不満が溜まっている中で、モンゴル軍くらいは好きにさせて懐柔しておこうとのモスクワの意向なんでしょうな」

「本当にそれだけかね?」


 石原は煙草に火をつけて一服し、ゆっくり吹き出した。


「永田さん、何をいまさら。それはもちろん、関東軍の特務機関が一枚かんでますよ」

「これは、失礼した」

「それで、永田さん。特殊演習の方はどうなっています?」

「準備は進んでいる。5月中には3個機動師団分の装備が揃う。架橋用の資材と一緒に部隊の移動の一足先に大連に送っておく」

「さすが永田さんです」

「あとのことは参謀本部に任せた」

「大丈夫です。うまくやって御覧にいれますよ。これほど楽な戦《いくさ》はないんじゃないですか?」

「そこまで楽観してもいいのかね?」

「ここまでお膳立てしてもらった上に、今では相手の暗号まで筒抜けですよ。負ける要素がなければ、勝つしかないでしょう?」

「たしかにその通りだな」

「わたしも髪が薄くなってきましたが、永田さんも気を付けたほうがいいですよ」

「これは参ったな。ハハハハ」

「フフフフ」


「そういえば、例の件はどうなった?」

「嬉しそうにかどうかは知りませんが、本国に打電したところを憲兵が踏み込んで逮捕しています」

「もう少し泳がせてもよかったんじゃないかね?」

「あまり詳しく探られると、こちらの方もボロが出るかも知れませんからな」

「なるほど。しかし、ポシャッた海軍さんの計画だが、役に立ってくれればいいな」

「間違いなくアメリカは『過剰』に反応します。あの国は他国に先を越されることを極端に嫌いますから」

「確かに。あの国はそういうところがあるな」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 日本に潜伏中のアメリカ海軍情報局の諜報員から日本海軍が18インチ砲搭載の新型戦艦の建造に着手した、という情報が海軍省にもたらされた。山田幸太郎が以前『大和の進水を大々的にやったほうがいい』と漏らしていた状況が期せずして(*****)起こったわけである。


 アメリカ海軍の基本方針を策定している将官会議(General Board)は、この情報に接し、日本の18インチ級戦艦に対抗するよう現在設計検討中の1937年度計画艦(BB-55)について、防御力の抜本的な強化と口径増大を含む設計変更を海軍省へ要求した。


 これを受けた海軍省内では、日本の18インチ砲という脅威を前にパナマ運河の通航制限(パナマ・マックス)を度外視した超大型戦艦建造が必須であると結論付け、省内での協議の結果、導き出されたのは「18インチ砲の直撃に耐えうる装甲」と「16インチ50口径砲12門」を備え、かつ「30ノット以上の高速」を鼎立させる、これまでの常識を覆す超戦艦案であった。


 海軍の要請を受けた下院海軍事務委員長カール・ヴィンソンは、これを機に「二大洋海軍法」の構想を大幅に前倒し、かつ拡張するため「星条旗が海上でアウトレンジされる屈辱は断じて容認できない」と議会を猛烈に煽り、空前の巨額予算を強引に承認させた。


 日本国内では、アメリカが海軍予算を大幅に増額したことを受け、海軍内の艦隊派が動揺したが、すでに北進の聖断が下っているとのまことしやかな噂の前にそういった動揺も収まっていった。



 3月16日(1935/3/16)史実通りドイツはヴェルサイユ条約を破棄し、再軍備を宣言した。欧米の歴史は史実通り流れて行っているようだが、日本とその周辺国は違う道を歩んでいる。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 4月に入り、モンゴル軍の越境侵入を満州国および日本が『世界に向けて』非難した。そして各国の特派員を現地に招き、モンゴル軍により破壊された民家や略奪された倉庫などを公開し、被害の実態を世界に発信している。情報公開大切だよな。

 国内では『共産モンゴル討つべし!』の文言が新聞紙面に踊っていた。



 5月。こういった世論を受ける形で、日本陸軍の『長期休暇中』ないし『退役』軍人からなる満州国義勇航空隊が結成された。義勇航空隊本部は新京の関東軍司令部内にあり、使用機材は全て日本側が供与(きょうよ)したものである。

 ご丁寧に日本国内の主要都市の街角には『求む、操縦士、整備士。満州を救うのは貴殿だ! 満州国義勇航空隊連絡事務所、連絡先XXXXX』などのポスターが貼られていた。もちろん、素人など、何の役にも立たないのだが、各地の連隊本部や鎮守府、要港部内に設けられた『連絡事務所』を訪れた若者たちは、もれなく少年航空兵(陸軍の陸軍少年飛行兵(少飛)ないし海軍の海軍飛行予科練習生(予科練))の案内書が渡されて送り返されている。

 加藤建夫大尉は明野陸軍飛行学校での教官を務めていたが、長期休暇を取得して満州国義勇航空隊に参加している。5月下旬には満州国義勇航空隊員として早くもハイラル基地で、九二式双発戦闘機で空中警戒任務に就いていた。


