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技術立国日本  作者: 山口遊子


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53/85

第53話 昭和5年1月3


 その週の金曜日(1930/1/10-2031/1/10)。この日は理研への仕事始め。大河内所長に新年の挨拶をした後、チタン酸バリウムを焼成してセラミック化した物に圧電効果があることを簡単に説明した後、論文などを手渡した。


「今はロッシェル塩の圧電効果を使った送話器(マイク)が主流と思いますが、こちらの方が圧電効果が高いうえに、磁器のようなものですから扱いが容易です。わたしの世界での第二次世界大戦時、潜水艦の音を見つけるために発達した技術です」

「なるほど」

「以前説明したVT信管は発砲による高い加速度と高い遠心力のため真空管で作ることは難しいので、トランジスターで作るべきですが、魚雷などは、加速度も知れていますし、回転しませんから、内部に真空管などの電子部品を載せることが可能です」

「そうだろうな」

「それで、魚雷にこの素子を使った送話器(マイク)を付けて、敵のスクリュー音を拾わせます。内部で方向を特定できるように送話器の首を振って、一番音が聞こえてくる方向に魚雷が向くよう舵を動かせば、魚雷は敵艦のスクリューないし、機関がある胴体に命中します」

「確かにそれができれば、画期的な魚雷になると思うが、そんなものが可能なのだろうか?」

「実際可能だったので実戦投入されたわけですが、初期の段階では、逆走して自分を沈めたような事故もあったようです」

「ありそうだものな」

「これが、そういった事故について書かれたものです」

 そう言って、誘導魚雷の事故の事例を印刷したものを所長に渡した。

「そういった事故が起こらないよう、試験を繰り返さなければなりませんが、いずれものになるでしょう」

「そうだろうな」

「もちろん、魚雷にとどまらず、敵潜の探知にも使えます」

「なるほど。それについても、製品化を目指そうじゃないか」

「最初は文字通り、電話の受話器でいいと思います」

「そうだな」

「それで、売れてくれば、軍部が食いついてくるでしょうし」

「君の言う通りだ。そうそう、ちょうど今頃、陸軍の大阪工廠で理研建機の均土車の試験をしているはずだ」

「いい結果が出るでしょうね」

「そうだろうな。以前君たちに話したと思うが、満州と朝鮮の間を流れる鴨緑江(おうりょくこう)にダムを造る計画が本決まりしたそうだ。『均土車はいくらあっても足りなくなるでしょう』と理研建機の社長が言っていたよ」

「土木会社や建築会社が注目するのは当然なんでしょうが、軍が注目したということは、飛行場とか基地とかの造成に使うんでしょうね」

「そうなんだろうな。あの足回りに注目して、戦車の車台を理研建機に発注するかもしれないな」

「ですね。そういえば、戦車用の装甲板はどうなっているんですか?」

「これも以前話したと思うが、時期を待っている状態だ。理研建機が陸軍から戦車がらみの案件を受注をするようなら、その時が売り込みの好機じゃないかね?」

「確かにそうですね」


 所長室を出て2階の経理に回って、伝票を見せて清算してもらい、それから玄関に回ってトラックの到着を待った。

 いつものようにそれほど待つことなくトラックが到着したので、荷物を下ろして玄関の中に運び込み、あとは任せて俺たちは理研を後にした。



 山手線で東京駅に出た俺たちは、日本橋の三越にで適当に商品を仕入れてから食事を済ませ、浦和に戻った。


 浦和駅からは浦和高等学校まで歩いて、穴を抜けてから一度事務所に戻り、荷物を置いてオークションの準備でその日は終わった。


 わがYHT貿易はすでに国内外のオークションハウスから認められている関係で、手続きすれば即日担当者が飛んでくるようになった。さすがにプロだけあって品物の出所を詮索するような人間はいなかった。ビジネスなんだから、わざわざ藪をつつく必要がないのは常識だし、何も知らなければ善意の第三者だ。


 翌日。何かのはずみで、セラミックコンデンサなる言葉を思い出してしまった。なんだか、役立ちそうな名前なのでちょっと調べたところ、なんと、中身はチタン酸バリウムだった。それで、それまでのコンデンサと比べ、小型大容量なのだそうだ。ということで、製法などを調べてプリントアウトしておいた。簡単に言うと、セラミックと電極の層を折りたたんで薄く延ばしていき、パイ生地のように何度も折り返して、最後に焼いて仕上げる感じだ。


 それで、またまた、チタンインゴットを購入しておいた。近い将来、北朝鮮や満州の鉱山からチタンは採掘されるようになるはずだが、まだまだ選鉱・精錬のハードルは高いようだ。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 こちらは昨年11月に始動した理研航空機。


 埼玉県の所沢に工場の形と飛行場の形だけは見えてきたが、それだけだ。そのかわり、理研航空機のエンジン部門は、もとより理研の工作部の部門だったこともあり、勝手知ったる理研の工作部の一部を間借りして、そこで、中島飛行機から提供を受けたジュピターエンジンの改造を行っている。

 また、理研航空機では、民間航空機の最大の需要は郵便、小型貨物の高速輸送と判断して、小型輸送機の開発に絞っており、機体設計部門は、理研の設計部の隅を間借りして、そこで機体設計に取り掛かっている。


 機体設計にあたっては、山田幸太郎が持ち込んだ航空力学関係のハンドブックや第二次世界大戦で活躍した実機の資料を参考にしている。ただ、機体設計といっても現在は模型の設計で、その設計通りの模型を、同じく工作部の施設を間借りしている機体製造部門で製造し、さらに理研内に設けた簡易風洞で試験などを行っている。こういった形で、理研グループ内ではセクト主義などなく非常に柔軟に運営されている。


