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技術立国日本  作者: 山口遊子


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23/33

第23話 昭和2年2月


 1月の間、電卓、消耗品、そしてインスタント食品を理研に持ち込んだ。


 そして2月に入った。

 俺は忘れないうちに税理士を見つけて、確定申告の段取りをつけた。税理士に言われるまま、会社からもらった源泉徴収票と買取り証などを渡しただけで、確定申告受付日の初日に税務署に提出してもらえる段取りをつけた。来年度の住民税は去年ベースでやってくるから、まかり間違えば、給与で住民税が払えなくなる。


 それで税理士に聞いたところ、「確定申告書の『住民税に関する事項』で、給与以外の所得に対する税金を「自分で納付」にチェックを入れておきます」と言われた。

「区役所から、送られてくる納付書に従って納付してください」

「銀行引き落としにできないんですか?」

「もちろんできます。webで申し込めますから、今から手続しましょうか?」

「やってもらえますか」

「いいですよ」

 ということで、税理士にweb手続きしてもらった。


 堀口の儲けは1200万だったそうだから、それくらいなら足が出ることはないだろう。それでも、この副業の収入が大きいと給料がマイナスになることもあるという情報だけは教えておいてやらないとな。


 理研に物を届けるようになって、1年が経った。SDカードはたくさん運び込んでいるが、あれはかなり遅いし、データをまとめてバックアップしたほうがいいだろうと思いついて、外付けのSSDを10台ほど購入しておいた。


 2月12日の土曜。向こうに行ったら、快晴だったがかなり寒い日だった。その代わり市内はどことなく明るくなっていた。聞けば大喪の礼は記録通り2月7日に執り行われたようで、弔旗は翌日までに片付けられたそうだ。先日購入した外付けのSSDの使い方などを簡単に説明しておいた。


 2月の中旬には、リケン66(ナイロン)の特許が登録され、神奈川県の鶴見に建設された理化学興業の化繊部門の工場が本格稼働を始めた。

 もちろん織布用ナイロン糸の生産が主業務だったが、ナイロン糸のその他の利用法などの研究も理化学興業の化繊部門で行う体制となっており、外科手術の縫合への利用。釣り糸、漁網への利用案が検討され、いずれも商品化が進められている。


 医薬品関係では、星製薬と理研の合弁会社である星未来薬品の生産設備が増強されサルファ剤の一種であるスルホゾールの市販が開始された。星製薬の市販薬販売ネットワークの力と新薬の効果がすでに軍病院から漏れ伝わっていた関係で、全国の病院、医院で大反響ということだった。これで星製薬は完全復活した。次のペニシリンの工業化はスルホゾール以上にすんなりいきそうだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そのころ北満州では中東鉄道を使い、その途中駅から馬車輸送に切り替えて石油試掘現場に続々と資材が運び込まれていた。もちろんこの馬車輸送には関東軍の護衛が付き従っている。


 石油が湧き出たことで第1油井と名付けられた最初の試掘井では、油井の内部に鋼製のケーシングを下ろしていき、生産井化が着々と進められていた。


 拡張された作業現場では、すでに第2試掘井および、第3試掘井の掘削が始まっている。また、搬送するまで原油を一時的に貯蔵するためのタンクの建設も始まっていた。


 作業員と守備隊の増員に伴い、作業員の宿舎その他の施設や兵舎、そして食料、器材、武器弾薬庫も拡充されている。近い将来、大隊規模の軍を駐留させるため司令部施設の建設も始まっていた。

 また、中東鉄道までの道路の拡張工事なども並行して行われていた。もちろん、アスファルト舗装やコンクリート舗装ではなく、砕石を敷き詰めて転圧するマカダム舗装である。


 この油田は政府によって北満州油田と正式命名され、日本放送協会(のちのNHK)を通じて国民に発表された。このニュースに国民は狂喜した。


 満州のような陸成層(陸成地層)では石油が見込まれない(注1)ことから、この日本政府の発表は海外ではほとんど信じられてはいなかった。ただ、満州に2個師団を増派した上、中東鉄道の買取りを決めた日本の本気度を知るソ連だけは、北満州での石油発見のニュースを信じ、同時に地団太を踏んだ。


 国民党政権は、油田の発見そのものについては懐疑的だったものの、建前上自国領での採掘なため無視することはできず、共同開発を主張したが、当然日本政府によって無視されている。


 なお、張作霖の奉天政府はこれについての表立った反応を示していない。石油利権は喉から手が出るほど欲しいが、欲をかいて、これまで精鋭とはいえ1個師団弱の兵力で防衛主体の関東軍に、積極攻勢に転じることができる2個師団を派遣した日本との関係が悪化した場合、最悪、武力衝突もありえる。さらに南から迫る国民党軍と対峙する必要がある以上、日本との関係はこれまで以上に緊密にしておく必要がある。つまり、奉天政権の動きは日本政府の思惑通りだったと言えよう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 とある理研の研究室。


 ここでは乾麺の研究が続けられていた。支那そば用の麺を外部から購入し、それを真空ポンプを使って乾燥させるのだが、なかなかうまくいかない。乾燥の過程で麺にひびが入ってしまい、湯で戻したときに一本の麺になってくれない。結局、温風で乾かしてみたところ、麺は問題なく乾燥したのだが、今度は湯で戻したとき、腰がない。そこで、外部から麺を購入するのではなく、小麦粉から麺を作っていくことにした。まずは手で小麦粉に塩水とかん水を混ぜて麺をこねて、最終的にラーメンの麺を作った。これでは外部の麺と同じなので、そこで小麦と塩水とかん水を混ぜる時、抜気してみることにした。これは単純によくなじむだろうというただの勘である。もちろん温風乾燥機と、抜気しながら麺をこねる装置を設計し、工作部で製造している。


 出来上がった麺を薄く延ばして細切りにして、温風乾燥し、それを湯で戻したところ、腰がある上につるつるの満足できる麺が出来上がった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 こちらは、現在陸軍大学校で教鞭をとる石原莞爾少佐。


 日本政府による満州への2個師団増派と、ない袖を振ってまでの中東鉄道買収といった迅速な対応に対し、石原莞爾はある程度の理解を示した。また、2個師団の増派は奉天軍を抑えるだけなら必要十分であり、ソ連との早期の衝突は関東大震災で疲弊し復興途上である今の日本にとって望ましくないのは明らかである。しかも、これを超える増派はソ連に対し不必要な緊張を与えるわけで二重に望ましくない。そういう意味で、石原としては珍しく三宅坂と日本政府の判断を評価していた。




注1:

当時は海成層でしか石油は生まれないと考えられていました。そのため、史実では陸成層であることが分かった段階で早々に試掘を終了したようです。『海成層でしか石油は生まれない』という呪いが、日本を泥沼の戦争に突入させたともいえます。



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― 新着の感想 ―
JIS規格書一式渡しちゃうのが一番早そうな気がします。 全部揃えると結構な量&冊数になりますが。 この際工業規格を統一するのもアリ と言うよりやっとかないと今此処でやっている事が無意味にもなりかねませ…
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