第62話 昭和5年10月2
次回荷物を理研に運んだ時、所長室で。
「音響追尾航空魚雷か。また恐ろしいものを考えたものだな」
堀口が提案した音響追尾航空魚雷について、堀口が大河内所長に説明した。
そのあと俺の方で補足しておいた。
「わたしたちの歴史では、航空機から投下される魚雷に音響追尾機能はもちろんありませんでしたが、航空魚雷は九一式航空魚雷として昭和6年に正式採用されています。採用されたものの、その段階ではほとんど使い物にならず、兵器として完成するのは、昭和16年のことです。使い物にならなかった理由は、航空機から投下した場合、魚雷が目標に対してまっすぐ落ちてくれないとか、魚雷には前後はありますが空中では上下の区別がないためローリングしてしまい、水中に落下した時、舵があらぬ方向を向いてしまって雷道が安定しなかったことが原因だったようです。最初の魚雷がまっすぐ落ちないのは、着水時に衝撃で外れてしまう木製の安定翼を魚雷に取り付けることで解決し、ローリングについては内部にジャイロを載せて解決しています」
「なるほど」
「放っておいても、海軍で問題を解決するのでしょうが、理研にも東大の船舶の先生もいらっしゃるでしょうから、理研から海軍に助言があれば、海軍も素直に助言を聞くのではないでしょうか」
「そういったところは確実にあるだろう。軍とはそういうところだよ。特に海軍さんはな」
おっと、大河内所長は海軍に何か含む所でもあるのかな?
「トランジスターが量産できれば問題は一気に解決ですが、着水時の衝撃で回路が壊れる可能性があります。これについてはVT信管と同じように真空管回路を樹脂で固めてしまうのも手ですが、魚雷の場合、駛走し始めてから命中までにだいぶ時間がかかりますから、樹脂で固めてしまうと真空管に熱がこもって動作不良を起こす可能性があります。その場合には樹脂でなく、油の中に沈めてしまえばいいでしょう。液体の中なら着水時の衝撃は各部品の全面に均等に伝わりますから、壊れることはないでしょうし、熱を逃がすこともできます。あと油の中に気泡が少しくらいあればクッションにもなり得ます」
「なるほど、よく考えられている。これもこちらで預かっておこう」
「よろしくお願いします」
「頭を下げるのはこっちだよ。実にありがたい。ありがとう」
その日はそこまで話して、あとは遅れて到着したトラックが運んできた荷物を下ろし、理研から退散した。
理研の門を出て、駒込駅に向かって歩きながら。
「さてと。今日はどうする? 商品の買い出しは来週でいいだろ?」
「「そうですね」」
「そこのカフェーで一休みしてから、浦和に帰って、メシにするか?」
「ですね」
「今日特に食べたいものある?」
「10月関係ないけれど、すき焼きが食べたいかも?」
「浦和にあるかな?」
「なければうなぎでいいですヨ」
「なんだよ、その最後の『ヨ』は?」
「気持ちが出たのかな?」
「じゃあ、最初からウナギが食べたいって言えよ」
「おひょっ!」
「分かったから」
堀口、お前はもう三十路なんだから、そろそろ痛いぞ。口が裂けても言わないし、言えないけれど。
カフェーで空いた席に着き、それぞれ適当なものを頼んだ。ウナギが控えているせいか、誰も甘いものを頼まなかった。
飲み物がやってきたところで、
「社長。VT信管なんですが、大砲の弾に小型のレーダーを仕込んで、敵機が近くに来たら爆発するって仕組みですよね?」
「そうだな」
「大砲を撃ちだすときの衝撃と、高速回転に中の真空管が耐えられずに開発が難航したっていう」
「俺もそう理解している。最終的には回路を樹脂で埋め殺したそうだ。こっちで狙っているのは真空管の代わりにトランジスターを使おうと思っているから、かなりそっち方向のハードルは下がると思っている」
「ですよね。それで、わたし思ったんですけど、ロケットってあるじゃないですか? ここで言ってるのは宇宙に飛んでいくロケットじゃなくって、ロケット花火のロケット」
「そういうことか! ロケットにレーダーを積んで、敵に向かってぶっ放せば、衝撃もないし、回転もしない。さらに組み込む回路も複雑なものができるから、最終的には対空ロケットになる」
「社長、どう思います?」
「すごく、いい案だと思う。一つだけ問題は、かさばるから大量に積めないくらいだけど、大型艦なら問題ないはずだ」
「はいはーい、はいはーい!」
「なんだ? 堀口」
「電波って、基本的に周波数だけで区別してるんですよね?」
「そうなんじゃないか?」
「例えばVT信管に向かって、同じ電波を当ててやれば、VT信管って自爆すると思いません? だって、VT信管じゃ誰の電波か区別できないでしょ?」
「それは言えてる。飛んでる飛行機から砲弾を撃ちあげている方向に電波を浴びせたら、VT信管は動作に入った瞬間に自爆だろう」
