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技術立国日本  作者: 山口遊子


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第69話 昭和6年7~8月


 7月に入り、理化学興業でのゲルマニウムトランジスターの生産が軌道に乗り始めた。意味があるのかないのか分からないが、トランジスターの名称が、三極電子管と変更になっている。どこにも管などないんだが? だからいいのか? せっかく変えたのなら『ト号電子素子』とかだとかっこよかったのに。

 名称変更はスパイ対策なのだろうが、俺が持ち込んだチート級のあれこれがないと、名前とか原理だけじゃアメリカだって真似などできないと思うんだが? どんなに頑張っても開発には10年はかかると思うぞ。その10年があれば日本は15年先まで行っているんじゃないか? つまり、永遠に追いつけないと思うぞ。



 8月に入り、理研ではゲルマニウムトランジスターを使った論理回路の研究を開始した。同時にシリコン半導体の研究を開始している。現在はシリコンの原料である石英ガラスを溶かすためのるつぼの素材である高純度黒鉛の精製を行っているそうだ。

 

 陸軍の大阪工廠では、理研建機の大型車台(シャーシ)を使って、75ミリ野砲の砲身を主砲とした戦車を開発した。この際、エンジンをスミダ(石川島自動車)「A型エンジン」クラス2基から、八九式軽戦車乙で採用された三菱重工製の空冷直列6気筒ディーゼルエンジン2基に換装している。

 試験結果も上々で、陸軍は九一式中戦車と名付けて正式採用した。

 装甲板は理研製の複合装甲板を瓦状に配置したもので、同世代の戦車で九一式中戦車の装甲を抜く戦車は存在せず、九一式中戦車で装甲を抜けない戦車は存在しないだろうと言われている。

 その言葉に嘘はないだろう。内部には理研製の小型通信機が備えられ、戦車間の通信もスムーズに行われる。ただ、九一式中戦車は装甲板の種類を抑えるために、子供が作ったレゴブロックの戦車のようなカクカクした形状になっている。形状については不評のようだが、至近からの75ミリ砲弾の零距離射撃を受け、数枚の装甲板の剥脱だけではじき返したことにより、評価は大きく変わったという話だ。

 この複合装甲板だが、当初は最上面のニッケルクロームモリブデン鋼に窒化チタン蒸着処理をして金色に輝いていたが、現在は窒素浸潤させたニッケルクロームモリブデン鋼板が使用されており、塗装されていない状態だと明るい灰色ないし、くすんだ白色になる。つまり、雪原では非常に目立たなくなる。

 また、理研側ではダミーの75ミリ砲を積んだ『指揮通信車』を提案しており、それについても採用が決まり九一式指揮通信車と命名された。以前を知っているわけではないが、簡単に採用され過ぎのような気がしないでもない。



 一昨年より、大連で建設が進められていたスタンダード・オイル・オブ・カリフォルニア:SoCal(現シェブロン)の製油所が完成し、生産を開始した。生産された石油製品は満鉄が全量買い取り、販売することになっている。従業員全体の1割をアメリカ人の技術者とアメリカ人労働者が占め、従業員全体の6割の労働者が日本人で、残りの労働者が満州人、漢人の労働者である。せいぜい日本のために石油を精製してくれ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 8月15日(1931/8/15-2032/8/14)。満州国は、長春を新京と改名し、首都と定めることを内外に発表した。同時にそれまで執政官だった溥儀を皇帝として擁立し、国名を大満州帝国と改めた。

 新京では国都建設区を設け、満鉄主導により超近代的な都市計画による都市開発がすでに進行しており、皇帝宮の建設も始まっていた。現在の皇帝の居館と執務用の館は在来の館を改修したものである。また関東軍の司令部も、旅順から新京に移転するための準備を進めている。


 新京(長春)の満鉄附属地の近郊には関東軍1個師団の駐屯地が出来上がっていたが、師団はそこを引き払い、奉天に後退している。

 満州軍は奉天軍を主体にして建軍されたわけだが、関東軍が退去した後、満州国で新たに創設された近衛師団が駐屯地に入っている。近衛師団は満州軍の中で最も装備が整った軍組織ではあるが、練度はいまのところ期待できない。