 今年の10月に完成予定の所沢工場内には本格的風洞も設置される予定だ。大河内所長の頭の中には、すでに日本一の航空機製造会社の姿があった。



 これに対して、中島飛行機ではイギリスのブリストル飛行機が1923年(大正12年)に開発したジュピターエンジンを、昨年末よりライセンス生産していたため、これを参考にしたうえ、同じくライセンス生産していたプラット・アンド・ホイットニーのワスプエンジンを参考にして、新たに航空機エンジンを自社開発していた。荻窪にエンジン設計製造のため東京工場を構えた中島飛行機のエンジンの製造環境は後発の理研などよりよほど進んでいたが、設計段階でプログラム電卓を駆使し、CADまで使いこなしている理研航空機の設計開発速度にはとても追いつけるものではなかった。クランクシャフトの「ねじり振動」の解析などは複雑かつ面倒な計算を反復するため、計算手泣かせだったが、理研航空機の担当者が手にしたプログラム電卓では1秒もかからず計算が終わってしまう。まさに圧倒的じゃないか! の世界だった。理研のエンジニアたちはすでにその環境に慣れてしまって、昔のことを完全に忘れている者までいた。新人として配属された者はそもそも今の環境しか知らない。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 理研建機では、大阪工廠での均土車の試験に同行した担当者から、経営と開発担当に対し陸軍の反応が報告された。

「非常に好評でした。おそらく、陸軍の装備として早急に採用が決定されると思います」

「だろうな。ほかには何かあるかな?」

「試験担当官の皆さんが話していたのを耳にしたんですが、排土板の代わりに大砲などの架台の開脚(かいきゃく)にすれば、砲の発砲に十分耐えるとか。それで、近いうちに、大阪工廠から当社に対して設計依頼ないし、開発依頼が出されるかもしれません」

「つまり、自走野砲というわけだね?」

「野砲に限らないという意味かもしれませんが、自走砲と担当官の方はおっしゃっていました」


「自走砲か。なかなかいいい名だな。載せる砲の諸元が分かれば、先回りして、自走砲の車台の設計をしてみてもいいかもしれない。陸軍から設計要求が来たら翌日提出とかな。面白くなりそうだ」

「まずは、開脚(かいきゃく)の油圧機構の設計でしょうが、排土板を接地させるのと基本は同じでしょうから、設計は簡単でしょう」と設計主任。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 1月21日より、戦艦の新造禁止期間を5年間延長することと、補助艦の保有数を制限するため海軍軍縮会議がロンドンのセント・ジェームズ宮殿で開かれていた。参加国はイギリス、アメリカ、日本、フランス、イタリアの第一次世界大戦での戦勝国の5大国。日本の首席全権は若槻礼次郎元内閣総理大臣。財部彪(海軍大臣・海軍大将)、松平恒雄(駐英大使)、永井松三らが随員として従った。永井松三は会議の直前まで外務次官として軍縮交渉の準備にあたっており、会議後の任地として、駐ベルギー特命全権大使に親補(任命)されていた。


 日本側は、表向き対英米7割を主張する予定であったが、陸軍予算をねん出するため米英の3分の2である6割6分でもよしと考えていた。

 当時軍令部部長だった海軍大将加藤寛治も、軍令部が唱える、対米7割あれば勝てるという主張はあくまで敵(アメリカ)が短期決戦を挑んでくるという極めて虫のいい想定であり、第一次世界大戦のような長期の総力戦になれば、開戦時の対米戦力がいくらであろうと国力差からその差は広がることは理解していた。加えて、加藤も今上の「歩兵は国の基」発言のうわさは耳にしており、ここで海軍が対米7割は譲れないと我を張ることは今上の不興を買う恐れがあるため、加藤も軍政を司る政府・海軍省に対して強い要求はできなかった。


 理研が開発したニトリルゴム(NBR)のシール材および耐圧ホースを、1928年以降の進水艦や既存艦の改装に順次導入。これにより、缶室(ボイラー)周辺の油圧制御が高性能化し、主砲塔の駆動方式も従来の水圧式から油圧式へと転換された。結果、ポンプ室の小型化と旋回・俯仰速度の向上が実現している。加えて、空母における航空ガソリン配管の密閉性が向上し、艦内の安全性が劇的に高まった(注1)。カタログスペックに現れない『ダメージコントロール能力』と『射撃精度の安定』は、保守的だった海軍軍令部を納得させるに足るものであった。なお、火災対策として艦内の油圧系統には不燃性のグリコール系作動液が採用されている。


 付け加えると、艦政本部では酸素魚雷の開発に関心を向けており、呉海軍工廠へ酸素魚雷の実験通牒を出す予定であった。酸素魚雷の開発では危険な酸素を扱うわけだが、ニトリルゴム材は大いに期待されていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 この1月、日本窒素肥料は子会社である朝鮮窒素肥料と、同じく子会社であった朝鮮水電を合併し、赴戦江(プジョンガン)水力発電所の電力を利用した本格的な硫安(肥料)生産体制を整えた。




注1:

装甲空母『大鳳』は米潜水艦の魚雷1本が右舷前部に命中し、その衝撃で航空燃料(ガソリン)タンク(船体を直接タンクとして利用した、インテグラルタンク)が破損。漏れ出した揮発油ガス(気化ガソリン)が排気が追い付かず艦内に充満し、誘爆・大爆発を引き起こして爆沈している。この場合、タンク本体の破損個所からガソリンが漏れ出たわけで、配管から漏れ出たわけではないが、配管などからガソリンが漏れ出る危険は常に存在していた。


宣伝:大英帝国を叩き売った男の一代記。

歴史『チャーチル』https://ncode.syosetu.com/n2139mt/ よろしくお願いします。

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