第70話 昭和6年9~10月
駒込の理研本部内では、苦闘の末インコネル(注1)相当の耐熱超合金製造の目途が立ち、9月に入り、名古屋の電気製鋼所において量産に進むことになった。
この耐熱合金を使用した製品として、理研航空機の高空試験機の排気タービン過給機用タービン2組が理研の工作部で製作された。
このタービンを組み込んだ排気タービン過給機を高空試験機用のエンジンを使って地上試験を行ったところ、良好な成績を収めた。
また、。
10月に入り、2機のエンジンは実機に取り付けられて高空試験機が完成し、飛行試験に入ることになった。もちろん飛行中にエンジンの回転数を一定に保つよう自動でピッチを調整する定速プロペラを採用している。
ここは理研航空機の所沢工場に隣接する飛行場。格納庫から牽引車で引き出された高空試験機が現れ、ゆっくりと飛行場の端に移動していき、向きを調整したところで牽引車が後ろに下がった。
この牽引車だが、理研建機の均土車を6輪に装輪化した車両である。
いつものように二宮飛行士がタラップを伝って操縦席に乗り込み、重い風防をスライドさせて閉じた。風防はニトリルゴム製の縁取りがしてあり、内圧と外圧の圧力差で機体と完全密着する仕組みになっている。
二宮はリケン66製の安全帯をしっかり締めた後、酸素ボンベに繋がったマスクをきっちり顔に当てがった。マスク内には小型マイクが仕込んである。次にヘルメットから伸びたプラグをマスクに付いたソケットに差し込んだ。これはヘルメットに取り付けられたスピーカー用の配線である。
「こちら二宮、管制どうぞ」
『こちら管制、通信状態良好』
「了解。これよりエンジンを始動して計器の確認を行う」
『管制、了解』
二宮が始動ボタンを押すと、2基のプロペラが回り始め、並んだ2個の点火ボタンを中指と人差し指で同時に押した途端にエンジンが点火した。起動時、黒い煙が出ることもなくエンジンは軽快に振動し、三翅プロペラの風切り音が分厚い風防を通して伝わってきた。
「高空試験機、これより滑走路上を前進する」
『管制、了解』
この日の午前中、高空試験機は飛行場内をタキシングだけで試験を終え、飛行試験は午後からとなった。
午後からの飛行試験では高度3000メートルで高空試験機の操作性を検証して、最後に6000メートルまで上昇しその日の試験は終了した。比較的低空ではターボチャージャーによる吸気のブースト圧が上がり過ぎ、エンジンに負担をかけるので、ブースト圧と連動した機械式の自動排気バイパス弁によりターボのタービンの回転数が上がり過ぎないようになっている。そのあたりも問題なく機構が動作したことがこの日の試験で確認された。
翌日。快晴の秋空の下、高空試験機は高度1万2000メートルを目指して飛び立った。
「高度1万1000。機速580キロ。現在の操縦室温度16度。気圧0.9」
足下2か所、風防の内側下部から左右2カ所ずつ、前方1カ所、合わせて7カ所から20度の風が操縦室内に送り込まれている。左右のエンジンはせき込むようなことはなく、快調に回っている。
『管制、了解』
ここまで失速するようなこともなく、高空試験機は上昇を続けており、なおも高度を上げていった。
「計器高度1万1500、1万1600、1万1700、1万1800、1万1900、1万2000。現在の操縦室温度14度。気圧0.9。これより水平飛行に移る」
『管制、了解』
高空試験機の二つのエンジン後方から飛行機雲が尾を引いていた。
10分ほどの水平飛行ののち、高空試験機は高度を下げていき、そのまま所沢飛行場に着陸してその日の試験を終了した。
この後の二宮の仕事は、操縦中に感じたことなどを報告会で披露するだけだが、整備員たちは明後日の最高高度試験に控えてのエンジンその他の整備を進めることになる。
その報告会。ヘルメットとマスクは外しているが二宮は操縦服のままだ。
「まず、操縦室内の温度は飛行服を着ていた関係で若干高めでした。また、気圧は一定で、息苦しさは全くありませんでした」
