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技術立国日本  作者: 山口遊子


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8/25

第8話 大正15年3月、2


 電源装置を届けた翌週の土曜日。(1926/3/13)


 ノートパソコンとプリンター、それに用紙とトナーを2輪キャリーカートに載せて北浦和公園まで運んでいき、浦和高等学校まで迎えに来てくれた理研のフォードに載せた。フリーのオフィス統合ソフトの教本とプログラム関連の本も用意していたので、それらは肩掛けカバンに入れて肩から下げておいた。


 その日も2時間近くかけて理研に到着し、所長室に顔を出した。


 先週持ち込んだ電源装置は長岡先生の研究室に拉致されたそうだ。

 ということで、プリンターはこの部屋では使えないのだが、ノートパソコンのデモを所長室で行った。

 観客は、大河内所長と幸田さんの二人だったのだが、すぐに電話して長岡先生の研究室から長岡先生をはじめ数人の若手の研究者が駆けつけてきた。


 目を見張っている天才たちの前でノートパソコンのデモをしたわけだが、みんなが明らかに尊敬の目を向けてくるので結構恥ずかしかった。

 デモの内容は、スイッチを押してからのノートパソコンの簡単な操作方法、そしてオフィス統合ソフトの概略説明。俺の指の操作で画面上をマウスのカーソルが動くことに観客がどよめいていた。


 おそらく必要なプログラムが不足しているはずなので、プログラム開発については割愛した。というか、その系統は俺では無理というのが正直なところだ。ただ、オフィス統合ソフト内でもそれなりのことができるはずなので、それほど問題はないだろう。教科書もつけているし。



 デモを無事終えて、手書きのノートパソコンの立ち上げ方と基礎的な操作法を書いた紙を長岡先生に渡し、実際にノートパソコンの立ち上げから簡単な操作を行ってもらった。さらに、プログラム教本とフリーのオフィス統合ソフトの教本を渡しておいた。


 幸田さんに翌週の土曜日には浦和高等学校までトラックを用意してもらうように頼んでおいた。うちから浦和公園まで10往復すれば済む。面倒だがちまちま1台ずつ運ぶよりよほど合理的だ。


 それで、プリンターについてはどうしようかと思ったのだが、せっかくなので、ノートパソコンと一緒にそのまま長岡先生の研究室に置くことにして、彼らにプリンターの箱とその他を運んでもらって俺も同行した。


 本館から出て物理棟と呼ばれる建物の中に入っていき、例の電源装置が置かれた部屋にやってきた。

 そこで、テーブルを用意してもらい、箱の中からプリンターを出して、電源装置につなぎ、ノートパソコンの設定をしておいた。プリンターに用紙をセットし、ノートパソコンの中に入っていた壁紙画像を試しに1枚印刷してみた。けっこう高速でカラー印刷がプリンターから出てきた。

 そして、周囲から拍手が上がった。

 最後にプリンター用紙とトナーの交換方法の簡単な説明をして撤収した。なんだか今日はよく働いた。


 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 こちらは長岡半太郎の研究室。

 とはいっても長岡自身は研究の時間はかなり少なくなってきており、もっぱら政治的な動きが多かったのだが、各種のハンドブックを目にして俄然やる気が出てきていた。

 そして、若手にもてきぱきと指示を出し、研究室の活気は天を突くばかりとなっている。

 何より、計算で待つことがなくなったことが大きい。今では全員関数電卓を使いこなしているし、研究室に1台あるプログラマブル電卓も常に稼働状態だ。

 そういった中で、未来の電源装置が導入された。これまで不安定な電源のおかげで、かなり苦労していたのだが、今となってはそれが嘘のようだ。


 そして、今日、ノートパソコンという未来の装置とプリンターという未来の印刷装置が研究室にもたらされた。

 薄っぺらい金属製に見える箱の蓋の裏側に、天然色の絵が映った時、長岡は心底驚いた。これが未来の技術なのかと戦慄した。その画面には絵だけでなく印刷されたようなきれいな文字も並んでいた。


 そして、ワープロ、表計算ソフトなど聞きなれない『プログラム』を動かすと、印刷したような文字が書け、書きこんだ数字からグラフが出来上がった。そのグラフも棒グラフだけではなく、点を描いていき、最小二乗法によって回帰線まで引いてくれる。さらに、設定を変えれば補間法によって近似曲線も引いてくれる。


『何なんだこれは!』長岡は心の中で叫んでいた。

 研究室の面々も同じ思いだったに違いない。


 あとでわかったのだがボタンを押せば、それが未来ではプリンターと呼ばれる印刷機から色付きで印刷されて出てくる。科学者にとって恐ろしいほどの利便性が追及されている。

 とにかく、これにも早く慣れなければならない。全員が慣れればその分研究室の実力が底上げされる。そして、この研究所の実力が上がれば、日本の実力も上がっていく。

 知らず知らず長岡の顔はほころんでいた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 そして翌日の日曜日(2027/3/14)。

 思った以上に届いた荷物は大きかった。台車で3回に分けて運ばれてきた10台の電源装置を部屋の中に入れたら、すっかり部屋が狭くなってしまった。そして、腰も痛くなってきた。

