第34話 昭和3年1~4月。
CADソフトと大型プリンターは大好評につき、1月と2月を通して計12セット用意して理研に運び込んだ。
やはり、理研はエキスパート集団だけあって、勝手にマニュアル見てCADを使ってくれと言っただけで使いこなしているようだ。実験用機材の製作がすごい勢いではかどるようになったと大河内所長に絶賛された。さらに、油圧機構を備え、トーションバー(注1)式履帯を持った均土機の図面を引いているという。均土機って何だろうと思って聞いたところブルドーザーのことだった。簡易飛行場建設ならブルドーザーとローラーであっという間だ。さらにダム工事でも威力がある。満州と朝鮮の間に建設された当時アジア最大、世界でも第3位の規模を誇った水力発電用ダムの水豊ダム(1937年〜1941年)の建設に絶大な威力を発揮したはずだ。いや、これから発揮するはずだ。ブルドーザーのシャーシはそのまま戦車のシャーシ設計に転用できる。もちろん今の設計では今後開発されるであろう鋼材の特性は考慮されていないので、都度図面は引き直す必要があるが、CADがある以上それほど作業量は発生しないはず。
おまけに東大の船舶の教授と、航空の教授が理研の嘱託になったそうだ。どんどん理研の層が広く厚くなっていく。
あとで調べたところ、零戦の堀越二郎氏は昨年(1927年)東大を卒業して三菱に就職しているのでどうしようもないが、こっちにはCADとプリンター、それに関数電卓まである。零戦をしのぐ戦闘機をこっち=理研中島連合で作ってしまう可能性が高い。堀越氏には悪いが、理研中島で高性能機が開発され、紀元2600年に正式採用されたらそれも当然零式戦闘機か。いやもっと早く開発されそうだから九九式とか? なんであれ、すごい戦闘機が出来上がりそうだ。
理研とは直接関係ないが2月に日本初の普通選挙となる第16回衆議院議員総選挙が行われたようだ。史実では与党の立憲政友会が217議席、野党の立憲民政党が216議席の大接戦だったようだが、選挙結果は与党の立憲政友会が245議席をとり勝利している。歴史が変わったことの一例となった。史実だと、選挙結果が共産党・労農党・労働組合といった無産政党への大規模弾圧である三・一五事件に繋がるのだが、立憲政友会がある程度の議席を取った今回の結果から、弾圧はそれほど激しいものにならないかもしれない。いや、無産政党といっても、ソ連の影響は無視できないので、政府もピリピリするはずだ。つまり弾圧は十分あり得る。特に北満州油田もある以上、ソ連は完全な仮想敵国だ。
2月1日、京浜線の「電車」が田端から赤羽駅まで延伸したことで赤羽駅から電車で横浜(桜木町駅)まで直通で行けるようになった。
そして3月に入った。この年、向こう側はうるう年だった関係で、3月以降の日付は向こう側とこっち側が同じになる。
すでに理化学興業株式会社で製造されているタイヤ用天然ゴムの代替のスチレン・ブタジエンゴムの特許が登録された。
3月14日、『藤原義江のふるさと』という名前の映画が公開されたそうだ。日本初のトーキー映画だったそうで、評判は良かったようだ。藤原義江は誰? と思って調べたところ、当時世界的に活躍していたテノールのオペラ歌手だったそうだ。もちろんおっさんの歌など聞きたくはないし興味もないので見ていない。
日付は15日を過ぎたが、三・一五事件がらみの話は何もなく3月が過ぎていった。
今年も花見に行こうということになったが、100年前の東京ではなく、現在の上野公園に3人で行くことにした。もちろん、3人しかいないので場所取りなどすることもなく、桜の花を眺めながら公園内を歩いただけで、花見を終え、前回訪れた焼き肉屋にまた行った。
