第55話 昭和5年4~5月
今年、2031年のゴールデンウイークなのだが、昭和の日の4月29日が火曜で、30日(水)、5月1日(木)、2日(金)と続く。本当の意味の連休は5月3日から5月6日までの4日しかない。そもそもわが社はいつ休んでもいいような会社なので、4月29日から5月6日まで8連休にしてもいいような。
「どう思う?」
「8日休んでもすることもないし」と堀口が答えたら、
「そんなに休むと、かえって疲れませんか?」と鶴井。
「二人とも、企業人が泣いて喜ぶような会社員だな」
「ここの仕事、楽だし」
「責任もほとんどないですし」
「確かに。何かして業務に支障が出るってことは基本的にないから責任もほとんどないものな」
これでいいのかと言えば若干疑問はあるが、現に会社の業績は好調だ。いや、絶好調だ。
「旅行に行くといっても、ゴールデンウイークだと混んでるだろ」
「ですよね」
「向こうで、どこか行ってみるか? 向こうじゃゴールデンウイークなんてないから、混んではいないと思うぞ。今からでも宿の予約くらいできそうだし」
「前回は熱海だったから、今度は京都でも行ってみます?」
「京都まで行くとなると、朝の汽車に乗って、むこう着くのは夕方か。無理ではないな。じゃあ、せっかくだからちょっと長めに5月の3、4、5、6の3泊4日で考えてみるか?」
「面白そうだけど、前回の熱海みたいに行き当たりばったりだと、最悪野宿ですよ」
「ちゃんと予約するとなると、スマホが使えるわけじゃないし、情報もほとんどない」
「旅行会社があれば、それを使えばいいかも? ちょっと調べてみますね。……」
堀口がパソコンを使って検索した。
「ちゃんと旅行会社があるみたいです。切符の手配も宿の予約なんかもできるみたいです」
「ほう。じゃあ、明日そこに行ってみるか?」
「そうですね。当時の富裕層の場合、依頼したら、切符とか諸々を自宅に届けてくれたそうです」
「俺たちには自宅がないから、受け取りに行くってことだな」
「そうですね。連絡先は理研にしておけば、何かあったとしても何とかなるでしょうし」
「だな」「ですね」
ということで、翌日。
日本旅行会(のちの日本旅行)とジャパン・ツーリスト・ビューロー(のちのJTB)の窓口が東京駅にあるというので、東京駅に行くことにした。
「二つあるけどどっちにする? この時代、比較検討しますと言うのもちょっと変だろ?」
「じゃあ、日本旅行会にしません? ジャパン・ツーリスト・ビューローって、元は外国人用の旅行を扱ってたそうだし、日本旅行会は老舗みたいだし」
堀口の判断に従って、日本旅行会の看板がかかった窓口店舗の中に入っていった。
「いらっしゃいませ」
そこで、対応してくれたおじさんにこちらの要望を話したところ、台帳のようなものを拡げてメモを取り、さらにページをめくってメモを取りを繰り返して、最後に説明を始めた。
「5月3日、東京駅9時00分発の特急富士にご乗車いただけます。一等車でよろしいですか?」
「それでお願いします」
「京都着は18時31分です。宿泊先のご希望は?」
「特には」
「一昨年の即位の礼(御大典)に合わせて改築を終えたばかりの、最新鋭の設備を誇る京都ホテル(現・ホテルオークラ京都)はいかがでしょう?」
「それでいいです」
「朝夕の食事付きでよろしいでしょうか?」
「はい」
「お部屋は4人様用でお取りしますか?」
「二人部屋と一人部屋ってできる?」
「もちろん可能です。それでお取りします。京都駅には京都ホテルの送迎車を配車させます」
「お願いします」
「5月6日、帰りの便ですが、特急富士、京都駅発9時40分。東京着は18時50分の予定です。車両は一等車でよろしいですか?」
「はい。それでお願いします。それでいくらになります?」
「少々お待ちください」
おじさんが、パチパチとそろばんをはじき、再度そろばんをはじいて、
「278円ほどになります」
「今払っちゃっていいんですか?」
「切符などは、ご自宅にお届けしますのでその時お支払いください」
「ここに取りに来るんじゃダメかな?」
「もちろん、それでも結構です」
「いつ用意できそう?」
