第3話 大正15年2月、3
大河内所長に、理研の資金獲得の手段として、サルファ剤、ペニシリン、そしてストレプトマイシンの話をしたあと、日本が世界戦争に至る話をした。
「それと、もう一つ資金獲得の手段があります」
「なんだね?」
「化学的に合成した繊維です。石炭・水・空気から『鋼鉄より強く、クモの糸より細い』繊維を作ることができます」
「人絹は天然素材だがそれと違うようだね」
「わたしが着ているこの服にはその繊維は使われていないかもしれませんが、わたしの世界では標準的な繊維で、世界恐慌とこの開発により日本の生糸の需要が世界的に激減し、日本の養蚕業は壊滅的打撃を受けました」
「なんと! しかし、もしその化学繊維を開発して売り出した場合、わが国の養蚕、絹糸業界が壊滅するのではないかね?」
「1935年にこの化学繊維はナイロンという名でアメリカで売り出されました。先ほどお話したように1929年のニューヨークの株の大暴落に端を発した世界恐慌で需要が低迷した絹糸ですが、この繊維が実用化されたことにより、日本の養蚕業は壊滅しました。結果が同じなら、日本の手で新技術を独占したほうが良いのではありませんか? 何もしなければ、この歴史は変わりませんが、先んじれば打つ手も生まれます」
「つまり、わが国が先んずれば、養蚕業の人手を無理なく、そのナイロン工場で吸収できるということか」
「全てをこれだけで救うことはできないでしょうが、最悪ではないはずです。そしてナイロンの原料は石油です」
「それが先ほどの満州の油田に通じるわけだね」
「北樺太の油田の権益もできれば欲しいところです」
「それはそうだな」
「これらの技術を早期に開発し、世界特許を取得していくことでこの理研の基礎収益が上がっていき、新たな発明を企業化することで収益が激増します。その資金を元に各種の研究開発を行っていく。それがわたしが提案する戦略です」
「なるほど」
「こういった研究開発にはどうしても計算が重要になりますよね」
「それでその計算機か?」
「この計算機は、単純にわたしが未来から来たことを証明するためにお見せしただけのもので、もう少し高度な計算機を皆さんに使ってもらおうと思っています。例えば三角関数や対数なども簡単に計算することができます」
「それはまたすごいな。今は数表と計算尺、そして最新式ではあるがこの計算機と比べれば比較にならない手回し計算機の世界だから大いに助かる」
「今は持参していませんので、次回こちらにお邪魔するとき、何台か持参します」
「よろしく頼む。ところで、対価は必要ないのかね?」
「いただければありがたいですが、こちらのお金はわたしの世界では使えません」
「それは困ったな。何かいい手はないかな?」
「金貨や銀貨があればそれを向こうで現金化することができます。わたしの世界から見れば100年前の硬貨なので使うことはできませんが、最低でも金属価値はありますし、運が良ければ高値で売れるかもしれません」
「未来にもそういった好事家がいるわけだね」
「はい」
「幸田君、ご苦労だが、経理に行って金貨と銀貨を集めてきてくれないか?」
「は、はい。金貨は無理かもしれません」
「そうだったな。じゃあ、50銭玉だ。それを100円分。もしなければ経理の者に言って銀行で両替してもらってくれ」
「分かりました」
大河内所長の秘書の幸田さんはすぐに部屋から出ていった。ご苦労様。
幸田さんが50銭銀貨を経理に取りにいっている間、
「つまり、山田君はこの時代と君の時代を行き来できるってことだよな?」
「はい。どういった理由だか分からないんですが、わたしの住んでいる近くにこの時代に通じている『穴』ができていたんです。すごく目立つ穴なんですが、わたし以外には見えないようなんです」
「なるほど。不思議なこともあるものだな。普通ならそんな眉唾話を信じることなどできはしないが、現に君の計算機を見た後では信じるしかあるまい」
「そういえばその計算機なんですが、分解していただければわかると思いますが、ものすごく小さな部品でできています。計算の本体部分は何かで覆われていて簡単には分解できないと思いますが、顕微鏡で見るほど微細です」
「にわかには信じられないが、君が言うなら真実なのだろうな。しかし100年か。人間の力は恐るべきだな。それで、君はどこに住んでいるのかね?」
「わたしは埼玉の浦和の近くに住んでいます。今日は浦和からやってきました」
「ということは省線できたわけだろ? 運賃はどうしたんだね?」
「古銭商で買い入れた硬貨を使いました」
「なるほど。それもうちで支払ったほうがいいだろう」
「いえ、そこまでは」
「そうかね」