 これって、俺の趣味でしてることといえば、その通りなんだが。


 次回の理研への荷物運搬はトラック輸送なのでついでにプリンター用の用紙とトナーも用意しておいた。11往復することになるが頑張るしかない。当日の天気が心配だが、俺の場合こういうのってたいていうまくいくので、心配ないだろう。


 この10台で電源装置が理研内にかなりいきわたることになるので、次は何を用意しようかと考えたのだが、やはり、ノートパソコンとプリンターだろうということで、前回と同じものを10台ずつ注文しておいた。用紙もトナーも多めに注文しておいた。もちろん関連図書も10組注文している。配達指定日は来週の日曜の午前中だ。



 翌週に入り、会社に出勤し、文字通り無難に勤めていたのだが、電源装置の入った段ボール箱を動かしたり積んだりしたせいか腰が痛い。それで、ことあるごとに仕事をしながら椅子の上で腰をひねっていたところ、


「山田先輩、わたしに見せつけてるんですか?」と、隣の堀口明日香に言われてしまった?

「なに?」

「腰が痛くなるほど休みの間に励んだって言いたいんじゃないんですか?」

「あのなー、そんなわけないだろ! それはそうと、そういうのはれっきとしたセクハラだからな!」

「うひょっ!」

「もういいよ」

「そう言えば、先輩、付き合っている人っているんですか?」

「誰もいないよ。それはそうと、それもセクハラだぞ!」

「うひょっ! 世の中なんでもセクハラですね」

「だから、黙って仕事しろ」

「へーい」

 堀口はよくわからないやつだが、仕事ができないわけではない。ただ、言葉の選び方がいびつ?

「先輩、わたしの顔を見つめて、意味深ですね」

「確かに意味深だが、いい意味じゃないから安心しろ」

「安心できない!」



 そんなこんなで、月曜から金曜まで山谷なく会社に勤め、そして週末。土曜日(2027/3/20)がやってきた。向こうの世界では大正15年3月20日になる。つまり給料日だ。


 とはいえ、荷物を運搬しなければならない。2輪キャリーカートに段ボール箱に入った最初の電源装置を積んでしっかり固定して、午前7時50分に第一便として部屋を出た。

 幸い、天気は快晴ではなかったが晴れ。天気予報でも降水確率は10パーセントだったので荷物を運ぶ分には問題ないだろう。


 北浦和公園まで2輪キャリーカートをゴロゴロ引いて歩いていき、人通りと視線を確認してから苦労して穴を抜けて向こう側に抜けたら、小型のトラックが待ってくれていた。2輪キャリーカートから段ボール箱を下ろしたら運転手さんが荷物をトラックに積んでくれた。

 トラックと言ってもしっかりした屋根の付いた荷台ではなく、ホロがかぶせてあるだけの簡単なものだったが、天気も良かったので問題はないだろう。今後荷物を運ぶときのことを考えたら、ブルーシートくらい用意しておいた方がよさそうだ。


「これをあと9個運んで、最後に小物を運んできます。すみませんが、ここで待っていてください」

「了解しました」

 振り返って、浦和高等学校側を見たら、新しく建物を建て始めていた。そういえば、来年から全寮制になるとか、ウィキかどこかで読んだような。


 それから1往復当たり15分ほどで作業を進めた。

 午前10時少し過ぎにプリンターの用紙とトナーが入った箱を最後に、何とか運搬作業を終わった。けっこう腰にきている感じがする。

 荷物を全部トラックの荷台に載せ終わり、俺はトラックの助手席に座って駒込の理化学研究所を目指した。


 理研の本館前にトラックが到着したのは12時少し前。

 歩いている分にはそれほど気にならなかったが、砂利を転圧しただけのいわゆるマカダム舗装の道路にはそれなりに穴ぼこが開いている。トラックはそれを避けながら走るので、やきもきするくらい低速運転だったが、思った以上にすんなり到着した。


 この日も幸田さんが本館の玄関口で待っていてくれて、運転手さんと3人がかりで荷物をいったん玄関前に下ろしていたら、そのうち人が集まってきて、荷物を玄関の中に運んでくれた。


