第31話 昭和2年9~10月
8月の頭にジュネーブ海軍軍縮会議が行われたようだ。そして、史実通り会議は決裂している。1930年のロンドン海軍軍縮会議で再び討議が行われることになるが、そこは実際のところどうなるかは不明だ。満州に石油が出たことで日本政府が強気になるのか? 主敵はソ連となった今、海軍力より陸軍力という理性が働いてすんなり海軍軍縮に舵を切るのか? 何であれ、史実と異なる結果になりそうだ。
大河内所長に聞いたが、ドックが空き次第、戦艦長門からシーリング材をニトリルゴム製のものに替えていくのだそうだ。造船所での取り換えの手間と海の上での修理の手間を考えれば、造船所で作業する方が圧倒的に楽だ。もちろん現在建造の艦船は最初からニトリルゴム製のシーリング材を使うとのこと。
9月に入った。堀口たちの商売はかなり儲かりそうだ。本の初版とか戦前のオモチャといったものは、コアなファンが大勢いる。つまり俺たち風情がちまちま『輸入』したところでマーケットが破壊されるほどのインパクトはないだろう。
俺の方は絵の処分は理研に寄贈すればいいと思ったのだが、堀口たちにアレを買ってしまったことを言ってないので大っぴらに寄贈できなくなってしまった。つまり、死蔵だ。そのうち、こっちの祝日にでもこっそり一人で向こうに行って寄贈するしかなさそうだ。
プレミアムが付きそうで、問題が起きない物を考えたのだが、新しいものは思いつけなかった。それで、結局パソコンを使ってwebで調査したところ、日本橋三越で手に入りそうなものが以下の通り。
並河靖之、濤川惣助、両ナミカワの「七宝焼」:美術部
御木本の「最初期の養殖真珠ネックレス」:ミキモト売り場
山崎覚太郎や松田権六の「漆工芸(蒔絵)」(当時流行したのは「アール・デコ調」のモダンな蒔絵の文庫や香合):デパートの催事
「丸帯」と「龍村平蔵の織物」:呉服部
並河靖之などの個人名など俺には全くなじみはないのだが、知る人ぞ知る人物らしい。
デパートの催事は出たとこ勝負であてにはならないが、七宝焼と真珠、そして丸帯は確実に手に入る。絵のように「足」が付くこともない。これこそ『おかげ参り』だ!
ということで、9月に入って最初の土曜日(1927/9/6)。向こう出たら記録通り快晴だった。理研に消耗品を届けた後、例のごとく、日本橋三越に3人で買い出しに出かけた。俺の目当てについては二人には内緒にしておいた。
最初に3階に直行して、堀口の本と雑誌を購入し、それから鶴井のオモチャを購入した。
「二人とも、今日もいいものが仕入れられてよかったな」
「はい。先輩のおかげでーす」「山田主任、ありがとうございます」
「結構、結構。それで、今日は俺も少し考えたものがあるのでそれを見ようと思ってるんだ。もしあれば儲けもの」
「何ですかそれ?」
「秘密にしても仕方ないから教えるけれど、人間国宝級の工芸家が作った七宝焼きを買おうと思ってるんだ」
「おー!」「凄そうです」
「だろ? ここの6階にある美術部でもそういったものを扱ってるみたいだから、行ってみよう」
「「はい」」
エレベーターに乗って6階で下りたらすぐに美術部への入り口があった。大きな荷物を二人が持っていたのだが、美術部の入り口で預かってくれた。
さっそく中に入って見て回ったところ、工芸品もあれば、絵画、特に日本画が多く飾ってあった。さらに刀剣の他、鍔や根付も飾られていた。ここはまさに『日本の宝庫』ではなかろうか。
目当ての並河靖之の七宝焼もちゃんと並んでいた。大きな花瓶は1000円もしたが、小ぶりなものは150円から300円といったところ。ある意味お大尽な俺は、200円と300円の七宝焼を購入することにした。品物は桐の箱に入れられて、さらに包装された。代金を払ったところ、筆書きの領収書をもらった。あて先は、俺の母方の爺さんの名前にしておいた。オークションに出すとき、出品者名と領収書名が同じだとおかしいからな。
「山田先輩、お金持ってますねー」
「おかげさんでな。給料袋の中に20円札が入っていると使い出がないけど、こういうところだと重宝するな」
「プチブルの言、いただきましたー!」
