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技術立国日本  作者: 山口遊子


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27/29

第27話 昭和2年7月、2


 鶴井と俺を荷台に乗せたトラックは中山道を南に向かって走っていった。荷台の上を吹き抜ける風が気持ちいい。途中中山道から東に方向を変え今の市役所通りを通って浦和駅前に到着した。


 トラックから降りたら、鶴井が大きなため息を一つついた。ため息をつくと幸せが逃げていくというが、本当だったら、かわいそうではある。というか、妙なトラックの荷台の上は結構怖かったのか、ほっと一息ついたってところか。


 駅舎の中に入っていき、窓口で駒込まで3人分の切符を買った。その間鶴井はさっきのため息だけでおとなしくしていた。


 堀口と鶴井に切符を渡し、俺が先頭になって改札を抜けた。鶴井が慣れない改札というか人生で初めてであろうハサミ入れでまごつくかもしれないと思ったが、セーフだった。


 向こう側のホームに跨線橋こせんきょう(陸橋)を渡って移動し、大宮方面から汽車が来るのを待っていたら、5分ほどで汽車がやって来た。


「汽車来ました!」と元気になった鶴井が言った。

 そりゃ来るだろ。ここ駅なんだし。


 汽車に乗り込んで空いていた4人席に3人で座った。今は夏だから窓が開いたままなので、俺が進行方向の窓側に座り、堀口が俺の向かい、そして鶴井が堀口の隣に座った。


 汽車が出発したら、鶴井が小さな声で「汽車、汽車、シュッポ、シュッポ……」と歌い始めた。いいんですよ。小声で歌うのは人の迷惑じゃないし。


「次の赤羽で降りて、そこで電車に乗り換えて池袋に出る。そこで山手線に乗り換えて駒込まで行ってそこで降りるからな。ちなみに、赤羽、池袋間もこの時代山手線と言うらしい」

 鶴井に説明したんだが、鶴井は相変わらず小声で「汽車、汽車、シュッポ、シュッポ……」を歌っている。大丈夫だろうか?


 赤羽に汽車が到着したところで、堀口が鶴井の手を取って引っ張るようにして汽車から降りた。ホームを変えて電車に乗り換え、池袋に出て再度乗り換え、どうにか駒込に到着した。


 駒込駅で電車から降り、駅を出たところで、

「こんなところに都電が走ってる!」

「この時代、都電があったようだな」

「ここに骨董屋さんがあるんですか?」と鶴井がまじめな顔をして聞いてきたので、

「いや。これから行くのは、骨董屋じゃなくって、理化学研究所、理研だ。鶴井も名前くらい聞いたことあるだろ?」

「あっ! 知ってます。乾燥わかめ売ってるところですよね!」

「確かに、現代では売ってたかもしれないが、ここは100年前だから、まだ売ってないんじゃないか?」

「そうですよね。それで、理化学研究所に行って何か買うんですか?」

「そうじゃなくって、俺と堀口は理研の嘱託社員やってるんだ。仕事内容は、100年前のこの世界の理研に現代の便利器材を持ち込むことなんだ」

「なーんだ」

 何だよ、そんな反応でいいのかよ?


 理研に向かって歩きながら、

「それで、何で骨董なんですか?」

「つまり、こっちで給料が出てるから、その給料で100年後に高くなってるようなものを買って現代に持って帰って売るってことだ」

 そこで鶴井はポンと手を打って、大きく頷いて一言「なーる」


 鶴井がここまで面白いやつとは知らなかった。大学時代、落語研究会とかに入ってたんじゃないか?


「そこが理研だ」


 正門を入って、歩きながらこれから理研の所長のところに行くことを鶴井に教えておいた。本館に到着し、玄関から建物の中に入っていき、出会った理研の職員たちに会釈しながら所長室前までやって来た。


「山田です」

『待ってたよ。入ってくれたまえ』

「「失礼しまーす」」


「今日はもう一人連れてきました。鶴井と言います」

「鶴井静香と言います。よろしくお願いします」

 

