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技術立国日本  作者: 山口遊子


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第39話 昭和3年7月


 7月になった。昼食時、会社の窓越しに梅雨の小雨が降っていたが、中華でも食べようと堀口と鶴井を連れて傘を差して外飯に出かけた。


 俺は中華おかゆとシュウマイ。堀口はチャーシュー麺、鶴井は中華丼。普通のグループなら会社でのこととか、私生活のこととかが昼食時の話題になるのだろうが、わがチームはちょっとだけ毛色が違う。


「兵隊さんって雨の中でも行軍するんですよね」

「そうなんじゃないか」

「カッパとか着てたんでしょうか?」

「さすがに着てたんじゃないか。戦闘ともなれば邪魔だから脱いだと思うけど」

「昔のカッパって雨をちゃんと弾いてないんじゃないですか?」

「天然繊維はどれも水を吸ってしまうから、雨が沁みこむし、重くなるだろう。そうなると兵隊さんの負担はかなりなものになる。そういう意味だとナイロンは水を吸わないからある程度は雨を弾くだろうし、重くなりにくいだろう」

「防水スプレーってあるじゃないですか。あれって何でできてるか知りませんが、あれで防水加工すればいいんじゃないですか?」

「単純にビニールカッパでもいいけどな。畳めば小さくなるし重くはないから」

「雨にはそれが一番ですね。山田主任が以前言ってたように、ソ連方向に進出するとなったら、雨もそうですが防寒が必要ですよね」

「それについては、大河内所長には伝えてるけどな。ナイロンを加工すればそれっぽい防寒具にはなるはずだ」

「ナイロンさまさまですね」

「それにはナイロンの生産量が追いつかないとな」

「数がそろわないと、意味ないですものね」

「そうですよね」


「そういえば、来年には世界恐慌じゃないですか?」

「そうだった」

「理研は大丈夫でしょうか?」

「史実でもうまく乗り切っているから大丈夫と思うけど、日本全体の生産力は落ちるだろうし、失業者も増えるだろう。日本には北満州油田があるから、北満州油田を中心にして、満州での産業を活性化すれば、雇用確保になるんじゃないか? どういった産業を活性化させてもいいけど、アメリカがフーバーダムやTVA(テネシー川流域開発公社)とかで雇用を創出したうえで電力を強化したように、水力発電用のダムを作ればいいんじゃないだろうか。史実だと朝鮮と満州の間に大きなダム(注1)を作ったけど、前倒してもいいだろうし。そうなれば今理研でブルドーザーを作っているから、その需要が見込めるし、史実より早く工事が進む」

「それって積極財政ですよね。赤字国債による」

「ない袖を絞ってでもそれをしないと、巷は失業者で溢れる。結果さらなる税収減につながるんじゃないか。それに、北満州油田という金の生る木があるから国債の信用は抜群だ」

「今の日本の国債が値崩れしないのは、保有者が国民だからって言うじゃないですか」

「もちろんそれが一番大きいと思うが、日本って現代産業の川上を握ってるんだよ。だから日本経済が止まると、世界経済が止まるんだ。逆から言うと、世界は日本を見捨てられないんだ」

「川上って?」

「半導体製造用の資材。半導体を検査する技術。碍子から半導体パッケージ用のセラミック。碍子がないと電子製品が何も作れなくなる以前に電気そのものが使えなくなるんだよ」

「そう聞くとすごいですね」


「それは戦前からの技術の積み重ねがあったからこそと思うけどな」

「そうなんでしょうね」

「二人がいなかったとき『技術というものは、少しずつ進むしかないが、今は大股だからたまらないよ』とか言って大河内所長が笑ってたよ」

「それ分かります」「ハハハハ」


 昼食を食べ終えて、傘を差して会社に戻った。いつものように3人そろって席に戻ったところで、先に戻っていた連中から横目で見られた。最近はいつものことなので気にせず、席に着いて普通に仕事をこなした。



 その週の土曜。1928/7/14

 この日の理研へのお土産は消耗品の補充ということで、食品が主だった。


 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 1928年当時。米国勢のフォードやシボレーは日本国内にノックダウン生産工場(注2)を持っており、日本での自動車市場のシェアの大部分を握っていた。国産メーカーは、彼らに対抗するために政府の保護を受けながら、主に大型の軍用トラックや、フォードらが手を出していなかった小型車両(後のダットサンなど)に活路を見出そうとしていた。


