第41話 昭和3年10~11月
昨日の昼休みはカレーを食べたが、今日の昼休みは例のエビのかき揚げがうまい蕎麦屋にやって来た。
「昨日のチャーチルの話に戻りますけど、チャーチルって世界大戦の本を書いてノーベル賞を貰っていませんでしたか?」
「ノーベル文学賞、第二次世界大戦回顧録だな。都合の悪い歴史の隠蔽と自己正当化、そして壮大な言い訳。というのが現代の評価だ。だから歴史じゃなく『文学』なんだよ。しかも、授賞には政治的意図ありありだろ?」
「それを聞くと、ノーベル賞って、と思いますよね」
「実際問題、あの時代、多くのノーベル賞級な業績を日本人は上げていたけど、最初にノーベル賞を取ったのは戦後の湯川秀樹が最初だろ? あの時代のノーベル賞は『文明の進歩は白人が主導した』というナラティブを守るためのフィルターがかかってたんだ。1919年のパリ講和会議で日本が提案した『人種的差別撤廃提案』が否決されたのも同じ文脈だ。その時日本は、欧米の言う『自由と民主主義』なんか、ただの欺瞞だって悟ったんだ。つまり、次《*》は大和民族の存亡がかかるって。つまり、チャーチルが回顧録で『自由を守る戦い』と美化した裏側で、日本は『欧米の偽善によって生存権を奪われた被害者』として戦場へ向かったわけだ。負けられないと思うだろ? 日本にとってみれば絶滅戦争なんだから」
「思います」「わたしもそう思います」
「それで、勝ってしまったらどうなるんですか?」
「おそらく、史実同様欧米諸国が持っていたアジアの植民地は日本主導で独立したうえで、日本の経済圏に組み込まれるだろうな」
「その時アメリカは?」
「アメリカはアメリカ大陸とイギリスが持っていたアジア以外の権益を引き継いでるだろうな」
「ドイツは?」
「北満を抱える日本は北に向かう。つまりソ連と戦うわけだから、ソ連は日本ともドイツとも大幅な譲歩をしたうえで講和するしかないだろう。つまりドイツは負けない。そしてソ連は表舞台から完全に消える」
「となると?」
「日、米、独の三国鼎立だ」
「三国志ですか?」
「国力的には、アメリカが魏で日本が呉、ドイツが蜀だな。ただ、ドイツの場合、ゲルマン第一主義を振りかざして無茶な統治を続けて早晩瓦解するんじゃないか。残るは日本とアメリカ、2極体制だ」
「つまり、日米冷戦?」
「日米じゃなく、東西冷戦と言われるんじゃないか?」
「そのとき日本も核を持つ?」
「だろうな。そういえば、イギリスはアメリカからのレンドリースの代金をきっちり払わされてるんだけど、ソ連は払わず踏み倒してるんだ」
「それって核を持ってたからじゃないんですか?」
「当時のアメリカに逆らえるわけないだろ? ソ連には戦略爆撃機なんかないんだから」
「じゃあ、どうして?」
「俺の勝手な想像なんだけど、裏取引があった。つまり、アメリカはソ連に核を持つ世界のヒール役を押し付けたんだよ」
「何のために?」
「核って、維持するのにすごい金がかかる。そして利権で固められているけれど、核を持つ正統性、ちゃんとした理由がなければ民主義国家じゃとても維持できないだろ? だからヒール役が必要なんだ」
「にわかには信じられないけれど、妙に納得できる」「あり得そうです」
「戦後の世界で、日本は核の傘というサブスクリプションに金を払って加入してるだろ? NATOとワルシャワ条約機構も、今から見れば、壮大なプロレスだっただろ?」
「うーん。事実何も起こらなかったような」
「世界は緊迫したが、キューバ危機も茶番だったんじゃないか?」
「そこまでする?」
「結果オーライだったことが証拠といえば証拠」
「うーん」
「まあ、あの日本の世界ではそういった歴史は繰り返さないから確かめられないけれど、俺の空想だけとは言えなそうだろ?」
「そうですね」
「真実が分かったとして、この世界の何が変わるわけでもないけれど、あの世界の歴史は変えられる。やる気出ただろ?」
「出ました」「わたしも」
「ところで、山田先輩」
「うん?」
「先輩って話うまいですよね?」「わたしもそう思う」
「そうかな? セールスに向いてると噂が立ってしまうとセールスに異動するかもな」
「先輩がいなくなると困るから、黙ってます」「わたしも」
「済まないね」
部下に慕われる上司はつらいものだ。ウェーイ!