「ですよね。で、さっきの鶴ちゃんのロケットで考えたんですけど、音響追尾魚雷と一緒で音響追尾ロケット作ればどうかな? 音は電波関係ないから、妨害受けないでしょ? 飛行機は潜水艦と違って音を隠せないわけだし」
「確かに。それもいい案だ。魚雷より高速になるけど、相手は水じゃなくて空気だから方向制御は難しくないだろうし。ドップラー効果なんかも利用できそうだし」
「はいはーい!」
「おっ! 鶴井、今度は何だ?」
「この時代の飛行機って電波的雑音出してたんじゃないですか?」
「そうだろうな。飛行機のエンジンはガソリンエンジンなんだから、点火プラグ使っているはずで、電波は必ず発生したはずだ。それも盛大に」
「その電波源に向かって飛んでいくロケットはどうです?」
「うおっ! それもすごいな。それって今の対レーダーミサイルだ」
鶴井がにんまり笑った。
「はいはーい! はいはーい!」
「今度は堀口か」
「それなら、戦車に向かって飛ばしてもいいんじゃないかな?」
「たいていの戦車のエンジンはディーゼルだから、エンジン自体からは電波は出ないかもしれないけれど、なんであれ戦車は発電機を積んでるから、確実に電波を出す。それも名案だ。ソ連の多連装ロケットみたいな感じで、トラックの上にロケットの発射筒を束ねておいておけば、敵戦車が大群でやってきたら、面白いことになる。敵の基地に向かってぶっ放したら、自動的に敵の司令部にロケットが吸い込まれる。先端部にモンロー効果を持たせれば、どんな掩体もジェットが貫通する。そのあとで本体の爆薬が爆発すれば、周囲も吹っ飛ぶ。ものすごく物騒な兵器になるな。ここまで来るとロケットじゃなくってミサイルだな」
待てよ。ソ連のカチューシャのロケットの速度って音速とほぼ一緒だったような? となるとモンロー効果は無理か。そうなれば、先端だけは硬くして徹甲弾ぽくするか。
なんであれ、破壊兵器って女子に発想させた方がいいのかもしれない。
このあたりまで話したところで、飲み物がなくなったので、代金とチップを残して席を立った。
電車と汽車を乗り継いで、浦和まで帰り着き、いつものうなぎ屋に顔を出し、ビールとつまみでうな重が出来上がるのを待った。
「やるべきことはたくさんあるけど、とにかく、ロケットだろうと、砲弾だろうと、消費物資はたくさんないとだめだからな。つまり、安く上がること。少なくともロケットの部材には竹繊維を使った複合材料が使える」
「ロケットだと燃えませんか?」
「たしか、ソ連の多連装ロケット兵器のカチューシャの本体はちょっと厚目の引き抜き鋼管だったはずだ。火薬を詰めるロケットの本体を竹繊維を使った複合板を外張にして内側を溶接で済むような薄い鋼板にすれば、推進ガスは漏れないし、複合板の内側はある程度炭化するが、強度はかなり残っているだろうし、その層が残っている限りロケットの熱から内側の薄い鋼板を守る。相当軽くなる上に安く作れるはずだ」
「いいことづくめじゃないですか」
「竹繊維さまさま。ってところだな。なんであれ、次回理研に行くときには、固体燃料ロケット関係の資料を揃えておこう。特に、第二次世界大戦の間に生まれたロケットだな」
いつものように40分ほどでウナギがやってきてからは、みんなもくもくと箸と口を動かして会話はなかった。
あっという間に完食して、仲居さんを呼んで精算してもらい、適当な額のチップを置いて店をでた。
「今日もおいしかったー。そういえば、この時代ってマツタケは安かったんじゃないですか?」
「マツタケが人気が出たのは戦後からって聞いたことがあったような、なかったような。途中に八百屋があれば覗いてみるか?」
「確かあったと思うけど、はっきり覚えてないな」
「大通りから少し入るかもしれませんよ」
「わき道を覗きながら帰ろうか」
そういう目で、大通りからのわき道を見ながら歩いていたら、八百屋がちゃんとありました。そしてちゃんとマツタケ売ってました。それも一山いくらで。100匁(約375グラム)あたり20銭だった。それで、7、8本だったので200匁買ってしまった。新聞紙に包んでくれたマツタケを、鶴井が肩掛けカバンの中に入れていたレジ袋に入れて持ち帰った。レジ袋を見た八百屋のおじちゃんは「おねえちゃん、いい袋持ってるねー」とか言っていた。おねえちゃんだからセーフ?
浦和高等学校に向けて歩きながら。
「マツタケ買ってはみたけれど、どうやって食べる?」
「ホイル焼きとかじゃないですか?」
「あとは?」
「なんだろう?」
「パソコンで調べれば、すぐに分かりますよ。せっかくのマツタケだから、ほかのものも用意しないとだめですよね」と鶴井。
「それもそうだな。午後の仕事は、マツタケで何を作るか決めて、その準備をしよう!」
「「おう!」」
いちおううちは会社をやってるんだが、こんなのでいいのだろうか?