 主な国内自動車メーカーは、東京石川島造船所(1929年に自動車部門が石川島自動車製作所として独立(後のいすゞ自動車))、東京瓦斯電気工業(瓦斯電 / 後の日野自動車)、ダット自動車製造(後の日産自動車の源流)、 三菱造船(現在の三菱ふそうトラック・バス)


 外国勢を含めて、後に日本産業を興す鮎川義介が率いる戸畑鋳物が国内自動車メーカーに自動車用だけでなく工場用部品などを供給し、理化学興業からはピストンリングやニトリルゴム製のシーリング材を供給している。


 ニトリルゴム製のシーリング材はこれまでのシーリング材に比べ性能が圧倒的で、油を使う全製品に対してその性能を極限まで引き出すことができるようになった。ニトリルゴムの特許はイギリス、ドイツ、アメリカの各特許局に出願中で現在審査中だが、近い将来、莫大な特許料が理化学興業を通じて理研に支払われることは確実となっている。医薬品関係の特許料も星製薬、北里研究所と分けることになるが、これもかなりの金額になるはずだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 こちらは理化学興業。化学繊維部門、合成ゴム部門、精密金属加工部門が大きくなってきたため、分社化の作業を進めていた。食品部門はまだ大きくはなかったが、同じく分社化を進めた結果、化学繊維部門は理研化学繊維、合成ゴム部門は理研合成、精密金属加工部門は理研精密、食品部門は理研食品として独立することになった。合成ゴム部門が理研合成となったのは、将来的に、ゴムだけでなく化学合成全般を扱う予定であるためだ。


 理研内では、ハイオクガソリンの研究を進めており、現状はフーデリー法(注3)と呼ばれる触媒を用いて重質油を効率よく分解し、高オクタン価な成分を取り出すところまで進んでいる。


 次の工程として、フーデリー法の副産物として生まれる石油ガスを合成して、『極めてオクタン価が高い物質(アルキレート:90〜95以上)』(アルキル化)を作り出す。なお、アルキル化そのものはポリプロピレンなどのプラスチック原料製造の基礎になる。

 全工程が完成すれば、理化学興業に移管されて、工業化を進め、収入が安定したところで理研合成に移管する予定である。


 分社化された理研精密では、現在、ピストンリングの他、ニッケルクロムモリブデン鋼の加工と窒化チタン蒸着を手掛けている。ピストン、シリンダー(シリンダースリーブ)、小型のクランクシャフトとコンロッド(エンジン内部でピストンとクランクシャフトをつなぐ金属製の両口めがねレンチ型部品)、ギアボックス用歯車に各種のピン、シャフトなどを主に製造している。

 また、こういった機械部品だけでなく、真空管のカソード裏側への窒化チタン蒸着の研究を進めている。これがうまくいけば、真空管の寿命が劇的に伸びるうえに、安定性も増すものと期待されている。


 理研精密ではすでに機械式過給機スーパーチャージャー用のタービンブレードの製作は完了しており、現在排気式過給機ターボチャージャー用のタービンブレードを模索中だ。

 機械式過給機は吸入した「空気」を圧縮するだけなので、温度はせいぜい100〜200度程度。エンジンの回転数に同調するためターボチャージャーほどの超高回転にはなりにくく、物理的なストレスも相対的に低めなので、難易度は比較的低い。

 これに対して排気過給機は、1000度近い排気がブレードに当たるうえ、毎分数万から十数万回転することで猛烈な遠心力がかかる。つまり排気式過給機ターボチャージャー用のタービンブレードは高難易度ということだ。ハンドブックによるとニッケルクロムモリブデン鋼が本来の強度(耐力)を安定して保てるのは、400度から450度あたりまでという。