 俺は何も言ってはいなかったのだが、それからすぐに大河内所長は電話で幸田さんを呼び、鶴井を嘱託採用する手続きをするよう指示した。

 幸田さんは鶴井から名前の漢字を聞いて、すぐに所長室から出ていった。


「今日運んだのは、切削用刃物の先端の超硬ビットとチタンのインゴットです」

「いつも済まないね。資金の方はまだ大丈夫なのかい?」

「大丈夫です」

「足りなくなりそうなら、早めに言ってくれよ」

「はい。その時は。この超硬ビットなんですが、中身は先日お話したタングステンカーバイドというバケモノのように硬い化合物で、その上に窒化チタンを蒸着させたものです。タングステンカーバイドの工具自体はドイツのクルップ社ですでに販売されていますが、窒化チタンを蒸着はまだ先です。こちらで製造できるようになるまで、超硬ビットはいくらでも供給できますので、そこは安心してください」

「助かるよ。それで、こちらの方はこの一週間で特に進展はないが、順調だ」

「それはよかったです。こちらで何か足りないようなものはありますか?」

「そうだな。今は取り立ててないから、消耗品の補充くらいかな」

「分かりました」

「そうそう、北満州油田なんだがね、3本目の試掘井からも油が湧いたそうだ。大油田間違いなしだ。鉄道の延長も順調のようだ。奉天からの中東鉄道の支線から中東鉄道全部を広軌から標準軌に変えるそうだ。これで貨物を積み換えることなく行き来できるようになる」

「気合入ってますね」

「それほど大事に至らず金融問題を乗り超えることができたようだし、北満州油田での新しい油井で国を挙げての祝賀気分だよ。そのおかげで満州の石油開発は力強く進んでいく。陸軍だけでなく海軍からも協力の申し出があるらしい」

「特に海軍は石油がなければ何もできないわけですから、力を入れるのは当然でしょう。そういう意味では、大連か旅順に海軍工廠を作って、鎮守府を置くのも手じゃないですか?」

「それはいい考えかもしれんな。ただ、関東軍はいい顔をしないだろう。なにせあの辺一帯は陸軍の聖地だからな」

「それなら、あそこに石油化学工場を建てませんか? 今研究しているハイオクタンガソリンも作れますし、各種の工業用薬品も作れます。それに、関東軍も旅順や大連では北満州から遠すぎるので、司令部を移すんじゃないですか? 現に増派された2個師団は奉天あたりにいるんですよね」

「確かに」

「それに、油を輸送するには護衛があったほうがいいから、少なくとも旅順の修理能力は上げるんじゃないですか?」

「そうだな」

「それに燃料基地も作るでしょうし」

「確かに」

「そうなれば製油所も必要です。その前に理研が石油化学工場込みで製油所を作ると言えば陸軍からだけでなく海軍からも資金を見込めます。将来的には特殊鋼の工場建設も視野に入れておけばいいと思います」

「そうだな。根回ししてみるか。わが国のためでもあるしな。ただ、満鉄は抜け目がないから、もうその線で動いていそうではある」



 3人で所長室を出て、玄関に回って荷物の到着を待った。それほど待つことなくトラックが到着したので、運転手さんと4人で荷物を下ろして玄関まで運んで、今日の仕事を終了した。


