↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
技術立国日本  作者: 山口遊子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
58/85

第58話 昭和5年5~7月


 100年前の京都から帰ってきた翌日(2031/5/7)の事務所。


「今回の旅行はちょっと疲れましたね」と堀口。

「そうだな。今度旅行する時は現代日本にしないか? それで、もっとのんびりできるところで」

「それもそうですね」「ですね」


 京都では土産物屋を覗いたものの、ピンとくるものがなかったので何も買っていない。堀口たちも同じだ。

 その日、注文していた蛍光灯その他が予定通り事務所に届いた。次の金曜日にいつもの消耗品と一緒に届けるとしよう。



 そしてその金曜日(2031/5/9)。

 理研のトラックに荷物を載せて、俺たちは浦和駅まで運んでもらい別途理研に向かった。

 その理研のトラックだが、迎えに来てもらう金曜日までに予定の物資がそろっていない時は、予備として事務所に保管している消耗品を運ぶことで無駄がないようにしている。在庫の確認等は堀口と鶴井に任せている。


 この日は大河内所長は不在だったので、トラックが到着するのを待って荷物を下ろし、あとは幸田さんに任せて俺たちは帰っていった。旅の疲れが出たようで、この日は商品の仕入れをすることなく、まっすぐ浦和に戻り、昼はバの付くハンバーガーショップで済ませ、午後からは休業として食事を終えたところで解散した。放漫経営と言えばその通りかもしれないが、業績はいいので、セーフ。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 山田たちによって蛍光灯の現物が持ち込まれる前に、理研では先に持ち込まれていた資料から蛍光灯の製作はいたって簡単であると結論付け、試作品の製造の準備を始めていた。理研では3カ月で試作を製造可能とみている。同時に特許出願の準備を始めた。ただ、基本特許はアメリカのGE(ゼネラル・エレクトリック社、エジソンが創業)が持っている以上勝手に製造できないので、試作品の製造のみに留め、GEが持つ特許が切れるのを待って製品化することになった。とはいえ、GE側からクロスライセンスの提案があるかもしれない。その場合は柔軟に対応することになるのだろう。

 あと、国内で蛍光灯を普及させることは貧弱な電力事情から「困難」であると判断し、製造できるようになったとしても、電力インフラが整ったイギリス、アメリカ、ドイツ向けに製造することになるはずだ。今後国内の電力事情が改善されれば、改めて国内販売を検討することになる。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 6月に入った。大連において建設中の米企業であるスタンダード・オイル・オブ・カリフォルニア:SoCal(現シェブロン)の製油所の形が見えはじめていた。


 その建設工事風景を石原莞爾は口元を緩めて眺めていた。彼が随行していた関東軍高級参謀、板垣征四郎大佐に向かい、

「どうです? 楽しいじゃありませんか。彼らは利益を上げるために満州で工場を建ててくれている。もしアメリカが日本に牙をむけば、彼らは人質だし、大手を振って製油所は接収。そのころには日本人の技師たちがアメリカの技術を学んでいる」

「確かにその通りだ。だが、アメさんは同胞を見捨ててわが国に牙をむくかな?」

「必ずあの国は牙をむきます。彼らは常にフロンティアを求めている。彼らにとっての最後のフロンティアが太平洋とその先のアジア、中国大陸です。そしてその途中にある日本は彼らにとって明白な障害です」

「なるほどな」

「彼らにとって白人以外は人間ではない。このことは忘れてはなりません」

「確かに、人種差別撤廃案を否決した以上、われわれは彼らの秩序の中では邪魔な『物』だからな」

「ハインダニス(Hindernis、邪魔物、障害物)であってゲーグナー(Gegner、邪魔者、敵)ですらない」

「石原、われわれはそのことを胸に刻んで、来たるべき日に備えようじゃないか?」

「もちろんです」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 理研建機から75ミリ砲搭載自走砲の車台を大阪工廠に納入している。

