第74話 昭和8年2月
2月の最終金曜日(1933/2/24-2034/2/24)。
前日、1933年2月24日の東京の気象庁のデータを調べたら、平均気温:0.2度、最高気温:4.6度、最低気温:マイナス4.6度、降水量:0.0ミリ。快晴だった。
すごく寒そうだったので、俺はオーバーコートにマフラーをして、手袋もきっちりはめておいた。荷物を持って事務所を出た時の堀口たちも俺と同じような格好だった。
穴を抜けた先は、氷の世界というわけではなかったが、明らかに氷点下。吐く息が白い。
「さっぶー!」と堀口。
「寒いです!」と鶴井。
俺は社長なので黙っていた。言ったところで暖かくならないし。
「先輩、寒くないんですか?」
「そりゃ寒いけど、言ったところで暖かくならんだろ?」
「ノリが悪ーい!」
「堀口さん。社長にそれを言っても無駄ですよ」
「鶴ちゃん、辛辣!」
「堀口、もういいから、どんどん運ぶぞ」
「へーい」
何度か穴をくぐって荷物を理研のトラックに載せ終え、いつものように俺と鶴井は荷台に乗って、堀口が助手席だ。
浦和駅でトラックから降りた時には、俺と鶴井の顔は寒さで青くなっていたが、堀口は元気いっぱいだった。
去年の9月から理研の最寄り駅である駒込に行くときは、浦和から東北・京浜線の電車に乗って田端まで出て、そこで山手線の池袋方面行に乗り換えて駒込に行っている。このコースをとるようになってから、トラックと比べてずいぶん早く理研に着いてしまう。
その日の所長室で、レーダーの試験がうまくいった話を聞いた。その関係で、高空電波哨戒機
、水上電波哨戒機、電波警戒トラックを開発することになったそうだ。
「高空電波哨戒機と電波警戒トラックについては、これまでの積み上げもあるからどうとでもなりそうなんだが、水上機については初めてだから、何か水上機に関する資料があれば集めてみてくれないかね?」と依頼されてしまった。確かに以前用意した武器に関する資料に水上機は入れなかった気がする。
「了解です。当たってみます」
「よろしく頼む」
「しかし、電波警戒トラックというのは面白いですね。陸軍の進出について行けるし、均土車で野戦飛行場を作ればすぐに上空警戒できるわけですから」
スチーム暖房が利いた所長室で話し終わり、それから部屋に戻ってトラックの到着を待った。もちろん鶴井の机と椅子も理研の俺の部屋に備えられている。
そろそろ俺たちの荷物を積んだトラックが到着するかな、というタイミングで部屋を出て、玄関の内側でトラックの到着を待っていたら、それほど待たずに荷物が届いた。この日のお届け物は、CAD用にするノートパソコンと大型プリンターとトナー、4セット。こういう出物は価格が高いので、会社経営から見ておいしい商品だ。
荷物を下ろして、伝票を持って2階の経理に行って精算してもらい、ついでに給料をもらってその日の理研での仕事は終了した。
理研の子会社群の中の多くの子会社には機械設計や電子設計部門があるわけだが、それらはこの理研の設計部に間借りして設計を行っている。CAD用パソコンと大型プリンター、関数電卓がここにある以上、当然の処置だろう。そして、新たなニーズが広がることで描かなければならない図面が多くなるたびに俺たちが新規に納入するわけだ。これから年度末に向けて、これ関係を中心に納入していくことになる。つまり、わが社の事業は安泰ということだ。
この日も手堅く日本橋の三越に行って商品を購入しておいた。
三越で昼食を終え、帰りは東京駅から現在の京浜東北線の前身である東北・京浜線の電車に乗って浦和に帰った。
ちなみに、東京から浦和までの駅は次の通り。
東京
神田
秋葉原
御徒町
上野
鶯谷
日暮里
田端
上中里
王子
東十条 ※当時は「下十条」駅
赤羽
川口 ※当時は「川口町」駅(1934年に川口駅へ改称)
蕨
浦和
与野
大宮と続く。ちなみに、与野と大宮の間には操車場があり、当時東洋一の規模を誇ったそうだ。その操車場は現在はさいたま新都心となっている。
事務所にもどって、さっそくオークションの出品準備その他の事務関係の整理を終えて、消耗品とノートパソコン、そして大型プリンターとトナーを注文しておいた。
一仕事終えて、堀口が持ってきてくれたショートケーキを、鶴井が淹れてくれた紅茶で食べながら。
「たまに洋菓子もいいな」
「このショートケーキ、ちょっと高い店で買ったものだから」
「へー。そうなんだ」
「そうなんです」
「おいしいならいいんじゃないか?」
「おいしくないのに高いんじゃ、そのうちお店が潰れますから」
「それはそうだ。とはいうものの、ブランドバッグとかあるじゃないか? あれって品質が際立って高いってことないだろ? そのくせすごく高い。つまり値段と品質が非線形だ」