 その満州軍近衛師団に対して、関東軍から1個大隊規模の教導団が派遣されており、日本軍式の『過酷』な訓練を近衛師団に施している。


 石原莞爾は、関東軍作戦参謀の肩書のまま、その教導団の団長を務めている。今後想定される本格的対ソ戦において、関東軍は攻勢の主体ではあるが、後方の防衛や兵站の維持には満州軍をあてにすることになる。奉天軍の残滓を色濃く残す現状の満州軍では、到底心もとない。日本軍式戦術の徹底とドクトリンの統一により、共同作戦時の齟齬をなくすこと――それが、教導団派遣の表向きの理由であった。


 石原の腹積もりは、満州軍をモンゴルへの侵攻時における関東軍の尖兵とすることだった。ただ、弱兵だとただの足手まといどころか、軍の崩壊につながるので、実力をつけることは必須だ。だからこそ石原は真剣に指導を続けている。


 すでに近衛師団長以下の幕僚たちは、石原の『満州と日本でアジアを牽引する』という言葉に心酔していた。加えて、新京内の都市開発を目にしていた満州軍の兵士たちも、石原の巧みな言葉に動かされていたし、張学良と彼の取り巻きの若手軍人たちでさえ石原には一目置くようになっていた。


 現在石原は三宅坂に対し八九式軽戦車乙改50両を満州軍に有償供与するよう交渉中である。もちろん、整備兵とトラックを主体とした補給段列もコミコミだ。石原はこの1個戦車大隊相当の部隊を満州軍の基幹戦力の核と位置づけ、最終的には満州軍に10個大隊規模の戦車軍団を作り上げる腹積もりだった。それだけの戦車と戦車を動かす段列がそろえば、たいていの戦線は突破できる。突破した後は後続の戦車と『自動車に乗った』歩兵が後に続いて突破口を拡げていく。意識はしていなかったが、石原はこの時点で機甲突破戦術を編み出しつつあった。

 石油製品が簡単には手に入らなかった数年前では、戦車などといった走ればすぐに故障し、故障しなくても油をがぶ飲みするような胡乱な兵器を軍の主力とするなど石原であっても思いつくことはなかっただろう。



 石原の動きと連動するように、関東軍はこれまでの1個大隊相当だったマンチュリ守備隊を1個連隊規模に増強している。また後方のハイラルの陸軍飛行場を拡大整備し、マンチュリにもその前進航空基地として軍直轄の飛行場の整備を進めている。もちろん飛行場整備には理研建機の均土車が大活躍している。


 日本国内では、陸海軍が各地に飛行学校を開設して航空機搭乗員、整備員の大量養成に取り掛かっている。陸軍の飛行学校整備は陸軍省軍務局軍事課長の永田鉄山、海軍の飛行学校整備は海軍航空本部技術部長の山本五十六の尽力によっている。




 目黒の海軍技術研究所では、理研からの金属窒化処理に関する報告をもとに、戦艦の主砲のライナー(注1)に対して窒化処理を施す研究を開始している。ライナーの両端を閉じて、摂氏500度に熱したアンモニアガスをライナー内に流すという方法で、うまくいけばライナーの寿命が5倍程度には伸びるものと期待されている。つまり、一度主砲を載せてしまえば艦が退役するまで交換が不要になる。従って主砲の交換のためにドック入りする必要がなくなる。目途が立てば、呉海軍工廠の砲熕部(ほうこうぶ)で実物大の試験を行う手はずとなっている。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 こちらは、東京帝大の船舶科の船舶実験棟。その中にある船舶水槽(流水プール)内に魚雷型の供試体《きょうしたい》が天井から吊り下げられている。10メートルほど前方の3カ所に設置された水中スピーカーからわずかにゴーという音がする。そうすると、供試体後方の縦舵《じゅうだ》がわずかに動き、その音を発したスピーカー方向に供試体が向いた。そこから別のスピーカーからゴーと音がしたところ、またわずかに縦舵が動き供試体がそちらを向いた。スピーカーから発せられた音量は500メートル先の駆逐艦の機関音と同程度と考えられている。


 実験を見守る技師たちにはほとんど聞き取れなかったが、またスピーカーが音を出したところ、供試体はそちらに方向を変えた。今の音の強度は1000メートル先の駆逐艦の機関音と同程度の強度である。