 納入された車台だが、均土車の車台と比べ、剛性を増した上にエンジンの出力域を高回転域とすることで出力を5パーセントほど上げている。その関係で、ラジエターを若干大型化している。この改造での燃費悪化を補うため燃料タンクも大型化している。


 大阪工廠ではこの車台に砲を架装(かそう)し、関係者立会いの下、各種の試験を行った。

 試験結果は造兵側だけでなく用兵側にも良好ということで、理研建機は陸軍造兵廠から今年度中に60両の納入を命じられ、来年度からは年間120両で2年間、合計300両の納入を命じられた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 中島飛行機の東京工場(荻窪製作所)では新型エンジン(のちに海軍呼称寿、陸軍呼称ハ1)が完成していた。もちろん、理研合成のニトリルゴム製のシーリング材を使用しているため油漏れはない。また理研精密製のクランクシャフトにコンロッド、シリンダースリーブとピストンを使用しているため、当初設計の想定重量から1割近く軽量化された上に、2割以上も高い馬力を発揮している。このエンジンだが、想定しているガソリンのオクタン価は87である。すでに理研の100オクタンガソリンは製造されてはいたが、国内需要が今のところ見込めないため、100オクタンガソリンの製造量は限られている。


タイプ:空冷星型9気筒

ボア×ストローク:146ミリメートル×160ミリメートル

排気量:24.1リットル

全長:1021ミリメートル

直径:1280ミリメートル

乾燥重量:320キログラム

過給機:機械式1段1速

燃料供給方式:キャブレター式

離昇馬力 550馬力/毎分2600回転

公称馬力 550馬力/毎分2600回転(高度2600メートル)


 中島飛行機ではこのエンジンを元にして、これからの飛行機設計に入っていくことになる。陸軍の次期戦闘機についてはジュピターエンジンを前提とした製造体制を整えている段階であり、寿エンジンの出番はないので、手始めは次の航空機からの設計となる。


 このエンジン完成の情報を得た理研航空機は、中島飛行機に対してエンジンの供給を打診したところ快く供給をされることになり、供給されたエンジンに対して各種の試験を行い、航空機の設計の微調整を行うことになる。

 7月の所沢工場の竣工を待って最初の航空機である小型輸送機の製造が始まる。この機体の名称は、リケン-ユ1と命名されている。


 当時日本の郵便飛行機の主力はフォッカー社のスーパーユニバーサル。(なお昭和4年から中島でライセンス生産が始まっている)


機体形状:箱型、鋼管骨組羽布張り

翼形式:片持ち式高翼単葉(こうよくたんよう)木製合板(ベニヤ)張り

脚形式:固定脚

全長:11.09メートル

全幅:15.44メートル

全高:2.82メートル

自重:1720~1725キログラム

総重量:2425キログラム(最大 2700キログラム)

エンジン:

初期:中島ジュピター(空冷星型9気筒、420〜450馬力)

後期:中島「寿」(同 460馬力以上)

最高速度:時速213~235キロメートル

巡航速度:時速160~170キロメートル

航続距離:約 1100キロメートル

乗員/乗客:乗員 2名 / 乗客 6名、貨物のみの場合、600キログラム



 もちろん、理研航空機のリケン-小ユ1はこれらを圧倒的に凌駕する『予定』である。そして、わずかな改造で偵察機としても、軽爆撃機としても使用可能である。ただ、小型輸送機としての実績を積んでからのことであるが、理研航空機側では爆撃機については双発高速爆撃機を想定している。


 ちなみに、レシプロ機の場合、速度が音速の約0.6〜0.7倍(時速700〜800キロメートルあたり)に近づいてくるとプロペラのブレードが音速を越え初め、仕事率が急速に低下するので当てはまらないが、通常の速度域では『速度は出力の三乗根に比例する』。従って2割の出力増は1.2の三乗根、1.062、約6パーセントの速度増につながる。これに、機体形状、機体表面の空気抵抗などが速度に影響する。特に機体表面の空気抵抗はバカにならず、外板を固定するネジやビスの形ですら速度に多大な影響を及ぼす。