 調べたところ、1000度の温度に耐える金属は一種の超合金で、トランジスター製造と同じくらいとまでは言わないがかなりハードルが高いようだ。

 ということで、超合金の開発と並行して、軸とブレードを高純度アルミナを真空下で練り固め一体焼成する方法を模索することになる。


 理研化学繊維ではナイロンを繊維化したあと縮れ(ウェーブ)をつけるクリンプ(Crimp)加工機を製造中だ。これができればナイロン製の綿ができるので防寒具に使用できる。大戦時、防寒用に犬の毛皮などが使われたが、その犬はお国のためと供出された飼い犬たちだった。この世界ではそういったことが起こらないはずだ。また、古河電気工業 、住友電線製造所 (現在の住友電気工業)、藤倉電線 (現在のフジクラ)などの国内電線メーカーに電線の被覆材としてナイロンの供給を開始した。

 史実で日本軍機が通信不良に悩まされたのは漏電による放電ノイズが大きな部分を占めていたわけで、ナイロン被覆によりこの発生源を抑えることができる。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 関東軍司令官村岡長太郎むらおかちょうたろう陸軍中将を通じて張作霖を説得し、張学良一派を日本に留学させることに成功した石原莞爾は、満州の今後について考えを巡らせた。

 とはいっても、彼がこれまで温めていた満蒙を発展させ、日本の国力を増すという大方針を変えたわけではなく、修正にとどまる。


 北満州に油田を得た以上、満蒙の価値は計り知れない。重化学工業化は必然だが、先に産業基盤整備が必須だ。

 そこで石原は満州と朝鮮の間に流れる鴨緑江に目を付けた。水力発電所を作れば末代までも発電できる。

 満鉄本社に乗り込んだ石原は、昨年から満鉄総裁に就任していた山本条太郎に直談判し、鴨緑江へのダム建設調査を頼み込んだ。さすがに満鉄といえども単独では大型ダムの建設は無理だが調査は可能だし、石原の言うことももっともだったため、調査団を派遣することを承諾した。


 その数日後。石原は腹痛を覚え、旅順陸軍病院で検査を受けたが、原因が判らず、さらに容態が悪くなったことで満鉄大連病院に担ぎ込まれ入院することになった。



 石原は安静にして数日経ったところで、容態はかなり回復し、ベッドの中でいろいろ考え始めた。

――満州の完全領有は得策ではないだろう。張作霖をうまく使って、独立国を作り上げる。確か天津には清国の最後の皇帝が疎開していたはず。彼を満州に呼び、満州国を建国する。張作霖を満州国の建国の功臣として祭り上げれば、張作霖も納得するだろう。奉天軍は横滑りで満州国の国軍に格上げし、奉天の官僚団もそのまま横滑りで満州国の官僚団だ。関東軍が満州の付け根で国民党軍に睨みを利かせておけば彼らとて満州国に手出しはできはしない。

――満州が落ち着き、世界の情勢が動けば、シベリアに打って出て満州との緩衝地帯を設ける。できればバイカル湖のほとり、イルクーツクまで取りたい。

――ユダヤ人は宗教的にも対立があったが、それよりも流浪の民ながら金を持っていることで欧米で蔑まれていると聞く。イルクーツクを中心に彼らの国を作ってやれば、日本に間接的に投資することになるだろう。そして彼らは数千年の放浪の末自分達の国を持つわけだから、必死で国を守るだろう。いい緩衝国になる。さらに日露戦争での戦時債券を買ってくれた恩を返したのだと喧伝すれば、彼らは日本人に対する思いは感謝から信頼に変わるだろう。


 そこまで考えたところで、石原は目を閉じた。



注1:

朝鮮(北朝鮮)と満州(現在の中国東北部)の国境を流れる鴨緑江おうりょっこうに建設された、当時世界最大級の水豊ダム(すいほうダム)


注2:ノックダウン生産工場

ノックダウン(Knock Down:KD)生産とは、自動車や機械製品などの部品を本国から輸出し、現地工場で組み立てて完成品にする生産・物流方式。完成車(CBU)で輸出するよりも関税が安く、輸送コストを削減できる。



注3:フーデリー法

重質油を加熱して蒸気にし、その蒸気をゼオライトと呼ばれる多孔質の粘土に通すことで、重質油の大きな分子が効率よく小さなガソリン分子に分解され枝分かれの多い炭化水素や芳香族成分を豊富に含むガソリンを生成される。その手法を発明者の名を取ってフーデリー法と呼ぶ。


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