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技術立国日本  作者: 山口遊子


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67/87

第67話 昭和6年3~5月


 3月に入った。俺たちのカレンダーではうるう年だったので、一日俺たちのカレンダーが遅れることになる。



 理研航空機の所沢工場で、高空試験機の前段階としての双発試験機が組み上がった。

 プロペラは推進式で左側のプロペラは進行方向に対して右回り、右側のプロペラは左回りとしている。また翼の位置は中翼で逆ガル型、主脚は固定となっている。やや大型の垂直尾翼は1枚。


 3月23日(1931/3/23-2032/3/22)。

 この日の所沢は快晴。

 テカテカに磨き上げられた複合フェノール樹脂製の双発試験機に乗り込んだ二宮飛行士は、入念に機内の計器の確認を行い、マイクを通じて機内の点検終了を伝えた。

「双発試験機、点検終了。計器に異常なし」

『管制了解。試験機発進せよ』

「試験機了解」

 二宮が最初に左エンジンの始動ボタンを押し込むと、プロペラが回り、エンジンが始動してわずかな振動が操縦席に伝わってきた。異常のないことを確認して、次に右エンジンの始動ボタンを押し込むと、同じようにプロペラが回り、エンジンが始動した。


 試験機の車輪から車輪止めが外され、試験機が加速を始め、250メートルほどの滑走で離陸し、ゆっくりと上昇を始めた。


 操縦席の二宮だが、この双発試験機を初めて見た時には、その異様さに驚いたのだが、タキシングなどを経てこうして初めて空に上がってその軽快さに驚いていた。



 高度3500メートルで水平飛行に移った試験機は、地上の管制からの指示に従って各種の試験を淡々とこなしていった。


 理研航空機製双発試験機

機体形状:流線形楕円断面、強化フェノール樹脂製

翼形式:逆ガル型中翼単葉、強化フェノール樹脂製

脚形式:固定脚

全長:11.8メートル

全幅:15.2 メートル

全高:2.70 メートル

自重:3,200キログラム

総重量:4,200キログラム

エンジン:

中島空冷星型9気筒エンジン改良型×2(100オクタンガソリン仕様前提)

離昇馬力 600×2=1200馬力/毎分3000回転

公称馬力 550×2=1100馬力/毎分3000回転(高度3500メートル)


最高速度:時速520キロメートル

巡航速度:時速360キロメートル

航続距離:約2000キロメートル(推定)

乗員:1名


 最高速度時速520キロをマークした時点で二宮は人類最速を記録した男になっていた。おそらくこの記録は彼自身によって今後破られ続けるだろう。


 試験は1週間ほど断続的に行われ、最後の試験として、二宮が酸素マスクと電熱服を装備した上での最高高度到達試験を行った。


 その結果、高度9800メートルを記録したところで、機は失速し、その記録が双発試験機の最高到達高度となった。


 この試験飛行は、理研から持ち出された高解像度カメラで撮影されており、所長室のノートパソコンでその一部を見せてもらった。カッコいいじゃないか。いきなり双発でしかも推進式。そして逆ガルウィング。野心的というのか、さすがは理研だと感心してしまった。


 帰り道で、いつものようにカフェーでお茶を飲んだ。

「なんだか、カッコいい飛行機でしたね」

「ああいった飛行機は俺たちの歴史では生まれていない」

「社長。やっぱりCADが効いたんじゃないですか? あれっていろんなことできるみたいだし」

「思い付きがすぐ図面になるから、面白いだろうな。もちろん航空工学的な知見は必須だけど」

「あれって、無料のソフトって言ってませんでした」

「有料であってもよかったんだけど、有料は全部サブスク型で、スタンドアローンはあれしか見つからなかったんだよ」

「でも十分以上に使いこなしているわけですよね?」

「だろうな」

「つまり、天才が扱えば、なまくら刀も名刀になるってことじゃないですか?」

「確かに言い得て妙だ」

「この時代の人たちって本当に優秀ですよね」

「俺たちの知っている日本の頭脳ってこの時代の理研だけだからそう思ってるだけで、俺たちの世界の最先端を作り上げている日本人たちは理研の人たちと比べて、遜色はないんじゃないか」