今回も似たようなものを頼んでしまった。
理研ではゾーンメルティング法でゲルマニウムの高純度化を進めていたが、ニトリルゴム製のシール材を用いた真空ポンプの登場で、かなり効率よく不純物の除去ができるようになったそうだ。技術というのは、何かが突出しても、無駄が出る。全体で底上げすることが肝要ということだ。
史実では3月31日に空母加賀が竣工している。東京朝日新聞(現在の朝日新聞)は、「世界を壓する我が大空母」といった見出しで、三段式の独特な飛行甲板を持つ姿が詳しく報じられたようだ。戦艦大和の場合は進水も竣工も極秘でひっそりとしていたのだろうが、こういったものは国威高揚の意味もあるんだから大々的にやったほうが良かったんじゃないか。大和だって大々的にやってたら、アメリカは『もっと大きな戦艦を!』ってなってたぞ。そうすれば、ミッドウェーでアメリカ敗退の可能性は高まったはずだ。ミッドウェーで赤城以下の4空母が健在なら、ポートモレスビーもニューカレドニアもとれたかもしれない。もう、仕方ないけど。
そして暦は4月になった。
理研ではバランス栄養食を売り出すため、理研食品という会社を立ち上げた。合成樹脂へのアルミ蒸着法についても理化学興業株式会社から特許は出願中だ。さらに、理研ではコーヒー豆からカフェインを抽出し、カキからタウリンを抽出することに成功しており、バランス栄養食とスタミナドリンクの製造工場建設が始まったようだ。バランス栄養食については陸軍、海軍どちらからも引き合いがあるようで「また儲かってしまうよ、山田君」大河内所長はそう言って笑っていた。
北満州だが、中東鉄道の支線を含めて広軌から標準軌への軌条変更が完了した。これで、北満州油田から大連まで貨物を乗せ換えることなく運ぶことができる。
大河内所長に聞いたわけではないが、3月31日に戦艦から空母に改装中だった「加賀」が横須賀海軍工廠で竣工したはずだ。史実では1942年6月5日、ミッドウェー海戦で沈没している。今度の歴史ではおそらく沈むことはないだろう。載せてる飛行機も違うだろうし、通信機も高性能、レーダーも高性能。不意を突かれるわけがない。さらにニトリルゴムによるシーリング材を現状採用していなくても近い将来確実に全面的に採用しているはずなので、戦艦からの改装ということもあり、やや速度が劣った加賀ではあるが、今度はもう少し高速化しているはずだ。
たかがシーリング材と言っても、戦況を左右する立派な戦略資材だ。
それとは別に、川崎で北満州油田から運んできた原油を分留するための分留塔が完成し、計画通り、分留に成功したそうだ。次の段階として、分留されたナフサから不純物を取り除くろ過装置や脱硫装置を設置し、これにつなげて高温高圧下で触媒と接触させる反応塔を作る。同時に分留された重質油を高温でゼオライトに接触させる接触塔を作る。ここまでできれば、低オクタンガソリンへのハイオクの素の配合だけだ。こっちはこっちで着実に進んでいる。
4月14日に理研に行ったとき大河内所長から聞いた話によると、4月11日付の新聞1面と号外で『共産党壊滅』『恐るべき陰謀』といった刺激的な見出しで事件が報じられたようだ。
「何をしでかすか分からん共産主義者どもは危険だ。政府が検挙してくれてこれで安心できる」というのが大河内所長の感想だった。確かにこれから十数年後、近衛の側近にソ連のスパイが紛れ込むわけだからな。
それも阻止したいところだが、さすがに俺の力じゃどうにもならない。いくらスパイがはびころうと、北満州死守は日本の国是だから、北進は変えようがない。ザマー見ろ!