そういった話をしていたら、お盆を持って幸田さんが戻ってきた。そのお盆の上には硬貨が重ねて置いてあったようだが、それが幾分崩れていた。
「途中で、崩れてしまいましたが50銭銀貨が200枚です」
幸田さんはそう言って、お盆を応接セットのテーブルの上に置いた。
「それで、その高性能の計算機を1台購入させてもらえないかね」
「これだけあれば、最低でも10台は購入できますから、買えるだけ買ってお持ちします」
「頼んだよ」
「お任せください。計算機の他に、資源の地図などをお持ちします。そうですねー、わたしは向うの世界では会社勤めで、月曜から金曜まで働いています。土曜はこちらと違い全休ですから次の土曜にこちらに伺います」
そう言って、カバンの中に硬貨を入れた。
「頼んだよ」
「それで、最後になりますが、国力が上がったとしても、兵器の質の向上がなければ、じり貧になってしまいます」
「確かに」
「質といっても色々ですが、電波通信技術を応用した装備が今後発展していきます。そういった中、装備の中心は真空管になります」
「そうだね」
「真空管は、壊れやすく、熱を持ちます。例えば戦艦に載せておけば主砲の発砲で壊れてしまうかもしれません」
「十分ありえるな」
「1940年代後半に真空管の代わりになる電気部品が登場します。名前はトランジスター。片側からしか電気を通さない半導体という物質を3つ貼り合わせ、それぞれに電圧をかけることで3極真空管と同じ出力を得ることができるようになります。このトランジスターは原理上、原子の大きさまで小型化できます」
「なんと!」
「とにかく数ミリまでは比較的簡単に小型化できます。そして電気もあまり必要としないので発熱も抑えられます。この計算機の中にも超小型のトランジスターが大量に埋め込まれています」
そこで、カバンの中からトランジスターの論文を取り出し、大河内さんに手渡した。
「これが、その論文です。それで、こういった物理現象が発現するためには素材であるゲルマニウム、ないしケイ素が99.9999999パーセントの純度が必要なのだそうです。その純度を得るための方法が書かれた論文がこれです」
ゾーンメルティング法関連の論文をカバンから取り出して、大河内さんに手渡した。
「かなり、難易度が高いものですが、この研究所なら10年後には実用化できるものと信じています」
「うむ」
「それでは、そろそろお暇します」
「それじゃあ」
立ち上がったところで、幸田さんが「門まで案内します」と言ってくれたので、門まで一緒に歩いていった。
理研の正門前で幸田さんと別れた俺は、駒込駅まで歩いていき、16銭で浦和までの切符を買って改札を出て、池袋方面行の電車を待った。
結局乗り換えなどを含めて、1時間ほどで浦和に帰ることができた。せっかくだったので、まだ早かったが昼食を摂ろうと思って浦和駅周辺を少し回ってみたのだが、洋食屋を見つけたもののまだ早かったようで店が開いていなかった。隣にあった蕎麦屋も開いていなかったのであきらめて浦和高等学校に向かった。
浦和高等学校の正門横には、ちゃんと現代に戻る鏡の穴が輝いてくれていたので、すぐそこを通って向う側の現代日本に戻った。
駅前でよが付く牛丼屋で牛丼の並みを食べてから家に戻り、関数電卓をネットで注文しようかと思ったが、50銭硬貨のこともあるので取りやめて、午後から秋葉原まで出て購入することにした。
関数電卓を15台、プログラマブル電卓を5台。合わせて10万円もしなかった。いずれもソーラー式だ。何年もつか分からないが、最低でも3年は持つだろう。そのころはまた補充すればいいし、これからもニーズがあるだろう。先ほど理研に置いてきた十把一絡げの電卓と違って、どの電卓も箱に入っていて説明書が同封されている。そのあと、電気屋の中の本屋に行って、プログラマブル電卓用プログラム本を買っておいた。5冊買いたかったのだが本屋の棚には1冊しかなかった。理研でプログラマブル電卓を使うのはおそらくあの時代の天才たちだろうから、1冊あれば十分だろう。そう思って、店員に在庫はないか、わざわざ聞かなかった。
電気屋での仕事の後は、なじみの古銭屋に回って、50銭銀貨を買い取ってもらった。
「これは素晴らしい!」
見た目の悪い10枚を残して190枚買い取ってもらい、全部で40万円ほどになった。あの時代の100円の現在価値とほぼ同じだった。もう少し高くなるかと思ったが、まあ、50銭銀貨は鋳造数が多いことだしそんなものだろう。
星新一さんの生まれは1926年9月6日。星製薬がサルファ剤とペニシリンで起死回生の一手を打てば、星新一さんは作家にならず、経営者を続けていたかもしれません。