 7月。関東軍特殊演習準備として、本土から3個歩兵師団が満州に移動を開始した。大連で機動歩兵装備を受け取った歩兵師団は機動歩兵師団として一新された。また満州国義勇航空隊がハイラルを中心に配置に着いた。

 ソ連軍もこういった日満の動きに反応して極東兵力を増強していったが、スターリンは防衛に徹して決して国境を侵さず日本軍に対して挑発などしないよう、ハバロフスクに司令部を構え極東全域を管轄する特別赤旗極東軍(OKDVA)の司令官であるワシリー・ブリュッヘル(Vasily K. Blucher)元帥(注1)に命じている。



 史実では8月12日に起きた永田鉄山暗殺事件(相沢事件)は起きていない。社会的不安が今回の歴史では薄れたことと、大河内理化学研究所所長から何らかの示唆を永田鉄山が受けていた可能性がある。


1935年(昭和10年)8月、4発重爆撃機が所沢飛行場にて初飛行した。不具合などを改修し、10月九五式重爆撃機として制式化され、陸軍は理研航空機、中島飛行機に対して量産命令を出した。陸軍は正式に九五式重爆撃機に対して『連山』と呼称することを発表した。合わせて連山を輸送機型に改造する指示も出している。


九五式重爆撃機:「連山」

理研・中島18気筒エンジン一一型×4

最大爆弾搭載量6トン

最大速度:時速650キロメートル(高度8000メートル)

爆弾を2トン搭載した状態で時速630キロメートル(高度8000メートル)

巡航速度:時速450キロメートル(高度:6000メートル)

実用上昇限度:1万2000メートル

航続距離:4500~10000キロメートル(装備の重量によって変化。爆弾を2トンに減らし、爆弾槽に予備燃料を搭載した場合、作戦半径4500キロメートル)

乗員:7人

武装

12.7ミリ機銃6挺(胴体前方上方旋回2挺・胴体後下方旋回2挺・尾部旋回2挺)



 爆弾2トンは50キロ爆弾40発に相当し、1個重爆大隊12機編隊で投下した場合、480発の投弾量となる。投下される爆弾が熱圧爆弾であれば、小都市なら文字通り消滅させることが可能である。想定されている重爆1個連隊36機の爆撃の場合、破壊力は凄まじいものになる。



 さらに同月、九三式双戦と九三式双軽の後継として、エンジンを改造「寿」エンジンから理研・中島14気筒エンジン二二型に換えた双発戦闘機と双発爆撃機が九五式双発戦闘機と九五式双発爆撃機として正式採用されている。九五式双発爆撃機だが、従来なら重爆撃機に相当する爆弾搭載量を誇っていたが、4発以上の爆撃機をもって重爆撃機の呼称とすることで、こういった名称となった。九五式重爆撃機には連山といういい名前が付けられたが、九五式双発戦闘機にはそういった名前は付けられなかった。そのかわり、後日。『破砕機《クラッシャー》』という名前が漏れ伝わってきた。なんでも機銃が敵機を捉えると、敵機の主翼だろうが機体だろうが外板を留めるリベットが弾け飛び、空中分解してしまうのだそうだ。機体と翼を全面的に防弾仕様にできない以上、敵機は逃げ惑うしかない。しかし、最高速度で200キロ近い速度差がある以上、逃げ惑うことも許されない。


九五式双発戦闘機

理研・中島14気筒エンジン二二型×2

最高速度:時速720キロ(高度7500メートル)

巡航:時速540キロで6時間

上昇限度:1万2000メートル

武装:7.7ミリ機銃8挺を機首に集合(注2)。

爆装時:50キロ爆弾4発


九五式双発爆撃機

理研・中島14気筒エンジン二二型×2

最高速度:時速620キロ(高度6000メートル)

巡航:時速480キロで6時間

上昇限度:1万2000メートル

武装:7.7ミリ機銃4挺を機首に集合。後方に7.7ミリの旋回機銃1挺。

爆弾:50キロ爆弾16発ないし100キロ爆弾6発




注1:元帥

史実のソ連では1935年9月に階級制度が部分的に復活し、最高階級として「ソビエト連邦元帥」が創設されている。ここではもう少し早く元帥位が創設されている。


注2:

7.7ミリ機銃の発射速度は1秒間に16発=毎分960発。16分の1秒で次弾が発射されることになる。8挺の機銃の発射タイミングを機械カム制御により128分の1秒ずつずらすことで、発射の反動を平準化し、機体への衝撃を抑え、命中精度の低下を抑えている。機首に集合した機銃の掃射による秒間128発の7.7ミリ弾が敵機のジュラルミン製の外板を集中して叩くと、リベットが飛び散り外板は剥離し、敵機は空中分解する。もちろん三点射可能であり、1回の3点射は大口径機関砲の1撃に匹敵する。機関砲と違い7.7ミリ機銃は圧倒的な命中率を誇る。



作中の石原莞爾は定説とは異なり愛煙家かつ愛飲家としています。

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