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技術立国日本  作者: 山口遊子


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37/44

第37話 昭和3年4月、3


 熱海の温泉旅館で一泊した。

 朝食を食べた後、ひと風呂浴びてからみんなで1時間ほど散歩してそれで宿を後にした。

 宿代は3人分で40円だった。そして食事代の追加を合わせて45円ほどだったので50円払っておいた。


 熱海駅に向かっていく途中の商店街で「干物とか買って帰ったらいいんじゃないか?」と提案したのだが、

「部屋が臭くなるから、魚は焼かないんです」「わたしは料理が下手だから」

 魚を焼かないのは分かるが、干物を焼くのにうまい下手はあんまりないんじゃないか? 言わんけど。


 今度は小物なども扱ってた土産物屋に入ったところ、寄木細工の小箱やお盆などを売っていた。そういったものも『将来』値が付きそうだったが、やめておいた。

 それで結局3人とも「見てるだけー」で何も買わずに熱海駅まで戻った。


 帰りの切符は熱海から東京までの急行券と熱海から浦和までの二等乗車券を買った。値段は一人4円40銭。3人で13円20銭だった。往きは21円90銭だったので、そんなものかもしれない。


 それほど駅で待つこともなく、熱海発東京行の汽車の二等車に乗り込み、帰りはおとなしく景色を見ながら東京まで移動し、電車に乗り換えて上野に行き、汽車に乗り換えて浦和まで戻ってきた。


 浦和からはいつものように浦和高等学校まで歩いて、穴をくぐって現代に戻った。


 昼だったので、駅前のバの付くハンバーガー屋でセットで済ませ、駅前で二人と別れた。



 その日の夜。簡単に夕食を済ませた後、次の土曜日に理研に持っていくものを適当に選んでネットで注文し、そのままベッドに入って寝てしまった。結局旅行については、行くまでが楽しくて、行ってから帰りはそうでもないってことかもしれない。その代わり、将来思い出したときには、それが逆転して、行く前のことは忘れて、行ってからのことを思い出すのではないだろうか?



 週が明けて月曜日。

 会社に行ったら、体がだるかった。堀口たちもどことなく元気がない。この週を乗り切ればゴールデンウイークが始まるんだから、元気を出していこうぜ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 山田幸太郎たちが旅行疲れで会社に出勤していたころ。理研ではタングステンカーバイドへの窒化チタンの蒸着に成功していた。これもニトリルゴムを使った高性能真空ポンプがあったればこそである。


 そして、各種の試験を行った結果、山田幸太郎がもたらした金属材料データブックに記載された数値と遜色ないものと判断された。技術的問題はクリアしたものの、今のところチタンの入手方法が山田幸太郎頼みであった。


 しかし、堀口明日香がもたらした資源地図に遼寧省にチタン鉄鉱鉱床の記載があったため、さっそく満鉄と交渉して調査してもらうことになった。チタン精錬については「知識」はあるが未知であるため、選鉱、精錬工程を新たに作る必要がある。何であれ、現状100キロを超えるチタンインゴットが山田幸太郎によって理研に運び込まれているので、蒸着だけの消費なら数年では消費できないだろう。その間に鉱石をストックして選鉱法と精錬法を確立すれば問題はない。


 それとは別に、理研では竹から繊維を抽出し、それを樹脂となじみよくするための化学処理したうえで粗目の布に編み込む装置の開発を進めている。

 

 また化学処理済みの竹繊維を荒い紙状にしたものにニトリルゴムを真空中で浸潤させて硬化させた複合板を製造したところ、驚くべき強靭性を示した。ニトリルゴムとは別の樹脂でも同じような複合板を製造した。


 関係者による開発会議において、

「似たような複合材料の記述は特ヒ情報(注1)にありましたが、この複合材そのものについての特ヒ情報には載っていませんでした」

「つまり、われわれは、100年後を越えた?」と大河内所長がその研究員に尋ねた。

「いえ、100年後の世界では炭素を利用してさらに強靭な材料を作っています。それと比べれば見劣りするものの、製作費などから見れば、こちらの新素材の方に分があると考えられます」

「原料が竹と石油だしな」

「それはそうなんですが、せっかく出来上がったこの素材の利用法を考えなければなりません。特徴とすれば、油に強くある程度の熱にも強い。そして強靭である。刃物も簡単には通しません」