「ブランド物で他人を値踏みする人がいるのも事実だし、立場上、軽く見られるわけにはいかない人がいる以上、非線形なのは仕方ないんじゃないですか?」
「だからこそ、高いんだろうけどな」
「あのー、非線形ってどういう意味ですか?」と鶴井。
「ここで言っている線形とは『正比例』って意味で、値段と品質についてグラフを描くと直線になるって意味だ。非線形というのは、値段に相応な品質に対して、ブランドバッグはそれに達していない。逆に言えば、品質に対して不相応に高いってこと。グラフにかけば上に向かってカーブした曲線、つまり非・線形になるってことだ」
「一つ賢くなりました」
「俺の説明はいい加減だから、あとでちゃんと自分で調べたほうがいいぞ」
「大丈夫です、いつもそうしてますから」
なんだか、俺の言葉は最初から信じられていなかったようだ。
堀口の顔を見たら真っ赤になって笑いを堪えていた。ショートケーキがおいしいし、紅茶もおいしいからいいけど。
とにかく、おやつを食べ終えて、食器などは鶴井が片付けてくれた。俺の方は理研からの宿題の水上機について調べ始めた。
集まった資料はそこまで詳しいものではなく、ウィキプラスアルファ程度だった。そこで思いついたんだが、プラモデルを用意したらどうだろう。もちろん中身がスカスカの見た目だけのものだが、わざわざ何分の1模型って書いてある以上、寸法はそれなりのはず。模型があればイメージしやすいだろうし、プロの目で見ればその形の必然性に気づくはず。
そういうことで、水上機のプラモを見繕って注文していった。
偵察機、観測機、戦闘機、大型水上機と結構ある。どういったものがプラモの組み立てに必要か調べて、プラモ用のニッパー、デザインナイフ、ピンセット、ピンバイス(小型の孔開け器具)、プラモ用接着剤を注文しておいた。塗装関連はどうしようかと思ったが、それは不要だろうということで割愛した。初心者用なら部品数も少なめの72分の1モデルが無難というので、注文したプラモは全部それにしている。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
形になったロケット弾の発射実験が千葉県の富津射場(陸軍技術本部富津試験場)で行われた。富津射場は東京湾に向かった半島状の射場で東京湾を隔てた向こう岸は横浜と横須賀の中間あたりになる。
第一段階の試験は海に向かっての発射で、弾頭はダミーであり、あくまでロケット弾が正常飛翔し、十分な射程であることの実証である。
次に、通常爆薬弾頭での発射実験と威力確認。これは半島先端を着弾点と想定している。
そして今度は、弾頭の爆薬にアルミ粉末を重量比で6:4で混ぜた弾頭、理研では熱圧弾頭と呼称している。これも着弾点は半島先端で、燃焼威力と爆風を確認する。
ここまでで問題がなければ、専用発射台、といってもレールを並べただけの発射台を積んだトラックから12発の熱圧弾頭ロケット弾を半島先端に向けて連続発射する。
試験当日の天気は快晴。北風がやや強く吹いていたが、試験の実施には差し支えないと判断され、2本のレールを並べただけの簡易発射台に載せられたダミー弾頭ロケット弾の後端には、発射ボタンから伸びた電気信管(ここではフィラメントに火薬を丸めた点火玉)用の電線が伸びてる。
試験監督官が観測準備完了を確認して、旗を振った。
理研の担当者が発射ボタンを押し込み、ロケット弾は空気を切り裂いてどこか不安を誘うような音を残して飛翔していき、ほんの数秒で推進剤を使い果たした後は弾道を描き、半島先の海に着弾して水柱を上げた。
ロケットは北風の影響で200メートルほど南へ流されたものの飛翔距離は12キロを記録した。
次に、理研の担当者が手回しハンドルを回して、弾頭を通常弾に変えたロケット弾が準備された簡易発射台の仰角をわずかに下げ、さらに方向も若干北向きに変えた。ロケット弾の電気雷管に発射ボタンからの電線を結線して、次の発射の準備が整った。
前回と同じく試験監督官が観測準備完了を確認して、旗を振り、理研の担当者が発射ボタンを押し込むと、ロケット弾は先ほどと同じ音を残して飛翔していき、半島先端部に見事に着弾して大爆発した。
掩体壕から双眼鏡を覗いていた陸軍側の見学者たちから歓声が漏れた。
爆発の粉じんが収まった後、係員が爆発の影響範囲などを巻き尺で測定し、写真を撮っていったん引き上げた。
次の熱圧弾頭のロケット弾については、理研の担当者から、着弾時激しい閃光が発するので双眼鏡での観察は厳禁である旨見学者たちに伝えられている。また、遮光眼鏡が理研の担当者から見学者たちに配られた。
そのロケット弾が準備され、同じように半島先端に向け発射された。