「確かに。自分の狭い目だけで判断しちゃダメでした」

「そうだな。できれば広い目で。あと、これとは違うけど、立場を替えてみると違った風景が見えるようになる」

「なるほど、さすがは社長です」

「鶴ちゃん。ここは、さすがは年の功! って言ってもよかったの」

「いえ、そこまでは」

 堀口は俺のことをどう思っているのか知らないが、君と俺の年の差は相対的にみれば1年ごとに縮まっていくんだよ。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 理研航空機の双発試験機が所沢の空に舞っていたころ。


 理研本体では、チタン酸バリウム製マイクを複数並べ、音の向きによって機構が動作する装置を完成させていた。大河内は実験室での装置の動作試験を見守っていた。

 感度を上げると、人の小声の話し声にまで装置は反応した。

「順調だな。これを均土機の車台に取り付けて操舵装置を動かして、音がする方向に均土機が進むか確かめてみるか。そのあと、東大の水槽を借りて、水中音を拾って操舵できるかの確認だ。東大へはわたしから依頼しておく」

「よろしくお願いします」


――水中音を拾って魚雷が進むとなると、相手からすると相当厄介だぞ。命中すれば沈まなくてもスクリューと舵がやられる。駆逐艦からの魚雷発射だと、戦隊での突撃中での発射だろうから自艦の音が混ざるだろうし、味方の音も混ざるだろうが、潜水艦なら基本単艦だし、静粛にして発射するだろうから、魚雷が迷走して戻ってくることもあるまい。

――この調子なら、近い将来実用化できそうだが、将来的には敵もこういった魚雷を使ってくることになる。そうなると、こっちはどうすればいい? 逃げたとしても魚雷の方が速いだろうし。音に釣られるなら、拡声器を『浮き』に着けて、後ろに流して大きな音を立ててやればいいか。

――ということは、これをやられたら、魚雷が無駄になる。つまり、本当の音と、偽の音の区別が必要になるわけか。これはかなり難しいぞ。


――とはいえ、実にぜいたくな悩みだった。ハハハハ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 4月の新年度入りでまたまた理研では大幅に人員が増強されると聞いて、3月の末には、関数電卓やプログラム電卓、それにノートパソコン、プリンターなどを理研に納入しておいた。理研に優秀な人材が集まり過ぎると、他の企業が困るんじゃないかと思うぐらいだ。



 4月に入ってYHT貿易では、「法人」としての確定申告を終えた。今年も問題なく乗り切れた。浦和界隈は窃盗事件などが少ないのか、今のところ、わが社に警察からの『盗品に関する問い合わせ』が来ていない。面倒ごとはノーサンキューなのでありがたい。盗品に関する問い合わせが来たところで、うちではデパートからしか仕入れていないので、ありえないのだが。


 そして100年前とのトレードだが、相変わらず順調で、会社の資産はどんどん増えている。会社を畳むことがあるとすれば、かなりの金額を3人で分けることになる。その時の税金ってどうなるんだろうか? 法人税を払った上に増えた分もきっちりふんだくるのだろうか? ふんだくらないわけないか。




 変わったところでは、中島飛行機の海軍向けの戦闘機が九〇式艦上戦闘機として正式採用されている。これは、史実よりちょうど1年早い正式採用である。歴史のネジが巻かれた観がある。

 九〇式艦上戦闘機のエンジンは寿2型で、1型に比べて高性能になっている。理研航空機では高空試験機のエンジンの内製化を進めているが、コケた時の代替候補として寿2型を購入している。

 中島飛行機からは理研の竹織布を45度で交差(バイアス積層)させ、脱気しながらニトリルゴムを添加したフェノール樹脂で固めた強化フェノール樹脂板の提供の打診があり、理研側は了承している。


 トピックスとしては、4月11日にあのエンパイア・ステート・ビルディングが竣工している。あのビル、かなり年季が入っているし、見た目も古臭かったのだが、100年も前のビルだったわけだ。そういう意味だと、立派なものだ。あの世界だと、これから先、まかり間違えればニューヨークの上空を富嶽の大編隊が覆い隠して、絨毯爆撃があり得る以上、100年先まで生き残れるかは分からないけどな。そうなった場合、その遠因は俺かもしれないが、アメリカが何らかの形で日本に絡んだことが原因だろう。自業自得。知らんがなーの世界だ。



 今年のゴールデンウィークは2カ月前近くから予約しようとしたんだが、無理だったようだ。インバウンドも結構だが、観光収益国家って未来は暗いぞ。


 仕方ないので、食事会を開くことにした。はっきり言ってそっちの方が面倒ではない。

 さすがにいつも行っているサが付くファミレスというわけにもいかなかったので、浦和にあるホテルの和食レストランの個室をとった。開催日は5月1日のメーデー。メーデーの日には朝から大勢北浦和公園に集まって大音声で集会を始めるので、食事会は11時からにしている。