「今日の仕事はこれで終了だ」

「いろいろ分からないことがあるんですが、聞いてもいいですか?」と鶴井が言った。

「もちろんだ。とはいえ、ここにいても仕方ないから、駒込駅前のカフェーにでも行って、そこで話そう」

「分かりました」


 理研を出て、駒込駅前のカフェーに入って、案内された4人席に座った。3人ともコーヒーを頼んだところで、

「結局、山田さんと堀口さんは、今の日本から100年前の理化学研究所に機材を運んで給料をもらっている、ということでいいですか?」

「その理解で正しい」

「それで、わたしもその仲間。えーと、理研の嘱託になった?」

「そうだな。給料日は20日だから、20日以降に経理の窓口に顔を出して名前を言って給料袋を貰いに行くことになる。その時は3人一緒だから、迷うことはない」

「分かりました。それで、その給料で何か100年後の現代で売れそうなものを仕入れて現代に戻って換金する」

「大正解」

「今日運んだものって、何だったんですか?」

「今日運んだのは超硬ビットといって工作機械用の刃物だ。あとは、将来こっちでもそういった刃物を作れるようにチタンのインゴットを持ってきた」

「それって、値段的には高いんじゃないですか?」

「結構な値段したぞ」

「そのお金はどうしたんですか? 今の理研には未来のお金ってないですよね?」

「それで、以前理研から未来で高く売れそうなものを換金用に貰ったんだ。それが思った以上に高く売れたから、その資金でそういったものを買ってるんだよ」

「そうなんだ。すごいです」

「それとは別に、俺と堀口は給料でプレミアムが付きそうなものを買って、100年後の日本に帰ってそれを売るといった、アルバイトしてるわけだ」

「すっごーい!」

「とはいっても、それほど頻繁にアルバイトしてるわけじゃない、100年後に通用する目玉商品はそれなりに高いからな」

「なるほど。そうですよね」

「そういう意味では、俺も個人ベースのアルバイトは1回だけだし、堀口も1回だけだ」


 そこまで話したところで、コーヒーがやって来た。


「それはそうと、何で理化学研究所なんですか?」

「それは、俺の中二病的野心かな」

「中二病ってあの?」

「あのかどうかは分からないけれどな。日本は第二次世界大戦で大敗して現代に至ってるだろ? その歴史を変えて、少なくとも負けない国にしたかったんだ」

「でも、もしそんなことできたら逆に困りませんか?」

「そうなんだけど、もし変わっていたら、日本が負けてないわけだが、鶴井の知ってる歴史では負けてるだろ?」

「はい。ということは歴史を変えられないってことじゃないですか?」

「例えば、鶴井が習った歴史では、太平洋戦争前に満州に石油が出た?」

「確か出なかったと思います。石油がなかったからインドネシアなんかに手を出したような」

「俺の知ってる歴史でも、そうなんだけど、今この日本がある世界では北満州で石油が見つかっている。それは俺が教えたから。そしてその他の資源も見つかっている。それは堀口が教えたから」

「それって、どういうことなんでしょうか?」

「これからは、俺の想像なんだけど、俺が100年前にやってきた瞬間に、世界が枝分かれしたんじゃないかと思ってるんだ。一つは俺たちの現代に繋がっている世界で、もう一つはまだ未来ができていない世界。今俺たちがいる世界は、そのまだ未来ができていない世界なんじゃないかと思っている。それくらいじゃないと、矛盾が説明できないから考え出した俺の妄想のようなものだ」

「でも、確かに、そうじゃないとおかしいですものね」

「証明することはできないけれど、現にこの日本は俺たちの知っている100年前の日本とはズレているのは事実だ」


「この世界はわたしたちの世界と別物だと、意味ないんじゃないですか?」

「俺たちにとってはその通りだが、この世界に住む日本人は悲惨な戦争で何百万人も死ぬことがなくなるんなら、悪くはないんじゃないか?」

「そう言われればそうですね」

「そういうことで、趣味というか俺の思いと、実益を兼ねてるってところだ」

「分かりました。それでわたしは何をすればいいですか?」

「はっきり言って特に用事はない」

「そんなー」

「そのうち何かあるだろ。今は1927年で第2次世界大戦がはじまるのが1939年だからまだ12年ある。日本が真珠湾を攻撃するのが1941年だからあと14年だ。気長にいこう」

「分かりました」

「鶴井さん、山田先輩が言う通り、適当でいいと思うわ。それにこっちも結構楽しいからいい息抜きになるわよ」

「新入社員のわたしは息抜きするほど仕事してませんけど、息抜き大切ですものね」

「そう」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここは理研のとある研究室。


 支那そばのスープを作るため、豚骨、鶏ガラ、ネギ、醤油、砂糖、塩、味噌、味醂、胡椒などを用意して連日味に挑戦していった。7月に入り、熱気がこもった研究室の中で、汗がこぼれないように額に手ぬぐいで鉢巻をして、石炭ガスコンロを4つ並べてその上に大型の鍋を置き、黙々とスープを作っていく。

 結局たどり着いた味は、豚骨をベースにした豚骨スープと鶏ガラをベースにした鶏ガラスープの2種類。理研の食堂でどこからともなく仕入れている味噌味と、塩味については要研究ということにして、先に進むことにした。




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― 新着の感想 ―
バイクとエアガンあれば無双できそう笑 面白い設定なので続き楽しみにしてます!
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