第75話 昭和8年3月
水上機のプラモデルを理研に持ち込んだところ、想像以上に喜ばれてしまった。
「これは素晴らしい。参考になるよ。この箱絵もまた素晴らしい」
確かにかっこよく描いてるものな。
「今回は水上機に限って持ってきましたが、他の兵器の組み立て玩具もありますから、今度持ってきます」
「よろしく頼むよ」
そのあと、ロケット弾と多連装ロケット弾の発射試験を千葉の陸軍の試験場で行ったときの話を大河内所長から聞いた。
ロケットの飛翔は計算通りだったようだが、発射台に並べた12発を連続発射したところ、地面が広範囲にわたって溶けてたそうだ。実験に立ち会った開発者も驚くほどの破壊力で、着弾時はあたかも地表に太陽が現れたようだったそうだ。もちろん陸軍側も威力に驚いたそうで、ただちに採用に向けて手続きを進めているという。
正式採用された場合、理研側では爆薬の取り扱いはできないので、製造は陸軍の兵器工廠となり、理研側はロケットの外殻の製造機械の納入と材料の納入を受け持つことになる。また車台となるトラックについては、既存のメーカーが納入することになる。
大河内所長によると、陸軍では、機動噴進弾中隊として編成を考えているそうで、1個中隊の規模は、
発射台に1斉射12発のロケット弾を載せたトラック4台:1台につき6名(車長、運転手、射撃手、および装填作業を行う兵士)
再装填用トラック2台:1台につき4名程度(予備弾薬の運搬と装填補助を担当する兵士が乗車)トラック2台で1発40キロほどのロケット弾を中隊2斉射分、96発、3.8トンを運搬する。
技術支援トラック2台:1台につき4名程度(ガソリンその他の消耗品の運搬、車両の整備、通信、指揮要員が乗車)
6輪トラック8台に40名程度で考えているそうだ。編成については、今後の訓練や実戦を通して最適解が得られてくるのだろう。
熱圧弾頭ロケット弾の威力を見た陸軍では、理研と同じく爆撃機用の爆弾への転用を考え始めた。九二式偵察機の情報を元に、九二式双発戦闘機が護衛する九二式双発軽爆撃機が敵の陣地・拠点に対して50キロ熱圧爆弾を10発ばらまいていくという寸法だ。
たかだか10キロに過ぎないロケット弾の弾頭爆薬に対して、強化フェノール樹脂製外殻の50キロ熱圧爆弾なら45キロを超える爆薬を詰めることができる。ロケット弾では強化フェノール樹脂の弾殻だったが、爆弾の場合、振動がそこまであるわけでもないので、ただのフェノール樹脂製外殻で十分だ。
大隊規模の敵軍なら1機か2機の軽爆撃機の爆撃で無力化可能だ。
そう考えると、陸軍の正面装備は歩兵の小銃と擲弾筒、航空機があれば十分ということにたどり着く。
爆薬助燃剤のアルミは、ジュラルミン用ではないためそれほどの純度は求められない。理研では、満州・朝鮮に豊富に存在する含アルミ粘土(白粘土・礬土頁岩)を利用したアルミ製錬法を利用したアルミ工場の建設に取り掛かった。建設場所は朝鮮の興南地区だ。この方法はすでに国内で特許が取られていたのだが、アルミの純度が上がらず工業化を断念した経緯がある。すでに特許期間を過ぎていることもあり、それを理研が再利用する形になったものだ。
俺たちというか俺が思っている以上に日本の兵器の次元が上がっていく。
昼食を終えて事務所に帰り、その日仕入れた商品のオークションへの出品準備を済ませて、堀口が買ってきてくれたぼたもちを、鶴井が淹れてくれた緑茶でいただいた。
「ぼたもちとおはぎって、中身同じだよな?」
「同じだけど、ぼたもちは漢字で書くと牡丹の餅で、春の花の牡丹。おはぎは漢字で書くと草かんむりに秋で『お萩』。秋の月に添える萩なんです。今は3月だから、ぼたもちで、秋に食べればお萩」と堀口が解説してくれた。
「でも、中身一緒だろ?」
「社長、それを言ったらお終いですよ」
鶴井に諭されてしまった。おいしいからどっちでもいいと言いたかったんだが、俺の真意は伝わっていなかったようだ。いいけど。
「今月の20日に、日本橋高島屋が開店するみたいだけどどうする? 売りは『全館冷暖房』だそうだ。現代では当たり前の全館冷暖房も、昭和8年でとなるとかなり大変なことだとは思うが、今更だよな? それに今はまだ3月で暑いわけでもないし」
「新規開店当日は、上野松坂屋の新装オープンの時と同じくらい混みそうだから、落ち着いてからでいいんじゃないですか?」
「鶴井もそれでいいか?」