ロケット弾は半島先端部に見事に着弾し白い閃光を伴って爆発した。後から轟いてきた爆発音は先ほどの爆発と比べて明らかに大きく、爆発の様子を眺めていた陸軍の見学者たちはしばらく言葉を失っていた。理研の担当者から渡された遮光眼鏡を着けていなかった者は、目を後からしっかり瞑ったようだが、しばらく視力が回復しなかったようだ。
「今のは何だったんだ?」
「あんなのが近くで爆発したら、歩兵はもう使い物にならないぞ」
「鉄もコンクリートも一瞬で溶けてしまうのではないか?」
「さすがに一瞬では溶けないだろうが、中に人がいれば被害は確実に及ぶだろう。これまでの砲とは一線を画す兵器であることだけは確かだ」
「しかも砲腔が不要だ」
「砲腔が不要どころか、新型機の機体と同じでほとんど金属を使ってないと聞く」
「命中精度の低さを補って余りある威力だ」
「次の試験はこれを12発並べて撃つということだが、やっていいのか?」
「やらないわけにはいかんだろう? そもそも、今日の試験はこの最後の試験が主だろう」
「そうなんだが、恐ろしいことになるのではないか?」
「兵器だからな。しかし、理研はどうなってるんだ? 航空機、戦車、自走砲、今度は噴進兵器だ」
「もっと言えば、靴下から戦闘機までだ」
「理研の科学は日本一。いや、今では世界一!」
そんな掩体壕内での会話の間に、係員が威力の測定を進めていた。もとより爆発時の高温を計ることはできないものの、爆発の影響範囲だけは計測できた。なぜなら、地面の砂が一部溶融していたからだ。砂の溶融温度は1700度以上であるため、一部でも溶融していれば、その位置での温度が1700度を超えていたことが判る。
測定が終わり、いよいよ最後の試験が始まった。所定の位置に着いたトラックの荷台の上の発射台の仰角と方向が、理研の担当者が回すハンドルの動きに合わせて定まった。次に理研の担当者が二人がかりで発射台のレールの上に載ったロケット弾から安全ピンを引き抜くと、ロケット弾後部の接点が発射台の接点とかみ合った。
各レールは連続発射用の『機械装置』に電気的につながっている。
その装置には小型のハンドルが付いていてハンドルを1回転させると最初のロケットが発射され、もう一回転させると次のロケット弾が発射される仕組みになっている。くるくると12回ハンドルを回すと大体5秒から6秒で12発のロケットが順に発射されることになる。装置は操作者がロケット炎を浴びないよう運転席の横に固定されている。
試験監督官が旗を振り、理研の担当者が運転席で、装置に小型のカギを入れてハンドルを解放し、続いてくるくると12回回転させた。
ロケット弾は空気を切り裂く不協和音を残して、飛翔していき半島先端部に次々と着弾し真っ白な閃光を発した。そのあと、掩体壕まで大地を揺るがすような轟音が響いてきた。最後の試験で遮光眼鏡を着けていなかった者はいなかった。
ロケット弾の弾殻を強化フェノール樹脂(ニトリルゴム添加変性樹脂)としたことで、金属と相性が悪いため扱いにくかったピクリン酸(トリニトロフェノール、下瀬火薬の主成分)を炸薬とすることができた。
これにより、TNTと比べ発熱量と爆速(猛度)が増し、さらに製造単価が下がっている。また、弾殻がフェノール樹脂であるため、鋼鉄製の弾殻と比べ弾殻破壊に費やされるエネルギーが圧倒的に抑えられたうえ、ロケット燃焼中には内壁が炭化して機体が軽量化し、弾殻自体も2次燃焼の燃焼補助剤としても機能する。今回のロケット弾では弾殻表面を成形したままとしたが、金型の内側を鏡面加工しておけばバリ部分を削り、その部分をわずかに磨いただけで弾殻は鏡面仕上げ同然になる。
この空気抵抗の低減による飛距離(射程)の延伸は20パーセント以上であろうと推定されている。
長期保存を考えた場合、ピクリン酸はフェノール系の爆薬であるためフェノール樹脂と直接接触すると浸潤し、化学変化(脆化)を起こすことで強度が保てなくなる。また、ピクリン酸が外部に漏れた場合は水分を吸収して極めて敏感な金属ピクリネート(結晶)を形成し、自爆の危険性が跳ね上がるため、当面、史実での下瀬火薬の対応通り、弾頭部の内側に「漆」をライニング(コーティング)することで対応する。また、ピクリン酸をフレーク状に加工する最終工程でステアリン酸(直鎖状の飽和脂肪酸)を微量添加することで、アルミ粉末との不必要な接触を断つことができるうえに、ピクリン酸フレークの流動性(充填のしやすさ)を向上させる。こういった一連のピクリン酸の取り扱い等に関しては、理研の大河内自ら頭を下げて海軍の協力を得ている。
理研では漆に代わる樹脂製塗料として酸や化学薬品に対する耐性が高いエポキシ樹脂の開発を進めている。




