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技術立国日本  作者: 山口遊子


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25/27

第25話 昭和2年4月、2

「時を超えて~」と書いていて歌詞を思い出し、それっぽく若干修正しました。

『スーパージェッター』https://www.youtube.com/watch?v=qEdmg4wV-2k


 自宅のパソコンで調べたところ、1927年の上野公園の桜は4月4日の月曜日が満開だった。今の時代、調べる気になれば何でも調べられる。いい時代になったものだ。堀口と相談して向こうの4月3日、こちらの4月2日の日曜日に向こうの上野公園に花見に行こうということになった。

 その時、写真や動画を撮ろうということになり、デジカメを注文しておいた。デジカメの機種は、先日、理研に持ち込んだ『安い』方のカメラだ。高い方のカメラの場合、あの時代の連中が見たら異次元の趣があるが、安い方なら、市販のカメラに見えるはずだ。それでも近くで見れば明らかに違うので、あまり人が多くないところで撮影したほうがいいだろう。



 お花見の予定の4月2日の日曜日。

 デジカメを肩掛けカバンに入れてうちを出て、待ち合わせ場所の北浦和公園まで歩いていった。

 今日の待ち合わせ時間は午前9時だったが、10分前に着いたらもう堀口は立っていた。

「おはよう。待たせたな」

「おはようございます。それほど待ってはいないです」

「待ってても、それほど待っていないって普通言うものな」

「それはそうですけどね」

「じゃあ、本当に待ってたんだ?」

「そうでもないです」

「待たせてなかったのならよかった。それじゃあ行こうか」


 俺たちは手をつないで穴をくぐり抜け、100年先の未来から時の流れを超えてやって来た。いつもやっていることだけど、言葉にすると凄いことをしている気になる。いや、実際凄いことなんだけど。


 穴の先の空模様はいつ降りだしてもおかしくないどんよりした曇り空。満開日を調べたのに天気を調べるのを忘れていた。


「雨降りそうだな」

「しかも、肌寒いですよね。もう少し厚着してた方がよかったですね」

「傘を取ってくる?」

「先輩、2本持ってますか?」

「うちにあるから大丈夫」

「じゃあ、念のために傘を取ってきましょう」


 二人でまた手をつないで穴をくぐり、100年の時を超えて現代に戻ってきた。

 うちに戻って、ビニール傘は目立つので普通の蝙蝠傘を俺が持ち、折り畳み傘を堀口に渡して公園まで戻り、仲良く穴を超えた。


 今日は日曜のせいか、塀の向こうに見える浦高の生徒たちの姿はほとんど見えなかったが、いないわけではなかった。入学式はまだかもしれないが、この4月から浦和高等学校は全寮制に移行するはずなので、校庭内にいる若者たちは在校生たちのうち、すでに寮で生活している者たちなのだろう。


 浦和駅に着いた頃にはぽつぽつと雨が降り始めていたが、傘はお互い差さなかった。

 浦和駅で大宮方面からやって来た汽車に乗り込み、空いていた席に座って外を見ていたら、汽車が荒川を超えるころには本降りの雨になっていた。


 上野駅に到着して改札を出たら駅舎の先の通りに路面電車が走っていた。今まであまり気にしていなかったが、路面電車はこの時代だと花形だものな。


「この時代に走っていた路面電車が広島なんかでは現役で走ってるから、それだけでもすごいよな」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ。今通った電車を広島で見ることがあるかもな」

