第60話 昭和5年9月
理研航空機の小ユ1は1400キロの無着陸飛行ののち、500キロの荷重を載せて1400キロの無着陸飛行を成功させた。
このことは国内外に大々的に報道され、逓信省の嘱託を受け郵便物の空輸作業も行っていた国策企業日本航空輸送株式会社から10機、大手新聞社から合わせて4機受注することに成功した。また、軍からも引き合いがあり、陸軍10機、海軍から8機の発注があった。どの機についても、座席を後付けできるよう改造指定されている。
海外からの注文はなかったが、まだ日本の航空機に対しての信頼が不足していたのだろう。
いずれ「数字」で信頼は勝ち取れる。
リケン-小ユ1
機体形状:箱型、強化樹脂製
翼形式:高翼単葉、強化樹脂製
脚形式:固定脚
全長:11.5メートル
全幅:15.6メートル
全高:3.00メートル
自重:1700キログラム
総重量:2700キログラム(最大3300キログラム)
エンジン:
初期:中島空冷星型9気筒エンジン
離昇馬力 550馬力/毎分2600回転
公称馬力 530馬力/毎分2600回転(高度3000メートル)
最高速度:時速320キロメートル ~ 360キロメートル
巡航速度:時速240キロメートル ~ 270キロメートル
航続距離:約 1500キロメートル
乗員/乗客:乗員 1名 / 乗客 6名、貨物のみの場合、600キログラム
9月に入り、中島飛行機の中島知久平が理研に訪れて大河内所長と会談した。
「大河内さん、おたくの飛行機には心底参りました」
「中島さんのエンジンがあったればこそですよ」
「そうおっしゃいますが、あのエンジンの主要部分は理研精密さんの製品ですから」
「そういえば、そうだったかもしれませんな。それで、今日お越しになったのは?」
「それで、お願いなんですが、あの機体の素材をわが社に提供していただけませんか?」
「わざわざわたしのところまでおいでにならなくても、理研合成に言ってもらえれば、すぐでしたのに」
「あれほどの素材を、簡単に外部提供されるのですか?」
「理研の使命は、わが国の科学技術の底上げですから、当然です」
「そうでしたな。すっかり企業人になってしまって自分の物差しで測ってしまいました」
「いえいえ、人間誰しもそんなものです。そもそも、あの飛行機も中島さんのエンジンがなければ空を飛んでいないわけですし」
「そうおっしゃっていただきありがとうございます」
「何かありましたら、いつでもおっしゃってください」
「はい、その時は遠慮なく」
「そうそう。今の中島さんエンジンの馬力が上がれば、より高速な飛行機が作れると理研航空機の者たちが言っていましたが、そのあたりはどうなんでしょう?」
「鋭意、その方向で頑張っています」
「期待させていただきます」
「よろしくお願いします」
同じく9月に入り、陸軍航空本部から理研航空機に対して小ユ1を偵察機型に改修する特命試作命令が出された。要件は、三座化とカメラ用の撮影窓とカメラ据付架の装備。速度等は小ユ1と同程度。航続距離は1500キロ以上。というものだった。
これに対して、理研側は、小ユ1の改修ではなく全く新しい機体を提案した。すなわち、丸型胴体の低翼単葉機だった。低翼単葉化で空気抵抗を減らすことで、最高速度と航続距離を伸ばし、さらに機動性を高める。低翼化のための下方視界の制限には、主翼後方機体下部および両側面に撮影窓を設けることで対応する。名称はリケン-テ1。
特命試作命令が出されて1週間という異例の速さで図面が陸軍航空本部に提出された。前例のない低翼単葉機であったため設計図審査は航空本部内で物議をかもしたが「とにかく理研ができると言ってるんだからやらしてみようじゃないか」という古谷航空本部長の発言で審査が終了し、リケン-テ1は木型検査のため、木型製造に取り掛かった。
木型も驚くべき速さで製造され、10月初旬には木型が出来上がり、検査官による審査を無事通過した、というか絶賛された。
引き続き、3機の試作機の製造が開始された。わざわざ3機も試作機を製造するのは、
1号機: 主に飛行性能・操縦性(スピード、安定性、強度)の確認。
2号機: 兵装・装備品(機銃の射撃、爆弾の投下、無線やカメラの作動)のテスト。もちろんリケン-テ1は偵察機なので、無線やカメラの作動確認となる。
