第42話 昭和3年12月
11月の間、毎週土曜には日本橋三越に通って、堀口はアサヒグラフの即位の礼の特集号を2種類ゲットした。
11月に起こったことは、ラジオ体操の放送が始まったことと、NHK全国放送網が完成したことがあげられるが、ラジオを聞いたことがないので、話で聞いただけだ。
別途調べたところだと、ウォルト・ディズニーがかの有名な『蒸気船ウィリー』(注1)を発表したようだ。
「二人とも、蒸気船ウィリー知らないのか?」
「なんですか?」「聞いたことないです」
「ディズニーの短編アニメ。初めてミッキーマウスが登場したんだ」
「えー! って言うか、ミッキーってそんなに古いんですね」
「今とは見た目はちょっと違うけどな。だけど、これから10年ちょっとで、ファンタジアと言って史上初のステレオ音声アニメが生まれるんだからな。確か1940年あたりの公開だから世界は大戦中だ。悔しいがアメリカは文化においても懐が大きいのは確かだ」
「そのころ日本は日中戦争でそれどころじゃなかったんですよね」
「そうなんだろうな。戦時色が強くなっていたとはいえ『支那の夜』(注2)とか娯楽映画も作られていたから、能力的にはそれなりだったんじゃないか?」
「山田主任、今まで理研にいろいろな技術を持ち込んでいますが、娯楽関係の情報は持ち込んでいませんよね?」と鶴井が聞いてきた。
「そうだな」
「もし、現代の音楽なんかを持ち込んだらどうなると思います?」
「洋楽は受けないだろうな。演歌なんかは受けるんじゃないか? だけど、それやっちゃうと、文化侵略にならないか? 科学技術については未来知識でブーストしなくても、いずれそこにたどり着くけど、こういったものはそういう話とは違う気がするんだよ。あの時代の日本で何かの加減でラップとか流行ったらちょっと嫌じゃないか?」
「それはあるかも。文化がそこで大きく捩じれるというか、ねじきれちゃうというか」
「そういう意味だと、いろいろ気を付けないとな」
「わたしたちが、向こうに行くとき着ている服なんかもおとなしいものを選んではいますが、少し浮いてますものね」
「それはある。注目を集めてしまって、流行にでもなってしまうと、それはそれでまずいよな」
「たとえば、あの時代の映画の衣装が影響受けるかもしれませんしね」
「あり得る」
「とはいえ、わたしたちからみて、向こうの人たちの服装って、こういってしまうと言い過ぎかもしれないですが、すごく野暮ったいでしょ?」
「なんとなく。レトロだしな」
「でも先輩、向こうから見たら、わたしたちこそ野暮ったいかもしれませんよ」
「それもあり得る。つまり気にしても仕方ないってことだ」
「あまり、奇妙で警察に目を付けられない程度にしておけばいいんじゃないですか」
「そうだな。つまり今まで通りでいいってことだ。服装のことで今思いついたんだが、靴って大事だよな」
「それはそうでしょう」
「特に歩兵の履く靴は」
「一日何十キロも歩くんでしょうから、かなり重要じゃないですか」
「今の自衛隊の靴なんかは立派なんだろうけど、あの時代の歩兵の靴って実用性低そうだものな。改造できないかちょっと調べてみるよ」
うちに帰ってから、その日のうちに1930年当時の日本陸軍の歩兵の靴を調べたところ、
靴底には滑り止めと摩耗防止のために、びっしりと鉄鋲が打ち込まれていてそれがとても重い。そして硬い道を歩くとうるさい上に歩きづらい。
裏革を使っていたため非常に硬く、足に馴染むまでは靴擦れしやすい。
巻脚絆が面倒なうえうっ血することもあった。
防水性は低くないものの、一度濡れると乾きにくく、中が蒸れやすかったため、水虫などにかかりやすい。
思った以上にダメダメだった。
ということで、靴底は合成ゴム(ナイロン繊維を織り込んだスチレン・ブタジエンゴム)。