「明後日の午前中にはご用意できます」
「じゃあ、明後日の昼前に伺います」
「お名前と、連絡先のお電話番号をお願いします」
ということで、俺の名前と控えていた理研の電話番号を伝えた。
「かしこまりました。明後日お待ちしております」
窓口店舗を出て、
「278円というと現在価値だと100万円くらいですよね?」と、堀口。
「朝夕の食事はついていますが、昼は自前でしょうから、それもかかりますよ」と心配そうに鶴井が言った。
「二人は金のことは心配しなくても大丈夫だから。それにこういう時じゃないとこんな経験できないだろ? さらに言えば、海外旅行に3人で行けば100万くらい簡単にかかるだろ?」
「それはそうですけど」
「とにかく心配無用だ。それはそうと、せっかくここまで来たんだから、商品を仕入れに行くか?」
「そうですね。そういえば、銀座三越がこの4月にできたはずだから行ってみます?」
「出来たばかりのデパートという意味では価値があるが、並んだ商品が特別ってわけじゃないだろ?」
「それはそうですが、近くにライオンのビヤホールがあるから行ってみませんか?」
「それはいいかもしれんな。向こうに渡ってからタクシーで銀座三越に行って、それからライオンに行ってみよう」
「「はい!」」
二人とも元気だな。
そこから地下道を通って八重洲側に抜け、そこでタクシーを拾って銀座三越まで移動した。
タクシーの窓から外を眺めていたら、カフェー・ライオンの看板が見えた。タクシーはその前を通り過ぎて、銀座三越前で止まった。
新品のライオンがお迎えしてくれるものと思っていたのだが、ライオンさまは不在だった。こんなこともある。
中に入って壁にかかった店舗案内を確認したところ、
屋上庭園:噴水、展望台、三囲神社(分霊)
6階:大食堂、余興場
5階:家具、寝具、インテリア、美術工芸品
4階:紳士服、子供服、文房具、玩具
3階:婦人服、呉服(着物)、帯、和装小物2階婦人服、洋品雑貨、靴
中2階:貴金属、時計、写真室
1階:化粧品、アクセサリー、身の回り品、案内所
地下1階:食料品、日用品、喫茶
1階から中2階、中2階から3階にエスカレーターが『上っていた』。
もちろん、店内はピカピカだ。しかし、俺たちが仕入れたいような品物はあまりなさそうだ。
「やっぱり、日本橋の方が高級そうだったな」
「そうですね。見るの止めて、ライオンに行っちゃいます?」
「そうするか?」
「「はい!」」
二人ともよほどライオンに行きたいようだ。
銀座三越を出て東京方向に300メートルほど歩いて『カフェー・ライオン』の看板の中に入った。
「3人様、いらっしゃいませ」
和服に白いエプロン姿の女給さんが席まで案内してくれた。
4人席のテーブルには真っ白なテーブルクロスがかかっていた。これは完全なレストランだな。
「とりあえずガテと中ジョッキを3つ」と女給さんに言ったところ、ちゃんと通じたようで、
「かしこまりました」と女給さんは一礼して帰っていった。
「先輩、ガテって何です?」
「つまみの盛り合わせだそうだ。ソーセージ、ハム、チーズ、ピクルス、冷えたアスパラガスとか一皿に載っているって話だ」
「そんなの良く知ってましたね」
「こういうこともあろうかと、以前ネットで調べたことがあったんだよ」
「『こういうこともあろうかと』って一生のうち一度は言ってみたいセリフ、ナンバー12ですよね! さすがは社長です」
「鶴ちゃん、ナンバー12じゃなくってナンバー16だよ」
「えっ! そうだったんですか?」
「さあ。言ってみただけ」
「もう! それはそうと社長、ジョッキは中ジョッキでよかったんですか?」
「この時代の中ジョッキは、俺たちの時代の大ジョッキ並みらしい。大ジョッキは1リットルだそうだ」
「なるほど。勉強になりました」
「これから役立つことは少ないかもしれないけどな」
テーブルに置いてあった真っ白なナプキンを膝の上に置き、そんな話をしていたら先ほどの女給さんが片手に陶器製のジョッキを3つ持って、もう片方の手に皿が載ったトレイを持って帰ってきた。
先にジョッキをテーブルの上に置き、それからつまみが載った皿と、取り皿を3つ置き、最後にナイフとフォークを人数分置いて帰っていった。