3号機: 耐久性・整備性(連続飛行テストや、現場での修理のしやすさ)の確認。
3機とも仕様変更は行っていないので、同じスペックである。
最終審査は受領審査の形で陸軍航空本部から検査官が理研航空機の所沢飛行場に出向いて、陸軍のパイロットたちが試作機に搭乗して各種の試験を行った。
試験結果の数字は文句なかったのだが、
「無線機がおかしい!」とどの搭乗者もそのことを口にした。理研航空機の担当者たちは首をかしげたが、そのおかしさの内容が「雑音がしない」「音がはっきり聞こえて気持ちが悪い」などというものだった。
カメラの撮影についても問題はなく、無事審査が終了した。後日、リケン-テ1は九〇式偵察機として正式採用され、合計20機が発注された。
無線機については、別途説明が求められ、新型無線機だけでなく「シールド」や「遮蔽」の重要性が説明された。
九〇式偵察機(リケン-テ1)
機体形状:箱型、強化樹脂製
翼形式:低翼単葉、強化樹脂製
脚形式:固定脚
全長:9.8メートル
全幅:14.0メートル
全高:2.70メートル
自重:1600キログラム
総重量:2200キログラム(最大2800キログラム)
エンジン:
初期:中島空冷星型9気筒エンジン
離昇馬力 550馬力/毎分2600回転
公称馬力 530馬力/毎分2600回転(高度3000メートル)
最高速度:時速360キロメートル
巡航速度:時速320キロメートル
航続距離:約1700キロメートル
乗員:3名
航続距離だが、ニトリルゴムで内張した翼内タンク(インテグラルタンク)方式とすれば、さらに700キロ程度の航続距離の伸張が可能だったが、要求性能を大幅に上回って価格を上げる必要もないことから、その仕様での提案は敢えて行っていない。
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俺は派手な見出しに引かれて、浦和駅で新聞を初めて買った。
赤羽までの汽車の中で新聞を広げて読んでみたところ、史実通りドイツで総選挙に相当する国会選挙が行われナチスが第2党に躍進していた。
「ドイツでは史実通りナチスが第2党に躍り出たようだな。議席数が史実と同じかどうかは帰ってから調べないと分からないけど、おそらく同じなんだろうな」
「なんだか、怖くないですか?」と堀口が言った。
「ナチスと言えば、ユダヤ人の虐殺が有名だが、ナチスを応援してたのは、ドイツの大企業。その大企業の大株主はアメリカの企業や資本家だ」
「そうなんですか?」
「それは事実だ。アメリカは1890年代にはGDPで世界一になったんだが、それ以降のアメリカの世界戦略は一貫して経済的覇権を握ること」
「それは分かります」
「そこで、アメリカが経済的覇権を握るにあたっての最大の邪魔物は何だったと思う?」
「なんだろう?」
「それは大英帝国。世界中に張り巡らせたポンド経済圏なんだよ」
「つまり?」
「アメリカはポンド経済圏の破壊をもくろんでいた。以前にも言ったかもしれないけれど、集団というものは、経済合理性で行動する、いや、正確には経済合理性だけで行動する。ナチスがユダヤ人を虐殺した裏には必ず何らかの『経済合理性』があったはずだ。しかし、冷静に考えて、誰がどう考えても『虐殺』に経済合理性など、どこにもない」
「そうですよね」
「でもあったんだ。第一次世界大戦によってヨーロッパはめちゃくちゃになって、アメリカの経済力は圧倒的になり、イギリスの経済力は相対的に下がったが、まだ大英帝国は健在だ。アメリカの立場に立って考えたとすると、もう一度世界大戦がヨーロッパで起きれば今度こそイギリスの座を奪える。って考えてもいいだろ? 成功体験ってそういうものだ。そのためのナチスドイツ。ってあり得るんじゃないか? 強烈な被害妄想とナショナリズム、そしてユダヤ人への偏執的な憎悪を持つヒトラーを見出し、彼を後押しして政権を取らせた。ドイツがユダヤ人を迫害すれば迫害するほどアメリカ国内のユダヤ人はドイツを憎む。つまり参戦のハードルが下がる。もっと言えば第一次世界大戦が破産したドイツがたった10年で軍事大国にのし上がられたのは、ドーズ案だのヤング案だのという美名のもとに、アメリカのメガバンクが天文学的なドルをドイツに注ぎ込んで、最新の軍需工場の基盤をゼロから作り直してやったから。そして、その金を突然ストップさせて、ドイツの社会不安を煽った。その時躍進した政党が極端なナショナリズムを掲げるナチスだ」