 リケン-小ユ1の外板は竹織布を45度の角度(バイアス方向)で積層し、ニトリルゴムを添加して靭性を高めたフェノール樹脂で固めた複合板を使用しており、要所はこの複合版を3枚使い、段ボール構造として剛性とねじれ耐性を保証している。

 また、機体表面をバフ研磨(注1)するだけで鏡面仕上げすることができ、それにより空気抵抗が劇的に減少する。

 つまり、理研航空機で考えている機体はこの時代の20年先を行っていることになる。今後、エンジン出力が上がっていけば、無敵のバケモノになるということだ。


 理研精密では、ターボチャージャー用のタービンブレードの製造に挑戦し、高純度アルミナを素材としたセラミックによりある程度の『成果』が上がったものの、それに満足することなく、ニッケル基の耐熱超合金(Heat-resistant Superalloy:HRSA)の開発を理研本体に依頼した。この超耐熱合金は史実ではインターナショナル・ニッケル・カンパニー(INCO:インコ)が開発しインコネルと呼ばれてる。ここでもわかるように、ニッケルは確保しなければならない戦略物資といえる。



 7月に入り、理研航空機の所沢工場が竣工し、飛行場も完成した。これまで駒込の理研本体に間借りしていた理研航空機の実戦部隊は設計部門を残して所沢工場に引っ越していった。そして、リケン-小ユ1の製造に取り掛かった。すでに機器や部品などの準備は終えているため、製造といっても組み立てと配線、配管が主な製造工程となる。

 理研ではこれに前後して、大河内所長の尽力(政治力)により、陸軍よりテストパイロットを招聘している。もちろん、陸軍の承諾の下、陸軍を依願退職してもらっての理研航空機入社である。

 そして、リケン-小ユ1は8月を待たずに組み立てが終わり、最終調整を終えた。エンジンについては理研の100オクタンガソリンに対応した圧縮比としているため、寿エンジン本来の出力と比べ10パーセントほど高出力になっている。


 小ユ1に使われている通信機には、アノードに窒化チタン蒸着がほどこされた小型《サブミニチュア》真空管が並び、整流器はダイオード製、コンデンサーはセラミックコンデンサーといった理研の最新技術が詰め込まれていた。さらに、機内取り回し用の電線はニトリルゴムで完全被覆されたうえ、点火プラグ、発電機、その他、電波が発生する部位の電線には電磁波・ノイズ対策のためアルミ箔テープが巻かれている。


 この結果、従来の大型機に搭載されるレベルの通信機が小型化された上、雑音がないわけではなかったが、エンジンを起動した機内と機外との間での無線通話に全く支障はなかった。現在、小ユ1は1機だけなので確認できてはいないが、飛行中の小ユ1間での通話も可能と考えられている。


 電線への完全被覆と電磁波・ノイズ対策については山田幸太郎のアドバイスである。

 アースの取り方だが、太いアース線を2本用意して1本には電気機械を並列で接続し、もう一本は翼端、機の先端をつなげた避雷針用とする。その2本を機体の中央の1カ所でつなげておく。さらにメインのアース線は銅線ではなく銅管とすることで軽量化を図る。この銅管は、そのまま「管」としても利用できる。

 また山田幸太郎は、ラジオ・ビーコン(無線灯台・無線標識)も提案しており、機内に積んだ輪っか状の受信アンテナを回転させて、受信電波がゼロの位置のアンテナ方向の90度どちらかが、電波の発信源になる。それだけでは90度のどちら側が発信源か特定できない。それを解決するため、尾翼からコックピットのすぐ後ろまで伸ばしたワイヤーアンテナの出力を合成し、機首をめぐらせれば一方の感度が強くなり、反対側が弱くなる。360度方向を変えれば電波のパターンが「ハート型(カージオイド型)」になるので発信源の方向を特定できる。なお、電波の強さは焼成チタン酸バリウムをコアとしたスピーカからの音の強弱で判断する。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ガソリンエンジンの国内製点火プラグには絶縁体(ガイシ)の熱割れ、カーボン付着で「くすぶり」による漏電、金属のハウジングと磁器の絶縁体を固定するカシメ部分の気密性の不足からのガス漏れなどの問題があった。その関係で長時間の運転に耐えられなかった。リケン-小ユ1のエンジンでも、アメリカ製の点火プラグを使用している。