裏革(起毛)から表革と変更。そして防水ワックスを塗る。
靴の縁に柔らかい革や布のクッション材を縫い付ける。
ゲートル(巻脚絆)を廃止し、靴と一体化。
通気孔を設置。
つまり、現代の軍靴だ。ということで、現代の軍靴をネットで2足注文しておいた。
こういった装備を陸軍に勧めても予算の都合もあるだろうし、メンツもあるだろう。ということで、勝手に作って献品してはどうだろうか。それも献品先は満州の関東軍。
当時の日本陸軍の将校(騎兵や歩兵の乗馬将校)が履いていたオーダーメイドの長靴は、一足でおよそ30円〜50円前後。という話だ。
新しい軍靴の単価を20円として3万足=60万円。結構な金額だが、それでも60万円だ。現代価値になおせば20億円程度。理研の財力からすれば、さほど負担ではないだろう。関東軍では使ってみて陸軍の中枢に正式採用するよう依頼するはず。そうすれば、年間数十万足の注文が入る。2~3年あれば投資の元は取れるはずだ。
さらに、靴底としての使用で耐久性、耐摩耗性が実証されるはずなので、タイヤとしてのスチレン・ブタジエンゴムの宣伝にもなる。天然ゴムの輸入も減って外貨流出が防げる。近い将来、総輸入量が減少して経常黒字になるんじゃないか? ただ、来年は世界恐慌なのでそううまくはいかないだろけど。
そういうことで、次の土曜日(1928/12/1)。
各種の消耗品の他、現代軍靴2足を理研に持ち込んだ。そこで、軍靴を大河内所長に見せて、効用を説明しておいた。
「なるほど。外地で敵と向き合っている関東軍が認めた軍靴を中央も認めざるを得ない。関東軍を使って宣伝するわけか」
「スチレン・ブタジエンゴムのタイヤについては放っておいても軍は採用するでしょうが、早ければ早い方がいいでしょうし。それにナイロンで強化したゴムはそれはそれで素材としては優秀ですから」
「摩耗しない物なら竹繊維でいいが摩耗前提だとナイロンが補強材というわけか」
「はい。なんであれ、戦争の基本は歩兵ですから。歩兵の負担を減らすことが戦力の維持に繋がります」
「それを陸軍のお偉方に聞かせてやりたいよ。とにかく、この靴を参考に、出来るところまでやってみよう」
「お願いします」
「窒化チタン蒸着なんだが、理研精密で大型の蒸着炉を作ることになったんだよ。目当ては大砲の砲身なんだがね。さすがに戦艦の砲身は難しいけれど、陸軍の野砲までなら対応できるそうだよ」
「砲身のライフルが丈夫になるでしょうから、かなり砲の寿命が伸びそうですね」
「それもあるし、砲身の材料をこれまでのニッケルクロム鋼からニッケルクロムモリブデン鋼に代えるそうだ。砲身が強靭になる分、砲身を薄くできるから軽くもなる」
「野砲もそうなら、戦車砲もそうなりますよね」
「そうだろう。ここまでくれば、砲の進化は頭打ちかもしれないな」
「この次は、砲弾の進化でしょう。現状は敵の歩兵相手ですから榴弾で足りるでしょうが、将来は相手も装甲で鎧われた戦車になるでしょうから貫徹力に特化した徹甲弾が必要になってきます。次の大戦では、戦車砲が大型化していくんですが、それと同時に砲弾の威力が上がっていきます。低コストで代表的なものは、すり鉢状に加工した爆薬のすり鉢に合わせて銅、ないし軟鋼のカップをかぶせたものがあります。敵の装甲に命中すると爆薬がそのすり鉢から燃えていき、その衝撃波と熱で被せていた金属が蒸発して超音速の噴流となって敵の装甲に穴をあけてしまいます。その穴から高温の金属蒸気と残っていた爆薬の噴流が内部に侵入して内部を焼き尽くすという仕組みです」
「なんとも恐ろしげな砲弾だな」
「相手の装甲を焼き切るにはそれなりの時間がかかるので、砲弾の発射速度が高いとせっかく形を作った爆薬がつぶれてしまうので、低速発射に向いているともいえます。その砲弾のしっぽにロケットをつけて携帯用の筒に装備すれば、歩兵用対戦車兵器になります」