俺が思うに、まだ昭和3年ではあるが、日本は少しずつ対ソ戦を具体的に意識し始めてるんじゃないだろうか。
余談ではあるが、あの男の意図はどうであれ第二次世界大戦の結末から逆算すれば、あの男はアメリカにとって最高の走狗だった。これだけは確かだ。
その日の昼過ぎ。この日は堀口と鶴井と3人でサのつくファミレスで昼食を食べていた。
「堀口たちはあまり聞いたことはないかもしれないが、先の大戦では、油がなかったが、そのうちアルミもなくなってきた。もちろんタイヤの素材の天然ゴムもなくなってきた。理由は南方からの輸送船が潜水艦とかで沈められて輸送できなくなったから」
二人とも黙って俺の話に頷いている。
「これについては、対ソ戦を念頭に置き、南に打って出ていなければ、心配はないかもしれないんだが、何が起きるか分からない。ということで、アルミに代わる素材があったほうがいいと思うんだ」
「それはそうと、アルミって何に使うんですか?」
「飛行機の胴体とか、翼に使うんだ」
「つまり、軽くて丈夫という意味でアルミ?」
「そうだと思う。だから、軽くて丈夫な素材ということがまず第一。そして日本ないし満州で容易に手に入ることが第2の条件だ」
「アルミに代わって丈夫な金属となると、チタン?」
「そうかもしれないが、加工が難しいそうだし、そもそも資源として手に入りにくいんじゃないか」
「それって、金属限定なんですか?」と鶴井が言った。
「金属限定じゃない。大戦中、イギリスは木製の飛行機を作っていた。高性能だったらしい。本当は木でほかの飛行機も作りたかったけれど、それに適した木がほとんどなくなったんだそうだ」
「日本にも木はたくさんあるから、役に立つ木はあるんじゃないですか?」
「日本でもいろいろ試したものの、接着剤がうまくなくって、結局断念したようだ。だけど、今はいろんな合成樹脂が作れるからそっちの心配はないかもしれない。だけど、それに適した木があったとしても、木はそう簡単には増やせないからイギリスと同じで量の問題が出るかもしれない」
「それならいっそのこと、竹はどうでしょう?」
「竹では板は難しくないか?」
「集成材みたいに、竹をほぐして固める感じで」
「おっ! 接着剤との相性次第だけどあり得るな。さらに言えば、ハニカム構造は面倒だけど段ボール構造でもかなり強度を持つはずだ。いいかもしれない」
「段ボールは分かるけどハニカムって何です?」
「ハニカムというのは、ハチの巣のことで、ハチの巣は六角形の仕切りが並んでるだろ? あの構造だ」
「そうなんだ。ちょっと賢くなったかも。せっかくだから、竹の繊維を紙のようにランダムに固めるんじゃなく、布みたいに織ったらどうかな? 伸縮性も出るから切れにくいんじゃないかな?」
「それもいいアイディアだな。強靭性が特に求められるところはそれで、そうでもないところは紙みたいな感じで安くあげてもいい」
「そういった新素材が飛行機以外に使えればもっといいんですけどね」
「そうだな。何せ材料の本体が竹である以上、持続性があるからな。そうだ。鉄砲撃つとき、薬莢ってあるんだけどあれって真鍮なんだ。けっこう高価だし重いんだ。だけどあれって発砲した瞬間に膨らんで、爆発ガスを発砲方向以外に逃がさない性質がある上、発砲後はすぐに縮んで排莢するのが楽なんだそうだ。同時に爆発で生じた熱も排莢することである程度捨てることができる」
「ハイキョウって?」
「前の弾の薬莢は撃ってしまえば邪魔だから、銃から出すことだ」
「なるほど。そういう性質なら、竹繊維を布にして樹脂で固めた筒って、ぴったりなうえに軽そうですよ」
「確かに。しかも、真鍮より安そうだ。薬莢のしっぽは起爆用の雷管がついてるから金属性の方がいいか。何にせよ、かなり安くできそうだし、かなり軽くなる。軽くなれば歩兵一人が持ち歩ける量も増える(注2)」
「機関銃って弾をばらまきますよね」
「そうだな」
「あれって、もったいないんじゃないですか?」
「機関銃って歩兵の突撃に対しては絶大な効果があるけど、それ以外じゃあまり効果がない」
「そうなんですか?」
「地面に伏せてたり、塹壕に隠れている敵に対して、殺傷能力は極めて低いうえに、連射したらあっという間に弾が切れてしまう。それと、銃というのは通常は相手を前進させないためのもので、基本的に殺傷を目的としないんだ」
「銃なのに」
「別に殺してもいいが、敵を狙おうとして頭を上げたところを、逆に撃たれちゃ嫌だろ?」
「それはまあ」
「だから、狙うこともせず、適当に前に向かって撃ってればいいんだ」
「えー、そんなのでいいんですか?」
「そう。敵を殺傷するのは、迫撃砲とか擲弾筒とか呼ばれる小型の大砲だ。そいつの弾は山なりのカーブを描いて上から敵の頭上に落っこちてくるかから、敵から見て防ぎようがないんだ」