 その話を聞いた俺は、どういった改善点が必要なのか調べたところ、アルミナ(酸化アルミニウム)を主成分とした新しい絶縁体を採用し、ガスケット(パッキン)を改良したうえ特殊な粉末を充填して焼き固め、電極にニッケル合金などの耐熱・耐食性の高い金属を採用することをまとめてペーパーにし、大河内所長に手渡しておいた。数カ月後には何らかの形になるだろう。たぶん、おそらく、きっと。


 事前情報から手ぐすね引いて待っていた「文藝春秋」の臨時増刊『オール讀物號』を手に入れた。これは高く売れるんじゃないか? 文藝春秋が買ってくれそうだし。

 と思って購入したのだが、まるっきり高く売れなかった。どうも、発行部数が多すぎてどこにでもある商品だったことと、復刻版もあったそうで、真新しさから、復刻版と思われたようだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 理研の大河内は、息子の信威(のぶたけ)が共産党のシンパとして7月19日に逮捕されたことを契機に貴族院議員を辞職している。内心は不明だが理研での活動を積極的に続けていた。信威が懲役3年の実刑判決を受けたことから廃嫡しているが、刑期を終えた信威を理研グループの役員に据えて、支えていたようだ。

 

 その大河内だが、鮎川義介が率いる日本産業傘下の日本鉱業に北鮮のウラン鉱山開発を打診し、さらに、満鉄に対して、鉱山開発用のインフラ整備を打診した。

 交渉の結果、理研が産出され選鉱されたウラン精鉱(イエローケーキ)に対して全量買い取りで日本鉱業が承諾し、理研側がインフラ整備費用の4割を負担することで満鉄側も合意した。こうして北鮮でのウラン開発がスタートした。また、理研側では、ウラン採掘と選鉱において、放射能の危険性を十分説明して、粉じんなどの吸引、衣服への付着などについて十分な防護を行うよう具体的方法を提示して申し入れている。

 また、朝鮮で化学肥料製造を手掛ける日本窒素の野口遵(のぐちしたがう)に、化学肥料製造過程で行なわれる水の電気分解残液(注2)の有償提供と、ウラン鉱石からのウランの抽出のために必要となる硫酸の融通を依頼している。野口はその依頼に対して快諾している。






注1:バフ研磨

綿やフェルト等の柔らかい「バフ」に研磨剤をつけ、高速回転させて金属や樹脂の表面を磨く仕上げ加工。フェノール樹脂などは、これで磨くだけで簡単に鏡面のようなツルツルの状態になる。表面の凹凸が極限まで消えるため、空気や水の摩擦抵抗を劇的に減らす効果がある。


注2:水の電気分解残液

水の電気分解残滓には重水が濃縮されており、それをさらに電気分解することで重水の濃度が上がります。重水は重さを計ることで濃度を測定できます。



むかし、どこかの架空戦記で読んだんですが、アースを取っただけで機内通信機の雑音が消えた。とか。当時の技術者が、アースを取ってないわけないじゃん!? というのが率直な感想。

宣伝:「2週間」で作品を殺す出版社の冷酷な方程式に、現場の執念は届くか。

現代ドラマ『冷たい方程式』(全1話、6000字)https://ncode.syosetu.com/n7919mt/ よろしく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
蛍光灯は海軍に売れると思う。 本来なら蛍光灯は発熱が少ないので、密閉された鉄箱の艦内で使うに適するから。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。