「戦車が歩兵にやられてしまうとなると、戦車の出番がなくなるんじゃないかね?」
「対戦車兵器は有用な兵器ですが、そう簡単に命中する物じゃありませんから」
「それもそうか」
「それに、戦車集団に対抗できるのは戦車集団だけですから」
「わたしには想像できないところだが、おそらくそうなのだろうな」
「将来の戦車は今より高速ですから、歩兵では戦車集団に随伴が難しくなります。そこで歩兵も自動車に乗るようになるわけですが、自動車では脆弱で太刀打ちできません。戦車同士の戦いとなると、結局出る幕がなくなり、戦車戦となります」
戦車映画の受け売りだけどな。理想とする戦車はドイツのヘッツァー。とにかく低姿勢、資源を極限まで減らす。あれを楔型に並べて爆走だ。
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このころ、理研精密では陸軍の野砲の砲身の内側に窒化チタン蒸着を施す大型蒸着炉を製造していた。完成すれば、大阪工廠から砲身を理研精密の工場に運び込み蒸着処理を行う。窒化チタン蒸着を行うことにより、試算では、砲身寿命が最低でも10倍延びるとされている。すでに大阪工廠では砲身の素材をニッケルクロム鋼からニッケルクロムモリブデン鋼に変換中であり、これまでの砲身に比べて、10パーセント軽量化しつつ20パーセント長砲身化している。
史実で当時開発中であった野砲(九〇式野砲)の射程が約14Kmのところ新野砲の射程は17Kmを越える。正式採用されれば、九〇式野砲と命名されるであろう新野砲は史実のものとは全く異なる野砲となる。
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12月に入り、7年半にわたるヨーロッパ留学から仁科芳雄が帰国し、理化学研究所の長岡半太郎に挨拶に訪れた。
「先生、ただいま戻りました」
「仁科君、元気そうで何より。留学の成果を期待しているよ」
「はい。ところで先生」
「何かね?」
「建物の中の照明なんですが、電灯じゃないですよね?」
「そうだな。君が留学している間に、ここはずいぶん変わったんだよ。われわれも純粋な物理から少し物性の方にずれてきてるんだがね」
「物性ですか?」
「そう。不良導体、セミコンダクターには面白い性質があって、純粋な不良導体に特定の元素を微量混ぜると、入力した微小な電圧や電流の変化を、大きな電流の変化として取り出したり、自在に切、入できるようになるんだよ」
「ほう? 初耳です」
「そうだろうな。単純にはいかないんだが、そういった素子を組み合わせることで今の3極真空管と同じことができるようになるんだよ。真空管にはヒーターが必要だが、これにはそんなものは必要としない。極論すれば、1ミリ以下も無理じゃない」
「画期的な発明じゃないですか!?」
「そうなんだが、一筋縄ではいかない山がたくさんあってな。君もそのうち分かると思うよ。そうそう、君はもう大河内所長に挨拶に行ったかね?」
「まだです」
「ハハハハ。それじゃあ、しっかり挨拶してきたまえ」
「はい」
しっかり挨拶とは何だろうか、と思いながらも仁科は長岡の部屋を出て、大河内に挨拶するため本館に向かった。
「仁科です。帰国のご挨拶に伺いました」
『おう、入ってくれたまえ』
仁科が大河内の部屋に入り型通りの挨拶をした。
大河内は応接セットのソファーに仁科を座らせその向かいに座った。
「仁科君も帰国してまだこの研究所の中を見てないだろう? 君が留学する前と比べるとずいぶん変わっているから、そのあたりの詳しいことは、長岡先生に聞いてもらえばいいと思うが、わたしから君に頼みたいことがあるんだよ」