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理研ではナイロン繊維に縮れ(ウェーブ)をつけるクリンプ(Crimp)加工機の開発を終えて、ナイロン綿の製造を理研化学繊維に移管した。
理研化学繊維では、クリンプ(Crimp)加工機のひな型を元に加工機を増やし、ナイロン綿工場を新設する予定だ。ナイロン自身は理研化学繊維のナイロン工場で生産し、ペレット(粒状)として新工場に供給することになる。
ナイロン綿は防寒衣料用だけでなく、布団の中綿などにも使用予定だ。来年の3月には本格的な製品が出来上がるそうだ。そして、季節は少しずれてしまうが、ナイロン綿を利用した防寒衣料、布団も他社衣料メーカーから順次製品化される。
当時、日本の輸入品目の実に25パーセントを占めていたのは綿花だったが、その綿花を綿製品に加工して中国、その他アジアに輸出して日本は外貨を稼いでいた。その外貨の多くは機械製品の輸入に使われていた。
その機械製品だが、国内工作機械の精度向上のおかげで徐々に輸入量が減ってきている。
さらにナイロン綿が普及していけば綿花の輸入も減っていく。いいことずくめだ。
そうそう。ナイロン製漁網が大ヒットして、日本全国豊漁だそうだ。豊漁で国民は安くておいしい魚を食べ、理研化学繊維=理研は儲かっておいしい思いをする。いいことずくめだ。
また、理研精密で進めていた真空管のカソードへの窒化チタン蒸着も軌道に乗り、試験品を東京電気、日本電気などの真空管メーカーに送っている。さらに理研精密ではアノードの受電子面への窒化チタン蒸着を研究中だ。
理研の工作部では、1ミリ角の半導体のダイスを極方向に整列させる装置も完成しており、理化学興業では、半導体製造工場の建設を開始した。工場の完成予定は10カ月後、最初の製品はダイオードで1年後の出荷を見込んでいる。
北満州油田からの石油採掘量が増加し、満州および国内で製油設備が増強され、また新たに製油所が建設され稼働を始めたことにより、石油製品の国内製造が本格化した。その結果アメリカからの石油製品の輸入量が減少中という。史実では当時の石油製品が輸入量全体に占める割合は2.5パーセントに過ぎなかったが、戦前原油、石油製品輸入ピーク時の昭和13年(1938年)には600万キロリットル、輸入総額に対して10パーセントまで増大している。その600万キロリットルの8割がアメリカからの輸入だった。ちなみに現在の大慶油田(北満州油田)の年間採油量は3000万トン~5000万トン( 1トン=1.1〜1.2キロリットル)である。
現代でも同じだがエネルギーとカロリーを他国に抑えられていれば、戦争などできるわけがない。カロリーは何とか自給できていたがエネルギーを自給できてないにも関わらず始めたのが大東亜戦争。確かに無謀。勝ち負け以前の問題だ。
川崎の理研製油所だが、2種類のハイオクの素を低ハイオクガソリンに混合して、100オクタンのハイオクを製造を開始した(注1)。これ以上のオクタン価を得るためには、四メチル鉛などの薬品添加が必要となる。
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11月10日。史実通り裕仁天皇(注2)の即位の礼が京都御所で執り行われた。当日は土曜で理研への出勤日だったが、祝日ということで理研もお休みになり、俺たちも出勤はせず、祝賀ムードを味わうために日本橋三越に見物に出かけることにした。
穴を抜けて歩いていくと、浦和の街もいたるところに国旗と「奉祝」の文字が溢れて、浦和駅に入ってくる汽車の先頭にも『奉祝』という文字を囲んで花輪が飾ってあった。
10時ごろ東京駅に到着したところ、ここでもいたるところが『奉祝』だった。
地下道を通って八重洲に出て、日本橋に向かって歩いていたら、遠くからでも日本橋三越の屋上の上に「祝・御大典」と書かれたアドバルーンが空に浮かんでいるのが見えた。この時代、あまり大っぴらにカメラで撮影していると警官に職務質問されるとかどこかで見たので、撮影は控えていたのだが、ここまで来る間に、こっそりいろんなところの写真を撮ってやった。
三越まで歩いていったら、出入り口からして人が溢れんばかりにたくさんいた。
「中も混んでそうだな?」