「あり得ますね。でも、そういう意味だと、自分の御先祖様、ひいお婆さんとかひいお爺さんとかに会いたいか? と言われたら、会いたくはないような」

「俺もそうだな。ひい爺さんが、そこらでイキってる兄ちゃんだと嫌だものな」

「ですよね。それはそうと、写真撮りません?」

「そうだな。駅も含めて周辺の写真を撮れば貴重な資料になる。とはいっても、公開はできないだろうな」

「この時代にカラー写真があったのかどうか知りませんが、ものすごく嘘っぽいですものね」

「AIの創作と思われるのがオチだろうな。その代わり、この世界では貴重な資料になる」

「そうですよね。現に理研ではいろいろカメラで記録撮ってるんでしょうし」

「だな。この世界で、将来俺たちのことって、どう言われるかな?」

「歴史の中で消えてるってことはないでしょうけど、ものすごいミステリーになるでしょうね」

「だろうな」

 傘を差し、カメラを出して、写真を写すときだけ傘を堀口に持ってもらって適当に写しながら上野公園方面に歩いていった。


 雨の中にも関わらず、人はそれなりにいたが、さすがにみんな桜を眺めながら歩いているだけで、桜の枝の下で宴会しているような『剛の者』はいなかった。


「花はこれで散りそうだが、花見はできたということにしないか?」

「そうですね。東京が花見になったら、そっちに行ってみましょう」

「そうだな。それでこれからどうする?」

「日本橋の三越で、先輩が買いたいといっていた時計があるか見てみますか?」

「上野にも確かデパートがあったはずだけどな」

「きっと、御徒町の松坂屋ですよ。行ってみます?」

「やっぱりやめて、素直に日本橋に行こう」

「どうやって行きます?」

「雨だし、タクシーに乗ったことないからタクシーに乗ってみるか? 路面電車でもいいけれど、どこに行くか分からないものな」

「そうですね」

「大きな道まで戻ってタクシーを拾おう」

「どの車がタクシーだって分かりますか?」

「確か、1円とか1.00って車体に書いてあったという話だ」

「今まで見たことあります?」

「意識していなかったから、全然覚えていない」

「とりあえず、10分くらい様子を見て、それで拾えなかったら素直に上野駅から東京駅に出ません?」

「そうだな」


 上野公園から御徒町方向に続く大きな通りに出て、タクシーらしき自動車が通りかかるのを待っていたら、フロントに市内1円と書かれたプレートが付いたフォードが走ってきたので手を上げたらちゃんと止まってくれた。

「どちらまで?」

「日本橋の三越まで」

「はい」



 傘を閉じて乗り込んだらすぐに発車した。フロントガラスに雨が当たるがワイパーは動いていない。ワイパーが動かなくても慣れで何とかなるんだろうと思っていたら、ワイパーが動いた。運転手さんが手でレバーをひねって動かした。かなり拭きむらがあるようだし、こういったところも改善したほうがいいんじゃないか? 電動化してワイパーゴムを変えて。


 それでも20分もかからずタクシーは三越の向かい側に到着した。1円札を運転手さんに渡して車から降り、傘を差して、車の流れの隙間を狙って向かいの三越側に駆け足で横断した。


 庇の下で傘を振ってから傘をたたんでライオンの間を抜けて建物の中に入ったら、客がそれなりの数入っていた。巷では金融恐慌中のはずなのに、上野もそうだったが、ここもそういった雰囲気が全くない。


 傘から水が垂れるのでちょっとまずいかも? とか思って店内を見てたら、入り口のすぐわきに傘預かり所というのができていて、そこで傘を預けるようだった。傘を預けると番号札を貰えて、帰りに番号札と傘を交換するシステムらしい。よくできてる。

 さっそく、預かり所に行き、傘を差しだして預かり証を貰った。この時代折り畳み傘は一般的ではないはずなので堀口が折りたたみ傘を差しだしたら、店員は少し戸惑ったようだが、すぐに傘を受け取り預かり証を堀口に渡した。


 そこから、時計売り場に歩いていったら、ありました『オイスター』。小さな水槽の中に展示されていました。


 それは展示用なので買えないが、並んだオイスターの中で、一番高いものを買うことにした。値段は350円。

「先輩、そんな大金持ち歩いていたんですか?」

「もしもの時のために、こっちに来る時はいつもそれなりの金額をカバンに入れてるんだ」

「備えあれば患いなしかもしれませんが、ちょっと物騒じゃないですか?」

「クレジットカードが使えないから仕方ないだろ?」

「そう言われれば」

 そういう本人も確か300円の万年筆を買ってたような?


 けっこうな値段だったが、おそらく大化けする。今回は領収書だけでなく三越の包装紙もちゃんと取っておくことにした。

「海外のオークションは面倒だから、堀口が蒔絵の万年筆をオークションにかけたオークションハウスを教えてくれよ」

「いいですよ。でも、こういった、いかにもの物は日本限定のオークションハウスじゃなくって先輩が使った世界的オークションハウスの方がいいんじゃないですか? なにせ本物のオイスターなんですから」

「それもそうか。今金に困ってるわけじゃないものな」


 目当ての物を購入したので、ついでだったので店内の写真を撮ることにした。高級カメラではないが、今の店内の明るさでも十分はっきり撮影できる。何枚かカメラで撮影していたのだが、見られているような気がしたので、カメラはカバンにしまっておいた。この時代、勝手に撮影してはまずかった?

 とはいえ、特にとがめられることもなかったので、いつものように5階の洋食食堂に行って昼にすることにした。


 昼食を食べ、忘れず傘預かり所で傘を返してもらった。三越を出て、東京駅まで傘を差して歩いていき、山手線に乗って上野まで出てそこから汽車に乗って浦和に戻った。雨はまだ降っていたので、駅前からタクシーを拾って浦和高等学校前まで帰り、穴を抜けて北浦和公園に出たところで堀口と別れた。



 うちに帰って、今日買ったオイスターをオークションに出すための一連の作業をした。



 4月3日。会社は新年度を迎えた。今年はうちの課にも新人が配属されることになったそうだ。ただ、1カ月の新人研修を終わってから配属になるので、5月の連休明けからうちの部署にやって来ることになる。