「高度1万2000においても計器類に問題ありませんでした。ただ、高度1万ではそれほど感じませんでしたが、高度1万2000では舵をわずかに切っただけでも機が失速しました。もう少し強く舵を切っていたら錐揉みに陥ったかもしれません」
「あとは、操縦室内の空気がひどく乾燥しているようで、マスク越しに鼻とのどが痛くなり、航空眼鏡越しに目も痛くなりました。長時間、高空を飛行するなら、なにか対策が必要と思います」
高高度での転舵による失速は設計陣の想定内で、飛行前に二宮に注意していた事柄なので特に問題ではなかったが、操縦者の乾燥問題は想定外だった。高空試験機の機体設計者と製造責任者は、操縦者の乾燥対策の検討に入り、最高高度試験の日程を1週間伸ばすことになった。
さすがに加湿器の機内持ち込みは難しいため、
吸い口を付けた丈夫な水筒を数本機内に据え付ける。
マスクにはその水口を通す穴をあけ、その穴は内側からゴム弁で塞いでおく。
目薬を持ち込む。
ハッカ飴を舐める。
マスクと航空メガネの顔との密着度を上げるため、顔にクリームを塗る。
といった対策を打ち出した。
これらの準備には時間がかからなかったため、最高高度試験は1週間後ではなく4日後に行われることとなった。
そして、最高高度試験当日。この日も吹き流しが垂れ下がった秋空の快晴。上空にわずかにイワシ雲が見えていた。
格納庫から引き出された高空試験機が滑走路の端に停止して、二宮飛行士が操縦室に乗り込み離陸準備を始めた。
……。
『高空試験機。試験を始めてください』
「了解。高空試験機、発進します」
加速を始めた高空試験機は、250メートルほどで離陸し、急角度で上昇していった。
……。
「……。高度1万2000。操縦室温度12度。気圧0.9、正常。高空試験機、このまま上昇を続ける」
『管制、了解』
「高度1万2100、高度1万2200、……、高度1万3000」
……。
「……、高度1万6200、これ以上は無理のようだ」
『管制、了解。高空試験機、帰投してください』
「高空試験機、了解」
無事所沢飛行場に着陸した高空試験機から降り立った二宮に、整備員が駆け寄って手ぬぐいを渡した。
二宮は手ぬぐいを受け取り、航空眼鏡とマスクを外した顔をごしごしと手ぬぐいで擦った。
1931年当時、高空記録は、1930年のアメリカ海軍のアポロ・ソウセック中尉(当時)による1万3157mだった。理研航空機の高空試験機はこの記録を大きく更新したことになるが、この試験結果は理研内部、および軍関係者にしか報告されていない。
今回のこの高空試験を利用して、理研では電波探知機の試験を行っている。現状、オシロスコープで電波の反射強度と反射時間を見ているだけだが、理研航空機が所有する機体のほとんどは強化フェノール樹脂製なので、電波の反射が極端に悪い。そのため、機体に要所にアルミ箔を貼っている。そういった試験を通じて十分実用に足りることが判った。あとはアンテナの方向と同期させてオシロスコープ上に表示させる仕組みを作れば、なじみのあるレーダー画面、PPIスコープ(Plan Position Indicator scope)が出来上がる。ゲルマニウムダイオードが実用化されている関係で入力信号の分解は比較的小型の回路で実用化できる。
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理研航空機の快挙について大河内所長から所長室で話があった。
「大河内さん、おそらく、わたしの世界の日本では1945年までこの記録を破ってはいません。1万6000メートルは極端ですが、1万2000メートルを悠々と飛ぶ航空機を捕捉することは、レシプロ機ではまず無理でしょう」
「舵を切れば簡単に失速するという話だから、よほど運が良くなければ会敵すらできんものな」
「そう思います。史実でも1万メートルを飛ぶアメリカの爆撃機を戦闘機で落とすことは至難を極めたようです」