プチブルって今どき死語だろ? 堀口、お前は一体いつの時代の人間なんだ? 声にはしないけど。
「でも、すごくきれいでしたよね」と、鶴井がフォローした。鶴井の場合、プチブルの意味を知らない可能性が高い。
「絵は素人が見ても良し悪しはいまいち分からないが、こういった工芸品って素人が見てもいいって分かるからな」
「でも、それって値段を知ってるからじゃないですか?」と堀口がもっともなことを言う。
「確かにそれはある。領収書がなければ、実際問題、俺たちじゃ本物かどうかも判らないし。自分で楽しむ分にはなんでもいいんだけどな」
とはいえ、俺のうちに現在置いたままなっているあの絵は、値段を知っていないと買う気も起きなかったはずだ。工芸品なんかより、絵の方がよほど『値段』に敏感だ。
「そうですよね。たまたまわたしたちは、お金儲けをしてるから、本物が必要なだけで」と鶴井が俺の言葉に相槌を打った。
「とにかく、この七宝は堀口のルートだな」
「そうですね。これっていくらぐらいの値段が付くと思います?」
「安くても数百万はくだらないんじゃないか。300円の方は少し大きいから1000万くらいするかもな」
「でも、わたしが買った蒔絵の万年筆よりそれの方が断然豪華だから、3000万円くらいするかもしれませんよ」
「あり得るな。それが外れたところで、損はしないだろうからいいだろう」
「今の言葉、さっきのプチから一気にレベルアップしましたね」
「アハハハ。儲かったら君たちにも還元するから」
「それはありがたいですが、わたしたちもそこそこ儲かっていますから」
「そいつはよかった。さーて、仕事も片付いたし、そろそろ、昼にしないか? せっかくだから、ここの特別食堂に入ってみるのも面白そうだし」
「さんせー!」「でも高そうですよね」
「本物のレストランのようだから安くはないと思うけど、ワインを飲まなければ支払いは『想定内』で済むから大丈夫だ」
「頼もしいお言葉。そこにシビれる! あこがれるゥ!」
「堀口。少年漫画にも詳しいんだな?」
「ネットミームですから」
鶴井がそこで大きく頷いた。
それで、特別食堂に足を踏み入れたところ、
「個室になさいますか?」と聞かれたので、そう聞かれた以上「はい」と言ってしまうのが一般ピーポーの人情だ。というところは『プチ』だな。
通された個室は天井が高くシャンデリアがきらめいていた。確かに特別食堂だ。料理の方だがフルコースはさすがに重そうだったので、コンソメスープ、俺と堀口はメインを牛フィレ肉のステーキ、鶴井は旬の魚料理とした。そして、季節のサラダ、最後にコーヒーとした。このあたりはちょっとだけ慣れた感じがしたかもしれない。
あとは飲み物だが、『プチ』の性かワインを飲まないわけにもいかなそうだったので、ビールの他、10円の赤ワインを頼んでおいた。
すぐにテーブルの上に銀色に煌めくカトラリーが並べられて、パンとバターがテーブルの真ん中に置かれ取り皿が各人の前の方に置かれた。間を置かずスープが運ばれてきた。それと前後してビールが各人の前に置かれた、コップではなくカットグラスに注がれた。
スープを飲みおわったところで、食器が下げられ、季節のサラダが出てきた。それを食べ終えたら、メインが出てきた。そのメインと一緒にワインがやって来た。最初に俺のグラスにワインが少量注がれたのでそれっぽくテイスティングをしたのだが、もちろん俺ではワインの味など分からないので、適当に頷いておいた。これも『プチ』らしいところだ。テイスティングの後、各自のグラスにワインが注がれた。なぜか、堀口はワインを一口飲んで頷いていた。通ぶる人ってことなのだろうと理解した。
メインを食べながらワインを飲んでいるうちにワインが空になった。
「ワインはいかがしましょう?」と給仕に言われたので、「結構です」と言って断ることができた。少し慣れてきたようだ。
「そういえば、堀口たちが使っているオークションハウスを教えてくれるか?」
堀口に名前を教えてもらったので、うちに帰ったらさっそく登録して、出品準備だ。
メインをパンと一緒に食べ終えたところで、最後にコーヒーを飲んだら、腹いっぱいになってしまった。食が細ってしまったのだろうか? 雰囲気に飲まれただけのような気もする。