 会社で仕事をしていたらメールが届いた。トイレで開けてみたらオークションハウスからのメールで、水曜の夜8時に現物を確認するため担当者がやってくることになった。


 水曜日(2027/4/5)。午後8時に間に合うようにうちに帰って、オークションハウスの担当者がやってくるのを待っていたら、8時5分前に、下にやって来たので、オートロックを開けた。それから、しばらく待っていたらチャイムが鳴ったので、ドアを開けて招き入れた。今回の担当者は前回の担当者ではなかった。誰でもいいけど。


 テーブルの上にオイスターの入っている小箱と、俺が慎重に開封した三越の包装紙を置いている。


 担当者は白手袋をして、オイスターの入っていたる小箱を慎重に開けて、中身を取り出した。

「シリアル番号が200番台、傷一つない。実に見事です」


 今回もその場で契約を交わした。そしてセキュリティー会社の社員と再訪するのでその時現物を受け取りたいとのことだった。都合のいい日を聞かれたので、明日の午後8時に来てくれるよう頼んだ。


 翌日の木曜日(2028/4/6)。

 午後8時の5分前に昨日の担当者がセキュリティー会社の社員を2名伴ってやって来たので、受け取り証書と引き換えに小箱と包装紙を渡しておいた。


 そして、その二日後の土曜。


 理研へ物を届けた夜。オークションの日程と予想落札価格をメールで知らせてきた。予想落札価格は100万ドルだった。なぜかわからないが今回も手数料は取られないようだった。いいけど。

 オークションの開催日は今回も3カ月後で7月初旬ということだった。




 4月12日は蒋介石による上海での共産党弾圧、虐殺事件、上海クーデターが起こったはずだが日本での影響を俺では全く感じなかった。



 向うの日付で4月23日の土曜。堀口といつものように理研に物資を運び込んだところ、大河内所長から、北満州での2本目の試掘井からも原油が自噴したと教えられた。めでたしめでたし。


 4月から理研に合流した新戦力で、ガソリンのハイオク化とジェットエンジンの研究に取り掛かることになったそうだ。ハイオクガソリンなんだが、今は禁止されているが以前は四エチル鉛という猛毒をガソリンに添加することでハイオク化したそうだ。四エチル鉛は脳を破壊するような猛毒で、開発初期の工場では、作業員が突然幻覚を見たり、暴れ出したりする「鉛狂い」が多発したそうだ。作業員が防護服なしで合成を強行すれば、数日で精神に異常をきたすほど。最大の恐怖は、「触れただけでアウト」という点で、服に一滴こぼしただけで、成分が皮膚を通り抜けて脳を破壊するそうだ。さすがにそんなものを合成できないので、別途の方法、無鉛ハイオクを作ることになる。山は高いだろうが、越えなければならない。


 なんであれ、ガソリンのハイオク化は化学。ジェットエンジンは冶金次第だ。とにかくどちらも調合比率は分かっているので、あとは細かい温度管理その他に行きつくのだろう。つまり試行錯誤。どちらもそれなりに大きな装置が必要なはずだが、資金が潤沢な今の理研なら問題ないはずだ。油漏れのないガスケットとハイオクガソリン。レシプロ機としては最高水準の機体が文字通り期待できる。そうそう、ニトリルゴムはガソリンタンクのセルフシーリングに使える。つまり防弾タンクだ。防弾タンクとハイオクガソリンと油漏れのないガスケットで強化されたエンジンで重装甲化した一式陸攻は、ワンショットライターなどと呼ばれることはないだろう。一式陸攻に限らず史実で防弾性能が劣った日本の航空機は軒並み高速化と防弾性能アップだ。そのあとはジェット機なので今度は別次元。トランジスターの量産が始まれば、高性能通信機に機載レーダー、そして誘導ミサイルだ! ウェーイ! アッハッハ! 昭和15年までまだ14年ある。余裕、余裕。



 理研の給料日の20日を過ぎていたので、経理に行って給料をもらったら、250円から300円に給料がアップしていた。堀口もアップしていたようだ。労働という意味では大した仕事をしてはいないが、理研から見れば俺たちは神さまみたいなものだから、大した出費でもないのだろう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここは理研のとある研究室。

 乾麺の製造に目途が立ったところで、麺を伸ばして細切りにする装置を設計して工作部で製造してもらった。

 ここまで製造した装置の試験もかねて、乾麺を作ったわけだが、装置の不具合などを直していく過程で、乾麺が大量に生産されてしまった。乾麺は職員食堂で使ってもらったが、通常の支那そばとは麺の感触が違うものの、おおむね好評だったようだ。


 この段階で乾麺そのものも製造工程は完成した。今度はスープだ。支那そばの味の7割はスープで決まるので、ここからが真剣勝負だ。


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