「銃弾についてはどうだろうな?」

「厚みを増せば銃弾の貫通を防げますが、その分重くなります」

「道理だな」

「所長。いろんな材質の素材を重ねて装甲板にしてはどうでしょう? 単一の素材にあれもこれもと欲張っても作るのは大変でしょうし、出来たとしても製造費も高額になります」

「ほう、いい着眼点だ。それで?」

「硬化させてはいますが、これもゴムですから、現状の装甲板の裏側に貼ってはどうでしょう? 敵の砲弾が装甲板に命中した時、戦車内部への衝撃が和らぐのではないでしょうか?」

「しかし、敵の砲弾が装甲板を貫通してしまえば、これでは完全には防げないだろ?」

「そこは先日完成した窒化チタン蒸着ニッケルクロムモリブデン鋼の装甲板でしょう。強靭ですから敵弾を弾くのではないですか? 弾いたとしても衝撃は戦車の内部に伝わりますから、新素材が間にあればかなり衝撃が和らぐと思います」

「なるほど。いいかもしれんな」

「しかし、窒化チタン蒸着した場合、窒化チタン層は薄いうえ硬すぎるので、敵弾を受ければ衝撃で割れてしまうのではないでしょうか? そうなってしまうとせっかくの窒化チタン蒸着の意味が薄れます」

「こうすればどうだろう。つまり、1枚の大きな装甲板を車体に貼り付けるのではなく、小型の装甲板を貼り付ける。壊れた装甲板は余裕があるとき予備と交換する」

「予備を持ち歩くことは問題ないでしょうが、ニッケルクロムモリブデン鋼板を車体に取りつけることは戦場では難しいのではないでしょうか」

「戦場じゃ溶接はできないし。装甲板をどういった形で車体に取り付けるか考えないとならないよな?」

「そもそも、装甲板は戦車にぴったりくっついている必要あるのでしょうか? 極論すれば、走行時に落ちなければいいんじゃないでしょうか?」

「われわれは素人だから断言はできないが、おそらくその通りだろう」

「となると、戦車の本体に溝でも作ってそこにひっかけておくだけでも十分ではないでしょうか?」

「確かに。そこまで言うなら、いっそのこと瓦みたいに並べてしまうのはどうだろう? 被弾したらそこだけ取り換える。瓦だから、重なった部分の強度は2倍だ。窒化チタン蒸着するしないにかかわらず10ミリ厚のニッケルクロムモリブデン鋼の装甲板が2重ならそうそう砲弾が貫通することはないぞ」

「それは素晴らしい着想です。ひな形を作って試験してみます」

「頼んだよ。結果が良好なら大阪工廠に持っていってみてもらおう。他に利用法はないかな?」

「フェノール樹脂を布状に織った竹織布を固めた板を作ってみたのですが、3ミリ厚さで金属材料データブックに記載された超々ジュラルミンの1ミリ厚さのものと同等の強度を持ちました。超々ジュラルミンの比重は約2.8ですので、遜色はほとんどないものと考えます。ほかの樹脂についても順次テストを行っていきます」

「ニトリルゴムシール材のおかげでエンジン出力も上がるだろうし、表面抵抗は下がるわけだから航空機用素材とすれば十分だろう」

「所長、その新素材ですが、金属と比べて電波を反射しにくいのではないのではないでしょうか?」

「電波探知機(注2)、特ヒ情報でいうレーダーだな。敵がレーダーを持っていても電波を反射しない航空機は忍者のようなものだ。面白くなりそうだ」

「所長。このまま技術が進歩していき、実際に兵器となってしまうと、皇軍は無敵になるのではないでしょうか?」

「そのつもりだが、そこに何か問題があるのかね?」

「あまりに強力な兵器を手にした場合、使いたくなるということはないでしょうか?」

「それは何とも言えないが、そういったぜいたくな悩みがある方が、敵の兵器に怯えるより何倍もいいのではないかね?」

「おっしゃる通りです」

「竹織布ですが、フェノール樹脂、ニトリルゴム、リケン66の3種類を浸潤させて固め、肉厚最大0.7ミリの薬莢を作ってみました。フェノール樹脂製は発砲時薬莢が破壊される可能性があり、リケン66製と硬化ニトリルゴム製は薬室に固着する可能性が高いことが判りました。そこで、フェノール樹脂にニトリルゴムを添加して靭性を高めたもので固めた薬莢を作ってみたところ、こういった問題はないようです。実包がそろった段階で、東京工廠に持ち込んで試験していただくよう、所長から先方に依頼していただけませんでしょうか?」

