↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
技術立国日本  作者: 山口遊子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/48

第40話 昭和3年8~10月


 陸軍技術本部第四研究所では試製一号戦車改2を元に新戦車の設計を進め、8月には概略設計図面が出来上がり、直ちに陸軍造兵廠大阪工廠に発注した。


主なスペック

重量:約11.0トン

主武装:九〇式五七ミリ戦車砲(対歩兵・陣地突破用)

副武装:九一式六.五ミリ車載軽機関銃 ×2(砲塔後部と車体前面)

装甲厚:4〜10mm:圧延ニッケルクロムモリブデン鋼板

最高速度:時速30キロメートル(路上)、15~20キロメートル(不整地)

エンジン:空冷ディーゼルエンジン(世界初のディーゼル搭載量産戦車)

乗員: 4名



 世界では、8月27日に史実通りパリ不戦条約が締結された。国家の政策手段としての戦争を禁止したものだが、禁止といっても口先だけなので、あまり意味はなかったのだろう。それなのに、東京裁判(極東国際軍事裁判)において、この条約が『平和に対する罪(侵略戦争の計画・開始・遂行)』を裁くための、最も重要な法的根拠として扱われてしまったとか。なんとなく国際協調の流れに流されて署名した条約なのだろうが、のちの日本の指導者たちにとっては悲劇だったわけだ。


 7月に提案したビニール(ポリ塩化ビニル)について早くも試作品が完成し、薄膜化も完了した。ビニール製造には安定した直流電流が必要なので、工業化には大型電源装置が必須だとか。

 ということで、当面東京電燈(現在の東電)の送電線を増強してもらう傍ら、理研が練馬に所有していた土地に石炭火力発電所を建設し、そこに本格工場を建てるという。


 理研では、P(Positive)型としてガリウム、N(Negative)型としてヒ素を不純物として添加しながらゲルマニウムの単結晶を引き上げることができた。P型、N型の不純物の添加は追加しながら前の特性を打ち消していくので、液体側のゲルマニウムの不純物の濃度が徐々に高まる。従って2回、3回と不純物を添加していくと半導体としての挙動は不安定になる。一番風呂最高! というわけだ。


 現在のゲルマニウムだが、NPNPNP……、と層が並んだ直径15ミリ、長さ30センチほどの棒だ。その棒を輪っか状ではなく縦方向に厚さ1.0ミリほどで板状にスライスし、さらにその板を厚さ1.0ミリで縦にスライスして1.0×1.0ミリ、長さ30センチの棒を作る。その角棒をNP、NP、……になるように切断ダイシングして1.0ミリ角のサイコロを作る。

 このカットだが、0.15ミリ径のワイヤーを櫛のように並べて、研磨剤を混ぜたスラリーを流しながら櫛を前後させて一度でカットしてしまう。


 スライシングとダイシングの工程で半導体表面は傷だらけになるのだが、ダイオードの接合部で生まれた電子や正孔が、その切断面の「傷」に触れると、そこで互いに打ち消し合って消滅してしまう(表面再結合)。そこで、表面をつるつるに仕上げるため、硝酸、フッ化水素酸、酢酸を混ぜた腐食液に浸して、原子が整然と並んだ結晶面を露出させる。


 現在理研の工作部では、出来上がった1ミリ角のダイスを極方向に整列させる装置を製造中だ。


 現状歩留まり最悪とはいえ、思った以上にここまで来るのが早かった。この調子だと、年内には顕微鏡を見ながら電極を融着させられそうだ。製品化できるんじゃないか? ダイオードだけでも、電源回りの整流用真空管をなくすことができる。つまり、トランスの小型化、コンデンサーの長寿命化が見込める。トランジスターとなると、1.0ミリ角のサイコロでは大きすぎ、NPNで0.5ミリ角まで小さくすることになる。この時、真ん中のP層の厚さは50ミクロン以下まで落とすので、顕微鏡を見ながらの手作業では電極の融着は不可能だ。つまりそういった治具の開発が必須となる。


 こういった中、理研からの要望で、CAD用のノートパソコンとプリンターを10セット理研に持ち込んだ。理研では、これを使って製図専門の部署を立ち上げるということだった。機械設計から建築、土木まで。プリンター用紙とトナーもそれなりの量運び込んでいる。これからどんどん設計の仕事は増えるのだろうが、製図がらみの消耗品については数年分の備蓄は確保したはずだ。


 今年の5月から試験を続けていた均土車ブルドーザーだが初期不良等をクリアし、製品として売り出そうということになった。それで、理化学興業で製造工場の建設に取り掛かった。工場の完成は10カ月後を見込んでおり、事業が軌道に乗れば均土車だけでなくほかの建機も視野に入れて今まで同様分社化するのだそうだ。

 



 俺が持ち込んだ超硬ビットを使ったことで機械工作精度が飛躍的に向上し、その工作機械で作った第2世代の工作機械はさらに工作精度が向上するというスパイラル効果を生んでいる。今現在、理研が持つ工作機械の精度は世界一なのではないだろうか?