「それって、見てきたような嘘ってことないですよね」
「俺が実際にやったことがあるわけじゃないから、絶対とは言えないけど、これまで見てきた映画や読んできた本だと、そんな感じだったぞ」
「じゃあそうなんだ。それって、相当エグイですね」
「つまり、ある意味歩兵の必勝パターンなんだけど、それをさせないために敵は遠くから大砲を撃ったり、空から爆弾落すんだ」
「結局そうなりますよね」
「だから、そうならないためには、こっちも大砲を撃って、空から爆弾を落とすわけだ」
「そうですよね」
「まず、敵の大砲を黙らせるには、こっちの大砲で相手の大砲を吹っ飛ばすわけだけど、相手も同じことするだろ?」
「でしょうね」
「次に起こるのは爆撃機が飛んできて相手の大砲に爆弾落すんだ」
「それも同じように相手も爆撃しますよね?」
「その通り。だから今度は、戦闘機を飛ばして相手の爆撃機を落とすんだ」
「でも、相手も戦闘機を飛ばしますよね?」
「そう。そこで戦闘機同士の空中戦が始まる。それで勝った方の爆撃機が大手を振って相手の大砲を吹っ飛ばす。そのあとは歩兵が前進して相手の歩兵を吹っ飛ばす。爆撃機も戦闘機も当然歩兵の攻撃を援助する」
「ということは、結局戦闘機の強さで地上の勝敗まで決まってしまう」
「そう。それが制空権。これは海でもいえるんだ」
「じゃあ、強い戦闘機があれば戦争に勝てるってことですよね?」
「極論すればそうなる」
「話はずれたけど、そういうわけだから、機関銃のことはあまり考えなくていいんじゃないか」
「分かりました」
「敵の装甲車なんかを狙うんだったら、重機関銃といって、大型の機関銃は役立つが、相手が戦車だとほとんど意味はなくなる。それに、戦闘機の機関銃だけど、あれって陸じゃあ重機関銃の分類だから。話を戻すと、竹と接着剤で最強の戦闘機を作ればいいという話だな」
「まとまりましたね」
「食べ終わったみたいだから、そろそろ帰ろうか」
「「はい」」
「こうやって、まじめに考えてみみるといい意見が出るものだな。堀口も鶴井も兵器とか詳しくなさそうなのに大したものだ」
「少しは調べてるんです」「わたしも少しだけですが戦前のことを調べています」
「二人を仲間に引き入れて正解だった」
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こちらは大阪工廠。ニトリルゴム製のガスケットなどのシーリング材を全面採用した試製一号戦車改だったが、馬力と最高速度上昇に機械がもたず各所で不具合が起きた。
ここにきて電気製鋼所でニッケルクロムモリブデン鋼なる新素材が発売された。大阪工廠では係員を理化学興業に派遣して、ニッケルクロムモリブデン鋼製の部材の製造を依頼した。
また、ニッケルクロムモリブデン鋼を日本製鋼所室蘭製作所で鍛造して装甲板を作ることにした。
そうして出来上がった部材を試製一号戦車改の部材と取り換え、試製一号戦車改2が完成した。
エンジン出力は、もちろん試製一号戦車改と同じだったが、装甲板を圧延ニッケルクロムモリブデン鋼板とし、厚みを削ったことで重量減を達成し最高速度が時速23キロから25キロに上昇している。試製一号戦車改2は最高出力での連続運転でも部材のへたりもなく快調に稼働した。
試製一号戦車改2、主要諸元
重量:約16.5トン
全長:6.03メートル
全幅:2.40メートル
全高:2.78メートル
乗員:5名
装甲厚:6〜12 ミリ:圧延ニッケルクロムモリブデン鋼板
最高速度:時速25キロメートル
エンジン:水冷V型8気筒ガソリンエンジン(160馬力)
武装
主砲:五十七粍(57ミリ)戦車砲 (短砲身)×1門
中央の主砲塔に搭載。
副武装:機関銃 ×2挺
車体前部と後部のそれぞれ独立した副砲塔を持ち1挺ずつ機関銃を配置
陸軍技術本部第四研究所では大阪工廠でのこの結果をもとに、ニッケルクロムモリブデン鋼を要所に採用する新戦車の設計に取り掛かった。また、エンジンをガソリンエンジンから被弾時の抗堪性を考え空冷ジーゼルエンジンに変更することを決定した。
注1:トーションバー
上から見たらL字型の棒。L字の上端を車体に固定し、L字の右下の先端から地面に水平に車軸を突き出してそこに転輪をはめている。転輪が上下すればそれがトーションバー(L字)の捩じれになり、その復元力がサスペンションの役目を果たす。
注2:
三八式実包(6.5mm口径)の空薬莢は約10グラム。歩兵1人が標準的に携帯する弾薬数は、合計120発(×21グラム)なので、一発当たり2グラム軽量化できれば240グラム、約10発携帯する実包が増える計算になる。