「その件は任せておいてくれたまえ。うちの理化学興業から窒化チタン蒸着したタングステンカーバイドで小銃の銃身を切り出す切削工具を提供する提案を工廠長と陸軍省の造兵廠長官に伝える予定だったから一緒に伝えておこう」

「ありがとうございます。そうだ、窒化チタンを蒸着させたニッケルクロムモリブデン鋼で銃剣を作ってみてはどうでしょう? 持ち手には硬化させたニトリルゴム」

「それいいな。『 血抜き溝』をわざわざ付けたニッケルクロムモリブデン鋼 の刀身に 黄金色の窒化チタン蒸着。そして 真っ黒な硬化ニトリルゴムの『持ち手』。少し高価になるだろうが、兵隊さんには受けるだろう。よし! これも提案するとしよう」

「軍刀も請け負ってもいいかもしれません」

「古今の名刀を越えるんじゃないか?」

「きっとそうなるでしょう」


 ……。


「そういうことで、各人これからも頑張ってくれたまえ」

「「はい!」」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 何とかその週を乗り切って次の土曜日(1928/4/28)

 今回、理研への持ち込みは関数電卓を200個とした。

 穴をくぐった先の天気は快晴。快晴といっても空の色は春らしく抜けるような青ではなかったが日差しは暖かい。それでもトラックの荷台が寒いと思って俺と鶴井はオーバーコートを着ていたが、堀口は上着の上に薄手のハーフコートだった。


 うちから運んできた荷物をトラックに載せて、浦和駅まで一緒に乗っていき、そこでトラックと別れて俺たちは浦和駅から上野行の汽車に乗り込んだ。

 赤羽駅で山手線(旧赤羽線、現埼京線)に乗り換え池袋に出て、そこでまた上野方面行の山手線に乗り換えて駒込駅に到着した。


 そこから理研まで歩いていき、本館の中の所長室の前まで行った。

「「おはようございます」」

『入ってくれたまえ』


 所長室の中に入って、応接セットのソファーに俺を真ん中に3人が座り、大河内所長が俺の向かいに座った。


「今日は関数電卓を200個用意しました」

「すまないね。それで、こちらの方なんだが、タングステンカーバイドに窒化チタンの蒸着が成功したんだよ。これで、超硬ビットを持ちこんで貰わなくとも、こちらで製造できるようになった」

「それはよかったです」

「君達のおかげだ。それとは別に、竹の繊維を紙のように漉いてそれにニトリルゴムをしみこませてから固めてみたんだよ。思った以上の強度が出たんだ」

「ほう」

「それは、それでいいんだが、せっかくできた新素材について何も利用法を考えてなかった。それで鳩首を集めて検討したんだが、装甲板の裏地にしてはどうかという案が出たんだ」

「いいんじゃないですか? 砲弾を装甲板が受けた時、そういったものが中間にあれば衝撃を吸収するでしょうし」

「それで、装甲板の方だが先ほど話した窒化チタンを蒸着させたニッケルクロムモリブデン鋼を考えているんだよ」

「ニッケルクロムモリブデン鋼は強靭ですから使い方とすれば当然でしょう。それにチタン蒸着があれば表面強度はダイヤモンド並みですから」

「とはいえ、チタン蒸着は最強かもしれないが硬すぎて砲弾を受ければ衝撃で割れる可能性があるだろ?」

「そう言われれば」

「装甲板が一枚ものだと、そうなったあと全部取り換えなければならない。そもそも、一枚ものの装甲板全体に窒化チタン蒸着は難しい」

「そうですね」

「それで、みんなで知恵を絞ったんだが、装甲板を瓦状にしてさらに車体に固定するのではなく、外れない程度に載せておく、まさに屋根瓦だ。そうすればどうかということになったんだよ。予備の瓦を何枚か積んでおいて、被弾したら、傷んだ場所だけ予備と取り換える。これなら戦車兵でも簡単だ。窒化チタン蒸着そのものも手間だから、ニッケルクロームモリブデン鋼だけで済ましても、瓦だと重なる部分があるから裸のニッケルクロームモリブデン鋼でもいいんだがね」