 さらにスピーカーの音を絞ったところ、最終的には2500メートル相当が探知限界であることが判った。

 この音響誘導装置を積んだ魚雷を敵艦方向に向けて発射して、的速や雷速を考慮したうえで、敵艦に2000メートルまで接近したところで聴音を始めれば、敵艦に魚雷が吸い寄せられていくことになる。


 開発者は静かに安堵のため息を漏らした。次の仕事は魚雷の射撃盤を音響追尾魚雷用に改造するだけである。これは逆に言えば、現行の魚雷用射撃盤を簡素化するようなものだ。

 それが終われば、航空魚雷への対応だが、空中から投下された魚雷がまっすぐ進むことが確実なら、衝撃に対して脆弱な真空管を使っていない現在の音響追尾装置自体を組み込むことはそれほど難しいことではない。


 理研では魚雷の雷体(外殻)に強化フェノール樹脂を提案しているので、音響追尾魚雷が採用された場合、強化フェノール樹脂製の魚雷となるだろう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そしてこちらは先日完成した理研内の燃焼実験棟。

 ここでは、ロケット弾の研究開発を行っている。ただここで開発中のロケット弾の外殻は強化フェノール樹脂を段ボール状に加工したものだ。推進薬が燃焼すれば当然内側のフェノール樹脂は炭化するが、炭化層が断熱効果を発揮して段ボール構造の外側を保護する。さらに、外殻の筒を同じ強化フェノール樹脂でできた輪が3カ所で締め付けている。


 もちろん強化フェノール樹脂は難燃ではあるが可燃物ではあるので、燃焼が長時間続けば外殻はそのうちバラバラになってしまうが、その前に燃焼は終了し着弾している。


 所定の燃焼試験を終え形が残った外殻を確認してこの日の試験は終了した。

 金属を全く使わない、ロケット弾を目指した研究だが、これで目途が立った。次は空力特性を考えたロケット形状の設計になる。


 現状はロケット形状に2案あり、一つは主翼を取り付けて飛距離を伸ばす案。もう一つはノズルの後方に安定翼のみ取り付けただけの、圧倒的な低コストで大量の破壊を生むという案だ。開発側とすれば翼を付けたいところだが、戦術的効果を考えれば後者が圧倒的に有利なのは間違いない。もし翼を付けるなら、まじめに大物を狙う仕掛けを積むべきだろう。

 計算上だが、このロケット1発の爆発による被害半径は約15メートル。これは『資料』に載っていた数字の1.5倍に相当する。加害半径内は800度の熱で焼かれる。さらに、弾頭の爆薬にアルミ粉を適量混入させれば、その燃焼温度は3000度から4000度の超高温に達し、すべてを焼き尽くす。この場合、800度以上の熱線被害半径は30メートルに達し、爆風・衝撃波による絶対殺傷半径は50メートルにも及ぶ可能性を秘めていた。


 機械操作で荷台に積んだ発射台に傾斜と方向をつけるよう改造したトラックに載せて敵がいそうな場所に発射台を調節して発射する。このロケット弾を12発積んだトラックを100台並べて一斉に発射すれば、敵は師団単位で消えてなくなるんじゃないか? 開発担当者はこういった兵器が自軍に向けられた場合を考えて身震いしたが、そういったことが起こらないよう、偵察をしっかり行い、こんなものが近づく前に、航空機で吹き飛ばせばいいことに気づいた。逆に言えば、航空機が必須ということだ。


 そこでまた開発担当者は考えた。

――大型の爆撃機にこのロケットの弾頭をそのまま爆弾として積み込んで敵の上空にばらまけば、推進剤が不要だし形状も簡単だ。3000度から4000度で焼かれたら、どんな装甲も無意味だろうしコンクリートの掩体もただでは済まないだろう。何より、どこかに隠れ潜んでいて焼かれなくても、酸素がなくなって人間もエンジンも窒息だ。

 そう考えると、航空機がやっぱり一番か。うーん。




注1:主砲のライナー

主砲の砲腔のライフリングされた部分で、発砲することでこれが摩耗する。発砲を重ね設定限界まで摩耗すると、取り外して新しいものと交換する。新品の状態からこの設定限界までの発砲数を命数という。



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