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技術立国日本  作者: 山口遊子


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52/85

第52話 昭和5年1月2


 正月休みの間3日くらい記憶が飛んでいる。今回の正月休みは体感的にわが人生で最も短い正月休みだった。我が人生に一片の悔いありだ。


 堀口たちが訪ねてきたのが1月3日。それから休み明けまでの二日間はしっかりと正月休みらしく過ごした。



 月曜の仕事始め(2031/1/6)。

 仕事始めといっても、新年の挨拶回りするような相手もいないし、社長の俺が特段何かをしなければならないわけでもないので、社長のスチール机(*****)の席に着き、何となく、パソコンのモニターを眺めて、鶴井が淹れてくれたお茶を飲みながら、理研に持っていって喜ばれそうなものを探していた。


「理研も順調に開発が進んでいるから、これといって、インパクトがあるものってもうないよな」

「そうですね。この前、兵器についてまとめたものを持っていったんでしょ?」

「そうなんだよなー。戦争することを勧めているわけじゃないけど、兵器がちゃんとしてないと無駄な犠牲が出るからな。それは嫌だろ?」

「それはそうですけど」

「戦争って、武器が同等なら、数が多い方が勝つ。つまり経済力が勝敗を決める。経済力で劣っているなら、武器の性能を上げるしかない。実際のところ、武器というか軍事力の増強は経済的にはあまりお勧めできない。なぜなら生産性がない投資だから。使った金が単純に消えていく。その中の一部として消費される研究開発費だけは、リターンがある場合がある。インターネットとか元は軍事技術だって聞いたことがあるだろ?」

「それは聞いたことあります」

「とはいえ、そんなのは例外中の例外で、金は何も生まずに消えてくだけだ」

「でも軍人と軍需産業の雇用は生まれますよね」

「それは言えるけど、彼らだって、普通の産業戦士や普通の企業になって製品を生み出してそれで儲けたら税金を納めてもいいんだぞ」

「確かにそうですね」

「話を戻すけれど、経済を発展させるためには軍事費を減らしたほうが合理的なんだ。だけど軍事って巨大な利権だし、言葉を飾らなければ実態は暴力装置だろ?」

「そう言ってしまうと身もふたもないかも」

「でも、実質そうだろ? 中共の軍隊がまさにそれだ。経済の負担であることは分かっているけど、利権を削れば暴力装置の本性を現して政権に牙をむきかねない。だから軍事予算は経済に無関係に右肩上がり。だろ?」

「それはいつも話題になっていますよね。毎年5パーセントアップとか」

「日本の自衛隊は結成当時から牙を抜かれているから、暴力装置といった感じはほとんどないけれどな。その代わり、日本は防衛費を使ってアメリカから兵器を買わないといけない。これは、アメリカとの貿易のためのいわば『ショバ代』。サブスク費用なんだよ。そういう意味では日本の軍事費は経済を回してるんだ」

「そうだとしても、なんだか日本って哀れですね」


「それもこれも、戦争に負けて、主権を実質的に失ったからだろう」

「だから、今わたしたち、そうならないようにしてるんですものね」

「そうなんだけど、思っていた以上に快調だから、俺たちの仕事があまりなくなってしまったというので、話が最初に戻るわけだ。さーて、何を持っていこうか?」


「社長。いままで、陸と空関係が多かったから、今度は海関係の物を何か持っていきませんか?」

「海となると、軍艦とか? うーん。何がいいかな? 主敵はソ連だけど、いつアメリカと戦争になるか分からない。その時は海が主戦場だから、海軍の強化も必要ではあるな」

「今の海上自衛隊は護衛艦ですよね」

「そうだな」

「戦艦って作らないのかな?」

「今の時代は、費用対効果で戦艦は作れないんじゃないか? 戦艦を1隻作るならイージス艦4隻作った方がマシとか」

「でも、イージス艦はむこうじゃ無理ですよね?」

「だろうな。できるできないで考えるとすれば、ミサイルかな。対艦ミサイルと、対空ミサイルがあればかなり強化されるけど、そうとうハードルは高いだろう。不可能とまでは言わないが1940年までに形にするのはかなり難しいんじゃないか?」

