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技術立国日本  作者: 山口遊子


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第64話 昭和5年11~12月。


 11月26日早朝。史実通り、北伊豆地震が発生して多くの犠牲者が出た。その日は地震が起きるから逃げろ! と、数カ月前に言うこともできただろうし、理研の大河内所長から政府に言えばなにがしかのアクションがあったかもしれないが、俺は何も言わなかった。地震が起きても起きなくてもどっちに転んでも大河内所長が困ることになるのは目に見えていたから。



 そして、12月に入り、昭和5年もあと1カ月を切った。

 理研では、点火プラグの改良版を完成させたそうだ。現在連続運転試験中だが、今のところアメリカ製の点火プラグと比べてそん色はないという。米GEや独ボッシュが持つ特許のスキを突いて、権利を確保することは可能だろう。何せこちら側はベストなレシピを持っているのだから。


 

 理研建機では、各方面からの要望から大型均土車(ブルドーザー)を開発し、市販を始めた。

 CADがあり、部材の強度などが既知で均一、そして工作精度が一定以上あれば、図面を要望通りかき上げ工作するだけで、実用に足りる現物が出来上がる。一度出来上がった図面の修正も簡単だ。製造現場は指定された部材を図面通り切り貼りして組み立てていくだけでいい。


 なんであれ、大型均土車の投入で、土木作業の効率はさらに上がるのだろう。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 12月1日付で海軍航空本部技術部長に就任した山本五十六少将は、各所に挨拶を終えた翌日、理研本部の大河内所長のもとを訪れた。


「この度、海軍航空本部技術部長を拝命した山本です。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。それで、今日のご用件は?」

「海軍の航空技術を与る身として、理化学研究所の支援を要請するために参りました」

「わざわざお越しにならなくても、われわれは、全方位。海軍さんであろうが陸軍さんであろうが全面協力することにやぶさかじゃありませんから」

「そうおっしゃっていただき、ありがとうございます。それで、大河内先生に忌憚ないご意見をうかがいたいのですが、航空機、特に軍事関係の航空機は今後どのように発展していくと思われますか?」

「そうですねー。これはどういった航空機にも当てはまると思いますが、高速化がまず第一。そのためには空気抵抗の薄い高空化が必要になります」

「なるほど」

「そこで問題になるのが、上に上がれば空気抵抗は減りますが、エンジンへの空気が減ってしまう。そこで必要になるのが、過給機ということになります」

 そこで山本が大きく頷いた。

「過給機ですが、今の機械式過給機はエンジンの力を使って無理やり回しているわけですから、過給機の能力を上げれば上げるほど、プロペラを回すエンジンの力が落ちてしまいます」

「道理ですね」

「それで、エンジンの排気を利用して、タービンを回して空気を取り込む仕組み、つまり排気過給機ですな。これを現在開発中です」

「なんと!」

「一応目途は立っていますから、ご安心ください。それで航空機が1万メートルも舞い上がったとします。そうすると今度は操縦士が寒さと、空気の薄さで参ってしまう」

「それは、酸素マスクと電熱服でしのげませんか?」

「不可能ではないでしょうが、可能なら地面と同じ状態で操縦したほうが操縦士も操縦に専念できるでしょう?」

「おっしゃる通りです」

「ということで、操縦席周辺を密封してしまい、1気圧、20度に保ってやればいいわけです」

「密封が可能なんでしょうか?」

「もちろん完全密封は難しいでしょうから、常時送風機で加圧は必要でしょうが、われわれが開発したニトリルゴムを使うことで密封に近い状態にすることが可能と考えています」

「お話を聞いていると、欧米を10年、いや20年も先んじているような気がしてきます」

「われわれはそのつもりです」

「何とも頼もしい」

「そういった、もろもろの技術は別として、将来の戦場はどうなるかと考えた場合、海であれ、陸であれ、爆撃機が敵の上空までやって来て爆弾を落とす。海だったら、爆撃機が艦に向けて魚雷を落とす」