「わたしもそれでいいです」
俺たちが活力一杯の若者だったら、イベント事には万難を排して参加するのだろうが、俺たちはもう若者じゃないんだ。ということを感じさせた会話だったが、そのことを指摘するほど俺は蛮勇を持ち合わせてはいない。
そこで思い出して、理研への輸出品として健康ドリンクではなく風邪にも効くと噂のドーピング用ドリンク剤を注文しておいた。あと10年、君たちががむしゃらに頑張るかどうかで結果が決まるんだ! ドーピングしてでも結果を出してくれ! 俺たちはただの傍観者にすぎないが、応援はしてるからな。
「先輩、一人でぶつぶつと何を言ってるんですか?」
「なんでもない」
何となくバツが悪いのでパソコンのモニターを見ていたら、今日の大河内所長の話を思い出した。
100キロ爆弾を急降下爆撃で敵に叩きつけるのもいいが、対空砲の山の艦船攻撃では急降下爆撃だと一番低速になる引き起こし時に被弾面積が大きくなる上、一度急降下を始めたら投弾までコースを外せない、結構チキンレース的な爆撃方法だ。
両翼にハードポイントを設けてロケットを左右4発づつ吊るした対艦戦闘爆撃機も面白そうだ。これならロケットの発射までにコース変更もできるし、敵艦に向かって進撃する関係で被弾面積が少なくて済む。急降下爆撃の必要がないなら機体強度はそれ相応で十分だ。艦載爆撃機の設計を海軍から依頼されているという話だったから、来週の金曜日には、忘れずに大河内所長に話しておこう。
午後4時を過ぎたあたりで、堀口たちが「お先に失礼します」といって帰っていったところで、俺もパソコンを落とし、帰り支度をして事務所を出て鍵をかけ、10秒もかからず自宅に戻った。まさに職住一体だ。
その日は、冷蔵庫の中の総菜物と、朝炊いたご飯とインスタント味噌汁で夕食にして、片づけを終わってから風呂に入った。風呂から出て洗濯機を回しながらweb小説を少し読んで、乾燥が終わった洗濯物を片付けてからベッドに入った。じつに家庭的だ。
翌週の金曜日。理研にて。
機載対艦ロケットの話をしたところ、
「噴進弾にするには、推進薬が必要だが、爆弾なら落とすだけでいい。大型艦を狙うには、高空から熱圧爆弾をばら撒いた方がよくないだろうか?」
「確かに。爆薬の量が桁違いですから、威力の面ではそうかもしれません」
「噴進弾は、駆逐艦以下の小型艦を狙うためには有効だろう。そういう意味であって悪いものではないから、機載噴進弾の研究を始めるとして、戦闘機なり爆撃機には主翼に何カ所かに構造上の強化点を設けておいてもいいだろう」
という話になった。
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3月に入り、満州の地も少しずつ暖かくなってきた。といっても、平均気温は氷点下なので防寒具は欠かせない。昼間は、地面の氷が解けてぬかるむが朝になればまた硬くなっている。
理研化学繊維製のナイロン綿が詰まった防寒服を着た石原莞爾大佐は武田毅雄少佐と並んで、新京郊外に設けられた日満共同の演習場での満州軍近衛師団の戦車大隊の訓練を眺めていた。
演習場では数十両の戦車がその重さで半分溶けた泥濘を後ろに飛ばして走り回っている。
石原と武田の前では、関東軍から教導団員として派遣された教官たちが、旗を振ったり、テントの下で設えられた本部の無線機を通じて戦車隊に指示を出している。
「ところで武田」と石原が隣に立つ武田に向けて声をかけ、そして片手を上げた。
「何でしょうか?」
石原の合図で、少し離れたところで待機していた憲兵たちが駆け寄ってきた。憲兵の面々はそれぞれ八九式歩兵銃を構えながらの駆け足である。
石原たちの前で立ち止まった彼らは一様に武田を取り囲み、彼に銃口を向けた。
「大佐、これは何なんですか!?」
「武田少佐、力を抜いてくれたまえ。今どうこうするつもりはない」
「どういった意味でしょうか?」
「この期に及んで聞く必要などないと思うが、一応教えておいてやろう。関東軍の下にはいろいろな特務機関があるんだが、その一つに内偵班というのがあるのだよ。わたしが創ったんだがね。特に満州の地はソ連にも近い。中国では共産党が名乗りを上げたというじゃないか?」
「それが、わたしと?」
「関東軍の士官が漢人と接触しているところを内偵班が目撃して、その漢人を問い詰めたわけだよ」
「……」
「そういうことだ」