 玄関の中に置いておけば、各研究室に運んでいくのだろう。使用法は、長岡研究室の若手に聞けば教えてもらえるだろうし、コンセントなどは研究所内で加工できるだろうし。


 プリンターの用紙とトナーが入った箱は2輪キャリーカートに載せたままだったので、それを引いて幸田さんに連れられて所長室に向かった。


「今日は電源装置を10台持ってきました。それとこの箱に入っているのは予備の印刷用紙と、印刷用のインクになります」

「山田君、ご苦労様」

「来週の土曜には、ノートパソコンとプリンターを10組運びますから、今日と同じようにトラックの手配をお願いします」と幸田さんに忘れずに頼んでおいた。

「トラックは了解です」


「ノートパソコンと、プリンターの運搬が終わったら、他に便利製品を探して運ぼうと考えていますが、こちらで、どうしてもというものがあれば優先します」

「電源装置はいくらあってもいいものだから、余裕があるなら頼めるかな?」

「了解です」

「よろしく頼む。それで、君の方の資金は大丈夫なのかね?」

「まだ大丈夫です」

「それなりの時計だったのだろうが、それでもたかが時計だ」

「いつの世の中にも金持ちの好事家はいますから」

「なるほどな。時計のほかにも何かあるかもしれないから、こちらでも鋭意考えておくよ」

「よろしくお願いします。お金はいくらあっても困りませんから」

「全くだ。そういえば君は昼はまだなんだろ? 今日は昼食を一緒にどうだね?」

「はい。ありがとうございます」


 その日、経理の窓口で月給をもらった後、理研の自動車で大河内所長と本郷の料理屋にいき、すき焼きをごちそうになった。飲み物は瓶ビール。

 食事しながら、21世紀の日本の政治形態について少し話をした。

「陛下が象徴なのか。考えさせられる」

「主権者は国民ということになっています」

「それも、これも大戦で負けたせいってわけだね」

「その通りです」

「それで君たちは、幸せなのかい?」

「檻の中の動物かもしれませんが、おそらく幸せなのでしょう」

「なるほど」


 おいしかったー。付いていた生玉子も特別な感じがしたんだが。


 食事を終えて店を出たら、大河内所長は東大に用事があるといって東大まで歩いてき、俺は店先に停まっていた理研の車で上野駅まで送ってもらった。


 上野駅は東京駅と違って、なんだかかなり安普請な駅だったが(注1)、こういった駅も風情があって、いいなー。とか考えながら切符売り場を探して、切符を買った。浦和まで21銭だった。


 上野駅から汽車に乗って浦和に向かったんだが、汽車が出発して40分ほどで浦和駅に到着した。

 急いでいるときは、浦和から上野に出て、タクシーに乗って理研に向かったほうが早いみたいだが、当面理研のトラックに便乗するので機会はあまりないだろう。



 翌日の日曜日。(2027/3/21)

 午前中に予定のノートパソコンとプリンター、用紙とトナーが届いた。また部屋の中がいっぱいになってしまった。懐が温かいので、もう少し広くて、例の穴にもう少し近い部屋を借りてもいいか。今の部屋は1カ月ノーティスだったはずだから、物件が見つかったら、退去を申し出て、すぐ引っ越してしまうのもありだな。


 明日は春分の日の振り替え休日なんだが、ノートパソコンをセットアップしないといけないので理研は『お休み』することにしている。



 翌日。週が明けて月曜日。(2027/3/22)

 10時ごろ、荷物が到着したので、さっそくノートパソコンのセットアップを行った。結構面倒だが、俺以外にできる人間がいないので仕方ない。そのうちアルバイトを雇うか。


 休み休み作業を進めて、夕方までには10台のノートパソコンのセットアップが終了した。パソコン屋さんになった気分だ。

 部屋を出て駅前まで歩いていき、サの付くファミレスに入って洋食を注文した。オニオンスープとハンバーグステーキ。それに生ビールを注文した。よくここに食べに来るのだが、結構おいしいうえに値段が安い。つまりコスパ最高だ。


 食事を終えてうちに帰り、またまた10台の電源装置を次の日曜日の午前中配送で注文しておいた。このままいくとぎっくり腰になりそうだ。それとも峠を越えてしまえば強靭な腰が手に入るのだろうか?



 翌日の連休明けの火曜日(2027/3/23)。会社に出勤したのだが、腰がまだきつい。椅子の上で腰をひねっていたら、堀口明日香が横目で見ていた。学習の成果か、見ているだけで堀口はこの件については何も言わなかった。


 昼休み。一人で社食で食べていたら堀口がランチの載ったトレイを持って俺の向かいに座った。

「山田先輩、いつも一人で食べてるでしょ?」

「ああ。それが?」

「女子の間で、先輩、会社で浮いてるんじゃないかって話題なんです」

「お前も今日は一人なんだろ?」

「わたしは、今日は出遅れたので一人ですけど、いつもは女子と一緒ですよ」

「まあいいけど」

「話は変わりますけど、先輩、来週の土曜、わたしとデートしません?」

「なんで?」

「花見の季節じゃないですか? お一人様の花見ってハードル高いじゃないですか」

「確かにそれは言えるな」

「だから、誘ったんです。深い意味はないから安心してくれていいです」

「何であれ、土曜は忙しいんだ」

「忙しいって?」

「俺だって、忙しいんだよ」

「まさか、女ができた!?」

「そんなわけないが、別にそうだっていいだろ?」

「わたしという女がありながら?」

「あのなー、わたしという女は俺には無関係だろ?」

「それを言ったらお終いですよ」

「もういいよ。とにかく土曜は忙しい」

「じゃあ日曜は?」

「日曜の午前中は荷物が届くことになってるから駄目だ。午後からなら考えてやってもいいぞ」

「約束ですよ」

「はい、はい」




注1:安普請な駅

当時の上野駅は、関東大震災(1923年)で初代駅舎が焼失したあとの「バラック建ての仮駅舎」だったそうです。


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