「そうなるでしょう」

「攻撃側からすればそうですから、守る方はそうはさせじと戦闘機を繰り出して爆撃機を追い払う」

「それもまた道理ですな」

「今度は、攻撃側も敵の戦闘機に落されたり追い払われたくない以上、戦闘機を繰り出すでしょうな」

「そうなるでしょう」

「つまり、結局は戦闘機の優劣で戦場が左右されることになりませんか?」

「確かに」

「そういうことで、優秀な戦闘機が必要です。そして優秀な戦闘機とは最初に戻って敵よりも速く、敵よりも高くというわけです」

「なるほど!」


「敵よりも速く、敵よりも高くなるためには、最も大事なのはエンジン本体になることは自明です。馬力がなければ何をどうしようが速くなりませんし、高く昇れません。そのあたりはうちでは中島飛行機さんにお任せしているのですが、いい仕事をしてもらっています」

「わたしも中島飛行機には期待しています」


「ここまでは、航空機本体の話でしたが、次は機上無線です。かなり信頼でき、そして小型の機上無線を完成させたので、ぜひ使ってみてください。僚機と『言葉』でやり取りできれば空戦の形も変わるはずです」

「それはさっそく検討させていただきます」

「無線ではないのですが、電波探知機があります」

「電波ですか」

「はい。電波です」

「陸上基地ならいざ知らず、艦船で電波を使ってしまうと、敵に位置を探られるのではないですか?」

「その恐れはありますが、飛来する敵機の位置を遠方でとらえることができれば、待ち構えることもできますよ。もし、空母がいれば、戦闘機を発進させて邀撃もできるでしょう。そのときしっかりした機上無線があれば空母から敵機の位置を知らせてやることもできるし、機動的な指示も出せるんじゃないですか?」

「なるほど」

「それに、わが方が電波探知機を持っていない状態で、相手が持っていたらどうです? かなり嫌なことが起こるんじゃないですか? 電波探知機は夜だろうが雨の中だろうが相手の位置を掴めるものなんですから」

「先生がそこまでおっしゃっているということは、もしかして、すでにこの研究所で形になっているのですか?」

「まだ形にはしていませんが、これも目途が立っていますし、航空機に載せることも見据えています。航空機に載せれば、水平線が遠くになる分、遠くが見渡せますし、少なくとも艦の位置は相手側には分かりませんよ。水偵にでも積んでおけば万全でしょう」

「なるほど。やりましょう、電波探知機!」

「今のところ、航空機とは直接関係ないんですが、水中聴音機の改良を考えています」

「お聞かせください」

「今の水中聴音機はロッシェル塩を使っている関係で扱いが難しいうえに、それほど感度が良くない。ロッシェル塩に代わってチタン酸バリウムという物質を焼き固めたものを考えています。ロッシェル塩よりよほど音に敏感なうえに焼き物なので取り扱いが簡単です。さらに、電波探知機と同じようにこちらから音を出して跳ね返ってきた音を拾って敵潜との距離や方向を割り出すことができるようにするつもりです」

「ということは、すでに目途が立っている?」

「そう言っていいでしょう」

「なんと! それでは海軍技研などいらぬではないですか!?」

「そんなことはありませんからご安心ください。われわれはあくまで素人。用兵側の要望を聞いた技術開発は海軍技研さんの領域ですから」

「少し安心しました。わたしは近い将来、海軍機の技術研究をする部門と製造する部門を統合しようと考えているのですが、先生はこの考えをどう思われますか?」

「よいお考えと思います。研究だけで終わっては何の意味もありません。意味のあるものを作ってこそですから」

「そう言っていただき、自信が湧いてきました。それではそろそろ失礼させていただきます。今日はお時間をいただきありがとうございました」

「こちらこそ。何かありましたら、遠慮なくご連絡ください」

「その節はよろしくお願いします」

 そう言って山本五十六は席を立ち、海軍省の黒塗りの車に乗って、そのあと目黒の海軍技術研究所に向かった。



 翌日は、山本五十六は中島飛行機の試作艦上戦闘機の視察に赴く予定だ。今回の試作機は試作2号機に当たる。今回の試作機はエンジンなどを理研製の部品に置き換えての再挑戦と聞いていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 山本五十六が大河内のもとを訪れた3日後(1930/12/5)。大河内の所長室。