支払いは25円だった。思ったより安かった。これなら毎週とまではいわないが、月一回は可能だ。
会計を終えて、受付で忘れずに荷物を返してもらい、エレベーターに乗って1階に下りた。
荷物が多かったので、この日もタクシーで上野に出ることにした。たかだか主任の分際なのに、最近、金遣いが荒くなったかもしれない。
上野からはいつものように浦和まで汽車に乗って、そこから浦和高等学校まで歩き、穴をくぐって現代に戻った。
堀口たちとはそこで別れてうちに帰った。
服を着替えたらさっそくパソコンを立ち上げて、堀口の教えてくれたオークションハウスのページに行って登録し、それから、荷物の包装紙を慎重に開けて、写真を撮っていった。もちろん領収書の写真も撮っている。
準備が整ったところで、必要事項を記入し、出品品と領収書、それに箱の写真を添付して送信ボタンを押した。あとは向うからの連絡待ちだ。
そしたら、翌日。気づかなかったが午前中にメールが届いていた。メールは「受け取りに行くので都合の良い日を知らせてくれ」という内容だった。それで、今日の夜8時を指定しておいた。
うちに帰り着いたのが7時少し過ぎで、上着を脱いだだけでオークションハウスの担当者を待っていたら、午後8時少し前に担当者と運送業者がやって来た。中身を確認してもらって、契約書にサインして、モノを引き渡しておいた。
1カ月後にオークションが開かれる、と翌日メールが届いた。
9月は理研関係では、ドイツのクルップ社の特許に抵触しない方式でタングステンカーバイドの焼成に成功した。次のステップは、このタングステンカーバイドに窒化チタンの蒸着だ。俺が調べた限りでは、かなり高度な技術のようだが、今の理研に不可能はない! はずだ。
理研では、川崎に将来本格的な製油所建設含みで土地を買い、ハイオクガソリン製造のため第1段階として原油タンクを製造し、北満州油田で採油された原油を運び込んだ。
現在はその原油タンクにつなげて分留塔を建設中だ。
分留塔で原油がガソリン、ナフサ、軽油、重質油などに分けられる。
次の段階として、不純物を取り除いたナフサを高温高圧化で触媒を使って『ハイオクの素その1』に変えてしまう。それとは別に重質油を高温下でゼオライトと呼ばれる触媒と接触させて分子構造を切断して『ハイオクの素その2』を作り出す。最後に、オクタン価の低いガソリンにハイオクの素その1、その2を配合してハイオクガソリンが誕生する。道はそんなに遠くはない。
このゼオライトだが、パラフィンを分解することも可能であり、パラフィンが大量に含まれる北満油田の原油処理に威力を発揮する。
川崎周辺には他社の製油所がすでに操業していたが、理研の製油所でハイオクガソリンが製造できるようになれば、それらの製油所は理研の製油所から『ハイオクの素』を購入することになるのだろう。
理研へは電源や電卓、非接触型温度計などを追加で運び入れ、食料品を補充したりして9月が過ぎていき、10月に入った。
堀口たちが仕入れた初版本や昭和初期のオモチャのオークションは9月中に終わって、それなりの金額を稼いだようだ。俺の七宝焼もオークションが開かれて、300円で買った七宝焼は1800万円。200円で買った七宝焼は1200万円で売れた。手数料などを引かれて口座に振り込まれたのは2900万円ほどだった。通常、手数料は10パーセントなのだそうだが、高額落札商品は手数料値引きが当たり前らしいのでそんなものだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ここは理研のとある研究室。
豚骨をベースにした豚骨スープと鶏ガラをベースにした鶏ガラスープの2種類を支那そばのスープとして定め、それを粉末状にする方法を研究していた。
普通に乾燥させた場合、ただのねっとりしたペーストができるだけで、これは湯でも容易に溶かすことができない難物だった。
結局、スープの中の油分と固形物を取り除いたうえで、霧状に噴霧して140度ほどの熱風で一気に乾燥させて粉末化する方式に最終的にたどり着いた。
次は具材の研究だ。