 そして当日(2032/5/1)

 3人ともちょっとだけまともな服を着て、北浦和からホテルまで歩いていき、11時10分前に店に着いた。時間までそこらの椅子に腰かけて待って、時間になってから店に入った。


 店員さんに個室に案内され、席に着いたところで飲み物を頼んで、食事会が始まった。

 最初は瓶ビールで乾杯。

「それじゃあ、カンパーイ!」「「カンパーイ!」」

 すぐにテーブルの上に料理が並べられていった。予約した料理は海鮮コース。浦和なので海などないけど、今の世の中、新鮮な海の幸がどこでも手に入る。そういう意味ではいい時代なんだよ。でもね、むこうの日本を知っている俺からすると、良い悪いじゃないんだけど、何か違う気がするんだよな。

「向こうも、こっちも順調で何よりだ」

「わたし、会社辞めてよかった」

「わたしもです」

「俺とすれば、その逆じゃなかったことが素直にうれしいよ」

「今頃あの会社の人たちどうしてるかな?」

「リストラしてある程度持ち直してるんじゃないか? 株価とか見てないから全然知らないんだけど」

「株価は依然低迷してるみたいです」と鶴井。

「そうなんだ。大変だなー」

「今となっては、他人事ですけどね」

「それはそうだ」


「それはそうと、これからどういったものを理研に持っていきます?」

「消耗品の補充が主で、あとはこの前みたいに新人用に電卓とかノートパソコンだろうな」

「そういえば、理研でも電源を強化したようで、無停電電源のニーズ減りましたよね」

「最新型はだいぶ軽いんだけど、それでもあれ重いからなー」

「あと何かありますか? 見落としているようなものはないかな?」

「俺たちで手に入れることができるのはネット情報だから、本物のノウハウなんて無理だけど、100年の差はかなりだから最新じゃなくてもいいからな。それで向こうに足りない物といえば、純粋な民生関係かな?」

「つまり?」

「ラジオはレベルアップしちゃったし、そうだ! 電子レンジはどうだ? マグネトロンがあるんだから作るのは簡単じゃないか? 何も現物を作らなくても、それで特許を取っておけば、これもウハウハだ。電子レンジなら現物を運べるしな」

「それいいですね。他に何かないかなー?」

「掃除機ってどうでしょう?」

「それも調べてみるか。ただ、日本の家は畳が主流だから、土足で家の中を歩き回る西欧と違って一般家庭では流行らないかもな。でも、会社とかだと使うだろう」

「先輩。わたし、理研で掃除機使っているところ見たことあるような」

「あの時代にも掃除機があったのか。真空ポンプがあるんだから当たり前か。それだとあまりおいしくないな」

「そうすると、あと何かないかなー?」


 ……。


 結局その場ではそれ以上の案が出なかったので、電子レンジは確定として、掃除機についてはあとで調べてみることにした。



 事務所に帰って電子レンジについて調べてみたところ、これは大当たりのようだ。史実では最初の電子レンジは戦後過剰になったレーダー用の大型マグネトロンを使っていた上に、内部は水冷だったようだ。大きさも300キロあったそうで、300キロといえばグランドピアノ並みの重さだ。そんなもの誰も買わないし買えない。床が抜けてしまう。

 巨大化した理由の一つとして電源装置があったらしいが、ダイオードが開発されている今の理研なら、倍電圧整流回路などで電源装置も小型化できるので電子レンジ本体も小型化でき、内部の冷却も空冷ファンだけで済むような気がする。

 ということで小型の電子レンジを4台注文しておいた。昔の理研だと、無停電電源装置につなげないとすぐに壊れたかもしれないが、今の理研の電源は安定しているので問題なく使えるだろう。国内では一般家庭への市販は難しいだろうが、電力が自前の軍艦、特に厨房設備が貧弱な小型艦などでは重宝しそうだ。

 掃除機についてはだいぶ前から市販されていたようだ。堀口の観察眼が優れていたってわけだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺たちの歴史では3月から6月にかけて、国際連盟からリットン調査団が満州に派遣されたが、そもそも満州事変が起きていないわけで、中国が国際連盟に侵略として提訴していない以上、そういった調査団は派遣されていない。ということで、2年後(1933年)の日本の国際連盟脱退の芽はなくなった。


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