第50話 昭和4年12月~昭和5年1月
向うの日本では昭和4年が暮れていき12月16日。それまで工事をしていた東京駅の八重洲側が出来上がった。これで直接八重洲側に出ることができる。とはいえ、出来上がった駅舎を後日見たが、木造平屋の極めて小規模な仮設駅舎だった。史実ではこの駅舎は戦災は免れたものの、1948年に焼失し、しばらく仮設屋根だけの状態が続いたそうだ。その後1954年に鉄道会館ビルとしてちゃんとした駅になったようだ。
そういえば、上野駅では今までの仮設駅舎からちゃんとした駅舎の建て替えが始まっていた。
20日過ぎには理研の本館の玄関前に正月の飾り付けがされていた。『来年もいい年になりますように』という意味なのだろう。
実質4月から活動を始めた『YHT貿易』だが結構な利益が出たことで、業務執行社員である、堀口と鶴井の了解の下、二人にそれぞれ300万円のボーナスをはずんだ。
社長である俺が貰ってしまうとお手盛りのような気がしたので、貰わなかった。あとで分かったことだが、このボーナスについては有税だった。解せん。別にいいけど。
12月24日の今日はクリスマスパーティーということで北浦和駅近くのイタリアンレストランにやってきて、クリスマスディナーという名の値段だけは確実にプレミアムな料理に舌鼓を打ち、マイルドなイタリアンワインを口にしている。
「先輩、ボーナスなしで本当にいいんですか?」「社長、無理しないでください」
「無理じゃないから。俺、金持ちだから」
「じゃあいいけど。年末年始の休みはどうします?」
「そうだなー。理研の休みと一緒でいいんじゃないか?」
「理研の休みは12月29日の日曜から1月3日の金曜日までだから6日間ですね」
「となると、うちの場合、12月の28日から1月の5日までの9日になるな。結構長いな」
「ですね」
「年末までもう日にちがないけど、社員旅行とかしなくていいですか?」
「してもいいけど、今からじゃ予約は無理じゃないか?」
「確かに」
「仕方ないから、忘年会と新年会を盛大にやろう」
「それがいいです」「賛成!」
「それで、二人は何が食べたい?」
「ふぐか蟹か」「わたしは中華かな?」
「じゃあ、忘年会はふぐか蟹、新年会は中華ということで、適当な店を探しといてくれ」
「店はいいけど、いつにします?」
「そうだな。仕事納めと仕事始めということで、忘年会は12月27日。新年会は1月6日でどうだ?」
「それでいいです」「わたしもそれでいいです」
「ところで二人は、正月休み中どうするんだ?」
「わたしは実家に一泊二日かな?」「わたしは二泊三日のつもりです」
「先輩は?」
「隣で寝てるんじゃないか?」
「なるほど。実家から帰ってきたら差し入れ持ってきてあげますよ」「わたしも」
今食べているのはカルボナーラというクリームパスタで、上になんだかわからないがかさぶたのようなものが何枚かのっかっていた(注1)。かさぶたには妙な臭いはあったが味はしなかった。クリームに合っていると言えば合っていたのかもしれない。これについての感想を大人な俺は口にしなかった。なんとなく、それを言ってしまうと、何かが起きるような気がしたからだ。
それから和やかな時間を過ごし、最後にコーヒーとお菓子が出てきた。そのお菓子だが、堀口と鶴井はティラミスを選び、俺はなんのこっちゃとパンナコッタを選んでみた。結局出てきたのは白っぽいプリンだった。味はおいしかった。
食べ終わって、席を立ち、金色のカードで勘定を済ませて店を出たら、ちらほらと雪が舞っていた。
「クリスマスらしくなってきたなー」
「それじゃあ、先輩。カラオケに行きましょう!」
「うえっ!」
「上じゃなくってカラオケ屋。レッツシング!」
堀口と鶴井に手を引かれるようにしてカラオケ屋に連れていかれた。クリスマスだから店も混んでいて入れなければいいと思ったのに、ちゃんと一部屋だけ空いていた。どうなってるんだ!?
とはいえ、俺は歌わなくてもセーフだった。以前歌った『君が代』が功を奏したようだ。俺は今まで日本を助けたいと思って行動していたわけだが、今日は日本に助けられたってことだ。
クリスマスイブの夜に、カラオケ屋で食べたタコ焼きはあまりおいしくなかった。
1時間ほどでカラオケはお開きになり、店を出てしばらく行ったところで堀口たちと別れてうちに戻った。
仕事納めの12月27日。午後から会社の中を3人できれいに掃除して、一息ついたところで堀口が予約した浦和のフグとカニを食べられる店までタクシーで繰り出し、きっちり忘年会をこなした。帰りももちろんタクシーだ。バブル時代のサラリーマンもかくやだな。いや、バブル時代なら、浦和でなく、都内だったか。
翌日(2030/12/28)からわが社は正月休みを迎えた。
理研への初出社は、1月10日(金)として理研には伝えている。
休みの初日は、掃除洗濯、クリーニングに冷蔵庫の中身と日用品の補充などで1日がつぶれてしまった。
うち同様、うちの隣の会社のドアにもしめ縄も飾っていないし、鏡餅も置いていない。来年はちゃんとしよう。覚えていたらだけど。それより、祝祭日くらい国旗を掲げたほうがいいだろう、と思って、夕方、国旗セットをネットで注文しておいた。注文して気付いたんだが、ドアの脇に旗受けが付いていない。マグネット式の旗受けなどもあるようだが、そもそも、マンションの廊下側にものを張り出すわけにはいかないと気づいたので、ベランダ側に取り付けるよう固定金具を探して注文しておいた。これでわが社も立派な愛国会社だ。
29日は、正月用の酒とつまみを買うため、リュックを背負って電車に乗って浦和のデパートまで繰り出した。日本酒を一升瓶で2本買ったらそれだけで重くなってしまった。先につまみを買えばよかった。それでも食品売り場を回って、つまみを仕入れていった。
昼はそのデパートの食堂で食事して、うちに戻った。
夕方、風呂に入り、すっきりしたところで、日本酒を飲みながら、つまみをつまみパソコンでweb小説を読み始めた。ダンジョンものの現代ファンタジー、題名は『サイタマダンジョン』。妙な題名だが、どうも俺の住んでいるさいたま市を舞台にしているようで結構愛着がある上、俺の知っているいろんなことが書いてある。100万字を超える小説なので結構読みごたえがある。途中でフォローしたうえに、ちゃんと最後まで読んで☆3つ付けてやった。
そのあと、『魔王になるかも?』とかいう異世界ファンタジーなのか現代ファンタジーなのか分からない小説を読み始めた。こいつは180万字近くダラダラと続いていたが、読了した上にこれも☆3つ付けてやった。
次に読み始めたのが『岩永善次郎、異世界と現代日本を行き来する』。これは150万字あった。
そうやってweb小説に熱中して、なんだか気づけば年が変わっていた。しかも、日付を見たら1月3日だった!