「そこまでしますか?」
「さあな。だけど、戦後の新秩序という果実を考えればやって損はないだろ? 所詮は他人だし他国だ」
「……」
「チェンバレンは大英帝国の独立性と経済圏の死守を目指していたが、アメリカにとって彼は邪魔だ。ここで重要な役割を担ったのがチェンバレンに代わったチャーチルだ。チャーチルはドイツからの休戦の申し入れを蹴り、徹底抗戦を唱えた。以前にも話したと思うが、その実は大英帝国を担保にしたアメリカ資本への完全依存、大英帝国の切り売りだ。チェンバレンだったらそんなことは決してしなかったし、できなかった。さらに言えば、チャーチルの首相就任にルーズベルトのアメリカが力強くバックアップしてる」
「……」
「結果として、第二次世界大戦後、アメリカは大英帝国を解体して世界の覇権を握った。もちろん真相は分からないが、ナチスもアメリカに踊らされていたのかもしれない。なんであれ、ナチスが全ての『悪逆非道』背負わされた第二次大戦物語が出来上がった」
「……」
「ついでに言うと、アメリカにとってもう一つ邪魔だったのが満州、朝鮮、日本、台湾に広がった円経済圏だ。これも同じようにアメリカによって、こっちは物理的に解体された。今の日本は農地解放で『小作農の解放』の美名のもとに『農業』を殺して、アメリカからカロリーを輸入してるだろ?」
「……」
「そういえば、アメリカは日英同盟を極端に警戒してたんだが、1921から22年のワシントン軍縮会議を主導して、軍縮を名目にしながら、実質的には「日英同盟の廃棄」をイギリスに強要したんだ。イギリスは第一次世界大戦後でアメリカへの戦時債務を抱えていたから、アメリカの要求を飲まざるを得ず、日本との同盟を断ち切った。そのときチャーチルは日英同盟の破棄を支持している」
「そこから?」
「いいか、堀口。当時のチャーチルの肩書は何だと思う? 『植民地大臣』だぞ」
「え……?」
「笑えないだろ。アジアにおける大英帝国の植民地と権益を、誰よりも死守しなきゃいけない立場のトップが、その権益を丸裸にする同盟の廃棄を、自ら率先して支持したんだ。だけど、彼が最初からアメリカのグランドデザインに選ばれた、あるいは自国への復讐心に燃える男だったと考えれば、すべて筋が通る」
「そこまで……そこまで見越しての配役なんですか?」
「配役の極めつけを教えてやろうか、堀口。お前はナチスを怖いと言ったが、戦勝国の英雄であるチャーチルが、大戦中に何をしたか知ってるか? ベンガルの大飢饉だ。大飢饉と言っているが実質的には虐殺だ」
「ベンガル……インド、ですか?」
「そう。日本軍が迫って米の流通が止まり、数百万人ものインド人が餓死していった。そのときチャーチルは何と言ったと思う? 『インド人はウサギのように増える野蛮人だ』『なぜガンディーはまだ生きてるんだ?』と吐き捨てて、救援の食糧を拒否し、逆にインドの米をイギリス軍のために巻き上げたんだよ。あいつの本質は、ヒトラー以上だ。インド人をハナから人間だと思っていない」
「……!」
「チャーチルはヒットラー同様にアメリカによって見出された男だったんだよ。だけど、世界はあいつを『ファシズムの暴走を止めた正義のヒーロー』として歴史に刻んだ。なぜか? ヒットラーとナチスにすべての『悪逆非道』を背負わせる物語を、アメリカが裏で完成させたからだ。そうすれば、チャーチルの虐殺も、アメリカの略奪も、すべて綺麗に隠蔽できる。……何度も言うが、事実は分からない。しかし、今の世界はそれらが積み重なった結果だ」
「……」
アメリカにどういった思惑があるにせよ、このままナチスがあと2年半で政権を取るんだろう。持てる日本がドイツを相手にする必要はないし、アメリカの思惑通り動く必要はないからな。日本は粛々と科学技術を武器に国力を蓄えていくだけでいい。そしてその時が来れば、必ず日本は打って出る。たとえアメリカが相手であっても。
スペックは適当ですから、悪しからず。