「逆に言えば1万2000メートルを飛ぶ爆撃機があれば、鬼に金棒ということだろ?」
「そう言っていいと思います。ただ、上空12キロから物を落とすわけですから、そう簡単に目標に命中しません。以前話したノルデン照準器もほとんど役に立たなかったようですし。特定目標を確実に破壊するために手間をかけて高価な爆弾を作ることも必要でしょうが、大型の爆撃機に積めるだけ爆弾を積んで、適当にばらまいてしまったほうが敵に対して打撃になるかもしれません。この爆撃方法を絨毯爆撃と呼んでいます」
「絨毯爆撃か」
「アメリカは数百機の大型爆撃機を連ねて東京の下町を絨毯爆撃し、文字通り焼き払いました。原爆被害に匹敵する被害が出ています」
「下町ということは軍事施設などないだろうに。民間人を殺すことが目的だったということか。むごい話だな」
「日本人を人間とは思っていなかったのでしょう」
「1919年のパリ講和会議で人種差別撤廃提案を廃案にした連中だものな」
「ふー。それはそうと、双発航空機についてはだいたいのことが前回と今度の試験機で分かったから、いろいろ応用が利くだろう」
「偵察機とか、役立つでしょう」
「そうなるだろうな。写真機の性能がこれまでより高いものが要求されるだろうが、そのあたりはニッコー(日本光学:ニコン)さんやトーコー(東京光学:トプコン)さんに頑張ってもらおう」
「爆撃機となると、通常は戦闘機の護衛があるので、そこまで高く飛ばなくてもいいでしょうが、敵地奥深くへの爆撃だと戦闘機が追従できないので、敵が邀撃できない高空からの侵入が必要になるはずです。爆撃に絞って考えると、絨毯爆撃できるほどたくさんの爆弾を積むには双発機では限界があるので、4発以上の爆撃機が有効と思います。単発ないし双発の爆撃機は狙った高価な目標に肉薄して音響誘導爆弾や音響誘導魚雷を撃ちこむ方がいいかもしれません」
「使い分けが肝心というわけだな」
「はい。いかに安く相手の『高価な』戦力を削ぐかが総力戦でのカギになります。相手が民主主義を標榜するアメリカの場合は『人』が高価な目標になり得ます」
「アメリカに対する絨毯爆撃も有効というわけだ」
「戦争に負ければ、戦争法違反として裁かれますが、勝てば官軍です。実際、日本の諸都市を絨毯爆撃で焼け野が原にしたうえ、原爆を広島と長崎に落したアメリカの将軍は日本から最高位の勲章までもらっています」
「なんと! 日本はそこまで堕ちてしまったのか!?」
「そういった未来が来ないよう、この研究所は頑張ってください」
「あい分かった」
その時の大河内の目には確信のようなものがあった。
理研からの帰り道。いつものカフェーで休憩した。頼んだ飲み物は俺がラムネ、堀口と鶴井はクリームソーダ。ラムネは女給さんがテーブルで玉を落として氷入りのグラスに注いでくれた。俺は瓶ごと飲みたかったんだが。
「1万6000メートルまで飛行機が上がったってすごいことなんですよね?」と堀口。
「外気はマイナス50度とかマイナス60度くらいじゃないか? 気圧はどうだろ? おそらく、10分の1気圧くらいじゃないか?」
「酸素ボンベがあっても危険ですよね?」
「だろうな。下手すれば血液が沸騰(注2)するだろ?」
「沸騰しなくても血中の窒素とか二酸化炭素が溶出してガスになるんじゃないかな」
「それも怖いよな。なんであれ、人が生存できる世界じゃない。限界は1万2000メートルだろうな」
「それじゃあ、なんで1万6000メートルまで上ったんですか?」
「純粋に好奇心じゃないか?」
「そこに山があったから?」
「だろ。とにかく今度の飛行機はターボチャージャーと与圧室の試験をするための高空試験機だったわけで、実際に1万6000メートルを飛ぶ飛行機を量産するわけじゃないから」
「それはそうですよね」
「与圧室付きの飛行機を本気になって量産する時はB29のような戦略爆撃機を作るときくらいじゃないか?」