何となく朝の支度をして、ボーっとした頭で硬くなった太巻きを食べていたら、チャイムが鳴った。
インターホンのモニターを見たら、堀口と鶴井だった。
「今開ける」
そう言ってドアの鍵を開けた。
「「明けましておめでとうございます」」
「おめでとう」
「って、なんだか疲れてませんか?」
「いやー、何をどうしてたのか分からないうちに今日になっていた」
「先輩、何を訳の分からないこと言ってるんですか?」
「俺自身訳が分からないんだから、堀口に訳が分かったらそれこそ大問題だろ?」
「そういう話じゃないでしょう」
「それは言えてる」
「一応お節料理持ってきたんですが、もう食べますか?」
「そうだな。いま残っていた太巻きを食べてたところなんだけど、硬くなってた」
「いつ買ったのかは知りませんが、少なくとも去年ですよね?」
「今年はまだ一歩も外に出ていない!」
「何を自慢してるんですか?」
「自慢じゃないよ、事実だよ。でも、記憶がはっきりしないから、実際は1歩くらい出たかもしれない」
「もういいですよ。台所借りますね?」
「好きに使ってくれ。ついでに洗い物があるから洗ってくれればありがたい」
「はいはい。じゃあ、鶴ちゃん、準備しよう」
「はい」
二人がコートを脱いで玄関のコート掛けのフックに掛けて台所に行った。
俺の方は、こたつの上に置いたお盆の上のミカンを、冷蔵庫の横に置いていた小型のミカン箱から補充しておいた。
それから冷蔵庫から日本酒の一升瓶を取りだして、こたつの上に置き、食器棚からグラスを3つ取りだしてそれもこたつの上に並べておいた。
以前は座布団を持っていなかったのだが、ちゃんと今は持っていて、寝室から3枚持ち出してこたつの周りに敷いておいた。こたつには4辺あるが人数は3人。どのように座るのか?
俺が真ん中で左右に女子? 俺の右か左に女子が一人座って、向かいが女子。この2パターンがある。ということで、俺が真ん中で左右が女子パターンとなるよう俺は席を決めてこたつに入った。
そうやって待っていたら、いろんなお節料理が小皿に盛られて俺の前に並べられていった。
二人の分も並べられていき、二人が俺の左右の座布団に座ったところで、一升瓶の栓を抜いて、二人のグラスに注いでやった。俺のグラスには堀口が注いでくれた。
「それではあらためて、あけましておめでとう」
「「おめでとうございます」」
記憶の中で元旦も元日もすっ飛ばした俺にとっては今日が元日だ。
「それで、先輩は結局何してたんですか?」
「記憶にあるのは、web小説を読んでいて、そのうちゲームを始めたところまでで、気づいたら今日になっていた」
「まあ、こうして、元気にやってるようだから、いいのかな?」
「いいんじゃないか?」
「そう言えば、前の会社辞めたから、健康診断してませんよね?」
「そういえばそうだな。二人は会社で金を出すから、人間ドックとかに行ってくればいい」
「それって先輩が行ったほうがいいですよ」
「そうだな。俺が一番ガタがきてるはずだし、春になって暖かくなったら行ってみるか」
「そうしてください」
「そういえば、事務所の風呂の前に体重計を置かないか? 体重って健康のバロメーターって言うだろ?」
「要りません。わたしたちのマンションにちゃんと置いてあります」
「それならいいけど」
俺は女子に向かって言ってはいけないことを言ってしまったのかもしれない。会社を辞めて上司がいなくなったからか、脇が甘くなった?
黒豆をつまみながら、
「そういえば、黒豆って歳の数だけ食べるって知ってた?」
「先輩、何が言いたいんですか!?」
「なんとなく思い出したから」
「思い出す必要ないでしょ」
また何か言ってしまったのかもしれない。脇が甘くなったというより、単に口が軽くなったのか? 口が減らないと口が軽い。似て異なるものだが、本質的に一緒じゃないか? その前に、歳の数だけ食べるって節分の豆だったかも?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
理研製油所の一角で極低温用エンジンオイルの製造が開始された。製品は満州を中心に出荷される予定である。
注1:かさぶたのようなもの
ご存じの方はご存じの下りです。
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