 理研ではタングステンカーバイドの製造とタングステンカーバイドへの窒化チタンの蒸着技術が確立したので、これから先、日本国内の工作精度が向上する波が広がっていくはずだ。



 現在、北満州油田ではさらなる試掘が行われていたが、理研から持ち込まれた掘削用ビットにより、掘削速度が飛躍的に向上している。

 また、採掘現場では、採掘作業員その他で数百人が働くほか、関東軍から派遣された完全充足1個大隊約1000人が駐屯している。彼らを目当てに油田周辺に小規模な街が出来上がりつつあった。史実では大慶と呼ばれたが、この世界では、北満州の心臓、中心という意味で北芯と呼ばれている。


 ニトリルゴム、超硬ビット、この二つによる機械の総合効率の向上は目を見張るものがある。この二つだけでも、俺の歴史上の日本にあれば、戦争には勝てなかったかもしれないが、もっといい戦いを演じられた気がする。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 こちらは、父親、張作霖の命を受けて日本の陸軍大学校付として留学中の張学良。彼は日本を半ば侮っていたが、極東の小国が明治維新から数十年で日清戦争、日露戦争で勝利した理由が分かったように思えた。それは国民の目だ。誰もが前を向いている。比べるに自国民の目はどうだ? この国を敵に回していいのか? 張学良は自問したが答えは出なかった。奉天から彼に随行している若手将校たちに聞いても答えられなかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 向こうの9月は秋らしかったが、こっちでは秋とはとても思えない9月が過ぎていき、10月に入った。やっとこっちでも秋らしくなってきた。


 いつものように会社の昼休憩で3人で外飯を食べに行った。今日は鉄板焼き屋。この店で独特の辛さで有名なカレーを食べている。


「理研の方は順調ですね」

「そうだな。俺たちの小遣い稼ぎも順調だし、実にいいことだ」

「山田主任、このままいくと、あの日本って世界最強になりそうですけど、ちょっと怖くないですか?」

「確かに、俺たちの介入で『すごく強くなっている』ことは事実だからな。犠牲を払ってさらに負けるよりいいんじゃないか」

「そうなんですけど」

「先輩は、これから先あの世界はどうなっていくと思いますか?」

「なんであれ、満州から石油が湧いた以上、満州が日本にとっての最重要な土地になったのは確かだ。そういう意味で、満州を武力で併合してしまう選択肢もあるけど、それをやってしまうと諸外国に付け込む口実を与えてしまうから、望ましい形ではないだろうな。まだ正確なところは分からないけれど、張作霖も生きてるようだし、あえて奉天軍を敵に回すより味方に取り込んだ方が『得』なんじゃないか?」

「味方に取り込むと言っても、実質日本の傀儡にするってことですよね?」

「その通りだけれど、日本軍がいなければ蒋介石の国民党軍によって早晩滅ぼされることは張作霖も理解してるだろう?」

「そうでしょうね」

「向こうにしても、潮時なんじゃないか?」

「そうかもしれませんね。ということは結局満州国を作る?」

「今回は張作霖が生きてるわけだから、張作霖を取り込んで満州国を作れば、自動的に奉天軍が満州国の国軍だ」

「確かに。だけど、その満州国軍が強くなりすぎて関東軍を排除しようとしませんか?」

「それはないんじゃないか? 日本以外に貿易できる国はないんだから、そんなことしたら、すぐに詰んでしまう」

「なるほど。ということは史実通り、溥儀を皇帝として連れてくる?」

「飾りなんだからいてもいなくても実態は変わらないけど、いないよりいたほうがいいんじゃないか?」

「日本には皇室があるし、帝室を復興したという意味も大きそうだし」

「本人が恩に着るかどうかは分からないけど、国家の正統性という意味で宣伝効果抜群だろうし」


「満州国ができたら、北満州の石油はどうなるんですか?」

「ある程度の対価を満州国政府に払って買う形だろうな」

「もったいなくないですか?」

「その金で満州のインフラが整備されれば、お互いに助かるだろ? 今までは安く日本が石油を買って、その利益を満州に持ち出して整備してたんだから、中身は同じだ」

「そうなんだ」

「そういえば、大東亜戦争当時、満州はアメリカ軍の空襲を受けてるんですか?」

「日本本土と同じく空襲を受けている。最初のうちは優秀な戦闘機パイロットもいて迎撃できていたようだが、終盤ではほとんどのパイロットが日本本土に引き抜かれて、迎撃はできなかったようだ」

「つまり、やられっぱなし?」

「そうなんだろ。そういった悲劇が起こらないように俺たちが干渉したわけだ」

「でも、今回は日本は石油があるから、南に進出しないわけでしょ? そうしたら、アメリカと戦争するかな?」

「可能性は下がったかもしれないけれど、まず第1にアメリカからすれば日本がアジアの覇権国家になることは許容できない。そして、ドイツがヨーロッパの覇権国家になることも許容できない」