「3日前に、海軍の航空本部技術部長が挨拶にやってきたんだよ。名前は山本少将」

 海軍の航空関係で山本という名前の将官と言えば山本五十六? いいけど。

「ほう。海軍ですか」

「それで、将来の航空機、特に軍用機について聞かれたので、以前君が言っていた、これからの戦争で一番大事なのは戦闘機による戦場支配、それに必要なのはより速く、より高くと答えておいたら、いたく感心されたよ」

 戦場支配などという難しい言葉を使った覚えなどないが、大河内所長が自分なりに咀嚼して脳内で変換したのだろう。

「あとは、電波探知機と水中聴音機の話をしておいた」

「反応はどうでした?」

「かなり興味を持ったようだ」

「そうなると、採用も近づきそうですね」

「現場の意見を聞くことで改良を重ねられるという意味で、採用は早いに越したことはないが、有用性は誰でも分かるわけだから、遅かれ早かれ採用されるだろう」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 清国の最後の皇帝、溥儀は、1924年(大正13年)の「北京政変」で紫禁城を追われた後、日本政府の保護下に入り、1930年当時、天津(てんしん)の日本租界にある静園(せいえん)という邸宅に住んでいた。その溥儀に対して石原らは工作員を使い、「清朝再興」の夢を餌に、満州へ乗り出すよう誘い続けていた。

 もちろん溥儀とて失った権力を取り戻す機会を狙っており、日本軍の力を利用できるなら利用したいと思っていた。そして、12月25日。溥儀は日本人ビジネスマンに変装し、彼の正妻と側室はそれぞれ日本人妻と、その使用人に変装したうえで、工作員たちの手引きと護衛を受け、天津を脱出し、大連に向かった。



 大連に無事到着した溥儀達一行は、関東軍司令官や満鉄の首脳陣たちと会談をしたのち、準備を整え、関東軍の護衛部隊を引き連れて満鉄の汽車で張作霖たちが待つ奉天に向かった。


 すでに、奉天では溥儀の受け入れ準備が整っており、奉天駅に到着した溥儀一行は奉天軍の儀仗兵たちに迎えられた。時に1930年12月28日。その日の奉天は冷え込んではいたが、快晴だった。


 当日。奉天から満州国の建国が宣言された。日本のNHKはこのことを国内外に報じた。史実より14カ月早い満州国の建国である。当日、日本政府は満州国を国家承認している。また、日本政府は陛下の名で満州国に祝電を送っている。溥儀そのものは現時点では執政という形をとっている。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 12月中旬。昭和6年1月号の雑誌『少年倶楽部』(大日本雄弁会講談社)を堀口は日本橋高島屋の書籍売り場でいつものように3冊ゲットしている。漫画『のらくろ』(田河水泡・作)の連載開始号である。結構な値段で売れたようだ。





1924年の紫禁城を脱出した溥儀が日本の租界で暮らしていたところを勘案すると、関東軍だけでなく、日本政府は、少なくともこの時点から溥儀を利用しようと考えていたのではないでしょうか。今回の歴史上では張作霖は爆殺されていませんが、軍というのは官僚組織で、独断では何も動かせません。おそらくこの事件も河本大作の独断ではなく、日本政府(田中儀一)の指示と見ていいでしょう。河本大作に対する処分不徹底で田中儀一が天皇陛下の不興を買ったというのも後付けの「ナラティブ」だったのでしょう。もちろん陛下も真相はご存じだったに違いありません。さらにこの後起こる柳条湖事件ですが、これもおそらく日本政府の指示だったのでしょう。もし日本軍の仕業だと露見したとしても現場の独断という体で済ませるため、事前に石原を「日蓮宗にかぶれた怪人物」に仕立て上げていたのではないでしょうか。各国も当然軍部の独断・暴走などとは考えていなかったでしょうが、その方が都合がいいと判断したのでしょう。


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