「素晴らしいと思います。その予備の瓦もどこかにぶら下げておけば増加装甲になりますし、いいんじゃないですか」

「そう言ってもらえてうれしいよ。あと、もう一点」

「なんでしょうか?」

「こちらは本当に竹の繊維を布状に編んだものをフェノール樹脂、ベークライトで固めてみたんだが、超々ジュラルミンに匹敵する強度を得たんだよ」

「それは素晴らしいです」

「金属じゃないから、敵が今後レーダーを開発しても簡単には探知できない」

「すごい飛行機ができそうですね」

「それはうちの連中も言ってたよ。このままいけば皇軍は無敵だとな。それで無敵だと戦争を始めるかもしれないという者がいたんだが、敵の兵器に手も足も出ません、に比べれば何倍もいいと言ってやったよ。あっはっはっは」

「その通りだと思います。1919年のパリ講和会議で国際連盟の規約に人種差別撤廃を入れるよう日本は訴えましたが否決されました。つまり、欧米諸国は白人以外人間と認めていないということです。次に大戦が起これば有色人種は絶滅の危機に直面します。その証拠に、広島、長崎に原子爆弾が落とされ、東京は焼夷弾で焼き尽くされました」

「慈悲は不要というわけか」

「もちろんわが国が敵のように民間人を殺傷する必要はありませんが、彼らにそういったことをさせないだけの実力は必要です」

「君の言う通りだ」


「なんであれ、順調のようですからいいんじゃないですか?」

「そうだな。そうそう。チタンの鉱山なんだが、以前堀口君からもらった資源地図に鉱床が載っていたから、満鉄に頼んで調査してもらうことになった」

「チタンのインゴットはそろそろなくなりましたか?」

「いや。今あるだけでまだ何年ももつはずだから心配は無用だ」

「とにかく、必要ならいつでも言ってください」

「分かった。その時は頼むよ」

「ビットに窒化チタンの蒸着できるようになったという話ですから、いろんな形状のものにも蒸着できるんですよね」

「そうだな」

「それだったら、ジェットエンジンのタービンブレードなんかもかなりいいものができるでしょうし、エンジンの機械式過給機スーパーチャージャーなんかもかなりのものができるんじゃないですか? あと排気タービン式過給機ターボチャージャーも視野に入りますね。わたしたちの歴史ではこれらがないため、航空機の高空性能が上がらず、敵機を撃ち落とすことが困難でした」

「その通りだな。恐ろしいような航空機が出来上がりそうだな」

「間違いなくできるでしょう」


「余談だが、内部での検討会で、窒化チタンを蒸着させたニッケルクロムモリブデン鋼で銃剣を作ってみてはどうかと話があったんだ」

「それはすごそうな銃剣ができそうですね」

「持ち手は硬化ニトリルゴムだ」

「ほう」

「そこまでできるんだったら、軍刀を作ってはどうかという話になってね」

「そうなってしまうと、その軍刀にかなう刀剣など存在しないんじゃないですか?」

「わたしもそう思うんだよ。それで来週、銃剣について東京工廠に行って提案してくるつもりだ。軍刀の方は、勝手に作って売り出すだけだが、士官連中はこういうのには敏感だから、陸軍なら偕行社かいこうしゃ、海軍なら水交社すいこうしゃにポスターを貼っておけば、借金してでも買うんじゃないか?」

「それは素晴らしい」

 大河内所長は顔が広いうえにやり手だと、素直に感心した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 日本海軍では、重巡洋艦羽黒が 3月24日、三菱長崎造船所で進水し、重巡洋艦足柄が4月22日、神戸川崎造船所にて進水している。その他にも駆逐艦、潜水艦が進水しているが、いずれの艦も、理研製のシーリング材を最初から使用する予定である。また、導入されるポンプなどの機械部品のみならず、配管全般に理研製のシーリング材を使用するよう艦政本部から指定されている。



注1:特ヒ情報

理研内では山田幸太郎のもたらしたデータブックなどの情報を特ヒ情報と呼んでいる。


注2:電波探信儀

海軍ではレーダーのことを電波探信儀、陸軍では電波探知機と呼んでいました。ここでは通常電波探知機と呼称します。


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