「何となくわかります」

「ここで、アジアはひとまず置いて、ヨーロッパを見ると大英帝国という世界ネットワーク。フランスというアフリカに巨大な利権を持つ国。これらが『のさばっている』とアメリカから見て邪魔だろ?」

「そうなんでしょう」

「ここで、うまい具合にドイツがシャシャリ出てヨーロッパを破壊しまくったわけだ」

「はい」

「それで、それらの国はアメリカに泣きついて、結局巨額の負債を負った。さらに日本がアメリカに宣戦布告したものだから、ドイツとイタリアがアメリカの思惑通りにアメリカに宣戦布告した」

「はい」

「これをアメリカ目線で見たら、ナイーブな日本を石油禁輸とハルノートで煽って戦争を仕掛けさせ、結果的にヨーロッパ戦線に直接介入できるようになった。その前に、ドイツはイギリスに対して大英帝国の存続を認めるから休戦を提案してたんだが、チェンバレンのあとを襲ったチャーチルがドイツからの休戦案を蹴ったことで戦争が続いた。イギリス単独ではドイツには勝てないから、イギリスはアメリカの援助を得るためにイギリスの経済圏の門戸を開放し、そのうえ西半球の軍事施設を、戦争遂行に必要というアメリカに租借させたんだ。これを逆から見たら、チャーチルはルーズベルトの目論見通り対独戦遂行のために大英帝国を切り売りしたってことだろ?」

「ということは、アメリカは最初からイギリスを『嵌めるつもり』だった?」

「いまさら意図は判らないが、結果はその通りになった。つまり、ヨーロッパの戦争に直接介入するためアメリカは手段を選ばない可能性がある」

「じゃあ、今回も日本はアメリカと戦う?」

「可能性は高いんじゃないか。でも今回の日本はむざむざ負けないはずだ」

「ですよね。じゃあ、どういう手を使ってくると思います?」

「今回の日本は、前回の日本と違い、持てる国なんだ。つまり枢軸の仲間入りする必要性がない」

「ということは、アメリカの裏口からの参戦はない?」

「そう。その代わり、満州への門戸開放を迫って難癖をつけるだろうな」

「でも、それだと日本とアメリカの争いで、ヨーロッパは無関係ですよ」

「そうだよな。ということは第一次世界大戦と同じ手で、民間船をドイツに沈めさせるかもな? そうすれば国民の参戦に対する意識のハードルが下がっているから、ついでに適当な理由をでっち上げて日本に宣戦布告するんじゃないか」

「ありそうですね」

「そういうことで、アメリカにも十分注意する。ソ連相手なら陸軍の独壇場だが、アメリカも敵に回るとなると海軍力も必要ってことだ」

「でも、今のところ、小銃とか、戦車とか陸軍寄りですよね」

「最終的な製品とすればそう見えるけど、超硬ビットとかニトリルゴムで、機械全般の精度とメンテナンス性その他が爆増してるわけだから、軍艦という機械を扱う海軍にすごく貢献してると思うぞ。それに、航空機関係は陸軍、海軍問わないし」

「そういえば、空軍ってないですよね」

「軍隊の歴史から言って、昔は飛行機なんかどこにもなかったから仕方ないんじゃないか?」

「そう言われれば。でもあったほうがいいんじゃないですか?」

「確かに、日本の陸軍機と海軍機は操縦方法が違ってたそうだからな」

「どこが違ってたんですか?」

「確か、陸軍機だとスロットルレバーを手前に引くと、出力が上がって、海軍機だと前に押すと出力が上がった」

「何でまた?」

「一番の原因はセクト主義と言われている」

「なんとまあ」

「そういうのって会社でもあるんだから、そんなものだろ」



「二人とも食べ終わったようだから、そろそろ帰るか。あんまりゆっくりしてると休み時間すぎちゃうから」

「すっごく辛かったけど、おいしかった。何なんだろう?」

「不思議ですね」


 ということで、席を立ち、出入り口前の受付で勘定を済ませて会社に帰った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 8月から9月にかけて、川崎の理研製油所で相次いで反応塔とゼオライトとの接触塔が完成している。これでハイオクの素の量産体制が整ったわけだ。

 理研側では、ハイオク開発に引き続き寒冷地用エンジンオイルの研究に取り掛かっている。

 通常のエンジンオイルの中には、低温になると結晶化して全体を固めてしまう「ワックス成分パラフィン」が含まれているが、パラフィンが少ないナフテン系オイルに粘度指数向上剤を調合することで、『寒いときは固すぎず、暑いときはシャバシャバにならない』という二つの特性マルチグレードを持たせることができる。これによって、冬のマイナス数十度でもエンジンがかかり、走行中の高温にも耐えられるようになる。粘度指数向上剤の中身は高分子化合物、つまり合成樹脂なので、レシピもある。実験室で合成し、それを工業化するだけなので、時間の問題で製造できるようになる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
治具って初めて聞いた時に漢字を教えて貰いましたがその後 Jig の日本語化だってこと知りました
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。