「それでわたしは?」
「軍法会議にかけられて、しかるべき判断がなされるだろう。少しだけ興味があるので君に聞きたいんだが、共産主義は楽しいか? 祖国を売ってまで広めたいのか?」
「……」
「君は知ることはできないだろうが、ソ連はこれから先解体される。それも日本の力によってだ」
「……」
「連れていけ」
憲兵隊によって手錠をかけられた武田は、引きずられるようにして引っ立てられていき、演習場の入り口で停まってた黒塗りの自動車に乗せられた。自動車はすぐに発進して、新京方向に去っていった。
「どこまでの情報をソ連に売り渡したのかは分からないが、今のソ連では逆立ちしてもわが方の力にかなうべくもあるまい。あの男がどういった理由でソ連のスパイになったのかは分からないが、まじめに勤め上げておれば将官になれただろう。それも戦勝国の将官だ。スパイではいくら手柄を立てようと、将官にはなれないだろうに。
それはそうと、戦車の動きも様になってきた。明日は、楔型陣形での突撃をやらせてみるか」
その日の演習を終えて、宿舎に帰った石原のもとに関東軍司令部から電話がかかってきた。すでに関東軍司令部は旅順から新京内に移動している。
『石原大佐。武田の身柄は空路、憲兵司令部に送られました。先ほど到着したと連絡がありました』
「了解」
『もう一点あります』
「なんだ?」
『兵器局より、新兵器について連絡が入っています』
「ほう。これからそっちに行く」
『お待ちしています』
石原は宿舎から歩いて関東軍司令部が入ったビルに入っていき、そこで新兵器についての情報を得ることができた。
――これまで砲で敵の拠点を粉砕することばかりを考えていたが、これは面で焼くという発想なのか。2000度を超える熱と強烈な爆風。そのうえ日の光のような閃光か。これでは何もかも燃えてしまうだろう。たとえ運よく生き残ったとしても、戦などできはしまい。多連装噴進弾か。理研は恐ろしいものを作るものだ。こうポンポンと新しいものを作られると、今考えている戦術を見直さないといけなくなるじゃないか。楽しくなってきたぞ。
石原は口元を緩めて関東軍司令部を後にして宿舎に戻り、多連装噴進弾を使った戦術を考え始めた。
――待てよ。先日のハイラルからの偵察情報によると、ソ連軍がオトポールで増強中とかあったが、武田の仕業ではあるまいな。ちょうどいい、マンチュリの丘の上から噴進弾をオトポールに向けて発射すれば、いくらいようが一網打尽だ。ハハハハ。いやいや、それは戦術とはいえないか。陸士には新兵器さえあれば勝てると思っている馬鹿もいたが、あながち間違っていなかったのか?
それはそれとして、せっかくの新兵器なんだから戦車と絡めないと面白くない。さーて、……、そうか。戦車で包囲して逃げ道を塞いで、そこに噴進弾を撃ち込めば、へたな掃討作戦をして歩兵を消耗させずに済むか。焼いてしまえば捕虜がいなくなるわけだから、経済的ともいえる。
あとは、敵都市への攻撃か。いちいち隠れた敵をあぶりだしていては間尺に合わん。降伏勧告して拒否されたら、一気に焼いてしまうのも手だな。跡形もなく灰にしてしまえば誰からも文句は出まい。いや、『降伏勧告を拒否した場合でも民間人を都市から解放すれば受け入れる』と宣言してから焼いた方がいいか。都市から民間人が出てくれば面倒だが、それまでの話だし、だれも出てこなければ都市には民間人はいないと判断できるわけだから、堂々と焼いてしまえばいい。こちらは勝つつもりなんだから国際法云々もないのだが、念には念を入れておくに越したことはないからな。どこかの国の特派員が紛れ込んでいるかもしれないし。見てくれだけは人道無敵皇軍というわけだ。人を殺すのに人道もクソもないと思うが、体裁は大事だ。
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この月、史実より1年早く、日本国内でアルミナによるアルミ精錬が開始された。もちろん原料であるボーキサイトは輸入で、輸入先はオランダ領インドネシアである。
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3月4日。1932年11月の大統領選挙で、現職のフーバー(共和党)を破り、圧倒的な勝利をおさめたフランクリン・ルーズベルト(民主党)が第32代大統領に就任している。