「つまり、この1931年に、日本はB29並みの爆撃機を作る技術を持ったってことですよね?」
「そういえばそうだな」
「ものすごく早くないですか?」
「遅いよりいいだろ?」
「それはそうなんですけど」
「社長、そういえば『柳条湖事件』って9月に起こってたんですよね?」と鶴井。
「俺たちの史実だとその通りだけど、こっちだととっくの昔に満州国が成立したうえに、今じゃ溥儀が皇帝として即位して大満州帝国だ。起こらないだろうな」
「それはそうですよね。ホントに歴史がずいぶん変わりましたね」
「そうだな」
ちょっと前から気になっていたんだが、このカフェーでお茶していると、スーツ姿のガタイのいいおっさんがやってくるんだよな。同じ人間ではないような、同じ人間のような? 俺たち、目を付けられているのだろうか? もし、俺たちが、この時代に問題があるなら、有無を言わさず引っ張っていかれただろうから、問題なしってことなんだろう。
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東大の船舶水槽を使って音響追尾試験が終わったところで、理研では実物模型を製作して実証試験をすることにした。模型の大きさは直径30センチ。長さは3.5メートル。重量は250キロ。とはいっても、魚雷のエンジンなどのノウハウはないので、電池とモーターで駆動する魚雷で、弾頭部はダミー、計算上の雷速は25ノット、航続距離は2000から2500メートルほど。外殻は強化フェノール樹脂製で、二重反転式のスクリューも同じ材質となっている。完成した模型をトラックで理研から霞ケ浦に運び、岸から1500メートルほど沖の湖上を進む海軍の大発動艇に向けて発射する予定だ。大発動艇の最高速度は9ノット。模型魚体の発射の合図で蛇行しながら湖上を逃走する手はずになっている。当日、試験を行う予定の午前12時から午後2時までの2時間の間、ブイを浮かべた試験水面への船の侵入は霞ケ浦一帯を取りしきる海軍に依頼して禁止してもらっている。
理研建機の自走油圧円匙で岸辺を掘ったうえで矢板で側面を補強し、傾斜台として斜めに板を渡しただけの急増ドックに10人がかりで模型魚雷を設置して、係の合図で腰まで浸かった担当者が魚雷の起動用のキーを押し込み、数人がかりで押し出すことになる。
この日の実験は海軍主導のものではなかったが、目黒の海軍技術研究所および、実験の実施に尽力してくれた技研の霞ケ浦出張所から技官が数名派遣されており、彼らが見守る中、準備が整ったことを見届けた係の者が、白い旗を振り下ろした。大発動艇がエンジンの音を響かせて動き始め、起動キーを押し込まれた模型魚雷が簡易ドックの傾斜台から押し出され、ゆっくりと沈みながら滑り出し、一度深度3メートルほどまで沈んでから深度2メートルまで浮上し、そこで水平を保って駛走し始めた。模型魚雷の背中に取り付けられた長さ3メートルほどのナイロン製のロープの先に黄色に塗装されたボールが付いているので、模型魚雷の位置が確認できる。
大発動艇の動きに合わせて黄色いボールがわずかに蛇行していることから、音響追尾は問題なく動作していることが分かる。
最終的に模型魚雷は大発動艇に到達することなく力尽きて水深5メートルほどの湖底に没したが、水面からボールの位置が確認できたので、容易ではなかったが回収できた。
注1:インコネル
700度〜1000度といった極限の高温環境下でも強度が低下しにくい特性を持つ、ニッケルを主成分とする超合金の一種。1930年代にカナダのINCO社が開発。インコネルという商標登録は1932年。非常に硬く、二次加工は難しいが不可能ではない。
注2:血液が沸騰
血液が37℃で沸騰する高度は「アームストロング限界」と呼ばれ、標高約19km(約6万フィート)以上です。この高度では気圧が非常に低く(約0.06気圧)、体液の沸点が低下するため、裸体で放置されると血液や体液が沸騰する危険な状態になります。by Google.