「なんでしょうか?」
「君はまだ聞いたことがないかもしれないが、原子というのは正の電荷を持った陽子と電荷を持たない中性子。そして負の電荷を持った電子から成り立ってるんだ。水素なら陽子が1つに電子が1つ。ヘリウムなら陽子が2つに中性子が2つ、そして電子が2つといった具合だ。金属や重金属になってくると、陽子の数も中性子の数も電子の数も多くなってくるが、大きすぎて不安定にもなってくる。ある特定の物質の原子核に中性子をぶつけてやると、原子核が壊れて新しい原子と複数の中性子、そして熱が発生する。その飛び出した中性子が近くにある原子の核にぶつかってまた複数の中性子が熱と一緒に飛び出して分裂反応がどんどん進むことを連鎖反応と呼ぶんだそうだ」
「初耳です。所長はどこでそれを?」
「いろいろあってな。それで、その特定の物質というのが質量数235のウランで天然のウランのほとんどは質量数238なんだ」
「つまり、質量数235のウランを一カ所集めてしまうと、その連鎖反応が起きる?」
「さすがは仁科君だ。理解が早い」
「そうなってしまうと、大変なことが起きるのではないでしょうか?」
「起きるんだよ。大変なことが」
「えっ!?」
「つまり、人為的に短時間で一カ所に集めてしまうことで、連鎖反応が一気に進み周囲に熱と中性子をばらまくんだ」
「それってつまりは爆弾?」
「そう。ただの爆弾ではなく、一度の爆発で都市を焼き尽くす」
「そんなものをどうするんですか?」
「もし、こんなものを敵国が持っていたらどうなると思う? 戦争にはならんだろ? だから、先にこちらが持っておく。そして敵国にその爆弾を落とす仕組みを作っておく」
「理解はできます。所長の頼みというのはその爆弾をわたしに作れ、ということでしょうか?」
「作る作らないの前の段階の話で、研究してもらいたい」
「分かりました」
一度席を立った大河内は自分の机に戻って引き出しのカギを開けて分厚い紙束を取り出して、仁科の前のテーブルの上に置いた。
「これが、その関係の資料になる。君に渡すからよろしく頼む。ただ、その資料の取り扱いには十分気を付けてくれよ」
資料を受け取った仁科がざっと目を通した。資料として渡された紙に印刷された文字は見慣れない漢字ではあったが、意味が通じないわけではない。そんなことより内容が内容であり、現代物理学では未知の内容ばかりだった。
「これは!?」
「いろいろあってな。そこに書かれている中身については信用が置けるというか事実であるということだけ言っておこう。あと極秘ということで頼む」
「もちろんです」
「それじゃあ、そういうことで。この研究に対しての予算などは気にしないでくれたまえ。出来る限りのことをすると約束しよう。長岡先生にはわたしの方から話を通しておくから任せてくれていい」
「わ、分かりました」
「そうそう。基礎知識として、今の理研では超硬ビットといって以前では考えられないほどなんでも切れる切削刃物がある。それを使った工作機械で削りだした次世代の工作機械がいまの理研で動いている。なんでも超精密に加工できる。これを覚えておいてくれたまえ。例えばその資料に載っている遠心分離機という装置だが、その装置に必要な高速回転のための精密さが容易に得られるし、簡単には腐食しない容器も作れる」
「分かりました」
注1:蒸気船ウィリー
『蒸気船ウィリー』(原題:Steamboat Willie)は、1928年11月18日にアメリカで公開された、ミッキーマウスとミニーマウスのスクリーンデビュー作として知られる短編アニメーション映画 。
注2:支那の夜
『支那の夜』は、1940年(昭和15年)に公開された日本映画、およびその主題歌として知られる曲。実際は歌が先で映画が後だったようです。