事務所に戻って、調べたところ、
堀口が言っていた、 松茸のホイル焼きのほかは、マツタケを入れた炊き込みご飯。天ぷら。土瓶蒸しは、土瓶をわざわざ買うこともないだろうということでパス。
それで、ホイル焼き用にスダチ。炊き込みご飯用に炊き込みご飯の素。天ぷら用に、油と天ぷら粉。
「ホイル焼きと炊き込みご飯はこれでいいと思うけど、天ぷらがマツタケだけじゃ寂しくないか?」
「先輩の気持ちもわからないではないですが、わたし、天ぷら自分で揚げたことないんです」と堀口。
「実はわたしも」と鶴井。
「もちろん俺も天ぷらなんか揚げたことない。じゃあ、止める?」
「マツタケだけの天ぷらは軽く衣をつけて油にくぐらせればできるみたいだから、何とかなると思う」
「それなら、スーパーの総菜コーナーで天ぷら買って増量するか?」
「それでいいんじゃないですか」
「それが一番です!」
「ほかにも総菜あるかもしれないしな」
ということで、3人でスーパーに買い出しに行くことになった。
「ところで、天ぷら鍋、堀口のところにある?」
「そんなのは油が熱くなればいいだけだから、普通の鍋でいいんですよ」
「それもそうか。じゃあ、ツユ用の小鉢ってある? 口の広い小鉢」
「あるわけないじゃないですか? そんなのは湯呑でいいんです」
「いやー、湯のみじゃ口が狭くて食べにくいだろ?」
「じゃあ、お皿に入れて、上からツユをかければいいじゃないですか。味は変わりませんよ」
「それはないだろ? 天ぷらだぞ。しかもマツタケの」
「先輩、贅沢ですね。先輩がそこまで言うなら、スーパーの上の日用品コーナーで揃えましょう」
「お、おう」
そこまで言うも何も、ツユ入れはあったほうがいいんじゃないか? 鶴井、お前からも堀口になんか言ってやれよ。というかこの二人、同じ所に住んでいるから、同じ食生活してる? 考えも同じ?
とにかく、野菜コーナーでスダチを見つけてスーパーのカゴに入れ、次に天つゆの素をカゴに入れた。割りばしもあったほうがいいだろうということで割り箸もスーパーの籠に入れておいた。
「あとは、て……」
「あとは、お酒ですね。日本酒コーナーに行きましょう」
堀口に言葉を遮られた上に酒類コーナーに連れてこられてしまった。
「先輩。適当に選びますね」
「おっ、おう」
すぐにスーパーの籠がいっぱいになってしまった。
鶴井が気を利かせて、空カゴを載せたスーパーの買い物カートを押してきてくれた。カートに俺がうんこらしょ、と持っていたカゴを載せたら、空いていた籠に堀口が6本入りの缶ビールの塊を4つ入れた。もうカゴがいっぱいだよ。
それでまた鶴井が駆けていき、スーパーカゴを持ってきてくれた。
それから、堀口は、ハイボールとかサワーの缶をカゴに入れ始めた。
「お酒はこんなところでいいでしょう。次は総菜か」
やっと総菜だよ。だけどもうカゴはいっぱいだぞ。3人で持つにしてもものすごく重そうだぞ。
「先輩、この中で一番軽そうなカゴを持って一度精算して、いったん事務所に戻ってキャリーカート持ってきてください」
「了解」
「わたしたちは1階の買い物を済ませたら、3階で小鉢を選んでますから、そこに来てください」
「分かった」
俺は、スーパーの買い物カートにのっかっていたカゴの中で比較的軽そうなカゴを持ってレジに並んで精算した。
荷物はお金を出して買ったレジ袋大に入れた。
事務所に戻って、空のキャリーカートをゴロゴロいわせてスーパーに戻り、エレベーターで3階に上って、そこらを見て回って堀口たちを見つけた。カートの中にはレジ袋の中に入った荷物があった。
「天ぷら用の小鉢になりそうな器を3つ選んだんですが、あと何か必要ですか?」
「普通の皿はあるからそんなものか。それはそうと、どこで料理する?」
「事務所じゃ、調味料関係、角砂糖くらいだから無理ですよね」
「俺のところにある調味料は、醤油とソースと砂糖、それにあの付く化学調味料と胡椒と七味はある」
「うちより多いかも?」
さすがにそれはないだろ?
「すっかり忘れてたけど、アルミ箔、先輩のところにありません?」
「買った覚えないから、ないはずだ」
「そうですよね」
「堀口たちのところにもないのかよ」
「先輩と一緒で、買った覚えないから、ないはずです」
「じゃあ、下で買うしかないな」
「ですね」
「それで、結局どこで料理する?」
「先輩のうち?」
「確かに俺が女子のうちに行くのも変だからそれでいくか」
「お願いします」
3階で精算してから1階に下りて、そこでアルミ箔とすっかり忘れていたキッチンペーパーを買って、一番重そうな荷物をカートにのっけ、それを鶴井に押させて、俺と堀口でレジ袋を持って、俺のうちに帰ってきた。
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