「一大イベントですものね」
「この時代では天皇陛下は神さまだったんですよね?」
「違いない。そういうことだから、陛下のことを声に出すときは言葉遣いにはくれぐれも気を付けてくれな」
「「はい」」
何とか建物の中に入ったが、天井のいたるところから『奉祝』の垂れ幕がぶら下がっている。そして、とにかく混んでいる。
「奉祝記念品がいろいろあるだろうから、そういったものを仕入れていこう」
垂れ幕の下のショーケースに人が群がっているので、隙間に潜りこむようにして前に出て、商品を見せてもらう。それでよさげな物を、とりあえず購入していく。あまり高価なものだと、手軽に日本のオークションに出せないので、手ごろなものをチョイスしていく。
そのあと、階段で2階に上がって、和服用の小物を見て回った。
2階では特に何も買わず、3階に上がって、本を見て回った。ここでは堀口が雑誌を買った。
「もう少ししたら、アサヒグラフか何かで即位の礼の特集号が出るんじゃないか?」
「それは確実に手に入れたいですね」
「予約できるか聞いてみたらどうだ?」
「そうですね。聞いてみます」
堀口が聞いたところ、将来出るのだろうが、まだ確実ではないのでお受けできませんと言われたようだ。仕方ないよな。
「毎週通うしかないだろ」
「その時はお願いしますよ」
「もちろんだ。俺も興味があるし」
玩具売り場にも回ったが、奉祝特集はそこにはなかった。
「それじゃあ、食堂が混む前に昼にしないか?」
「そうですね」「はい」
「特別食堂に行く?」
「今日は止めておいた方がいいんじゃないですか? すごく偉い人があのあたりにいそうだし」
「確かに」
ということで、今日は5階の洋食食堂に行くことにした。
「こっちの方が落ち着くのは確かだな」
「庶民ですからね」「すごく落ち着きます」
特別メニューとして『御大典記念盆』なるものがあったので、3人でそれを頼んでみた。
海老と鯛それに鶴亀をかたどった練り物細工、なぜか洋ものとしてカツレツとコロッケ、そして赤飯が大きなお盆にのっかって出てきた。デザートには紅白ゼリーが出てきた。はっきり言って「旨い!」とは言えなかったが、お祝いものなので、完食しましたよ。
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アメリカでは大統領選挙が行われて、史実と同じく共和党のハーバート・フーヴァーが第31代のアメリカ大統領に選ばれたようだ。現代のアメリカ大統領は翌年1月20日に就任式を行うが、この時代は3月まで引き継ぎが行われ、3月4日正式に大統領に就任するようだ。なんにせよ来年は世界恐慌が始まる年だ。現在の彼はウキウキなのだろうが、ご苦労なことである。
注1:オクタン価の計測
「実際にエンジンを回して、いつノッキング(圧縮による不整自己着火)が起きるか」を直接測ります。この測定に使われる専用のエンジンをCFRエンジン(単気筒の可変圧縮比エンジン)と呼びます。
1. 測定のやり方
圧縮比を変える: エンジンを動かしながら、シリンダーヘッドの位置を上下させて、運転中にリアルタイムで圧縮比を自由に変えられる特殊な構造になっています。
ノッキングを出す: 測定したい燃料を入れ、ノッキングが発生するまでジワジワと圧縮比を上げていきます。
比較する:
次に、基準となる「イソオクタン(100)」と「ノルマルヘプタン(0)」を混ぜた標準燃料に入れ替えます。
先ほどと同じ圧縮比で同じ強さのノッキングが起きる「混合比率」を探し出し、その数字を「オクタン価」とします。
例:イソオクタン90%+ヘプタン10%の混合液と同じところでノックしたら「90オクタン」。
2. 「100以上」はどう測る?
100以上の場合は、分母になるヘプタンがもうないので、「イソオクタン100%」に「四エチル鉛」をどれだけ加えたかという基準に切り替えて測定します。これを換算して、115や120といった数値を出します。;以上グーグルより。
ちなみに90オクタンから100オクタンに燃料を変え、それ用に圧縮比を調整した場合、出力が5~10パーセント上昇するようです。
注2:
ここではご在位中のため、昭和天皇と表記していません。また今上陛下と表記してしまうと現在の今上陛下になってしまうので、裕仁天皇と表記しました。