「ですよねー」

「それなら潜水艦はどうです?」と鶴井。

「今の海自の潜水艦はリチウムイオン電池から全固体電池への過渡期とか聞いたことがあるけど、これこそハードルが高いぞ」

 そこまで言ったところで鶴井の顔が曇ってしまった。これはフォロー必須だ。

「あっ! そうだ、思い出した。日本の潜水艦は聴音装置が貧弱だったんだ。要するにマイクな。それをレベルアップすればそれなりに戦力アップになるんじゃないか? 確かロッシェル塩のピエゾ効果を利用してたけど湿気に弱いくせに乾燥にも弱いし、衝撃にも弱いから役に立たなかったとか読んだことがある。なんであれ、資料を当たってみてそれを持っていこう」

 何となく鶴井の顔に笑顔が戻ったか?


 さっそくパソコンで調べたところ、チタン酸バリウムなどのセラミック製ピエゾ素子がソナーに適しているそうだ。それで、チタン酸バリウムを焼成したセラミック製ピエゾの製法をプリントアウトしておいた。

「聴音装置は魚群探知機にも使えるそうだから、潜水艦を追う駆潜艇だけでなく、漁船にも使える。さらに、音響追尾魚雷にも使える。VT信管は発射時の殺人的加速度と回転が真空管回路にはネックだが、魚雷じゃそんな環境じゃないから、トランジスターがなくても真空管で対応できる! いいんじゃないかー。あとは、音響追尾魚雷を実際に使用した時の事故例だな。何も考えずに発射したら自分のところに戻ってきそうだものな」

「自分のところに戻ってきたらどうなっちゃうんですか?」

「自分で自分を撃沈したことになるんじゃないか? そういった事例がないか調べてみるよ」


 音響追尾魚雷の事故例を調べてみた。

「マーフィーの法則そのままに、ちゃんとそういった事故があったよ。それもプリントアウトしておこう」

「やっぱり、あるんだ、マーフィーの法則!」。堀口はいかにも嬉しそうだ。いちおう人が亡くなった事故なんだから、そんなに嬉しそうな顔をしないほうがいいぞ。言わんけど。


 全部をまとめていつものカバンに入れておいた。


 さらに、潜水艦映画を思い出して、ヘッジホッグ(前方投射型集合爆雷)についても資料を揃えておいた。そして、潜水艦側の対策としての吸音タイルについても調べておいた。ただ、現代の吸音タイルの素材はとてもじゃないけど再現できそうにないし、第二次世界大戦当時ドイツのUボートが使用した吸音タイルは高い効果があったようだが、ものすごく使いにくかったようだ。ちょっと無理っぽい。


 チタン酸バリウムの現物を購入しておこうと、調べたところ、劇物扱いで、すごく面倒そうだったので購入は断念した。バリウム自体は当時でも普通に流通していたようだから、いつものようにチタンインゴットだけ購入しておいた。


 資料を揃えて、カバンの中に片付け、いい時間になったところで昼食のため3人で部屋を出た。

「今日は何にする?」

「おせちもいいけどカレーもね!」

「カレー食べたいなら、ちゃんとそう言えよ」

「いいじゃないですか。ノリなんだから」

「なんのノリだよ?」

「分かる人には分かるんです」

「相変わらず訳の分からん奴だな。鶴井もカレーでいいか?」

「はい」


「じゃあ、カレー屋に行くか」

 二人を連れてコがつくカレー屋に行って、適当に注文させた。

「今日は新年会だから、抑え目で」と言いながら、堀口はとんかつカレーを選んでいた。

 鶴井は何も言わずチキンカツカレーを選んだ。二人とも辛さは2倍。俺はハヤシライスを選んだ。ハヤシライスのくせに辛さ指定がある。俺が選んだ辛さは普通だ。お子様と言われたっていい! ここの辛さは苦手なんだよ。