「それじゃあ、かんぱーい」「「カンパーイ!」」
慣れない陶器のジョッキだったのでお互い遠慮して、軽く当てただけで、ジョッキに口を付けた。
「冷えてるな」
「そうですね」
「ビールの味、ちょっと違うかも?」
「違うかもしれないけど、これを飲み終えるころにはわかんなくなってるから、気にしても仕方ないぞ」
「社長の言う通りです」
乾杯の後は鶴井が気を利かせて小皿に大皿のつまみを取り分けてくれた。
「つまみの感じが、それっぽくていいな。料理を頼もうか」
革表紙のお品書きがあったのでそれを見ながら、
「ローストビーフ食べてみるか?」
「「はい!」」
「ポテトサラダがあるけど?」
「「はい!」」
「クロケットってあるけど、コオロギ? この時代に昆虫食?」
「コオロギはクリケットだったような?」
「じゃあ、何だろう? クロケット、クロケット、クロケット。あっ! コロッケかも?」
「そうじゃないですか?」
「サラダと同じポテトだけど、食べる?」
「「食べます!」」
「あとは、ニシンのマリネも頼もうか?」
「「はい!」」
手を上げてやって来た女給さんに「お品書き」を見ながら人数分料理を頼んだ。
「……、ですね? 承りました」女給さんは復唱してから帰っていった。
お品書きを見るまで分からなかったんだが、中ジョッキは1杯40銭、大ジョッキは1杯55銭だった。売れ筋は中ジョッキだろう。あんまり大きいとそのうち温くなっちゃうからな。
料理が出てきたところで、テーブルの上に置いてあった、ウスターソースをコロッケにかけてみた。ここのソースのガラス瓶の蓋はコルクだった。
ソースをかけてない部分をナイフで切り取って食べてみたところ、
「コロッケ、熱々サクサクで旨い!」
「わたしも食べてみよ」「わたしも」
次にソースのかかったところを食べてみたところ、ソースの味がちょっと微妙だったが、ビールのつまみと考えれば、ちょうどいいのかもしれない。そう思ってそのあとビールをゴクリ、ゴクリと飲んだら、さっきの味を忘れてしまった。
それからたらふく飲んで食べて腹いっぱいになった。
テーブルで勘定してもらって、銀色のトレイに載って帰ってきたおつりから小銭のおつりを残して「ごちそうさん」といって店を出た。
帰りはゆっくり有楽町駅まで歩いて、有楽町駅から上野まで電車で移動し、上野で汽車に乗り換えて浦和まで帰った。
事務所に戻ってまったりしながら、ふと天井に目をやると、白い明りが灯っている。そこでいいことを思いついた。
蛍光灯が生産されなくなり、巷ではLED照明だらけになったことで蛍光灯のことを忘れていたのだが、蛍光灯の特許を取ってしまえば面白いことになると思いついた。ということで、調べたところ、1927年にアメリカで特許が出願され1931年に特許が成立していた。それをGEが1934年に買い取って実用化し、莫大な利益を上げたそうだ。一歩遅かった!
ただ、今の時点でGEは基本特許を持っているだけで周辺特許は何もないはずだ。これはやらずんばならず!
資料を揃えた後、実物がないかネットで調べたら、まだ在庫があったようでちゃんと売られていた。蛍光灯のソケット側も売っていたので、グローランプ式蛍光灯とそれに合うソケット側、予備のグローランプを4セット購入し、資料も作っておいた。資料についてはグローランプ式、インスタントスタート式(予熱なしの高電圧始動)、そしてラピッドスタート式を揃えておいた。
さっそく次の金曜日。荷物を理研に届けたついでに大河内所長に蛍光灯の資料とともに話をしておいた。
「ほう。何とも、意地が悪くて面白い。やってみようじゃないか」
とすんなり受けれられた。
「現物が入荷次第持っていきます」
現物を製造していなくても、資料さえあれば簡単に特許が取れるが、それではさすがにまずいから、ちゃんと製造の目途が立ってから特許出願するのだろう。いずれにせよ、現物がある上、4年の時間がある。理研に周辺特許を押さえられたGEが『蛍光灯』を市場に出すことはないだろう。こちら側も基本特許はないが基本特許はいずれ失効だ。ウェーイ!