 ほとんど待つことなく供されたカレーとハヤシライスを3人で並んで食べながら、能天気に今日の新年会の話をした。

 


 会社に戻って、席に着き、鶴井が気を利かせて淹れてくれたインスタントコーヒーを飲みながら、

「だいぶ、会社の金に余裕が出てきたから、株でもやってみないか?」

「余裕資金を寝かせる必要はないから、いいんじゃないですか?」と堀口。

「そういえば、わたしたちのあの会社、業績不振で早期退職者を募集し始めたってwebニュースでやってましたね」と、鶴井。

「そうだな。あそこの株を買うことはないな」

「わたしたちの知ってる人も、辞めるかなー?」

「そりゃ、それなりの数、辞めるんじゃないか。だけど会社都合の退職なんだから、割増退職金とか、ある程度の補償くらい出るんじゃないか? 俺たちが辞めた時と重なっていればよかったのにな」

「それは言えてる」

「そういえば、向こうは世界恐慌のせいで、これからどんどん景気が悪くなるんですよね」

「それはそうなんだけど、日本の場合、政府主体であろうと満州に積極投資していくことで、民間の萎縮も抑えられるから、無傷ではないにせよ、ダメージを抑えていい線乗り切れるんじゃないか? 満州自体が日本にとっての巨大なフーバーダム投資のようなものだろ?」

「確かにそうですね」

「景気の底が抜けなければ、社会不安も限定的だ。軍部の独走を容認できるような状況にはならない」

「いつも思うけど、たいていのことがいい方に転がっていきますよね」

「今のところはそうだな」




 新年会は鶴井の提案通り中華ということで、浦和にある本格中華のチェーン店を17時から予約している。

 会社が引けてというか、16時には終了し、少し時間調整をして腹ごなしを兼ねて浦和の中心部まで歩いていった。理研に出勤するときは理研のトラックの荷台から田畑含みの街並みだが、今はそんなものは見当たらない。言っては何だが、埼玉のくせに発展している。


 店に入って、予約席に着いた。

 3人しかいないので丸テーブルではなく4人掛けのテーブルだ。

 最初に生ビールで乾杯してから、宴会料理が次々に運ばれてきた。


「「おいしー」」

 エビのチリソース。おいしいよな。

「「おいしー」」

 ふかひれスープ。おいしいよな。

「「おいしー」」

 なまこ、料理名知らんけど、おいしいよな。

「「おいしー」」

 蒸しアワビ、おいしいよな。

「「おいしー」」

 北京ダック、おいしいよな。ここでは俺の好きなクリスピーじゃなかったけど、ノーマルもおいしかった。

 飲み物は、生ビールをそれぞれ2杯飲んだところで、温かい紹興酒に切り替えた。


 ……。


 中華で盛り上がった。といっても3人だし、丸テーブルでもないなので大声で騒ぐほど盛り上がったわけではない。

「中華は3人だと、ちょっと盛り上がりに欠けるな」

「そういったぜいたくなこと言わない」

「でも中華は大勢で食べたほうがおいしいですよ」

「だろ? とはいえ、人を増やさなければならないわけじゃないから、そこは我慢するしかないな。次回の飲み会は、焼き肉とか、寿司とかにしてみないか?」

「それいいですね」

「さんせー!」



 何を食べてもおいしかったのは確かだが、ふかひれとなまこが一、二を争っていた。これは動かしがたい。そういえば、中共の軍隊ではフカひれを食うというのが最高級の接待=汚職の隠語だったそうだ。今はどうなのかは知らないけどな。


 この日は、腹いっぱいすぎて、二次会にもカラオケにも行くこともなく、素直にうちに帰った。うちに着いて時計を見たら時刻はまだ8時だった。風呂に入るのは面倒だったのでシャワーを浴びてさっさとベッドにもぐりこんだ。


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